好きな事 嫌いな事

普通の生活の中での、思いついたこと、考えたこと。何かを表現したい、書いておきたいと思った時に、ココで発散しています。

愛する者の好きな場所へ

2006-04-26 20:14:54 | ひとりごと。
今日は、私の祖母(90歳)と「どこか」へ行く約束をしていた。

祖母は、体に悪いところはなく、いたって元気なのだけど、会うたびに「今日、会えてよかった」と、嬉しくなる。

祖母の生まれは、九州の福岡。
いつも矍鑠(かくしゃく、で変換したらこんな字が。ムズカシイ・・・)として、身奇麗にしている。
小さい頃、弟やいとこ達と一緒に、あちこち連れていってもらった。
遠浅の海、夕焼け空、花咲く川辺。美しい景色の中で、ほんとに幸せなシーンだった。


今でも、福岡で過ごした、少女時代のことを本当によく覚えていて、あれこれとよく話してくれる。
懐かしいんだろうな・・・祖母にとっての、生まれ故郷だもの。

福岡はムリでも、「似た景色」だけでも見せてあげたい。
元気な間に、できるだけ祖母が覚えている場所=祖母のふるさとに近い景色、の所へ連れて行ってあげたい、と常々思ってるのです。
先日、祖父が入院してしまったので、一人では淋しいだろうと、今日、行くことに決めました。
思い立ったが吉日。

少し気温は低いけど、天気が良かったのが何より。
午前中で幼稚園が終わった娘二人も連れて、車で、家から1時間半ほどの、祖母宅へ迎えに行き、祖母を乗せて出発。
玄関先に、ちんまり座って待っていてくれました。
「今日は、とってもいい所へ行くよ。」とだけ、伝えてあったのです。

「あんた・・・おばあちゃんはどこへ行くとね?」と、娘たちに聞いている、祖母。
「よし江さんも行くとね?」よし江さん、いないって、おばあちゃん・・・
「よし江さん」とは、祖母の家にずっといて下さった、お手伝いのおばさん。
もう何年も前におやめになり、娘さん一家と引っ越して行かれた。たまに、思い出すらしい。思い出してすぐ、もういないことも思い出して、「おばあちゃん、ボケたかね?」と笑い出すのです。
そんな祖母だけど、曾孫にあたる娘たちと、いい感じでおしゃべりをしている。「おっほっほっ!」と、楽しそうに、笑っている。嬉しいな。
それからまた1時間ほどで、目的地へ到着。

祖母の覚えている「故郷」は、「川があって」「高い木が何本もずっと植わってて」「花やらよう咲いとる」「バレーボールやらようできる」ような、ところらしい。
バレーボールの話しになると、「まかせたわよー!」と言って、パスを回したりと、身振り手振りでやってくれます。


そして、そんな風景にほぼぴったり!と思える場所に、到着。以前から、「ここは!」と目星をつけておいた場所なのです。
川があって、並木道があって、花がたくさん。芝生の広場あり。いい天気。
みんなで、1時間ぐらい、かわるがわる祖母と手をつないで散歩しました。
案外な速さで、歩く祖母。駆け回る娘たち。
広場で、ボール遊びをしている親子づれをみて、「あんたらもやったら」と言う祖母。
「おばあちゃんもやる?バレーボール」と言ってみたら
「気持ちいいだろうねー。こう、まるくなって、みんなして、まかせたわよー。なんて。」出た、「まかせたわよ」。
今度は、ほんとにボール持ってきてみようかな・・・
「まかせたわよー!」って、おばあちゃんにパスを回す・・・「はいっ!」とばかりにすっごいスパイクとか返されちゃったら・・・仰天。でも、やってみる価値ありかも?(ないない・・・・骨でも折られたら!)

