Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(6月8日)  

2020年06月08日 | 医学と医療
今回のキーワードは,鼻腔から肺への感染しやすさの勾配,社会的距離のエビデンス,発症から8日で感染力は消失する?患者自身によるPCR検体採取の感度は良好,手術後の死亡のリスク因子,空気飢餓感による心的トラウマへの対策,パーキンソン病患者の感染は軽症?新規治療薬(ガスター!,患者回復血漿,アカラブルチニブ)です.近い将来,患者自身が検体を採取し,PCRの陰性確認前に隔離が解除されるようになりそうです.またサイトカイン・ストームに対する治療薬として,抗IL-6受容体抗体トシリズマブに加え,さらにその上流に作用するBrutonチロシンキナーゼ阻害剤アカラブルチニブ(白血病治療薬)が有望のようです.重症例に対する治療の方向性,すなわち抗凝固療法+サイトカイン・ストーム抑制薬が現実に見えてきた感じがします.

◆鼻腔の細胞に感染しやすく,肺末梢にはしにくい.
米国からの報告.まずin situ RNA mappingにより,ウイルス受容体ACE2の発現は,気道の入り口である鼻腔でもっとも高く,末梢(気管→気管支→肺胞)では低下していることが明らかにされた.そして新たに作成されたGFPレポーター・ウイルスを用いた実験で,このACE2発現の勾配に一致して,ウイルスの感染性は鼻腔で高く,末梢で低下することが示された.つまりウイルスはまず鼻腔に容易に感染・増殖し,吸気を介して,肺の末梢に広がるようだ.著者らは,鼻腔からの飛沫やエアロゾルの放出を防止するマスク使用は合理的であること,そして病初期では鼻腔感染に対する鼻腔洗浄や,点鼻による抗ウイルス薬・中和抗体が有効である可能性を指摘している.Cell. May 26, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.05.042)

◆社会(身体)的距離,マスク,眼の保護のエビデンス.
コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2,SARS,MERS)における感染予防法の効果を調べた44試験のメタ解析がカナダから報告された.まず1メートル以上の社会的距離は,1メートル未満に比べて,ウイルス感染を低下させる(pooled補正オッズ比[aOR] 0.18, 95%信頼区間0.09−0.38).つまり1メートル以上の社会的距離で感染率が82%も低下する!この予防効果は距離が離れれば離れるほど強くなる(図1).マスクの使用も感染率を85%も減少し (aOR 0.15, 0.07−0.34),その効果はサージカルマスクと比べ,N95マスクで勝る.また眼の保護も予防効果がある(aOR 0.22, 0.12−0.39).社会的距離の確保とマスク着用は感染拡大防止に不可欠である.Lancet. June 01, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)31142-9)



◆発症から8日で感染力は消失する?
PCR陽性はウイルスRNAの検出を意味するが,その検体が感染力をもつとは限らない.このためPCR陽性となった検体の感染力について検討した研究がカナダから報告された.まず発症後21日目までに採取された90検体をVero細胞と培養したところ,26検体(28.9%)で細胞への感染が認められた.感染は発症から8日以上,経過した検体では認められなかった.PCRのサイクル閾値(Ct)の中央値は23(IQR 17~32)であった(小さいほどウイルス量が多い).感染する検体のCt値は,感染しない検体より有意に低く(17回対27回;p <0.001),また発症から検査までの日数は,感染する検体で有意に短かった(3日対7日;p <0.001)(図2).Ct > 24回,または症状発現から8日以上経過した検体では,細胞への感染力は消失していた.→ ウイルス量が少ない,もしくは発症から8日を超えた場合,感染患者の厳密な隔離は不要かもしれない.Clin Infect Dis. May 22, 2020(doi.org/10.1093/cid/ciaa638)



◆患者自身によるPCR検体採取の感度は良好.
医療者による鼻咽頭拭い液の採取と比べて,患者自身が舌,鼻,中鼻甲介から検体を採取する方が,医療者のウイルス曝露を減らし,個人防護具(PPE)を節約できるのではないかと期待されている.しかし患者自身による検査結果は,医療者による検査結果と相関するのか?もしくは感度が劣らないか?という問題がある.米国からの研究で,患者自身が採取した舌,鼻,中鼻甲介の検体の感度は,医療者によって採取された鼻咽頭拭い液と比較して,89.8%(片側97.5%信頼区間78.2−100.0),94.0%(83.8−100.0),96.2%(87.0−100.0)であり,鼻と中鼻甲介については,臨床的に受け入れられるものと考えられた.Ct値に関しては,鼻咽頭ぬぐい液と,舌,鼻,中鼻甲介との相関係数は0.48,0.78,0.86であった(図3).→ 患者自身が採取する鼻,中鼻甲介からの検体を用いたPCR検査は,医療者による鼻咽頭拭い液の採取に替わる検査となる可能性がある.NEJM. June 3, 2020 (doi: 10.1056/NEJMc2016321)



