Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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MSA-PとMSA-Cは同じ疾患か? ―鉄沈着から眺めると両者の病態はまったく異なる―

2024年06月05日 | 脊髄小脳変性症
先月の日本神経精神薬理学会@東京にて,アミロイドβ,タウ,αシヌクレインに対する抗体療法のシンポジウムで演者を務めました.今後の展望を質問され,「病態メカニズムの全貌が解明されないかぎり,治療はうまくいかないだろう」という発言をして,治療の成功を期待する会場の雰囲気に水を差してしまいました.ただ脳虚血の治療研究にて脳の複雑さ・治療の難しさを痛感しており,抗体により単一の分子の発現を減らすだけで複雑な孤発性神経変性疾患を治療できるほど甘くはないと考えています.例えば今回ご紹介するカナダからの多系統萎縮症(MSA)についての論文を読むと,αシヌクレインは本当に病態の主役なのか,そもそも「MSAとは何なのか?」と考えさせられ,私達を混乱させます.

研究ではMSA 7例(MSA-P 4例,MSA-C 4例,C+P 1例)を対象として,鉄沈着の部位,細胞の種類,それぞれのサブタイプごとの違いについて検討し,以下の結果を見出しました.
・鉄沈着はMSA-Pでより顕著.
・鉄沈着が最も高度なのは淡蒼球,被殻,黒質.
MSA-Pでは基底核,MSA-Cでは脳幹に多く,分布が異なる.最も差を認めたのは被殻(図).
MSA-Pではミクログリアに鉄が蓄積する→鉄を含むミクログリアはフェロトーシスを誘発し,神経変性に関与する可能性がある.
MSA-Cではアストロサイトが主体か,もしくは同等 → アストロサイトは鉄毒性に対して耐性があり,フェロトーシスに対して保護的に作用する可能性がある.
・オリゴデンドロサイトの鉄沈着は黒質で最も高度.
・神経細胞の鉄沈着はは最も少ない.
・細胞外の領域に鉄が顕著に観察される → これもフェロトーシスに関与?
鉄とαシヌクレインの蓄積パターンには顕著な違いがあり,αシヌクレイン陽性神経細胞の鉄沈着も陰性である.
・αシヌクレイン陽性オリゴデンドロサイトにおける鉄沈着の頻度は,淡蒼球,被殻,黒質で10.1%,8.4%,24.3%(PSPのリン酸化タウ陽性アストロサイトと比べるとだいぶ低い)



以上より,鉄蓄積のパターンがMSA-PとCで異なり,かつαシヌクレイン蓄積と無関係に生じているため,鉄関連病態はαシヌクレイン病理の下流にあるわけではないことが示唆されます.もとともSND,OPCA,SDSという異なる疾患が,αシヌクレイン陽性GCIという共通の病理学的所見をもとに一つの疾患MSAに統合されたわけですが,鉄沈着から見てみると,MSA-PとCで,局在ばかりか蓄積する細胞も異なり,本当に同じ疾患として統合して良いのかと混乱してきます.現在,鉄をキレートする治療薬(ATH434)の臨床試験が海外で進行中ですが,今後,鉄代謝にさらに注目が集まっていくことは必然だろうと思います.
Lee S, et al. Cellular iron deposition patterns predict clinical subtypes of multiple system atrophy. Neurobiol Dis. 2024 May 16;197:106535.(doi.org/10.1016/j.nbd.2024.106535)オープン・アクセス

おまけ:フェロトーシス(ferroptosis):鉄依存性の酸化ストレスによって引き起こされるプログラムされた細胞死の一形態です.この過程では,細胞膜の脂質が過剰に酸化され,細胞が死に至ります.鉄は活性酸素種(ROS)の生成を促進し,脂質の過酸化を引き起こします.抗酸化物質であるグルタチオンの枯渇や,脂質過酸化を防ぐ酵素GPX4の機能低下がフェロトーシスを促進します.
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