Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳梗塞治療に宇宙旅行も?マウスの脳に超音波を当てて冬眠様状態にする!

2023年06月02日 | 医学と医療
私は留学中,脳梗塞に対する低体温療法の研究をしていました.神経保護療法としてもっとも有望と考え,研究のメッカ,スタンフォード大学脳外科の門を叩きました.事実,最強の神経保護効果を発揮する治療なのですが,脳温コントロールに大掛かりな体内循環式装置を要したり,低体温による副作用があったり,臨床応用には大きな壁がありました.当時,「人間も人工的に冬眠できるとすべて解決するんだけど・・・」と,私だけでなく多くの研究者が考えました.しかし最新号のNature Metabolism誌の論文を読み,「人工冬眠も夢ではない!?」と興奮しました.

論文はマウスの検討です.マウスは冬眠しませんが,絶食,寒冷などの厳しい環境条件で低体温となり,活動量が低下する非活動状態(torporと呼びます)になります.つまりエネルギーを保存するわけです.これまでの研究で,視床下部の視索前野(preoptic area;POA)の神経細胞を,光や特定の化学物質に反応するように遺伝子操作すると torpor状態になることが知られていました.しかし人間に遺伝子操作はできませんので,人への応用は困難です.一方,POAの一部の神経細胞がTRPM2という特殊なイオンチャネルを持ち,超音波に反応して形状が変化することが知られていました.そこで米国ワシントン大学のチームは,マウスの頭部に小型のスピーカー状の超音波装置を乗せて,超音波をPOAに集中させ刺激したところ,正確かつ安全にマウスの体温を1時間で3℃ほど低下させました.さらに酸素消費量・心拍数・代謝が抑制され,熱の発散のための尾動脈が拡張しました.この状態は24時間以上,持続できました.また超音波をオフとすると,冬眠状態からの覚醒も正常に起こりました.



この超音波刺激による低体温・低代謝(Ultrasound-induced hypothermia and hypometabolism;UIH)は,POAニューロンの活性化によってもたらされます.そしてTRPM2は超音波感受性のイオンチャンネルであることも明らかにされました(そんなものが脳にあるとは!).POAの下流には背内側視床下部があり,最終的に褐色脂肪組織による熱産生が抑制されるようです.さらにこのUIHは,冬眠にならないラットでも誘発できることが示されました.

注目は人間でもこのUIHが可能かです.脳梗塞治療に応用だけでなく,私の好きなSF の「三体」や「プロジェクト・メアリー」の宇宙旅行も可能になるかもしれません.ラットも冬眠様状態にできたので,人間も冬眠に似た能力を隠し持っているのかもしれません.一方,ヒトの脳はマウス脳よりはるかに大きく,POAはより深い位置にあるため,超音波刺激は容易ではないという意見もあります.いずれにしても研究の続報にとても注目しています.
Yang Y, et al. Induction of a torpor-like hypothermic and hypometabolic state in rodents by ultrasound. Nat Metab. 2023 May;5(5):789-803.
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