雲ひとつない晴天の1月のある昼下がり、JR身延線、富士宮駅前で雄大な富士山をバックに大声で男性が何か訴えている、いや、ガナっている。きちんとスーツを着込んでおり、他にも何人かの男性が並んでいるところからすると別に怪しい軍団ではないらしい。駅出口の高架橋上から眺めるともなく見ている男性に聞くと、近くにある管理者養成所の研修の一環だそう。
管理者養成所とは社員教育、特に部門を担う管理者向けの研修所で、管理職に求められる基礎的能力を育成するのだそうだ。通称「地獄の訓練」とはあな恐ろしい。しかも13日間で30万以上もするからかなり高額。
ガラガラ声で一本調子(失礼)で大声を出しているので演説かと思いきや、「セールスガラス」という歌を歌っているのだった。が、それにしても、全く歌には聞こえない。3分ほどの「歌」が終わると、男性は「ありがとうございまーす!」と深々と一礼。すると、向かい側にいた厳しい目付きの男性が両手を挙げて大きな丸を作った。歌手のオーディションなら落第だったろうが、研修では及第点をもらえたようだ。
この駅では見慣れた光景らしく、駅のホームでは、電車を待つ年配の男性客が「あ、丸が出たな」「女には甘いからすぐ丸を出すんだよな」などと言いつつ見物している。かと思うと女子高生は「またやってる~」「あの人達って、エリートなんだって~」「あんなのやってまでエリートになりたくな~い」などとゆるいコメントを発していた。
「これで研修は終了ですか」と歌い終えた男性に聞くと、まだまだ続くそうだ。しかし、駅前で大声を出すことは、迷惑防止条例にひっかからないのだろうか・・・・。また、これによって管理職に求められる基礎的能力が育成されるのだろうか。色々な意味で不思議な光景だった。
これまた日本的と言うべきでしょうか。日本の職場の特徴として「仕事に関係ないことを要求したがる」点が挙げられると思いますが、まぁ他国の就業環境については聞いた限りの知識でしかないのでその辺は保留しておきます。ただこれが日本に特異なことではないとしても、「研修」の内容が職務と無関係というのはどうなんでしょうね。まぁ、研修する側及び研修を経て企業社会に順応した人からすれば、ちゃんと仕事に役立っているということになっているのかも知れませんけれど。
企業研修先としては自衛隊など大人気ということですが(参考)、この辺も海外ではどうなのでしょうか。日本と似たような社会もないことはないと思いますが(お隣さんとか)、新人研修と称して軍隊に体験入隊させる、軍隊でビジネスに必要な知識や技量が得られると本気で信じているような社会って、やはり特異なのではないかという気がします。結局のところ、軍隊的な上意下達の精神を身につけること、会社の命令ならどんな馬鹿げたことでもためらいなく実行すること、この辺が求められているわけです。
この程度で迷惑防止条例を適用する必要はないにしても、まぁ周囲を省みず声を張り上げるのは褒められたことではありません。でも、そういう訓練が役に立つ場面もあるのでしょう。例えば会社の利益のために不法行為を働かせようという場面を考えてください、真っ当な人だったら躊躇してしまうかも知れませんが、「周囲の迷惑を省みず命令されるがままに大声を出すこと」に慣れきっている人間だったらどうでしょうか? 不法行為だろうと気にせず会社の命令を躊躇なく実行できる、そんな人が育っている職場は珍しくないように思われます。
時給700円でどう生きるか 中学校、現実直視の授業(朝日新聞)
出口が見えない不況、正社員にもなれない時代。そんな中でどうやって自分を守っていけばいいか――。こんな「現実直視」の授業を中学校で展開する教員が出始めた。行く手は厳しいが、教え子たちに何とか身を立ててほしいという思いからだ。実践例は日教組の教研集会で報告される。
「だまされないで生きるため」
宮城県柴田町立槻木中学校の高木克純教諭(53)は、3年生の社会科の授業でこう板書して生徒たちに示す。年間で約30時間かける「したたかに生きぬくための経済学習」の一つだ。
授業では、若者の2人に1人が非正規雇用で働いている現実を伝える。例えば、時給700円だと月収は10万円ちょっと。中学生には大金だが、これで生活のすべてをまかなうとなるとどうか――。高木教諭は、こう順序立てて生徒たちに説く。アパートの家賃、食費、光熱費。一人暮らしの前提で家計簿をワークシート形式で書き込ませると、「毎日ご飯をファストフードで済ませても足りない!」「生活費以外を抑えないとやっていけない」という声が上がるという。
ハローワークの情報誌を素材に、雇用条件を把握するためにどうやって求人票を読み取るかもみんなで考える。派遣切りやリーマン・ショックなども授業で取り上げる。最初はピンときていなかった生徒たちも、授業が進むと「労働者がレンタル品みたいになっている」「派遣という形で安い賃金で働かされている」といった感想を口にするようになるという。
