Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月18日)ブレインフォグ研究に大きな進歩 

2022年06月18日 | COVID-19
今回のキーワードは,嗅覚神経組織において持続する免疫反応が脳に影響を及ぼしlong COVIDが生ずる可能性がある,軽度の呼吸器感染は脳脊髄液でのCCL11上昇や大脳白質ミクログリア活性化を介して認知機能障害を引き起こす,オミクロン株の症候性感染に対し,ワクチン2回接種のみではほとんど効果がない,ワクチン誘発性免疫性血小板減少症による脳静脈血栓症に起因する死亡率低下に免疫療法は有効,です.

今回の最初の2論文はブレインフォグやlong COVIDのメカニズムに迫るもので,驚愕の内容でした.いままで何度もCOVID-19は認知症の危険因子になる知見が集積されつつあることを紹介してきましたが,いよいよ全体像が見えてきました.2つの論文をつなげると以下のようなストーリーになります.

軽度の呼吸器感染でも嗅覚神経組織での炎症が長期に持続する → 嗅球を介して中枢神経に影響が及ぶ,すなわち大脳白質のミクログリア活性化・脳脊髄液CCL11(エオタキシン)等のサイトカイン・ケモカイン産生が起こる → 海馬の神経細胞新生な障害,オリゴデンドロサイトの減少,ミエリンの喪失 → ブレインフォグ・認知機能障害

ちなみにこのCCL11は昨年,Nature誌において多くの研究者を驚愕させた論文の主役です.若年マウスに老齢マウスの血漿を暴露させると認知機能障害を起こすことができる,つまり血漿中のある物質が神経細胞新生・シナプス可塑性の低下や,恐怖条件付けや空間学習・記憶を損なうことを示した論文で,その原因物質として同定されたのがCCL11とβ2ミクログロブリンでした.Long COVIDにこのCCL11が関わるのか!と驚くとともに,「なんと恐ろしいウイルスなのだ」と今まで何度も繰り返していたフレーズが口を衝いて出てきました.当然,次はlong COVIDに対する免疫療法の効果の検証が開始されると思いますが,自身のCOVID感染後脳症の治療経験から(BMC Neurol. 20212;21:426),一度誘発された髄内サイトカイン・ケモカインの制御はステロイドパルスやIVIGでも容易ではなく,そう簡単ではないかもしれません.

◆嗅覚神経組織において持続する免疫反応が脳に影響を及ぼしlong COVIDが生ずる可能性がある.
Long COVIDの病態機序を明らかにするために, SARS-CoV-2ウイルスまたはインフルエンザAウイルス(IAV;2009年に大流行した豚インフルエンザのウイルス)に感染させたゴールデンハムスターの短期および長期の全身反応を比較した研究が米国から報告された.初感染後31日において2つのウイルスが肺で同様の反応を引き起こす一方,SARS-CoV-2ウイルスのみが嗅覚神経系で慢性的な免疫反応を引き起こし,それがウイルス除去後1カ月経っても明確に認められることを見出した.つまり感染性をもつウイルスが検出されないにもかかわらず,嗅球と嗅上皮では骨髄系細胞とT細胞の活性化,炎症性サイトカイン産生,インターフェロン反応が生じていた(図1).著者らは初感染により死んだ細胞の残骸やウイルスRNA断片が炎症を長期化させるという説を唱えている.そして驚くべきことに,これら嗅覚神経系における免疫反応はウイルス除去後1ヶ月に及ぶハムスターのうつや不安を示唆する異常行動と相関した.つまり嗅覚神経系における持続的な免疫反応が,脳に影響を及ぼし,ブレインフォグやlong COVIDをきたす可能性を示唆する.そしてCOVID-19から回復したヒト患者の嗅覚組織でも,持続的に上記と同様の転写の変化が認められた(IAV感染では認めない).この小動物モデルはlong COVID9の機序や治療法を探るために有用と考えられた.
Science Translational Medicine. Jun 7, 2022(doi.org/10.1126/scitranslmed.abq3059)



