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Lang ist Die Zeit, es ereignet sich aber Das Wahre.

THE DARK KNIGHT

2008-08-06 06:41:40 | music7
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>> http://wwws.warnerbros.co.jp/thedarkknight/


□ The Dark Knight / 『ダークナイト』

A Dark Knight
Like a Dog Chasing Cars
Watch the World Burn

Director: Christopher Nolan
Writers (WGA): Jonathan Nolan (screenplay) and
         Christopher Nolan (screenplay)
Score by: Hans Zimmer and James Newton Howard



光と闇の相克。
正義と悪、業と理念、秩序と混沌。
世界が夜の幌に覆われるとき、暗黒の騎士が立ち上がる。


先週末の先行ロードショーで観てきました。
私としては、この映画に最大級の賛辞を贈りたいと思います。

当地アメリカでバイブル的存在として神聖視されているアンチヒーロー、その最高傑作が映画興収の歴史を塗り替える勢いでヒットしているのも頷けますが、今回描かれたテーマは人類にとってもっと普遍的で、世界が今、直面している最も危惧すべきリスクを示唆した重層的なドラマに仕上がっています。



因果と行動、報復と結果。人間誰しもがアルターエゴとして持つ、倫理と憎悪の均衡。Bruce Wayneの内面に鋭く抉り込んだ前作"Begins"とは対照的に、今作ではバットマンの「正義の執行力」としての存在意義が、俯瞰像としての「法と民衆」との関係性の中で明かされます。

そのテーマ性については、実は映画の中で執拗なくらい象徴的に語られていて、わざわざ読み取るまでもないくらい。しかもその語り手が、コロコロと理屈を変える「カオスの使者」ジョーカーであったりするのだからタチが悪い(笑)バットマンは只管黙して行動で語るのが印象的な対立構造でした。


法と悪、ゴッサム・シティの民衆が築いていた均衡を掻き乱したのがバットマン自身であり、仮令それが正義であろうとも、彼の「強制的な執行力」の偏向により社会法規にアンバランスが生じ、集積された「悪」の意思は必然とジョーカーのような「悪の執行力」を必要とした。ジョーカーはもしかしたら、自分がもっと抗いがたいもの、より高次な世界の摂理によって動かされていることを自覚している節があります。


どんな高尚なドグマを大言壮語に載せて語ろうとも、口先だけの義憤が如何に上辺だけで薄っぺらいものか私たちは知っています。しかし、それを一遍の物語としての表層的な振る舞いだけで訴える、映像手段としての「バットマン」というツール、その魅力を最大限に活かしたストーリーテリングは隙がなく、正に奇跡的な面白さに仕上がっていました。



映画完成を目前にして急逝したヒース・レジャーの怪演が光る"The Joker"という存在。過去にジャック・ニコルソンが演じたジョーカーは、狂気と共に何処か威厳を漂わせる「巨悪」というイメージがありましたが、今回レジャーが造り上げた「獣」としてのジョーカーは、どこまでも卑小な存在でありながら、行動原理に全く掴みどころの無い底知れなさを持つトリックスター。映画の核心を露にする狂言まわしでもあります。

(※ ジョーカーにとって、人間の巻き込まれる不条理な事象の混沌は、即ち『消亡の笑い』の的であり、価値の指向が逆転しているように見える。しかし、「笑い」の真性とは、不条理の齎す快楽であるという点において普遍です。)


彼を捉える映像手法は、伝統的なクライム・ムービーとしての情緒も大切にしていて、例えば、一仕事を終えてパトカーの窓から首を振る演出なんかは、その様式美に思わずハッとしてしまうほど。一連のヴァイオレンス描写にも無駄なくジョーカーの「象徴悪」としての説明が詰め込まれています。



世の中に遍在する「人の悪意」を媒介しながら、何処にでも現れ、あらゆる人物の「行動原理」を支配するジョーカー。彼には崇高な理念もなければ、明確な目的すら持たない。ただ悪戯に悲劇を生み出し、対極の存在であるバットマンに「ルールを破る」ことを煽るだけ。(というか、それが目的か)ジョーカーの動機はバットマンがいたからこそ生まれたものでした。

