Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(10月4日)  

2020年10月04日 | 医学と医療
今回のキーワードは,飛行機の感染リスクは低い,日本人が重症化しない2つの遺伝要因?,感染封じ込めのための適切な検査感度,米国の大学における感染爆発,スワブ検査後に生じた髄液漏,脳梁膨大部病変,片頭痛患者のCOVID-19感染後の頭痛変化,髄液バイオマーカー,高齢者におけるワクチン後反応は若年者と同等,です.

◆飛行機での感染リスクが低い理由.
機内でのCOVID-19感染リスクは,オフィスビルや教室,通勤電車などよりも低いとされている.事実,疑い例を含めても,世界で42名のみという報告がある.この理由についてJAMA誌に掲載されている.まず空気感染に関しては,機内の空気は頭上の吸気口から客室に入り,床の吸気口に向かって下に流れるため,空気は同じ座席の列またはその近傍を出入する(図1),よって列の前後方向の気流は比較的少なく,列間にウイルス粒子が拡散する可能性は低い.また空気の流れのスピードは,通常の屋内の建物よりもはるかに速い.気流の半分は外部からの新鮮な空気で,残りの半分は手術室で使用されているのと同じタイプのHEPAフィルターを通して再利用される.他の乗客からの飛沫感染については,シートが物理的バリアとなること,そして多くの乗客は比較的じっと座っていることから,対面となることはなく接触はほとんどない.
JAMA. Oct 1, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.19108)



◆危険因子(1)重症化の遺伝リスクはネアンデルタール人由来.
ドイツからの研究.入院した3,199名のCOVID-19患者と対照群の検討で,3番染色体上の遺伝子座3p21.31が,重症および入院の主な遺伝的危険因子であることが報告された.この50kbの領域は,約40万年前に出現し,2万数千年前に絶滅したネアンデルタール人のゲノムにほぼそのまま認められるものであった.つまりネアンデルタール人との交雑を介して,我々ホモサピエンスに伝えられたものと考えられる.ネアンデルタール人は,ヨーロッパ大陸を中心に西アジアから中央アジアにまで分布していたので,この遺伝子領域は南アジアの人々の50%,ヨーロッパ人の16%に受け継がれているが,交雑の少なかった日本人を含む東アジア人やアフリカ人はまれである(図2).
Zeberg, H., Pääbo, S. The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals. Nature. Sep 30, 2020(doi.org/10.1038/s41586-020-2818-3)



◆危険因子(2)α-1アンチトリプシン欠乏対立遺伝子.
セリンプロテアーゼ阻害作用を持つα-1アンチトリプシン(α1-AT)は,ウイルスの細胞侵入に必要な細胞表面セリンプロテアーゼTMPRSS2を阻害して感染を防御する(臨床試験中のナファモスタットやカモスタットも同様の効果をもつ).イスラエルから,国ごとのCOVID-19死亡率に違いは,このα1-ATの欠乏をもたらす変異遺伝子の頻度により説明できるとする研究が報告された.具体的には67カ国におけるα1-AT欠乏対立遺伝子PiZおよびPiSの複合頻度と死亡率との間に正の相関を認めることを示した(図3)つまり遺伝子変異保有者が多い国ほど死亡率が高く,逆に少ない国ほど死亡率が低い.
.たとえば死亡率の高いスペイン人では,PiZ変異保有率は1000人あたり17人と高率であるのに対し,日本人は,α1-AT欠損症による肺気腫が極めて珍しいことからも分かるように,この変異保有率はほとんど無視できるレベルである.
FASEB J. Sep 22, 2020(doi.org/10.1096/fj.202002097)