◆手術を要した患者の生命予後と,死亡のリスク因子.
世界24か国で手術を受けた患者1128名の生命予後の検討.緊急手術が74.0%,待機手術が24.8%であった.主要評価項目である術後30日における死亡率は23.8%!と高かった.肺合併症が51.2%に生じたが,この場合,死亡率は38.0%に増加した.30日後死亡率の危険因子は,米国麻酔科学会全身状態分類3~5(不良)(オッズ比2.35),70歳以上(2.30),男性(1.75),緊急手術(1.67),悪性疾患(1.55),大手術(1.52)であった.→ 手術を要したCOVID-19患者の生命予後は不良.やむを得ない緊急手術を除き,手術を延期するための内科的治療を検討すべき.Lancet. May 29,2020(doi: 10.1016/S0140-6736(20)31182-X)

◆人工呼吸器装着患者の「空気飢餓感」による心理的トラウマを麻薬で防ぐ.
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)のため,人工呼吸器を装着された患者が経験する高度の「空気飢餓感」が引き起こす恐怖と不安への対策の重要性が指摘されている.高度の「空気飢餓感」は,ICUからの生存者の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の原因として注目されている.筋弛緩薬の使用はこの症状の緩和に無効.プロポフォールの効果は不明.麻薬の使用が最も有効と考えられているものの,実診療では十分に使用されておらず,積極的な使用が望まれる.Ann Am Thorac Soc. Jun 5, 2020 (doi: 10.1513/AnnalsATS.202004-322VP)

◆神経疾患(1).パーキンソン病(PD)患者は症状が軽い?
PD患者は,一般集団と比較して,COVID-19の感染リスクが高いか?感染の危険因子は何か?また臨床症状が異なるか?について検討したイタリアからの症例対照研究.対象は軽度から中等度のPD患者1486名とその家族(対照)1207名である.それぞれの群で罹患者は105名(7.1%)と92名(7.6%),死亡者は6名(5.7%)と7名(7.6%)で,差はなかった.PD患者において感染した105名は,感染しなかった患者と比較し,2.5歳ほど若く,肥満や慢性閉塞性肺疾患の頻度が高く,ビタミンDの内服が少なかった(年齢調整オッズ比0.56).またPD群で罹患した者は,対照群と比べて,息切れを訴える頻度が少なく(0.33),入院も少なかった(0.41).→ 軽度から中等度のPD患者におけるCOVID-19の罹患率および死亡率は一般集団と変わらず,症状も軽度である可能性がある.またビタミンD内服の有効性について検討する必要がある.Mov Disord. June 02, 2020 (https://doi.org/10.1002/mds.28176)

◆神経疾患(2).入院中のCOVID-19患者における神経症状(ALBACOVID registry).
スペインからの報告.841名の患者の57.4%が神経症状を呈した.筋肉痛(17.2%),頭痛(14.1%),めまい(6.1%)などの非特異的な症状は,主に感染早期に見られた.無嗅覚症(4.9%)と味覚異常(6.2%)も早期に認められ,重症度の低い患者でより高頻度にみられた.意識障害は19.6%で認められ,主に高齢者と重度例に多かった.頻度は少ないものの,ミオパチー(3.1%),自律神経障害(2.5%),脳血管疾患(脳梗塞1.3%,脳出血0.4%),けいれん発作(0.7%;重積発作なし,6名中4名は進行期,2名は脳出血後),運動異常症(0.7%;ミオクローヌス様振戦が多い)も認めた.脳炎(髄液PCR陰性),ギランバレー症候群,視神経炎を各1名で認めた(いずれも回復期に発症した).死亡の4.1%が,神経合併症によるものであった.→ 神経症状は高頻度に出現する.とくに著しい低酸素血症や代謝変化がないにもかかわらず,意識障害や精神症状が出現した場合には脳神経内科医による評価が必要である. Neurology, June 01, 2020 (doi.org/10.1212/WNL.0000000000009937)