だけどもしバットマンがジョーカーを殺せば、バットマンが「バットマンである存在理由」を失ってしまう。現実世界でさえ、どんな悪人であっても、然るべき状況以外において超法規的手段で葬っても良いという明確な免責条件はなく、たとえ民衆が行使できても、バットマンは自身が抱える矛盾ゆえ行使するわけにはいかない。自分の為に罪を犯す悪を、自分の為に自分が裁くことは出来ないのです。何よりジョーカーの目的は自らの死によって完遂し、即ち皆が「その為に戦っていた」正義の敗北を意味してしまう。



依て、民衆こそが「悪」ではなく、己の「悪意」と立ち向かわなければならない。この映画における「光の騎士」が辿った末路のように、どんなに高潔な理念を持ち合わせた人物であっても、追い込まれる状況、「運」しだいで行動原理が転じることは、実際にあるでしょう。しかし、この世界に生まれた人々は、たとえそれが無力で矮小な存在であっても、人生を生きる瞬間瞬間、誰もが平等に試され、その度に立ち止まって苦悩し、己の行動事由を証明しなければならないのです。

だからこそ私には、この映画で起きることが現実であって欲しいと願わずにはいられません。映画でなくても、もっと目を背けたくなるような惨劇は、現実に数限りなく起こっている。ダークナイトが背負った「光の騎士」の業と負債。その一方で齎された、もう一つの結末。ジョーカーという統合悪に試された民衆による「解答」。




"ダークナイト"のエンターテイメントとしての最大の特徴は、これまでのシリーズで主流だったアクション描写に頼らず、"SAW"のヒットなどで、昨今サスペンスムービーの手法として勃興している『ソリッド・シチュエーション』を随所に取り入れてること。単なるヴァイオレンス描写の連続では齎せ得ない、独特の冷たく醜悪な緊張感が持続し、2時間45分という尺の長さを全く感じさせません。


従来に比べ、クリーンで壮大なイメージの「ゴッサム・シティ」の描写も見所。あたかも、世界中の先進国や新興国の何処にでも存在する普遍的な「都市」としての印象を喚起して、物語の恒久性を助長しています。冒頭部分のビル群の俯瞰は、劇映画としては初のIMAXカメラ撮影によるものだとか。

(また、劇中で裁かれる「罪」も、超常的な暴力では決して無く、マフィアや企業の資金洗浄といった、現代社会の病巣と言えるくらい蔓延してしまったもの)


一方で社会の暗部を泥や血に塗れて這いずり、徐々に伸し上がっていくジョーカーの卑劣な醜行と、方や、財力とテクノロジーにモノを言わせて、圧倒的な「必要悪」を演じるブルース・ウェインの描写を前後しながら、この二つがどう交わっていくのかという期待感を高める演出も見事。(対してジョーカーは、バットマンが手段を選ばず自分を圧倒することを常に『想定』している。つまり、お互いがお互いの手の内で踊っている。)その他多くの映像表現について、この上なく考慮された意匠が施されていて、付け込む余地がありません。

唯一、この映画が「バットマン」以外の「何か」に見えてしまうことを除けば。これは私たち自身に内在する「ダークナイト」、あるいは「ジョーカー」についての物語なのです。



スコアは"Begins"に続いて、現代における映画音楽界の急先鋒として双璧をなすと言って良い二大巨匠、Hans ZimmerとJames Newton Howardの共作。敢えて明白なヒーローテーマを排し、最先端のシネマ音響の効果を熟慮した重厚なプログラミング・サウンドと荘厳なストリングスとの調和/不協和。

"1 rhythm, 2 melodies"(=表裏一体の暗喩)で構成された余りにもストイックなメイン・タイトルを始め、全編を通してあくまでも映像に寄り添うようにして仕上げられた、暗黒に澱んだアトモスフィア。これらは当に今のスコア界を代表する匠によって吟味された、極上の味わいに満ちています。


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2 コメント

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きゃーーー! ()
2008-08-08 23:22:05
きゃーーー!
naoki様!。
興奮して書き込んでしまいました!。
バットマン好きです。
さっきも・・ビギンズを観ていました。

naoki様のレビューだぁーー!。
嬉しすぎます。
読みまくります。
素敵レビューありがとうございますっ。
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>>Sさま。 (n.)
2008-08-10 05:04:15
>>Sさま。
クリスチャン・ベールのバットマンは最高にカコイイです。
いつものように独断と偏見によるレビューですが、
ご笑読いただければ幸いです。

ビギンズとダークナイトは、全くテイストが異なるので、
心の準備をしておくことをおすすめします(笑)
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