◆COVID-19封じ込めに求められる検査感度.
医師は通常の診療において,症状のある人を対象として,一度の検査で臨床診断を得ようと努力する.このため事前確率や尤度比といった「ベイズの定理」を考慮して検査を行っている.自分はこの原則はCOVID-19であっても変わらないと当初考えていたが,集団有病率を低下させることを目的とした検査は,従来の考え方を変える必要があると徐々に分かってきた.この点に関して,NEJM誌に掲載された「封じ込めのための検査感度を再考する」という論評に分かりやすい図が示されている(図4).PCRのように感度は高いものの,高額で繰り返し行えず,タイミングによっては陰性になる検査と,抗原検査のように感度は低いものの,安価で繰り返し行うことができ,幅広いタイミングで感染を検出しうる迅速検査(ポイント・オブ・ケア検査)では,後者が適していることを示している.またPCR検査は高感度であるため,感染力がなくなったあとも陽性となるロングテール現象も問題となる.つまり集団有病率を低下させるためには,低感度の安価な検査を開発することの必要性を意味している.ただし低感度検査では,1回の検査で陰性が出たからといってそれで安心とは限らないことを周知する必要がある.
N Eng J Med. Sep 30, 2020(doi.org/10.1056/NEJMp2025631)



◆米国の大学における感染爆発.
JAMA誌における論評.日本と同様,米国でも感染者に占める若年層の割合が増加し,大学における感染防止が重要な課題となっている.米国の1600校以上の大学を対象とした調査では,8月の秋学期の開始以降,9月25日までに1300校で13万人以上(!)の患者が確認されている.感染はマスク使用が義務づけられていない場合,身体的距離が十分でない場合,手指衛生が不十分な場合に発生している.またキャンパスに関連した社会的イベントに関連したアウトブレイクが多数発生し,また居住環境(宿舎,寮)でも生じている.公衆衛生上の目標は,重篤な転帰のリスクが高い人々への感染を回避または最小化することを認識し,アウトブレイクが発生した際には,適切な検査とスクリーニング戦略に加えて,キャンパス内外での隔離と検疫の計画を立てる必要がある.→ 医学生の感染は院内感染に直結する.改めて学生に身体的距離や手指衛生等を徹底し,大学側も適切な対策を継続する必要性がある.
JAMA. Sep 29, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.20027)

◆鼻咽頭拭いスワブ検査後に生じた髄液漏.
米国からスワブによる鼻咽頭からのPCR検体採取後に髄液漏を起こした初めての症例(40歳代の女性)が報告された.ヘルニア手術前にPCRを受けた直後,右片側性鼻漏,頭痛,嘔吐をきたした.画像検査では,右篩状窩から延びる1.8cmの脳瘤(頭蓋骨の欠損部から神経組織と髄膜が突出した状態:図5)が確認された.2017年のCTを確認すると,当時から頭蓋底の骨欠陥が認められた.入院後,内視鏡下外科修復術が行われた.以上より,スワブが頭蓋底を破壊し貫通したのではなく,既存の脳瘤を損傷したものと考えられた.本例は正常な鼻腔解剖を歪める疾患や過去の外科的介入を認める場合,スワブによる有害事象が生じうることを示している.具体的には,頭蓋骨欠損,副鼻腔または頭蓋底手術の既往歴,または頭蓋骨へ浸潤しうる疾患を有する患者において,別の検査法を検討すべきである.
JAMA Otolaryngol Head Neck Surg. Oct 1, 2020(doi.org/10.1001/jamaoto.2020.3579)



◆神経合併症(1)細胞障害性の脳梁膨大部病変.
フランスから急性脳症の画像所見に関する報告.ICUに入室した49歳と51歳の2人の男性.頭部MRIでは,T2,FLAIRで高信号を呈し,拡散抑制を伴う脳梁膨大部病変を認めた(図6).この所見は脳梁の細胞障害性病変として報告されてきたもので,感染,薬物中毒,くも膜下出血,中枢神経系悪性腫瘍の既往,代謝障害などの二次的な原因によるものである.非虚血性の病変であり,通常は一過性で可逆的である.我々も小脳性運動失調で発症し,脳梁膨大部病変を認めた症例をMERS(mild encephalitis/encephalopathy with a reversible splenial lesion)として症例報告した.
COVID-19:失調性歩行と動作時振戦にて発症し,脳梁病変を認めた75歳男性の経験
https://blog.goo.ne.jp/pkcdelta/e/06b1a0478f357b0d468baf993599a522
Neurology. Sep 16, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010880)



