スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

バイソン・スミス&第二部定理二七

2007-06-07 20:42:02 | NOAH
 鬼門である2度目の防衛戦に成功した三沢光晴選手にバイソン・スミス選手が挑戦するGHCヘビー級選手権のタイトルマッチは,予定通りに3日に札幌で行われました。
 挑戦したバイソン・スミス選手は全日本プロレス時代には来日経験がなく,NOAHの旗上げ後に初来日を果たし,その後NOAHでは常連といっていい外国人レスラーになりました。以前に,絶対王者といわれていた時代の小橋選手に挑戦したこともあり,これが2度目のチャレンジ。基本的には大きな体格を生かしたパワーファイトを得意とする選手です。
 この試合は,前半は三沢選手の方が主導権を握っていたように感じられましたが,中盤戦に入ってスミス選手が本領発揮。しかし,三沢選手を完全に追い詰めるといったところまではいけず,最後は後頭部にエルボーを食らって3カウントを奪われ,タイトル奪取とはなりませんでした。
 三沢選手がこういったタイプの選手をあしらうのが上手ということもありますが,スミス選手自身も,スタン・ハンセンとかテリー・ゴディ,スティーブ・ウイリアムスやベイダーといった,三沢選手がかつて戦ってきた超一流のパワーファイターの域にまでは達していないようです。ただ,年齢的にはまだ33歳ということですので,今後に関してはもう少し期待できるのかもしれません。
 NOAHのホームページはリニューアルされて見やすくなりました。

 それでは最後に,人間の精神による事物の表象のうち,人間の精神による自分自身の身体の知覚について。これもまた混乱した観念であるということを証明することにします。これについては『エチカ』では第二部定理二七になります。
 「人間身体のおのおのの変状[刺激状態]の観念は人間身体そのものの妥当な認識を含んでいない」。
 ここでおのおのの,といわれているのもまた,個々のとか,特定されたすべての,というように解釈していいと思います。
 第二部定理一九により,人間の身体が外部の物体とある種の関係をもつとき,その人間の精神のうちには自分自身の身体が現実的に存在するという観念が生じます。これが人間の精神による自分自身の身体の表象,知覚ですが,これは,この自分自身の身体についての十全な観念ではない,すなわち混乱した観念であるというのがこの定理の意味になると思います。いい換えれば,僕たちはこのような方法でしか自分自身の身体については認識(知覚)できない(これについての証明はここでは省略していますが)ので,一般に,人間の精神のうちにある自分自身の身体の観念は,混乱した観念であるということになるのです。
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