さて早期解散論もある一方で政府与党としては出足で躓きカードの切りにくいところ、そのせいか私の地元では何の動きもありません。選挙が近くなると自民党の人が駅前で名前を連呼するようになるのですぐにわかるのですけれど、普段から駅前に立っているのは共産党の人だけです。たまに民主党の人も出てくるのですが、私の住む地域では自民・民主連立政権ですので露骨に野党の国会対応を批判していたりします、前原派なのでしょうか。そんなわけで実績を重んじる私にとって選択肢は単独野党である共産党しかないのですが、さて私の選挙区から共産党候補が立候補するのかどうか、そこが問題で……
今朝も共産党の人から活動報告のチラシとパンフをもらいました。「日本共産党はこんな政党です」のアレですね。まぁ内容には概ね賛成なのですが、私に言わせれば共産党ぐらいが「中道」ですから、多少は批判したいところもあります。右からの批判は顧みるに値しないと切り捨てるとして、では左から批判するとしたらどんなものでしょうか。
例えば「日本の領土である千島列島と歯舞・色丹の返還をもとめる」なんて記述があります。これは歴史的経緯よりも日本政府のイデオロギーを優先させた立場ですね。戦前の一時期に領有していたことがあるだけで「日本の領土」と言い切るのはどうかとか、百歩譲って国家が成立していない地域に対しては周辺国が支配権を主張できるとしても、やはり歴史的経緯をふまえていない、かつて歯舞と色丹の二島「返還」を要求していた日本に対し、ソ連が北方領土の山分けを提案したとき――歯舞と色丹の譲渡を提案したとき――突如として現を翻して四島返還論を持ち出して交渉を破談にさせたのはどこの国か踏まえた上での主張なのでしょうか。
そして仮に二島が日本領に組み込まれたとして、では現地住人をどう扱うのか、単純に領土が増えれば日本の国威は盛り上がるかも知れませんが、日本はよくても北方領土に住む住人にとっては災厄でしかありません。もし自分の住んでいる地域が、政府間の合意によって別の国に移管されたとしたらどうですか? それも、外国人差別の甚だ強い国に? 日本という国家にとって領土獲得は好ましいかも知れませんが、そこに住む人間にとっては迷惑な話、共産党の主張も領土問題に関しては人間よりも自国を優先する発想に基づいています。ここは自覚すべきですね。
もう一つの問題は、パンフの中で「外米」という言葉を使っていたことです。例えば「外人」も「外国人」も指し示すところは同じです。しかし意味が同じだからこそ、どちらを好んで使うかで、その人の考え方が推し量られるものではないでしょうか。そこで「外米」です。「輸入米」と呼んでも同じものを指し示すでしょうけれど、共産党が選択した言葉は「外米」でした。「輸入米」と書いても意味は変わりませんが、言葉として採用されたのは「外米」だったわけです。
なんとなく「外国人」と言うより「外人」と言いたがる、それと似たセンスを感じますね。別に「外米」ってのは差別用語でも何でもないのでしょうけれど、ニュアンスとしてはどうでしょうか。「外国人」と「外人」の間にあるものと同質の違いを「輸入米」と「外米」の間に嗅ぎ取る人もいるでしょう。あたかも排除すべき異物のごときものと扱っているのではないか、と。
まぁ以前にも軽く触れたように、食や農業の問題はとりわけナショナリズムに結びつきやすく、かつ無自覚/無批判に扱われやすいものです。かの維新政党・新風wの関連団体の出版物では「ご飯はえらい!」「ご飯ばんざーい!」と日本の米食が讃えられているわけですが(参考)、同様の傾向は極右だけに見られるものではないでしょう。さすがに共産党は露骨に日本食万歳とはやりませんが、「外米」という言葉遣いの裏には排他的優越意識が、日本米への宗教的態度が潜んでいる気がします。この辺では共産党でさえ“No Border!”の発想には距離を置いているようで。
まぁ、その辺が気になりました。他は基本的に賛成です。
言い出すと、北海道そのものが先住アイヌ民族の住居地
(そもそも、アイヌ民族に「領土」という概念がなかった)
「竹島」なんて、誰も住めない島を「領土」あつかいせず、フリー扱いぐらいでいいんじゃないかと思いますし。
「海底ガス田」は、開発せず、後世の子孫のために残すべきじゃないかと。
ちょっとコメントの意味がわかりかねるのですが、仮に歯舞、色丹を北海道の沿岸諸島として扱うことで何か違いでも出てくるのですかね?
「1国1前衛党」はかつてのソ連の指導でもあり、分派を禁止して商標を独占するのに誠に都合が良かったのですが、本来共産主義とはインターナショナルなものであるはず。(日本は旧ソ連と比較にならないくらい「一国社会主義」に向いていない。)
愛国派?の票を逃がすのを心配?していつまでもこの措置を続けるべきではありません。
そこはそう、選挙で勝たなきゃいけない政党には自ずから限界もあって、政党だけでは掬えないものをケアする存在も必要になってきます。そこはNGOや地域コミュニティに役割が求められるところもあるのでしょうけれど、労働への拘束が強く、金銭的な面だけではなく時間的、精神的な面での余裕がない状態では難しいところ、ここを改善する役目は、政党にも期待したいですね。
>焚火派GALゲー戦線さん
まぁパンフに載せていない部分についても批判したいところは数点ありますが、とりあえず今回は「パンフに載せていること」=「党としてアピールしたいこと」に注目してみました。
差別的なんて意味は全く無いと思われます。
国内生産の「内地米」は「あこがれ」の対象でして、小学生時代には「外米」しか喰えなかった自分です。
日本共産党の「幹部」の検閲を通った紙面なら単純に「そんなもの」なんじゃぁ。
60歳以上なら確実に「外米」の方が理解の上では「簡単になります」から。
高齢者向けにアピールしたかったんではないのかと。
昔の言葉をそのまま使っているフシはあるかも知れませんね。ただ、現在では別の言葉が使われるようになったにも関わらず、敢えて昔の表現を使い続ける、そこに何ら問題意識を感じないようなら、その人には疑念を抱かざるを得ません。麻生首相は「太平洋戦争」「第2次世界大戦」とは言わずに「大東亜戦争」と呼ぶそうですが、「外米」という言葉遣いもそれに近いセンスですから。
あの漫画はもう、ウヨに媚びる漫画版産経新聞ですからしょうがないとして、共産党の立ち位置もはっきりしないところはありますね。本音では単独政権を目指したいが、議席が一桁の政党がそれを口にすると大風呂敷に見えて格好が付かない、あるいは単独政権構想を持ち上げると反共産党主義者の過剰な警戒を招く虞がある等々、迷いがあるのでしょう。