◆神経合併症(2)COVID-19関連頭痛の特徴.
スペインからの症例集積研究.頭痛は,COVID-19の神経症状のなかで最も頻度の高いもののひとつであり,有病率は8~71.1%と報告されている.患者145名のうち99名(68.3%)が頭痛を呈した.ほとんどの症例で,頭痛は他のCOVID-19症状と同時に出現した(57.6%).頭痛は両側性が多く(86.9%),前頭部または頭頂部にみられ(それぞれ34.3%),激しい痛みであった(VAS ≥7が60.6%).誘因は39.4%で認められ,最も多いのは発熱であった.増悪因子として身体活動と咳が多かった.最初に使用される鎮痛剤の効果は部分的有効が53.5%,消失が26.3%であった.25/99名(25.3%)の患者に片頭痛の既往歴があったが,うち23名(92.0%)は通常とは異なる頭痛であった.すなわち片頭痛を有する患者は,片頭痛のない患者と比較して,早期発症,長期間持続(図7),強い頭痛という特徴がみられた.
Headache. Sep 28, 2020(doi.org/10.1111/head.13967)



◆神経合併症(3)髄液バイオマーカーの検討.
中等度から重度のCOVID-19および神経症状を有する6名において,髄液の炎症(白血球数,ネオプテリン,β2マイクログロブリン,IgG-index),血液脳関門透過性(アルブミン比),軸索損傷(ニューロフィラメント軽鎖;NfL)を反映するバイオマーカーを評価した.6名の神経所見として,脳症(4/6名),髄膜炎(1/6名),意識障害(1/6名)が含まれていた.2名の患者の血漿中にウイルスRNA が検出され,3 名の患者の髄液中に低レベルのRNAが検出されたが,2 回目の解析では検出されなかった.髄液ネオプテリン(中央値,43.0 nmol/L)とβ2-マイクログロブリン(中央値,3.1 mg/L)はすべての患者で増加していた.IgG-index,アルブミン比,白血球数は全例正常であったが,NfLは2名で上昇していた.以上より,可溶性炎症マーカーは増加したが,白血球反応やその他の中枢神経系ウイルス感染症に典型的な免疫学的所見は認めなかった.
Neurology. Oct 1, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010977)

◆RNA ワクチンは高齢者においても有望.
高齢者における感染予防対策としてワクチンへの期待は大きいが,高齢者で若年者と同様の免疫反応が惹起されるかは不明である.今回,Moderna社によるメッセンジャー RNA ワクチン(mRNA-1273)の用量漸増オープンラベル試験で,年齢(56~70歳または≧71歳)に応じて層別化された40名を対象とした試験結果が報告された.参加者は28日間隔で,25μgまたは100μgのワクチンを2回接種するように割り付けられた.結果であるが,有害事象としては疲労,悪寒,頭痛,筋肉痛,注射部位の疼痛が見られたが,主に軽度ないし中等症であった(用量依存性があり,2回目の接種後に多くが認められた).結合抗体反応は初回接種後に急速に増加した.2回目の接種後,複数の方法で血清中和活性が全参加者で検出された.結合抗体反応および中和抗体反応は,18歳から55歳までのワクチン接種者のデータと同等で,回復期の血清を提供した対照群の中央値を上回っていた.ワクチンは1型ヘルパーT細胞を含む強力なCD4サイトカイン反応も誘発していた.第 3 相ワクチン試験における 100μg 投与の使用を支持する結果となった.
N Eng J Med. Sep 29, 2020(doi.org/10.1056/NEJMoa2028436)

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