Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アルツハイマー病抗体薬レカネマブ使用においてApoE4遺伝子検査は必要である(2)

2023年10月01日 | 認知症
カンファレンスでは,さらになぜ日本でApoE4遺伝子検査が容易でないか,レカネマブ使用患者が脳梗塞を来した場合のrt-PA療法の安全性について議論しました.

【なぜ遺伝子診断が容易でないのか?】
本年5月のJAMA Neurology誌の論評で,少なくとも以下のような問題が生じうると述べています.

1)大規模に行うApoE遺伝子検査の結果を患者・家族に開示する医療行為は,倫理的,法的,経済的に難しい問題があり,倫理学者,法律家,政策立案者は早急に検討をする必要がある.

2)臨床医は遺伝子検査の結果(図1*)を効果的かつ安全に患者・家族に開示するためのコミュニケーション・スキルをトレーニングする必要がある.
*図1は遺伝子診断の報告書(https://www.premedica.co.jp/project/apoe/).



3)さらに臨床医にとって,患者・介護者の苦痛の評価と開示後のカウンセリングも必要になる.特にε4キャリアであることが判明し,レカネマブを使用しないことが決定される患者・家族への対応は重要である.加えて,ε4キャリアは,虚血性脳卒中,脳出血,うつ病,てんかんなどの他の疾患を発症するリスクが高いことを意識した開示後の診療が望まれる(臨床倫理的問題).

4)認知障害を持つ親のε4キャリア状態を開示することで,その実子自身がε4キャリアであるリスクを推察することができる.つまり患者とその無症状の子供が遺伝的差別を受ける可能性がある(臨床倫理的問題).

5)臨床医は患者やその子が受けうる遺伝的差別に対する既存の法的保護,およびその限界について認識する必要がある(法的問題).

6)保険会社が無症状の子供を含むε4キャリアへの保険適用を拒否したり,より高い保険料率で契約を引き受けたりすることが生じうる(経済的問題).

つまり遺伝子診断を行った際に生じるさまざまな問題への準備ができていないということが大きな障害になっているのだと思います.たしかにいずれも難しい問題ですが,だからといって,レカネマブにより高率に合併症が生じる患者さんを危険に晒して良いのかと思います.議論を避けるべきではないと私は思います.

【レカネマブ使用患者にrt-PA療法を安全に行えるか?】
カンファレンスでは最後に,レカネマブ使用患者が脳梗塞を来した場合,血栓溶解薬rt-PAが安全に使用できるかの議論になりました.確認したところ,そのような症例は1例のみだそうで,その症例報告が今年1月のNEJM誌に報告されていますが,経験のないほどの多発出血が生じ(図2),不幸にも死亡されています.病理学的には血管にAβが沈着する脳アミロイドアンギオパチ―を認めました.



さらに驚くべきことは脳卒中の81日前に行われた頭部MRIでは,微小出血,浮腫,ARIAは認めらず(図3),rt-PA投与直前の頭部CTでも出血はなかったことです.つまり画像所見からrt-PA療法後の重篤な脳出血を予測できなかったということです.



ただしこの症例はε4/ε4のホモ接合でした.理論的にはApoE4遺伝子検査がrt-PA投与の判断基準として有用である可能性が考えられます.

まだ1例のみの経験で,レカネマブ使用患者に対するrt-PA療法を禁忌とすべきかは難しい判断になります.いずれにしても今後,このような症例を多数経験することになると思われ,きわめて重大な関心を持ってこの問題をフォローする必要があります.

以上より,レカネマブ使用においてApoE4遺伝子検査は必要であり,患者の安全性を守るために適切な遺伝子診療体制を整備してから,この治療を開始すべきと考えます.また治療を受ける患者さん,家族もこの薬剤の有効性と安全性について十分理解する必要があり,それをしっかりと確認した上で治療を開始すべきと思います.

Thambisetty M, Howard R. Lecanemab and APOE Genotyping in Clinical Practice-Navigating Uncharted Terrain. JAMA Neurol. 2023 May 1;80(5):431-432.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2023.0207

Reish NJ, et al. Multiple Cerebral Hemorrhages in a Patient Receiving Lecanemab and Treated with t-PA for Stroke. N Engl J Med. 2023 Feb 2;388(5):478-479.(doi.org/10.1056/NEJMc2215148
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