スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

農林水産大臣賞典帝王賞&信憑性への疑義

2015-06-24 20:36:02 | 地方競馬
 上半期のダートチャンピオン決定戦,第38回帝王賞
 最内枠に入ったのでホッコータルマエが逃げてしまうこともあり得るとみていましたが,クリノスターオーがハナへ。正面で行きたがったようなクリソライトが競り掛けるような形の2番手となり,向正面に入ったところでは後ろと少し差が開きました。3番手はワンダーアキュートとニホンピロアワーズの併走。この直後の外にホッコータルマエ。また差が開いてハッピースプリント。前半の1000mは59秒9のハイペースになりました。
 3コーナーでクリソライトがクリノスターオーの外に並んでいくとクリノスターオーは後退。外から追い上げたホッコータルマエが2番手に上がって直線。ホッコータルマエはクリソライトを難なく交わし,そのわりに差を広げることはできませんでしたが危ないところはなく優勝。クリソライトが4分の3馬身差で2着。ホッコータルマエをマークするようなレース運びになったハッピースプリントが2馬身半差で3着。
                  
 優勝したホッコータルマエは1月の川崎記念以来の勝利で大レース9勝目。第36回以来2年ぶりの帝王賞2勝目。能力的には負けられないメンバー構成。不安はドバイ遠征以来のレースであった点。昨年はドバイで体調を崩し,この時期はレースに使えないほどでしたが,今年は順調でしたから,たぶん大丈夫であろうと思っていましたが,その思いに応えてくれました。このくらいの距離になると現状は対抗できそうな日本馬は見当たりません。父はキングカメハメハ
 騎乗した幸英明騎手と管理している西浦勝一調教師は川崎記念以来の大レース制覇。第36回以来の帝王賞2勝目。

 メナセ・ベン・イスラエルとスピノザが知己であったことは判明しました。つまりメナセを介することによっても,スピノザとレンブラントは知り合う可能性があったことになります。僕が示したかったことはこれだけですが,ジャン・ルイの手紙の内容についても探求しておきます。これはナドラーが『ある哲学者の人生』でメナセに言及しているある部分と連関しているように思えますし,メナセがどういう人物であったかの一端を明らかにします。これを考えておくことも徒労ではないでしょう。
 この手紙には信憑性を疑わせる部分が含まれています。手紙の最後でルイは,メナセ邸での話題は自分には興味がなかったから,中途で人びとに別れを告げて立ち去ったと書いているからです。興味がない話題をルイが真剣に聞いていたかということを問題としなければなりません。
 ここまでの部分でいえば,メナセが少年をバルーフと呼んだ点は,疑いなく事実でしょう。こうした部分は聞き間違えることはないからです。ましてルイは,少年の姓は知らなかったといっているわけで,逆にいえば少年の名前には注目したということの証拠です。
 次に,僕がこのメナセ邸で行われていたのが私塾であることを推定した部分に関しても,疑う必要はないと思います。なぜならこの部分の話は,バルーフがルイに対して語ったことであって,ルイはそれを聞いていたから記述できたとしか仮定できないからです。いい換えればこの部分は,ルイが自分には興味がないといった話題のうちに含まれていないと考えるべきでしょう。
 最も問題となるのが,おそらくこれから検討する,メナセの発言です。しかしこれに関しても,ルイは大筋では正確にメナセの話を記していると理解して問題ないと思います。というのは,この話題に関しては,ルイ自身が質問をひとつメナセに対してしていて,メナセもその質問に答えているからです。事前のメナセの話,質問の内容,それに対するメナセの解答は,矛盾なく連関しています。メナセのことばがそっくりそのまま記述されていることはあり得ないでしょうが,大筋ではルイは正確なことを記述しているといえるでしょう。
コメント
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