↑ こちらダリ・プロデュースの「メイ・ウエストの唇ソファ」。
悪趣味ですがインパクトあるインテリアが会場に展示されておりました。
ダリ展、行きました。いや、すごい!
ダリといえば、私にとっては画家になりたいという気持ちを起こさせた人。
集英社から発売された美術全集第一巻980円の画集をがそれでした。
同年代、美大時代の友人の中には、この時のダリの画集に魅せられた人間も大勢いますが、当時サルバドル・ダリは存命中。あのダリひげと奇妙な言動と共に、まさにアイドル的な存在でした。
そんなダリが世を去って20年近く。
あらためて見たダリ作品ですが、年代順に展示されていたものを見て、この作家のことも時代的な背景も、あまり知らずに見ていたことに気づきました。
そして昔、ダリを初めて見た時と今では、だいぶ見方に違いが出てきました。
今でもダリは好きな画家ですが、自分が変わったのでしょう。
10代の時に見た気持ちとは同じではありませんでした。
人というのは、若い頃の方が心の中に怪物を飼っていたりするもの。
ダリの絵とは、見るもののその怪物を強引に引き出すような力があるのです。
それは、ダリ自身が誰よりも心の中に怪物を大勢飼っていたからかもしれません。
愛甲さんが私について「小暮さんは、絵を描くことで心の中のモヤモヤを消化していった」と見てくれたそうですが、 それは本当でしょう。
自分の心の中の怪物くんが小さくなったからでしょうか。幸か不幸か、前ほどダリの絵の中に吸い込まれることはありませんでした。
ところが面白いことに、今回の展覧会で初めて気づいたのは、ダリ自身も本当の意味で「心の中の怪物」を飼っていたのは20代くらいまでの話。
成功して多くの仕事を受け、描きまくるようになってからは、どうやら心の中の怪物たちを使い切ってしまったようです。
花風社で言うところ、「回数券」を使い切ってしまったのですね。
顕著だったのが、アメリカに亡命して大成功をおさめてからで、ディズニーの仕事やら、ヒッチコックの映画のデザインまでこなしたダリの仕事の中に、あの溶けた時計「記憶の固執」にひそむ怪物たちは影も形もありませんでした。
これはムンクが「叫び」以降、成功をおさめてからの作品に、モンスターがいなくなったことにも似ています。
再びダリの心の中に怪物が目覚めるのは、1945年の広島・長崎の原爆投下以降でした。
原爆投下をきっかけに多くの芸術家たちが反戦の旗を立てる中、さすがに天才ダリは違います。ダリが創造の源にしたのは、原子物理学と宗教でした。
僅かな物質が壊れることで膨大なエネルギーを産み出す物理学の世界と、宇宙の存在、宗教という要素をダリは絵画化しはじめるのです。
あの傑作「ポルト・リガトの聖母」の展示は必見。
この作品、福岡の美術館が収蔵してあるのも驚きでした。
あのアバンギャルド映画「アンダルシアの犬」も上映されていて、これまた15分という短編ですからご覧あれ。
ともあれ、ダリの毒気を堪能すること150分。
必見の展覧会です!
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