浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

犬死に

2006-04-20 23:56:47 | 日記
僕の家にはデスクがあって、そこにPCがおいてある。仕事したり(あまりしないけど)、イタリア語勉強したり、インターネットを見る時にはそこに座っている。

目の前の壁に小さなホワイトボードが掛けてある。ちょっとメモったり、払わなきゃいけない請求書をマグネットでくっつけたり。

たまにだけど友人と飲んでて酔っ払ってメモをして次の日読めない、ということもある。(こういうのがすごく訳わからなくて面白いメモだったりするとそこから面白いアイディアが生まれ、ノーベル賞とったりするんだろうけど残念ながらそういうのはない。だいたい生活がドラマティックじゃないんだ)

最近、ふと思ってメモった言葉は「犬死に」。考えたらすごい言葉ですよね、「犬死に」。「いぬじに」です。


辞書を引くとこう書いてある。

[名](スル)何の役にも立たない死に方をすること。徒死。むだじに。

犬が死ぬ、と書いて「無駄死に」ですよ。死んだ犬も浮かばれませんよね。

でも何かのために無駄だと思っても身を投げることは大事なときもあると思うんだよね。。。(ちなみにほんとに死んじゃだめですよ。身を投げる、というのは比喩で。)

無駄だと思っても「これ!」と身を投げることは大事だと思うんだよね。部下のために犬死にだと思っても上司とぶつかる、とかさ。

僕がちょっとハードなロックバンドを組むとしたらバンド名は「犬死に(inu-zini)」にしようかとも思うよ。(ちなみにちょっとPOPなバンドだったら「スターダスト・ロンリーハーツ」)

うーん「犬死に」すごいなぁ。
ちなみに英語では「die for nothing」です。

覚えられる人

2006-04-20 02:35:05 | 日記
特技らしい特技はあまりない。(謙遜じゃなくて。「JOJOの奇妙な冒険」のスタンド名言える、というのは特技にならないでしょう?) 口笛もふけない。バク転も出来ない。円周率も4桁しかわからない。 でも最近、「もしかしたら特技なのか?」と思うことがあった。

それは、「食べ物屋さんの人によく顔を覚えられること」

先日、新宿のバーに行った。行くのは二回目。一回目は私服で一人でカウンターで飲んでた。特に何もしゃべってないし迷惑もかけてない。ぼけっと酒を飲んでただけ。そして1ヵ月後くらいに女性と二人で行った。今回はスーツ。そしたら会計時に「こんなにすぐ来ていただけるとは思ってなかったですよ」と言われた。

こういうことって結構ある。三回しか行ってないのに「顔なじみですから」と言われたり。たまに行く中華料理屋の店員さんに「おひさしぶりです」と言われたり。そりゃ向こうは客商売だから顔を覚えるのが当たり前だろうけど。特に珍しい顔をしてるわけじゃないんですよ。

えーっとちょっとうれしいですよね。それだけ。

書かないわけにいくまい

2006-04-20 01:49:55 | スポーツ
基本的にこのBlogで野球の話は少ないはず。一度「古田2000本安打」の時に書いたかな??というくらいですね。WBCも書きそびれていた。

書かない理由はあるBlogで「野球と政治と宗教の話は書きません。喧嘩の種になるから」という文章を読んだから。

…というのはうそで単に僕が野球に興味があまりないだけ。子供の頃から何かと言うと男の子は野球、というのがなんかやだったし、ナイター中継でドラマ録画がうまく出来ない、というのもやだった。でもまぁ最近「ま、いんじゃないの野球」というスタンスになりつつある。

個人的な意見かも知れないけどスポーツに関して年々許容範囲が広がっている。昔は「マラソンの何が楽しいねん??」と思ってたけど最近は「ま、いんじゃない」と思ってる。その理由は多分、「自分が出来なくなっているから」だと思っているんだけどね。子供の頃は「俺が本気だせば巨人なんて入れるよ。だって球をバットで打つだけでしょ?」と心のどこかで思ってた。「マラソン?走るだけでしょ?」みたいなね。でも残念ながら年々「うーん、俺はどう考えてもドラフトにはひっかからないな。これから努力してもちょっと無理だな」と思ってしまうわけです。そうすると「彼らはすごいな」と思う。

話がずれた。書かないわけにいくまい、と思ったのは新庄の引退の話。現役の野球選手の中で好きなのは古田、清原、イチロー、そして新庄。「新庄引退」と聞いたときには「おいおい」と思ったけど、インタビューを聞いて「案外本気なのかも知れない。(レベルはぜんぜん違うけど)気持ちはわかる」と思った。

取れると思ったボールがワンバウンドする。
刺せると思ったランナーが刺せない


同じようなことは江川も引退の時に言っていたらしい。

力が落ちた、と言っても回りは「そんなこと無い」というだろう。
野球で言ったら投げた球でバッターをライトフライにしとめている。
しかし、投げている本人はわかる。
「さっきの球はライトがあんなに背走して取るはずの球じゃなかった。
 ライト前にぽとりと落ちるはずだった。
 確実に球威は落ちている。
 いつかライトを超え、スタンドに入るだろう」
辞め時だと思った。

-「哲学」島田神助・松本人志、という本より。

スポーツというのは残酷で、多分本当にこう思うときがあるのだ。これが普通の仕事だったら違う。衰えた、と思わず過ごす人もいるし、衰えた、と思ってもテクニックやなんやかやでカバーする人もいる。それが悪いことだったり、かっこ悪いことだとはぜんぜん思わない。スポーツ選手の中にもいると思う。「直球が衰えたのでカーブで勝負する、でも好きだから辞めない」 それはそれで僕はかっこいいと思う。

でもなぁ、「衰えたら辞める」と思っている人が衰えを感じたときにはその気持ちを変えさせることは出来ないんだよな。

新庄、本当にかっこいい選手だと思います。

Just in time

2006-04-20 01:05:45 | 
最近、本の感想をBlogに書いてなかったんですが、ここ二週間くらいずっとこの本を読んでたんですよ。

キャッチャー・イン・ザ・ライ J・D・サリンジャー著



ライ麦畑のキャッチボール、を村上春樹が訳したもの。「うーんどうしようか」とずっと思っていたんだけどペーパーバック版(ちょっと安い)が出たんで購入。個人的な意見なんですけど、ちょっと読みづらいんですよね。もともとあまり翻訳物が得意ではない。ほんとにちまちま読んでました。正直言って冗長に感じるところもある。主人公がなんか愚痴ってるだけじゃん、と。ただ途中で思ったのは「もし僕が15歳だったら多分何か感じるところが違ったんだろう」ということ。だっていまの僕は主人公よりも主人公が愚痴る「大人」に近いしね。

本には「読み時」があるんじゃないかと思っていて、やっぱり多感な頃に「ナルニア国」とか読むべきだと思うしね。

ただこの本の主人公が「Cather in the ryeになりたい」という気持ちは良くわかる。

読み時逃した感じの二つ星★★☆☆☆

さーってとちょっとスカッとするの読みたいな。伊坂幸太郎とかねー、包帯クラブとかねー。