戦争を経験し、私の母を含めて3人の子を育て、孫は7人、曾孫は6人。
大勢の従業員を束ねて、家業を大きくしていった、豪傑な祖母である。
以前、叔父(母の弟)から「おばあちゃんの血を一番色濃く継いだのは、おまえだな。」と、しみじみ言われたことがある。
私の何をみて、叔父がそう思ったのかはわからないけれど、何だか歯がゆくて、でも、嬉しかった。


・・・でも、今日のこの場所。川も、並木も、お花畑も、みんな「つくりもの」なんです。
実は、家の近所(といっても車で30分)の、広くてのどかな公園なんです。
条件ぴったり、なんだけど。ほんもの、じゃないんだよ、おばあちゃん・・・川だって人工だし、ポンプで水を流してるんだよ・・・並木も花畑もみんな作られたもの。
ごめんね。福岡じゃなくて。でも、そういうところ、他になくて。
似てるからいいよね。この場所も、好きになってくれるよね・・・・


作り物とはいえ、満開のチューリップ畑の真ん中で、小さな娘たちと一緒に手をつないで微笑んでいる祖母の姿に、「生命のつながり」みたいなものを思い、とても幸せを感じたひとときでした。
今、このときは「本物」だもの。全てがそこにあり、存在している、という真実。
 私はきっと、今日のこと、このシーンを決して忘れないでしょう。
 おばあちゃん、どうか元気で、長生きしてください。
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「すること」よりも、「したいこと」!

2006-04-23 13:01:59 | ひとりごと。
今朝、というより深夜の3時過ぎ、一緒の布団で寝ていた下の娘が泣き出して、目が覚めた。
「どうしたの?」というと、「ちゃっちゃんねー、あついのよー。」と、泣いている。
少し鼻水が出ていたので、風邪かな?と思って、お布団をたくさんかけてあげたのが、
逆にいけなかったようで、汗をたくさんかいている。
暑くなって、汗をかいて、それが痒くなって、目が覚めたようです。
下着を脱がせ、パジャマも替えて、タオルケットだけ上に掛けて、しばらくトントン、としていたらまたすやすや寝てしまった。

それはいいのだけど、さあ!困った。なぜだかぱっきり目が覚めてしまった私。
もっとも、夕べは早めに、11時過ぎには寝てしまったのだけど。

なんとか寝ようとしたのだけど、どうしても眠れない。
仕方なく・・・・持ち帰りの仕事をしてしまうことに決めた。

コーヒーを入れて、ひざ掛けに赤ペン。国語辞書。ノート。テキスト。
「文章表現」の授業で担当している、学生の作文を添削しなければいけないのです。
子供たちを寝かしてから、と思っていても一緒になって寝てしまったり(昨夜がそうでした^^;)
一昨日は、返却日明日だから!という理由で、ほとんど無理やりDVD見てしまったり。
(←「ベッカムに恋して」 でも、面白かった!)


さて、一人ずつ見ていくと・・・今回のテーマは、「私が乗り越えた苦難」について。

・・・・重くて、添削できません。・・・人生、重いです。
18、19でこの重さ背負ってる・・・・赤、入れられないです・・・・

「父の不倫で家庭が修羅場でした」「駆け落ちしようと約束して高校を中退したら相手が逃げました」
「母がホストにはまって帰ってきませんでした」「何度も家出を繰り返しました」など、
これらを原稿用紙2枚にまとめて提出している彼、彼女たち。

でも、「読んで欲しい」のだろう、と思う。知って欲しい、のだと。自分のことを。

誤字・脱字、改行や段落の展開など、赤を入れるべきところは全部入れて、
その上で一人ずつ、ちょっとした一言を小さく添えておいた。応援メッセージみたいなもの。
だって、みんな「タイヘン」なんだもの・・・ほんとに、「乗り越えた苦難」なんだもの。

文章化できる、ということは、内面を見つめられるということだ。
一歩外側へ抜け出せた、ということだ。なので、どういう内容であれ、書くことができたこの子たちは、
この先大丈夫だろうと思う。しっかり生きていける、と思う。

そして、全部見終わったところで、もう7時になっていた。
いつのまにか、朝。

途中で疲れたり、眠くなったりもしたけれど、「やめたい」とは思わなかった。
全部、やってしまおう、と思った。
最後の一人まで、丁寧に読んで、この子たち一人ずつと向き合いたい、と思った。
添削して、意味の通る文にして、誤字脱字を直して・・・
「仕事だから」という意識を通り越して、何か別のものが、私を動かしていた。なんだろう?

