非国民通信

ノーモア・コイズミ

必要とされていないから

2007-09-17 21:52:44 | ニュース

日本の子、学習時間2極化に 「勉強役立つ」意識薄く(共同通信)

 東京の小学5年生は欧米や東アジアの子どもに比べ、学習時間の長い子と短い子に2極化していることが14日、ベネッセコーポレーション(岡山市)の調査で明らかになった。「勉強が役に立つ」と考えている子の割合も他国に比べて低かった。調査を担当した耳塚寛明お茶の水女子大教授は「東京は競争する者と、しない者が分化しているのではないか。成績上位層は勉強時間も増えている」と分析。

 「東京は競争する者と~」という言い回しが少しおもしろいですね。じゃぁ、岡山の子供は違うのかと思わずツッコミを入れたくなります。国ごとの調査ではなく都市ごとの調査なのですから間違ってはいないのでしょうけれど。

 それはさておき、問題のベネッセによる調査は速報版という形で公開されていまして、正式なものではないようですが内容を閲覧することができます。せっかくですから、中身を見てみましょうか?

こちらは東京の小学校の時間割

こちらはロンドンの小学校の時間割です
(ICT/PSHEは、薬物教育、シチズンシップ教育、性教育など)

 どうでしょうか? 何かが決定的に違うような気がしないでしょうか? 例えばコマ割も違うわけですが、決定的に違うのはカリキュラムに占める教科の割合です。日本の場合ですと、国語、数学、理科、社会、この4教科を合計しても全授業時間の半分程度にしかなりません。しかしロンドンの学校の場合ですと、国語、数学、理科、社会の4教科で75%を占めます。

 かなり特徴的な教育方針のフィンランドなどは別として、欧米の場合学校とは勉強する場所という考え方が強いため、必然的に国語、数学、理科、社会が中心となり、その他のカリキュラムは付随的なものとして脇に置かれているのが一般的です。逆に日本のように勉強ではなく人格形成に重きを置く文化圏ですと、体育とか道徳とか、その他諸々の教科が増えるわけです。

 しばしば日本の子供達の勉強意欲が問題視されるわけですが、では教える側の制度はどうなのか、そこにもっと目を向けなければなりません。学校にいる時間を基本的に勉強して過ごすのか、それとも学校にいる時間の大半を「勉強」的なイメージとは遠い教科のために費やすのか、日本の現状はどうなのでしょうか?

 体育や道徳、図工や「家庭」こうした教科が日本の学校では半数を占めています。そこに「勉強しなさい」と言われても「何を?」と感じるのが自然ではないでしょうか。明日に備えて予習? 道徳の予習? 今日の授業の復習? 体育の復習? 学校制度自体が勉強に熱心ではないのに、それを無視して子供達に勉強しなさいと言うのはあまりにも無責任です。

 図表を見る限り、日本の子供の家庭における勉強時間はソウルや北京の子供達よりも短めです。とは言えロンドンやワシントンの子供達よりは長めです。しかし、学校での勉強時間を含めるとどうでしょうか? ロンドンやワシントンの子供達は学校でしっかり勉強しているので、家でまで勉強する必要はないと感じているかも知れません。しかし彼らが学校で国語や算数を学んでいる間、日本の子供達は体育やホームルームに明け暮れています。そして不足する学校での勉強を補うべく家庭での学習を求められているとしたら、問題視されるべきは子供達の意欲ではなく教育制度の方です。

 「勉強が役に立つ」と考えている子の割合が他国に比べて低いわけですが、それは要するに、勉強が重んじられていないと言うことです。子供達はそれを感じ取っているに過ぎません。学んできたことが生きないのは、その人が学んできたことを評価する仕組みが整っていないから、「学校」の価値を「社会」が拒絶しているから、そちらを探ってみる必要があります。

 「いつまでも学生気分では困る」と昔はよく言われたものですが、これは要するに「社会」と「学生」が相容れないものとして、「学生」の側が否定されて「社会」の側に矯正されるべきものとして位置づけられているからです。「社会人の常識」なんて代物もそうですね、その外にあるものとは別の価値として独立している、そこに至るまでの過程を積み重ねた結果としてではなく、切り離されたものとしての価値を与えられているのではないでしょうか。よく学んだ人がよい「社会人」になるのではなく、途中で一度リセットされて「社会人」として再スタートを切る、こういう社会システムですと、勉強が重んじられないのは当然の帰結です。不備のある学校教育システムも、こうした社会とは調和しているのかも知れませんね。

 

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7 コメント

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こんにちわ (akaneko)
2007-09-18 02:59:48
えっと、日本の学校では教科のカリキュラムの他、部活があります。遠足、修学旅行、社会見学、受験指導。てんこ盛りです。
土曜が休みだと、子どもが家でゴロゴロしていて、困る、という親の「発想」もあります。
中教審と文部科学省が右往左往で、早く地方分権にならないかなと。
ご教示に感謝し、1票。
失礼します。
目からウロコが落ちました (ぱらいそ)
2007-09-18 21:31:56
いつも楽しみに拝見しております。