◆軽度の呼吸器感染は脳脊髄液でのCCL11上昇や大脳白質ミクログリア活性化を介して認知機能障害を引き起こす.
Neuro-COVID研究を牽引するYale大学からの報告.著者らはCOVID-19に伴う認知機能障害は,がん治療に関連した認知機能障害に似ているという仮説を立てた.がん治療に関連する認知機能障害では,大脳白質ミクログリア活性化とその結果生じる神経調節異常が中心的な病態機序と考えられている.このため著者らは軽症のSARS-CoV-2ウイルス呼吸器感染の脳への影響を調べた.この結果,マウスとヒトの双方で,大脳白質に選択的に認めるミクログリア活性化を見出した.マウスでは,軽症の呼吸器感染後,海馬における神経細胞新生の持続的な障害,オリゴデンドロサイトの減少,ミエリンの喪失がみられ,さらにケモカインCCL11(エオタキシン)を含む脳脊髄液サイトカイン・ケモカインの上昇を認めた(図2).CCL11の全身投与は,海馬におけるミクログリア活性化と神経新生の障害を引き起こすことも確認した.またlong COVIDにより認知機能障害が持続するヒト患者でもCCL11レベルが上昇していた.以上の所見はがん治療後とSARS-CoV-2感染後の神経病態が類似すること,ならびに軽度のCOVID感染でも認知機能障害につながる可能性があることを示している.
Cell. June 16, 2022(doi.org/10.1016/j.cell.2022.06.008)



◆オミクロン株の症候性感染に対し,ワクチン2回接種のみではほとんど効果がない.
オミクロン株のBA.1またはBA.2に対する自然免疫,mRNAワクチンまたはその両方による防御について研究した論文がカタールから報告された.症候性(つまり症状が見られるという意味)BA.2感染に対する感染歴のみでワクチン接種なしの有効性は46.1%であった.ワクチン2回接種+感染歴ないでは,その効果は乏しく-1.1%であった(ほぼ全員が2回目の接種を6カ月以上前に受けていた).3回接種+感染歴なしの有効率は52.2%で,2回接種+感染歴ありでは55.1%,3回接種+感染歴ありでは最強となり77.3%であった.BA.2感染による重症,重篤,致死的症例に対して,感染単独,ワクチン単独,ハイブリッド免疫のいずれも強い有効性(>70%)を示した.BA.1感染に対する解析でも同様の結果であった.以上よりオミクロン株とその亜種による症候性感染に対し,2回接種しても時間が経っているとほとんど効果がないものと考えられる.現状,2回接種のみではブレークスルー感染は生じてしまい,上述のlong COVIDに移行するリスクがあることを啓発する必要がある.
New Engl J Med. June 15, 2022(doi.org/10.1056/NEJMoa2203965)



◆ワクチン誘発性免疫性血小板減少症による脳静脈血栓症に起因する死亡率低下に免疫療法は有効.
ワクチン誘発性免疫性血小板減少症による脳静脈血栓症(VITT-CVT)は,COVID-19ウイルスベクターワクチンのまれな副作用である.2021年3月,VITTの自己免疫性病態が発見された後,治療勧告が策定された.これは3本柱,すなわち免疫療法(IVIGおよび/または血漿交換療法),非ヘパリン系抗凝固剤,血小板輸血の回避からなる.今回,欧州を中心とする多施設国際研究でこれらの推奨事項へのアドヒアランスと死亡率との関連性を検討することを目的とした前方視的研究が報告された.17カ国71病院から99例のVITT-CVT患者が解析された.まずVITT治療勧告の遵守は時間経過とともに改善した.しかし勧告に従った治療は死亡率を改善したものの,統計的有意差は認めなかった(14/44(32%)対 29/55(52%),調整後 OR 0.43).しかし免疫療法を受けた患者は死亡率が低下した(19/65(29%)対24/34(70%),調整後OR 0.19).ヘパリンの代わりに非ヘパリン系抗凝固薬を用いた治療は,死亡率の低下と関連しなかった(17/51(33%) vs 13/35(37%),調整後OR 0.70).また,血小板輸血も死亡率に有意な影響を与えなかった(17/27(63%) vs 26/72(36%),調整後OR 2.19).以上よりVITT-CVTの死亡率低下には,免疫療法がもっとも重要と考えられた.
Ann Neurol. June 10, 2022(doi.org/10.1002/ana.26431)





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