◆新規治療(1).ファモチジン(ガスター®).
SARS-CoV-2に対する抗ウイルス薬の標的として,ウイルスタンパク質の成熟に必要なペプチダーゼ3CLproがある.市販のH2ブロッカー,ファモチジン(ガスター®)には,この3CLpro阻害作用があると想定され,COVID-19治療の候補薬の一つと考えられていた.
まず米国における入院患者1,620名の後方視的解析にて,入院から24時間以内に84名(5.1%)においてファモチジンが使用され(用量10~40 mg,28%は静注),死亡または気管挿管の発生率低下と関連した(調整ハザード比0.43,95%信頼区間0.21−0.85).つまりファモチジン使用群では,非使用群に比べて,死亡ないし気管内挿管は57%も低かった(Gastroenterology. 22 May 2020:doi.org/10.1053/j.gastro.2020.05.053).
また,高用量の経口ファモチジン(50~80 mg,1日3回,11日間)を内服した入院していない患者10名すべてにおいて,開始24時間以内に複合症状スコアの顕著な改善を認めた.忍容性は良好であった.今後のRCTでの評価が期待される(Gut. June 4, 2020;doi.org/10.1136/gutjnl-2020-321852).

◆新規治療(2)回復期患者血漿のランダム化比較試験(RCT).
中国からの報告.対象は割付け前72時間以内にPCRで感染が確定され,胸部CTで肺炎を認めた重症ないし最重症(致死的状況)の患者.ただしSタンパク・受容体結合ドメイン特異的IgG 抗体価が高い患者は除外されている.患者数の減少のため,目標患者数に到達しなかったが,103名が参加した.回復期患者血漿群52名,対照群51名で,重症度によって層別解析を行った.主要評価項目である28日以内の臨床的改善(6段階で2段階の改善)は,回復期患者血漿群51.9%,対照群43.1%で有意差なし(差は8.8%[95%CI,-10.4%~28.0%],ハザード比[HR],1.40[95%CI,0.79~2.49],P=0.26)(図4).層別解析では,最重症患者では有意差はなかったが,重症患者では回復期患者血漿群91.3%,対照群68.2%(ハザード比, 2.15; P =0 .03)と有意差を認めた(ただし重症度との交互作用なし).副次評価項目の28日以内の死亡率は15.7%対24.0%で有意差なし.72時間後,PCRが陰性化した患者の割合は,回復期患者血漿群で,対照群と比較して有意に多かった(87.2%対37.5%, P < 0.001).回復期患者血漿群で輸血後数時間以内に2名の有害事象を認めたが回復した.→ RCTを行なったものの,有効性を証明できなかった.症例数不足で,検出力不足であった可能性がある.しかし,サイトカイン・ストームや凝固異常症が起きている最重症例に,中和抗体のみで治療するのは困難と考えるのが妥当かもしれない.JAMA. 2020 Jun 3. (doi: 10.1001/jama.2020.10044)



◆新規治療(3).Brutonチロシンキナーゼ阻害剤アカラブルチニブ.
COVID-19重症患者では,マクロファージの活性化を示唆する過剰炎症性免疫反応を示す.またBrutonチロシンキナーゼ(BTK)は,マクロファージのシグナル伝達と活性化を調節することが知られている.具体的には,図5に示すように,ウイルスssRNAがTLR7/8に結合し,それがBTKやMYD88の活性化をもたらし,さらにBTK依存性NFkB活性化を引き起こす.そして下流に存在するIL6をはじめとする炎症性サイトカイン,ケモカイン産生をもたらす.このため選択的BTK阻害剤であり,慢性リンパ球性白血病治療に使用されるアカラブルチニブを,COVID-19重症患者19名(うち酸素投与11名,人工呼吸器管理8名)に適応外使用した.10〜14日間の治療で,アカラブルチニブは大部分の患者の酸素化を1~3日で改善した.CRPやIL-6で評価した炎症や,リンパ球減少症もほとんどの患者で迅速に正常化した.治療終了時,酸素投与群の8/11名(72.7%)は酸素不要状態で退院し,人工呼吸器群の4/8名(50%)は抜管,2名は退院した.現在,アストラゼネカによるRCTであるCALAVI試験が進行中である.Science Immunol. Jun 05, 2020. (doi: 10.1126/sciimmunol.abd0110)



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