スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ラスコーリニコフの倫理観&知己

2015-06-06 19:25:53 | 歌・小説
 ラスコーリニコフのソーニャ観というものが,自身の意志による殺人と止むを得ない事情からの売春とを同じ意味で悪,一線を踏み越える行為であるというラスコーリニコフの倫理観に端を発していると考えてみましょう。このとき,このような倫理観の根拠としてラスコーリニコフを支えたものは何であったのでしょうか。
                         
 普通に考えたなら,それは宗教的な教えではないでしょうか。殺すということと,性行為をなすということを,同じ意味において悪であると規定できるのは,その種の教え以外にはあり得ないように思われるからです。
 ラスコーリニコフにとってその宗教がキリスト教であることは当然です。ドストエフスキーの小説がいかにロシアのキリスト教と深い関係を有しているかの説明のひとつ,ラスコーリニコフの場合からそれは明白でしょう。そして実際に,殺人と売春を同じ意味で一線を超える行為であると規定し得る要素が,キリスト教にはあります。分かりやすい一例をあげれば,新約聖書のヤコブの手紙の2章11節に,「姦淫するな」と言ったイエスは「殺すな」とも言ったという主旨の記述があります。これは明らかに売春と殺人を同じようにイエスは禁じたのだと,ヤコブは解したということの証明です。ラスコーリニコフがヤコブと同じようにこれをキリスト教の教義と解したとして,何ら不思議ではないことになります。
 こうした推論から帰結するのは,ラスコーリニコフはひとりの人間として,自身が解するキリスト教の教えの内部から,完全に逸脱していたわけではないということです。少なくともラスコーリニコフが,金貸しの老婆を殺すことは,悪であるよりはむしろ善であると結論付けていたのは間違いありません。つまりイエスが「殺すな」という教えていたとしたら,それは全面的に正しくはないと考えていた筈なのです。ところがラスコーリニコフのソーニャ観がいみじくも明らかにしているのは,そこから完全に脱してはいなかったということなのです。
 もしもラスコーリニコフが自身の思想によって完全に教義と解していたものから逸脱していたとしたら,ラスコーリニコフのソーニャ観はあり得なかったでしょうし,ソーニャに共感を寄せることすらなかったでしょう。たぶんラスコーリニコフはソーニャに罪の告白をしないまま,逮捕されることになった筈です。

 『フェルメールとスピノザ』で著者のマルタンが主張している,フェルメールの「天文学者」という絵のモデルがスピノザであるという点に関しては,先に踏まえておかなければならないことがあります。そもそも絵のモデルがだれであるのかを問う以前に,スピノザとフェルメールとの間に交流があったということ自体が,史実としては不確定であるからです。いい換えれば,スピノザとフェルメールは知己の関係ですらなかったかもしれず,そうであるなら絵のモデルがスピノザであろう筈ありません。
 史実として不確定であるということと,事実としてそうではなかったということとの間には相違があるということは僕は認めます。おおよそ350年前に,ある人間と別の人間が知己であったか否かということは,はっきりと知己であったということを示す資料が残っていなければ確定することはできません。フェルメールについては僕は分かりませんが,スピノザについて残っている資料からは,フェルメールと知己だったことを示す材料はありません。ただ,だからスピノザの人生がどういう経緯を辿ったのかということがすべて判明しているわけではありませんから,スピノザがフェルメールと知り合いであったということを,絶対的に否定することは不可能であるといわざるを得ないでしょう。
 マルタンにとって,自説の契機となっているのは,おそらく以下のふたつの点にあったと思われます。ひとつは,「天文学者」というタイトルで発表された作品は,当初は「哲学者」というタイトルであったという点です。つまりこの絵のモデルが哲学者であった可能性をここに見出せます。もうひとつは,スピノザ自身が描いたとされる自画像が,「天文学者」のモデルによく似ているという点です。スピノザによる自画像は,本の中にも掲載されていますが,単純に顔だけを比べたとすれば,僕には確かに似ているとしかいいようがありません。これらふたつの点を発端として,マルタンは「天文学者」のモデルがスピノザではないかと推測しました。そのためにはまずふたりに交友関係があったことを示さなければなりません。ここからマルタンの推理が始まります。
コメント
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