体内時計(サーカディアンリズム)、というものをみなさんご存知ですよね。日の光を浴びると松果体が反応してリセットされるとか、健康番組で良く扱われるアレです。実はこの研究は近年最も展開が著しい分野であり、「生命の時間感覚」という私の最も惹かれるテーマでもあるので、その解釈の変遷と最新の研究成果、私自身の思索について、この機会にごく簡単に扱ってみたいと思います。
1.転写制御による遺伝子発現抑制(従来のモデル)
生物を構成する細胞は一定周期で生まれ変わります。死滅と生成のバランスを時間的に管理しているからこそ、生命ネットワークが、この地球環境を適応度地形として共進化を続けることが出来るのです。
2001年になって、この生物時計の原理とも言える画期的なモデルが日本の研究によって唱えられました。
<参考>
産総研プレスリリース
生物に備わる体内時計は、1日約24時間の時刻を体で推し量る、生まれながらの不思議な能力であり、睡眠・覚醒、血圧、体温を含む体全体のあらゆるホメオスタシスのリズムをコントロールしている。ほ乳類の脳の中には、視交叉上核と呼ばれるごく限られた領域にある16000個の細胞群があり、体全体のリズムを作る親時計となっている。体全体には、親時計に支配された子時計が存在して、それはまるでオーケストラの指揮者と演奏者のような美しいリズムを形成しているのである。
リズムは、一つの分子ではなくいくつかの分子の相互作用の結果、形成される。体内時計をコントロールする分子には、PERIOD、CLOCK、BMAL、CRYなどのタンパク質がある。中でも、1日のリズムに合わせて劇的に増減を示すものはPERIODである。『 PERIODタンパク質の合成 ⇒ PERIODによるCRY核内移行 ⇒ 転写抑制 ⇒ PERIOD タンパク質減少 』がほぼ24時間で推移し、これが24時間のリズムを形成する本質と考えられている
発表当時は私も「これは・・・!」と驚いたのですが、というのは、このシステムは正に時計の振り子そのものだと思えたからですね。時計タンパク質→時計遺伝子への転写を抑制することで、時計遺伝子mRNAの相対量が増える(=振り子の位置エネルギー増)→時計タンパク質への合成(翻訳)により(=運動エネルギーへの変換)、その都度制御される細胞のリズムが発振されるというメカニズムなのです。
サーカディアン振動は一種の永久運動であり, 生命の大いなる不思議の一つである。 この振動は振り子の役割をする時計振動遺伝子が振動遺伝子自身を産生する過程を抑制する抑制因子として働くネガティブ・フィードバック機構が基本である。 このフィードバック機構は物理学でいうリミットサイクルを形成する
(引用元:
http://61.193.204.197/html/19911A01004.htm)
2.より「原理的な」最新のモデル
一昨年、名古屋大学・科学技術振興機構のシアノ・バクテリアの研究によって為された発見は、上記の手続きでは拭えない矛盾を一掃する、もっと単純なモデルを呈示しました。
<参考>
http://biol1.bio.nagoya-u.ac.jp/~b1home/04/document/20041117.pdf
http://biol1.bio.nagoya-u.ac.jp/~b1home/04/paper/2005/nakajima.pdf
JST (わずか3つの蛋白質が生命の時間を作る)
このダイナミクスでは、生命時計のセントラル・ドグマを、時計蛋白質KaiCのリン酸化サイクルのゲノムワイドな転写に集約することが可能となります。
クリアされた問題
1.連続条件で約24時間周期
2.代謝レベル・栄養状態を下げてもほぼ1サイクルは約24時間
*ふつうの化学反応は,代謝を下げると遅くなる
3.異なる気温条件で測ってもほぼ1サイクルは約24時間
*ふつうの化学反応は,温度を上げると速くなるが,
体内時計は温度変化にかなり安定
KaiCリン酸化サイクルは単位空間における時間経過と変位を情報素子として記憶することも可能です。このリン酸化振動をタイムスケールの単位と置くことで、細胞外からでも特定の細胞内における生命時計の時刻を計ることが可能となり、より高次なネットワークにおける生命時計の原理解明、または応用的なナノシステムデザインに光明を与えますが、この新たな「振り子」の等時性を明らかにしなければならないことや、シアノ・バクテリアにおける現象がほ乳類にも普遍的か不明であるなど、ここからの研究にはまだまだ課題が山積しているのが現状です。