添削という作業が、「やらなければいけないこと」とは、思わなくなっていた。途中から、「やりたいこと」に変わっていた。

外は薄曇り。スズメが鳴いている。日曜の、静かな朝。
ぶっちぎりで4時間、集中した割には、あまり、疲れていないことにも気づく。なぜだろう?

カーテンを開けながら、思った。
・・・「To Do」よりも、「Want To」なのだ、と。

「やること」、よりも、「したいこと」、なのだ。

「~しなければ」と思うより、「私は、これがしたい!」と思って、やることにする。

そうすると、どんな小さなことでも、前向きに、楽しんでできるように思う。疲れ方が違う、と思ったのです。

文房具店で「やることリストメモ」という小さなノートを買ってきてあったが、全然使っていない・・・・
理由は、書けば書くほど、「やること・やらなければいけないこと」がたまっていくようで、なんとなくイヤだったのだ。

このメモの、「やること」の次に、赤ペンで「したいこと」と書き加えてみた。
「やること したいこと リストメモ」になった。

それだけで・・・今日はもう、5つも「したいこと」をメモしてしまった。
少し、楽しくなる。やりたいことがたくさんあるって、わくわくするものだ。

「やらなければ」よりも、「やりたい、したい」と思うだけで、こんなにも心の有り様が違ってくる。不思議なものです。
不思議だけど、それで毎日がハッピーになるのなら、いいではありませんか!
「したいことリストメモ」おすすめです。


さて、公園に遊びに行っている夫と娘たちが帰ってくる頃です。お昼ごはんを作らなければ。
 おっと、「私は、みんなのお昼ごはんを、つくりたい!」
そうだ、チャーハンにしよう!チャーハン食べたい!作りたい!作っちゃおう!
ついでにわかめスープも。


・・・それでは今日は、このへんで。
(^^)/~~~



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その場に合わせて、やっていこう!

2006-04-19 10:12:51 | ひとりごと。
昨日、新しい勤め先であった出来事。

午前中、6名で会議→昼食という流れになった。
6名のうちわけは、男性5人と私(女性)1人。

はじめにお茶を入れたのは私です。「お茶入れて」と言われたので。
私も飲みたかったし、人数分お配りしました。

そして、会議が終わって、お昼となり、お弁当を配って、その時もお茶を入れました。
他の女性の方たちと昼食をとりたかったし、
昼休憩は1時間あるのだから、「失礼します」と言って退室しようとしたら、

「どうぞどうぞ。こちらで。ご遠慮なく」と言われました。
でも、イヤだったので。「ちょっと、女性の方々とご一緒するお約束しておりますので・・・」と言って断ったところ、
「ああ、そうですか。ま、そういうつきあいもあるでしょう。」なんて言われましたが、知ったこっちゃないです
一礼して退室。お昼は女性の方たちと過ごしました。
そのあと。

午後になって、廊下を歩いていたところ「ちょっと。」と呼び止められた私。
「・・・あの。さっきのことなんだけどね。」と、中堅どころの男性。
「ああいうときは、断ったりしないで、一緒に食べるもんです。
いろいろ他の人の話を聞きながら食べるのも勉強になります。あなた新しいんだから。
他の女の人たちと食べたいなんて、子供じみたことを。どうしても、というなら『所用がありますので』などというべきです。
それから、途中でお茶の差し替えがなかった。
食後にコーヒーを出すぐらいの気配りを持ってもらいたい。女性なんですから。」

オイオイ。

じゃ、休憩中、待機してろってこと?なんだこれ・・・と思った。
どうりで、午後になってさっきの男の人たちが私のことを、むくれた表情で見るわけだ。すみませんね。気の利かないことで。


