Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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オランダにおいてALS患者の安楽死・医師介助自殺(PAS)は高頻度でかつ増加している

2023年06月24日 | 運動ニューロン疾患
最近,岐阜薬科大学と平成医療短期大学にて「神経難病における倫理」について講義しました.題材にした事例は,多系統萎縮症患者さんがスイスに渡って医師介助自殺(physician-assisted suicide; PAS)をしたケースや,同じく海外でのPASを希望し,最終的に嘱託殺人事件に至ったケースです.このように患者さんが「死にたい」と訴えたとき,医療者は何をすべきか議論しました.自分が過去に担当した患者さんの話などをして感極まってしまい,学生は驚いたかもしれません.

安楽死・PASについては,松田純先生「安楽死・尊厳死の現在」が非常に分かりやすくオススメです.安楽死ははオランダだけでなく,オーストリア,ベルギー,カナダ,オーストラリアで厳格なガイドラインに基づき合法的な行為として行われていますし, PASはスイスや米国オレゴン州など8つの州と首都で行われています.しかし認知症や,ALSのような神経難病患者におけるそれらの実態はよく分かっていません.最新号のLancet Neurology誌に,2002年からPASが合法化されたオランダに関するALSでのデータが報告されました.終末期医療の法制化が検討されている他の国々において重要なデータとなるものと思われます.

まず2012から2020年の8年間で,ALS患者4130人のうちなんと1014人(25%)がPASを選択して死亡しています.下図のグラフは1999年から2020年までのPAS+安楽死の頻度を示しています.ALSのみ2012年からのデータになりますが,突出して頻度が高く,かつ右肩上がりに増加していることが分かり衝撃的です.



著者らは,PASを選択したALS患者の担当医や介護者に直接連絡を取り,患者がPASを選択した理由を後方視的に分析しています.回答率は24%(211/884例)と低い結果でした.意外なことにPASを選択した患者とそうでない患者との間に診断後の生存期間に差はありませんでした(15.9ヵ月vs 16.1ヵ月;p=0.58).つまりPASは罹病期間の早期ではなく進行期に行われたものと推測されます.またPASを選択した患者にうつや絶望の頻度が高かったことはなく,しかしより若く,より高学歴という特徴がありました.PASを選択した理由として,担当医と介護者は「自律と尊厳の喪失」「進行期における他者への依存の高さ」を挙げていました.

PASの議論を行う際,前提条件として質の高い緩和ケアが提供されていることが重視されます.本研究では「患者はケアに高い満足度を示していた」という担当医や介護者による回答が多く,患者が PASを決断した理由が不十分な緩和ケアのためではないと考察されています.しかし本研究に対するEditorialを読むと,介護者の回答がPASを選択した患者の考えを正確に反映しているとすることには疑問があると述べています.つまり愛する家族のPASを容認した遺族は,肯定的な態度を示すことでその決定を正当化した可能性があると考えています.加えてアンケートに回答しなかった76%の担当医や介護者がどのような意見を持っているのかが気になるところです.

また何と言ってもALSにおけるPASの頻度の高さは驚きで,「安楽死・尊厳死の現在」でも指摘されている,死を医師の管理下に置く「死の医療化」が行われている可能性や,「すべり坂,闇の安楽死」とも呼ばれる,障害などを抱えた弱い立場にある人が,本人の意志に反して家族や社会の負担とされ,被害を受ける恐れがあることが生じている可能性が本当にないのか気になりました.これらの防止のためには徹底的な透明性確保が必要であることは言うまでもありません.

尊敬する岩田誠先生の著書「医(メディシン)って何だろう?」を読むと,「死にたい」と訴える人に対し,以下のことが重要であることに気が付きます.
1. 人としてなぜ死にたいのかを理解し,それを思いとどませること
2. なんとしてでも生きてほしいと呼びかける周囲の人々を励ますこと
3. 延命処置を受けた人たちが何を成し遂げたか,医療者はそれを語り継ぐ使命がある(ナラティブ)

私も教室の若い先生に「死にたいは,本当は生きたいの裏返しではないのか?」「死にたい・胃ろう不要・TPPV不要の本当の理由を理解しよう」と繰り返し言っています.この論文をきっかけにさらに議論が深まり,良い方向に進むことを期待したいと思います.
van Eenennaam RM et al. Frequency of euthanasia, factors associated with end-of-life practices, and quality of end-of-life care in patients with amyotrophic lateral sclerosis in the Netherlands: a population-based cohort study. Lancet Neurol.(doi.org/10.1016/S1474-4422(23)00155-2)

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