生きた細胞のなかでKaiC蛋白質のリン酸化がどのように遺伝子発現を制御し、生命の活動を地球の環境変化に適合させているかを解明することである。生きた細胞のなかではKaiC蛋白質はリズミックに合成分解されており、KaiC蛋白質のリン酸化はより動的に機能しており、生物時計の同調と長期間の安定性の向上を実現している筈である。これは機械時計で言えば、脱進器(振り子の動きを歯車に伝えると同時にゼンマイのエネルギーを振り子に与える装置)に相当するものであるが、この理解ももう一つの重要な課題である。
ここ最近の動向では、東京大学の21世紀COEの基盤生命学において、生物の形象が発現する過程で創出されるリズムに「分節時計」という作動原理を見出し、時計細胞間の転写タイミングのズレ(ノイズ)を吸収するメカニズムに触れています。
<参考>
http://www.biochem.s.u-tokyo.ac.jp/COE/research/index.html
3.今後期待できる研究の発展
生命時計は時空間双方における振動現象です。これらの解析をシステムバイオロジーという体系の中でバイオインフォマティクスの技術や、様々な化学的・数理的観点からトレースすることで、生命時計、あるいは生命の時間感覚に普遍的なフレームを抽出(特徴的な遺伝子ネットワークの同定)出来ると考えます。ゆくゆくは生体高分子コンピュータ、その特殊な応用であるDNAコンピューターの基盤技術に結びつくでしょう。
4.思索.
ここで取り上げられた時間振動子の最小単位はKaiCのリン酸化リズムですが、砕いて言うと、化学反応によるリズムは、分子、原子に由来し、更には電子の振動にまで遡ることができるわけです。逆にマクロへ辿ると、リン酸化振動は遺伝子の発現を制御し、ほ乳類においては時計蛋白質の転写から、細胞生成のコントロールを実現し、脳で統括されたシグナルが全身の生命ネットワークの時間を管理・保持する。
特定の生物の体内リズムは、生物ネットワークを構成する多種の個体に対して相対を成しており、更に高次な構造の中で、その関係性のネクサスの中で意味論(定数)的に決定されているとも考えられます。時計を制御する時計を制御する時計・・・まさにフラクタルな奥行きのあるカレイドスコープです。
人間は、あらゆる「時間」の多層構造の中で生活しています。昼夜の間隔、地殻変動、天候サイクル、経済的なタイムスケール、腹時計・・・ここで、宇宙において一貫して共有していると体感できる順方向タイムスケールが、認知論の賜物に過ぎないことに思い至ります。私たちはお互いのリズムのずれで、他者のリズムを計っているのではないでしょうか。
言い換えましょう。振動子と他振動子との共振作用があり(または同期現象に至る過程)、相対の関係性の中で必然的に生じる反応と負荷こそ、「時間の存在」なのではないかということ。当然、人間が経過した時間を「経験した」と感じるには、人にとってのメタ時間を、「時間」として認識する心理的なプロセス(と、それに要する時間)が必要となります。
振動子と他振動子は、様々なパースペクティブに切り替えることが出来ます。「私とあなた(とそれ以外)」、「私たちと、あなたたち」、「私と私が体感する時間」、「私と光速で宇宙へ旅立った私の双子」、「ある人とあるネットワーク(と、排反するネットワーク)」、「ある人の3秒と、ある場所における1317秒」。科学の発展とは、これらの相対性の為すセグメントを、必要に応じて更に細分化し、実効性のある説明と干渉の手段をアセンブルしていくという過程を指す。逆に、そのフレームワークにおいて、これらのセグメントとは常に空事象の関係にあり、人間に取って意味をなさない次元にある時間帯を、『リャプノフ時間』(※過去ログ参照)と定義することができる。
ここに至って、このエントリは実は一年以上前にこのブログで長く扱っていたテーマと合流します。こうして時間的に結晶化されるテクスト間の意味的構造も、各単位時間毎に区切られたセグメントを跨いで自己組織化していく重畳的なモデルと言えるかもしれません。私は、こうしたとりとめのない思索の1ノードを、このブログの外部へと転写することにしました。
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主に日々の雑感や日記のようなものをそちらに記して行きます。
lens,alignは情報発信や批評、テキストブログを意識した、
もう少しフォーマルなコンテンツにするつもりです。
とはいえ、明確な区切りは設けないつもり。
c.r.s.がフラグメントで、lens,align.がセグメントという風に
捉えて頂ければわかりやすいかもです。