高木教諭は5年前からこうした授業を始めた。高校を卒業して就職できない教え子たちの姿をみて、中学の時から厳しい現実を伝え、乗り切るすべを考えさせねば、と考えたという。「子どもたちを取り巻く状況は暗い。しかし、その中で明るく元気に生きていく力を付けてほしい」
この辺も、何かと世知辛いニュースです。まだ夢も希望も時間的余裕ある中学生相手なら、不況に対応した生き方ではなく不況でない世の中にしていくことを考えさせた方が良さそうですが、まぁこういうものなのでしょうね。社会を変えていくことより、社会に合わせて人間を変えていく方が簡単ですから。
見出しの「時給700円でどう生きるか」よりも、もうちょっとマシなところに就職できるような方法論に授業の力点が置かれているのではないかとも推測されますけれど、椅子の数が決まっていることまでは教えているのでしょうか。たとえば体育会系の部活動に入って上意下達の精神や「コミュニケーション能力」を身につけさせておけば就職口は広まるかも知れません。しかし回りが同じように体育会系の部活動に所属していたら意味が無くなってしまいますよね?
自分だけ大卒で回りが高卒だったら有利になるかも知れませんが、高卒では就職に不利だからと誰しもが頑張って大学を卒業するようになったら、その時点で大卒のアドバンテージなど消し飛んでしまうわけです。テストの上位20名まで合格で、後は時給700円ですよ――そんな教え方をするのが最も有効な「厳しい現実」の伝え方かたのような気がします。つまり、努力して上位20名以内に入れば自分は助かるけれど、入れ替わりで他の人が追い落とされる、どう頑張っても合格する人の数は変わらない、そこまで教えられれば意味のある教育になるのではないでしょうか。そこで「自分だけでも合格枠の中に」と考えるか、「枠を広げなければどうにもならない」と考えるか、その辺を意識させられればと思います。中学生には早いかも知れませんが、変に不況への適応方法を教えて「不況慣れ」させるよりはマシではないかと。
何かと民間企業の「悪いところ」を見習わせようとする風潮が強いですからね。今は例外的な存在でも、似たようなことを始める役所は増えていくのかも知れません。とはいえ、民間企業を見習えと言われて実際に民間企業を見習ったことで、やっぱり叩かれるのが役所ですけれど……
この手の宗教的儀式を行うのは変な中小企業で、
役所がふざけた研修をするイメージはないんですけど。(橋下王国は除く)
あくまでもイメージですけどね。
この研修が役所だったら、マスコミとステレオタイプに「非効率なお役所体質」として失笑されていたでしょうに。
まぁ大学なんかも教養人を育てるのではなく、専門学校的な性格を強めるばかりですからね。社会を変えていくことなんて考えない、現状(=低賃金)のままで自分を適応させていくような安易な処世術の方が需要があるのでしょう。
労力とか責任などに対しての報酬が乖離しすぎていることは、話にならないことです。
そういう教育をしなくて良ければ話が変わることは承知の上ですが、敢えて書くことにしました。
節約生活は、ノウハウ本に任せて、教育者として学ぶことや社会のことを教えることに専念して貰いたい、それが生き方を教える一義と思います。
朝礼で絶叫させられる会社は多いみたいですね。私もそれっぽい会社に当たったことがありますし、何かと宗教じみた盛り上げ方が好まれるようです。
>貧乏を前提に生きなければならないと~
これも問題なんですよね、もうちょっと先進国に相応しい、経済水準に相応しい健康で文化的な生活を、当然の権利として要求できて良いはずなのに、どうも低賃金を前提にして、それに対応した生き方が推奨されるばかりですから。それは何かがおかしいと……
テレビで見たのは野外でやっていたのですが、自分の夢や目標を大声で叫ぶ人は「夢などを声に出すことでやる気が出る」、聞いている方は「元気を貰える」とか言って絶賛してました。
私だったら、やる側なら「ばかばかしい」と言いますし、聞く側なら塩でもまきますね。
2本目の記事は、私もネットで読んだのですが、「だまされないで生きるため」というこの授業をすることによって、貧乏を前提に生きなければならないと騙されてるように思います。
そう感じるのは私だけなんでしょうか。
京セラと言えば宗教的風土で名高い会社のはずですが、一般の人は業績の悪くない会社の社長だったらマトモな人だと思っちゃうんでしょうかね。ある意味、宗教には寛容というか諸々の宗教的価値観を無自覚なまま取り入れがちな日本ですから、稲盛教も自然に受け入れてしまうのかも?
