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Lang ist Die Zeit, es ereignet sich aber Das Wahre.

気候変動、懐疑されるべき懐疑論とは

2010-08-06 16:36:00 | Science




科学的不正疑惑としてのIPCC-gateについては、私は「懐疑論者への懐疑者」というスタンスですが、その理由として、彼等が論拠とするウェブ上の文脈は、ほぼ画一的なソースやコピペに偏っていながら、その支持層が殆ど中身を理解できていないという現状に最も拠るところが大きい。

ところがこの「懐疑派バズ」とでも呼ぶべき人々の声は大きく、「批判媒体」としてのネットの特質と非常に相性が良いらしく、検索をかけてみれば解るのだが、もはや「温暖化肯定論」というものは霞んでしまうほど「懐疑派」の主張が検索結果を一色に染め上げてしまう。


もう一つだけ加えると、私は「温暖化否定論の懐疑者ではない」と言うこと。2011年以降、中長期的には温暖化傾向が弱まるという予測も、肯定派自身によって為されています。どなたかの言葉を借りると、これらの議論には、「研究」と「不正の糾弾」との「文脈の分業」が欠損していると言うのが致命的。



懐疑論の大きな軸を占める太陽活動要因説ではアルベドの問題が、スベンスマルク仮説では硫酸粒子の凝固条件が、局所熱力学平衡については下部熱園の励起濃度が、それぞれ未検証のギャップが大きいにも関わらず「これで温暖化は否定された」と拙速になるあたり、自身が批判を繰り返して来たIPCCの態度と如何ばかり違うのか。

大気中の水蒸気量とCO2濃度の相関から計算される分光学分野での温室効果否定は酷く、その複雑さゆえに環境研究者が長年頭を悩ませている問題を、自称「物理屋」の人々が「自分が一晩計算してみたら違った」と主張しネットに点在している根拠の数々は、CO2濃度に依存するマクロな分子衝突と再励起による創発性を見逃している。


また、海洋、大気循環におけるエルニーニョ(ENSO)、太平洋10年振動(PDO)、北極振動(AO)などの統計的取り扱いについても、其れ自体は有意性を議論する価値があるに違いないものの、いい加減な懐疑論者の中には、物理実体のないEOFデータを「自明なもの」として孫引きしている者も既にいるくらい。(EOF自体は、数値的な変動の相関の解析として、正当な文脈においては肯定派にも懐疑派にも相当の論拠となる)


特に北半球の気温上昇や北極の海氷の融解については、北極振動のトレンドを注視することが重要とされているが、海洋の熱吸収や放射熱、既に失われてしまった多年氷などの要素間の因果を吟味し、外部強制を受ける内部変動モードであることを理解しなければならないのに、「振動現象は自然に上下する周期変動だから温暖化の結果ではない」という語り口も、懐疑派の主張の大きな矛盾の一つだ。


懐疑派の大きい誤解の一つに、気象の観測ステーションの設置やデータ補正が、温暖化でっち上げのために不正に行われていた。という主張がありますが、実はそれ不正でもなんでもなくて、立地ごとの測定値と平均予測を出す為の最適化という合理手段だったというオチも。http://bit.ly/a2HbNJ

IPCCの不正疑惑については、内部告発もあることを踏まえて、今後も追及されて然るべきではありますが、明らかな捏造の意図があるかという証拠については、既に3つの独立機関が調査を行い、不正は認められなかったという結果が出されています。



また、気候変動研究のスポンサーとして原発事業が名を連ねていることについての批判は、今でこそ対立軸が明確化しているものの、当時は「脱石油資源」「持続可能性」との一般的な合意があればこそ、公共との利害が一致している以上、これを「癒着だ陰謀だ」と叩くのは潔癖が過ぎるのではないか。その過程で資本主義的な圧力から生じる不正が、一部では動いているのかもしれませんが。


そして同様の理由から「人為起源の温暖化説」が、政治的ダイナミクスに過ぎないと一方的に切り捨てる向きも信用ならない。「温暖化言説がリベラル派の利益になる為」とアメリカの政治偏向を持ち出しておいて、懐疑論自体が保守派の口実として用いられている(今回のClimategate自体に、その疑惑が抱かれている)事実を、自身に不都合のようには思っていない危うさも見受けられる。



ここまで書いて何ですが、私は気候研究者ではない以上、現状で温暖化肯定派という立場も否定派という立場も取りません。寧ろこれまでのIPCCの姿勢や、否定論への不当な弾圧には、懐疑派以上の懐疑の目を向けています。

また、地球規模の政策決定を科学主導に委ねるという点において、民衆が温暖化研究の専門知識を「鵜呑み」にするだけだった旧来の様態に決別をしたという意味では、科学研究の専門領域におけるOpen Access化が押し進められる昨今、大きな「兆し」となる事例となったことは間違いないでしょう。但し、それは肯定派、否定派両者にとって信奉の対象とならないことが条件です。



温暖化或は寒冷化については究明を含め、食糧資源問題などに関わる気候変動への取り組みは推進するべきでしょう。鋭い懐疑派の方の言葉を借りると「誰が語っているのか」が問題。webは武器であり弱みともなる。








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