「他の人の話を聞きながら食べるのも勉強になるからいてもらいたい」なんて嘘っぱちじゃない。
その実はお茶入れてくれる人を置いておきたかったわけでしょ。

やれ、というんならやります。でも、女だからやれ、って言われるのはちょっとおかしいと思う。

私、講師で行ってるんです。
さっきの会議も、講師会といって、授業計画や就職指導だとか、いろいろなことが議題でした。
私も途中で何度か意見を言ったりしましたが、これじゃたぶん・・・
いなくてもよかったのかもしれない。むしろ、お茶くみに徹していたほうがよかったのかもしれない。

それで、ちょっと話しやすい男性の方に
「あの、こちらではいつも、女性の講師がお茶やコーヒーを入れたりしてるんですか?」と聞いてみたところ、
「いや。そんなことないですよ。事務員さんもいるし。先生達もみんな、勝手にお茶入れたり缶コーヒー飲んだりしてますよ。
今日はたまたま、○○さん(私)がいたから。」

ああ、そうですか・・・・たまたまですか・・・・

でも、こういう話は実はよく聞きます。
友達で、中学の教師をしている子がいるのだけど、
やはり職員会議だとか、何かの時にお茶を入れて配るのは女の先生なんだそうです。

あーもう、こういうのって、結局ず~~~~~~~~~~っと、続くんだろうな。日本という社会。
ほとんど習慣化してるしね。仕方ないけど。
でも、こんな程度のことで、せっかく入った職場を嫌いになりたくない。
その場に合わせて、のらりくらりと生きていきましょう。

書いたら、すっきりしたわ。

今日はお休み。
おうちのことをして、娘たちと遊んで、また明日から頑張ろうっと!

ではまた。


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連発!入学式

2006-04-10 15:50:47 | ひとりごと。
このところの、あれこれ。

先週の金曜日、娘の中学入学式にて。
学長先生のお言葉 より一部抜粋

「この学校を設計する段階で、男子部は、とにかく5分10分の休みでも、外へ出て身体を動かせるように、運動できる場所をたくさんつくりました。
この年頃の男の子は、まずは身体を動かすことなんです。色々な意味で、ストレスがたまるのは、運動不足なんです。
とにかく、体を動かすこと。
それから、女子部は・・・・女の子たちは。」

何だろう?と思って身を乗り出してしまったけど、
「『おしゃべり』、なんです。『話すこと』、なんです。お友達、先生、誰でもいいから、
ちょっとおしゃべりする。少しの人数でも、大勢とでも、とにかく『話す』こと。それがとても大切なんです。
ですので。女子部のあちこちに、ベンチを置いたホールや、居心地を考えた広場など、たくさんつくってあります。」

なるほどなあ、と思った。

確かに。おしゃべり、は大切よ!女の子にとって。Over40な今でも。

男脳、女脳の違い、みたいなことでも「話す」特性は女性の方が活発だという結果がレポートされていたけど、やはり男女の違いを見際めて、それにあった対応を考える、という学校の方針は、「ウンウン」とうなずけてしまったのでした。

中学から高校まで、ずっとお世話になる学校なので、こういうハナシを最初に聞けてよかったな、と思った次第です。

明日は、末っ子の、ようちえん入園式。
(しかしまー、中学から幼稚園まで、幅広いわな、私も(^_^.))
それが午前中で、午後から今度勤務することになった職場の第1日目。
私にとっても、入学式、みたいなものです。
あ~~ドキドキするわ(^^♪

いくつになっても、新しい環境、というのは楽しみな反面、不安もつきものです。
今朝から、末娘が、「あした、ようちえんいかないの。」と言って涙ぐんでいるの。
「楽しいよ~!おともだち、たくさんいるよ!」と励ましたりしてるんだけど、
結局、不安なんだろうな、と思います。明日泣いたら困ると思って、
うわばき入れにアップリケつけてあげたら、それ持って振り回して喜んでる。
子どもって、ちょっとのことで、楽しくなるんだね。
あしたはいくそうです。ああよかった・・・・

さて 
親子ともども、がんばってきます!