>介護員さん
賃金を出させる、それも自分だけではなく、普通に働いていれば誰でも、という状況を作るにはどうすべきか、そこまで踏み込めれば良いんですけれどね。
>GXさん
中国でも「若者を鍛え直す」目的で軍隊が活用されているそうですし、韓国でも徴兵を勤め上げて一人前みたいなところはありそうですからね。文化の近さを感じます。いずれにせよ個人レベルの努力では競争を激化させるだけで、全員が頑張っても合格する人の数は変わらない、そこから先を考えられるようであって欲しいですよね。
>シトラスさん
よく「永田町の常識は~」みたいな言い方をされますが、それ以前に「社会人の常識は世間の非常識」でもあると思うんですよね。でも、その社会人の常識を身につけないと仕事には就けなかったりして……
>コンポコさん
本来なら経済的に豊かになっていく過程で、労働環境も経済水準に相応しいものになっていかなければならないのですが、日本はその辺が未成熟なまま衰退期に入ってしまったのかも知れません。この辺を変えていくことを学ばなければならないところですが、まぁ椅子取りゲームの攻略法を探すことの方がまだまだ主流のようです。
こういうのを見てると日本人の精神は未だに前近代のままだなとつくづく感じます。
隣国である韓国の状況ですが、精神論が尊ばれ、ダラダラと効率の悪い長時間労働をしてる点は日本と同じです。
(年間労働時間は韓国の方が短いようです)
日本よりまともなのは、新卒一括採用がないのと、サービス残業なる違法がない事で、
日本より酷いのは雇用保険が非常に貧弱であるのと、非正規社員の割合がかなり多い事です。
(日本も雇用保険はかなり貧弱でありますが)
私の調べた限りではこんな感じですが、日本と韓国の労働環境の劣悪さは群を抜いてるのは確実だと思います。
理不尽な椅子取りゲームをうまく生き残る手段を教えるのもいいですが、その理不尽さをなくす事を教える方がもっと大事だと思います。
授業の方ですが、まあ、非国民さんのおっしゃることの方が大切だと私も思います。就職は結局のところいす取りゲームであり、しかも主催者側が勝手に数を減らしたり、主催者側の判断で「負け」にできたりするなどなんでもありな条件下で行われているものですのに…。日本では気付かれないのか、当たり前と思われているのか…。相も変わらないこの勤労状況を見ると行く(就職)も地獄、戻る((無職)とどまると言うべきか?)地獄で、苦労して就職してもまた地獄が待っているなと、ブルーな気持ちになってしまいます。
当たり前の賃金を出させるためには‥と言う教育をすべきだ。
いったいどこの高級SMクラブですか(笑)。
そう言えば少し前に、京セラの稲盛和夫氏が日航CEOへの就任を受諾したというニュースがありましたけど、"沈まぬ太陽実写版"だとか言ってその稲盛氏を無邪気に称えるような"一般の声"が予想以上に多くてひっくり返りました。
「京セラ従業員の墓」というなんともキモいものが京都に実在する話って意外に知られていないのかしら。
>何かと世知辛いニュース
確かにそうですが、その一方でとりあえずの「第一歩」になるのではと前向きに捉えたい気もします。
少なくともこの中学生は、ホームレスや失業者を見掛けると悪罵を投げつけて殺しにかかるようなクズ野郎を醒めた目で見ることができるようになれる可能性がありますから。