「よく学んだ人がよい「社会人」になるのではなく、途中で一度リセットされて「社会人」として再スタートを切る、こういう社会システムですと、勉強が重んじられないのは当然の帰結です。」

この言葉にははたと膝を打ちました。ごもっとも。学歴は評価しても学習そのものの価値をバカにするのが見識ある大人の振る舞いであるかのような風潮がありますよね。教育再生の亡者の皆様はそのあたりいかように考えるのでしょうか。
Unknown (非国民通信管理人)
2007-09-18 22:49:01
>akanekoさん

 ちなみに私の小学校では放課後の部活動への参加が強制でした。運動会にも熱心で、夏から秋にかけての3ヶ月はほとんど授業もやらずにひたすら整列と行進、マスゲームの練習に明け暮れていた記憶があります。日本ですと学校は託児所も兼ねているのでしょうか? もうちょっと学校の役割も分権化した方が良さそうですね。

>ぱらいそさん

 日本は学歴社会ではなく「学校歴」社会だというのを何かの本で目にした記憶があります。どこの学校を出たかは問われますが、何を学んできたかは不問どころか、「学校で学んだことなど役に立たない」とばかりに否定する風潮が強いです。大人が勉強を重んじていないのですから、子供がそれに倣うのも仕方ないですよね。
Unknown (うぺぽ)
2007-09-18 23:14:28
しょせん日本株式会社教育部ですから学校なんて。あれほど勉強した氷河期がフリーター化してたいしたことしてない後続が人手不足ってだけでホイホイ内定とってるんだからそりゃバカバカしいと思わないのが不思議です。
Unknown (Bill McCreary)
2007-09-19 00:12:56
米国なんかでも、体育会系の連中を「jock」とか呼びますけど(学生運動が盛んな時代は、ずばり「右翼」「体制派」ぐらいの意味がありました)、日本では、ろくすっぽ勉強していない彼(女)らを結構喜々として企業が採用してきました(今はどうだか知りませんが)からねえ。外国ではどうなのか勉強不足で筆者は知りませんが、多分日本人は、(勉強していない)スポーツマンが好きなんでしょうね。

あ、それから、日本の公立中学とかが部活にやたら熱心なのは、(たぶん)非行防止のためということなのでしょうね。どのくらい効果があるのかは、知りませんけど。
子どもたちがよくわかっている (tatu99)
2007-09-19 12:28:23
勉強が役に立つかどうか?子ども自身がよくわかっている、中途半端な成績が少々アップしても何も変わらない。
親子一体でトップクラスの私立校を目指す、将来の生活安定(イヤラシサの極致)のために勉強する、一方では人並みに教育を受けて親と同等それ以上の学歴を納めるにもかかわらず親の世代以下の所得レベルにしかならない、新しい階層分化の反映ともいえます。

本当に貧しい時代(戦前かもしれません)は偶々の秀才が特待生奨学生として貧困からの脱却のパスポートを得る事で学校と勉強が評価された、一段上の学校に進むことで上級軍人になれる、立身出世を強く肯定する背景が勉強を重んじた。(但し中位以下の生徒の勉強は不要です)

現在は学力(勉強)が階層逆転の切り札になりえず評価されていないと子どもも気付いているのでしょう。
政治家・芸能人・高級官僚などの2世3世の生活相続権としか勉強(学校)は機能しない、親がDQNなら子どもも同じともいえますが、古くは高校全入運動に始まり実質的に大学全入となった教育の平等化で全員が最上層の収入・職業を目指す事など不可能でした。

勉強が役立つと考えるより知的好奇心の強い児童がクラスに数人いや一人いるだけでいい。学力が中位以下の児童には勉強が重んじられては、これでは堪らない。
Unknown (非国民通信管理人)
2007-09-19 22:52:50
>Bill McCrearyさん

 企業の体育会系信仰は根強いですね。海外からのスポーツ留学生のインタビューなどを読むと、日本の体育会系社会はかなり独特なようで、その独特の体育会系精神こそ企業が求めるものなのでしょうか。例えば、上の命令、組織の命令なら嫌なことでも迷わず「はい」と答えられることとか……

>tatu99さん

 tatu99さんの御意見は結果的に経団連などのお偉いさんと同じところに辿り着いているような気もします。一部の人だけが学べばいい、他は愚かでいて欲しいとする考え方に近いのではないでしょうか。「上級」「最上層」という捉え方をされておりますが、一番上に行くか、そうでなければ無か、all or nothingではなく、誰でも真ん中くらい、一億総中流を念頭に置くならばもう少し違った結論も出るように思います。

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