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急ぐなかれ

2006-04-04 02:10:30 | ひとりごと。
朝から一日中、強い風が吹き荒れていた。
やっと咲いた桜が、散ってしまうかと、なんだか気が気でなかった。
せっかく咲いたばかりなのに、もっとのんびりゆらゆらと、暖かい日ざしの中で、
できるだけ長く咲いていたいだろうに、と思って、心が騒いだ。
窓から見える近所の桜を、「散ってはいまいか」「大丈夫なのか」と何回も見た。

でも、夕方外へ出たついでに、桜の下へ行ってみたら
しっかりと、落ちることなく花もつぼみも、枝についている。驚いた。

満開の桜は強い。あれだけの風に、よく耐えたものだと命の強さを思う。
「やっと咲いたのよ!ここで散ってなるものか!」という、力強いつぶやき、の様なものを感じたような気がした。

急ぐなかれ、散り急ぐなかれ。


知人のAさん:
Aさんは美人で頭もよく、仕事もフル回転。小学生のお子さんがいる。
ちょっとはじっとしてたら、というぐらいに、よく動く。
よく言えばパワフル、ある意味では走りすぎなのでは、と思ったりする。
それから、「アンチエイジング」や「美を保つ」ことに異常に固執するところがあって、
アンチエイジング専門のお医者にかかったり、ネイルやエステに通ったり、トータルワークアウトとやらに行ったりと、
そりゃ逆に身体が持たないわな、と思うぐらいに一生懸命だ。

そのAさんが、人間ドックで泌尿器系と、子宮関係でひっかかって再検査となった。
その上、近頃めまいがひどく、その検査もしたところ、病名がついてしまった。
近々、入院する。

・・・やはり、急ぐなかれ、と思った。
ここで、ちょっと休みなさいという、メッセージなのかとも思う。


私は、「アンチエイジング」という言葉は嫌いだ。
加齢による様々なことー美容的なことや、体力や気力が落ちる、それを防ぐためにあれこれやりましょう、ということなのだろうけど、
それ自体は間違ってはいない。体力を維持するために、筋トレを続けるなどは、いいことだ。
だけど、ややもすると、加齢そのものを認めない、認めたくない、という流れになってしまうようにも思える。

生きている限り、誰でも、年をとる。
誰でも平等に、1年にひとつずつ、それは命のあかしである。

25歳と、36歳という若さで亡くなってしまった友達がいる。
彼女たちは年をとらない。永遠に。
加齢がいやだなんて傲慢だ。

1年に3つ4つと年をとるわけではない。たった一つずつ。その積み重ねが人生である。

私も、Aさんに似たところがある。あそこまでパワフルにはできないが、
忙しくしていないと落ち着かないようなところがある。

「急ぐなかれ」、である。自分にも、言い聞かせてみる。


桜が咲くのも、年一度。
毎月1回咲いていたら、どうだろう?それはそれで、いいかもしれない・・・
毎年1回花が咲き、年輪が1つ増え、重ねて大きく立派な木になっていく。

桜はちっとも急いでいない。自然は急がない。

急がなくていいんだ、と思った。
年をとるのはイヤだと思ったこともあるけど、ゆっくりゆっくり力をためて、生きて行くのだ。

今年の桜と、来年の桜は違うだろう。
今年の私と、来年の私も違うのだ。

満開の桜の樹の下で、友達を思い、自然の強さを見出し、自分の中の生命力を感じる。
桜は、「命をくれる樹」だと思った。

「お花見」をする、したくなる理由・・人は自分の「命の華やぎ」を感じたいのだ、と思った。


・・桜よ、あらゆる人よ、急ぐなかれ。生き急ぐなかれ。散り急ぐなかれ、と祈る。




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