つらいと思う日々に

いたずらにわが身世にふる・・・

仁政への変革

2024-03-02 | Weblog

善政=人民の幸せや社会の福祉を考えるとともに、是非曲直を正す、良い政治。

悪政=人民の幸せな生活を妨げる、悪い政治。

一歩進んで二歩下がり、三歩進んで一歩下がりながら進んでいく。

何ともじれったい進み方であるが、仁政へと変わっていく。

もうじき徳政令発動、地球規模であると受。

一つ一つの魂、天命として授かる、その身において自由を覚るためである。

自らに由るものとして、自由エネルギーである。だから、吾が心を覚るとして覚悟をもって生きよ!

人生100年時代となってきた

「急がば回れ」と言われるように、また、「慌てる乞食は貰いが少ない」とも言われるように、

焦ってはならない。馳せる心に隙が生まれる。地にしっかり足をつけて歩んでいればよい。

慌てるところに陸(ろく)なことが無い。つまり、陸地がなければ足をつけることもできないため歩むことができない。

生きていながらお化け状態、幽霊である。

足は「たる」とも読む。足がなければいつまでたっても、足ることを知らず足を欲しい欲しいと彷徨う。

若い人、若気の至りで便利を好む。階段とエレベーター・エスカレーターがあれば、迷わず機械に頼る。

常に便利に依存する。足を駆使することがない。

忙しくなる社会において。健康に気使いながら運動に時間を割くも、足があるのに階段を避けて、

便利な方になびく。そもそも、その気使いが自らを害う因。世の中は不便にして成長、進化する。

便利にして後退、退化していく。それは自然にして不思議な事である。頼るのは自身の若さに!、

すれば自然に成長していく。他に安易に頼れば、不自由となっていく。

足があるのに足を使わなければ、自然に足は要らないものとされて、足が使えなくなっていく。

「若さ」は可能性である。若いが故の過ちは正していくことができるが、

老いてからでは遅過ぎるとなる。過ぎるという字は過ちとも書くのである。

 

 

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