Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月3日)  

2021年07月03日 | 医学と医療
今回のキーワードは,Long COVIDを慢性疲労症候群や線維筋痛症の二の舞にしないために,60日後の嗅覚障害の持続を予測する因子,mRNAワクチンは感染した場合でも,ウイルス RNA 量,発熱リスク,罹患期間を減少させる,ワクチン接種後に心筋炎を呈した米国軍人23名の報告,COVID-19が示した「ハイブリッド免疫」という新しいアプローチ,「アストラゼネカ→ファイザー」の異種混合ワクチンは有効,です.

先週発表の機会を頂いた学術会議主催シンポジウムの講演の中で反響が大きかったものは,Nat Med誌に報告された「感染6ヶ月後の評価で,Long COVIDによる症状の持続は自宅療養の若年者の52%に見られる」という内容でした.軽症の若年患者でも,呼吸困難や認知障害が長期に渡って持続するリスクがあり,若い世代もワクチン接種等の感染対策をしっかり行う必要があるということです(doi.org/10.1038/s41591-021-01433-3).そして今週読んだ論文のなかで印象的であったことのひとつが,このLong COVID(図1)が,過去の慢性疲労症候群や線維筋痛症と同様,多くの医療者によって不信感を持たれ敬遠される疾患になる恐れがあるということでした.早期の診断基準作成や診断バイオマーカーの同定,治療ガイドラインの作成が必要のように思いました.



もうひとつ印象的であったことは,COVID-19が「ハイブリッド免疫(図2)」という新しい感染予防アプローチの発見をもたらしたことです.これは「ウイルス感染→ワクチン」「ワクチンA→ワクチンB」という異なる刺激で,強い免疫反応を引き起こすことです.



◆Long COVIDを慢性疲労症候群や線維筋痛症の二の舞にしないために.
New Engl J Med誌に,Long COVIDのこれからの見通しに関する論文が発表された.まずデータ未公表ながら,患者の多くは女性で,平均年齢は約40歳と働き盛りの人が多いこと,そして近い将来,医療や経済回復に長い影を落とすだろうと指摘している.重要な点は,曖昧な臨床症状と明確な定義・診断バイオマーカーが存在しないことを考えると,歴史的な先行事例である感染後症候群,具体的には筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS),線維筋痛症,治療後ライム病症候群,慢性EBウイルス感染などと同様のことが起こるのではないかと述べていることである.これらは必ずしも正当な疾患として認識されておらず,心因性の可能性も考えられ,積極的な研究が行われてこなかった経緯がある.同じことがlong COVIDでも生じるのではないかと著者らは懸念している.つまり多くの医療関係者から不信感をもって敬遠し,患者は誤解されていると感じ,不満を抱くことになる.この状況になることを阻止するため,著者らは次に示す5つの対策の必要性を訴えている.
1.一次予防(ワクチン接種の推奨)
2.long COVIDの病態研究の推進・研究費の投入
3.ME/CFS研究のlong COVID研究への適用
4.long COVID診療センター(統合的な患者ケアモデル)の整備
5.医療従事者がこの病気を信じて支援しケアを提供すること
→ 今後,日本においても極めて重要な問題になるものと思われる.
New Engl J Med. June 30, 2021(doi.org/10.1056/NEJMp2109285)

◆60日後の嗅覚障害の持続を予測する因子.
COVID19に関連する嗅覚障害を呈した288名において,その回復の予測因子を検討した研究がベルギーから報告された.患者の疫学的,臨床的,免疫学的特徴(血清,唾液,鼻汁中の抗SARS-CoV-2抗体)と,60日後の嗅覚障害の関係を前方視的に調べている.まず嗅覚障害の発症から2週間後では,52.4%の患者が嗅覚障害を示した(39.2%が嗅覚消失,13.2%が嗅覚低下であった).60日後の追跡調査では,25.4%の患者が持続的な嗅覚障害を呈していた.性別,年齢,鼻咽頭ぬぐい液のウイルス量,COVID-19の重症度と嗅覚障害の転帰には,有意な相関関係はなかった.サブグループ解析では,60日後に嗅覚障害を認めた患者は,血清中の抗体レベルの低下はなかったものの,唾液中および鼻腔中のIgGとIgG1のレベルが低かった(図3).以上より,60日後の嗅覚障害の持続を予測する臨床マーカーはなかったが,唾液と鼻腔内の抗体低下,すなわち局所的な免疫反応が関与している可能性が示唆された.
Eur J Neurol. June 22, 2021(doi.org/10.1111/ene.14994)



◆mRNAワクチンは感染した場合でも,ウイルス RNA 量,発熱リスク,罹患期間を減少させる.
2つのmRNAワクチン(ファイザー,モデルナ)を接種された医療従事者など3975名を対象にした前向きコホート研究.2020年12月から2021年4月までの間,参加者は毎週,鼻咽頭スワブによるPCR検査を行った.この間,PCR陽性となったのは 204 名(5%)で,うち,完全ワクチン接種者(2 回の接種後 14 日以上経過)は 5 名,部分的ワクチン接種者は 11 名(1 回目接種後 14 日以上,2 回目接種後 14 日未満),ワクチン未接種者は 156 名であった(1 回目接種後 14 日未満の32 名は検討から除外).調整後のワクチン効果は,完全接種者で91%,部分接種者で81%であった.また感染者において,完全または部分的にワクチンを接種した者の平均ウイルスRNA量は,ワクチンを未接種者に比べて40%低かった.さらに発熱の発生リスクは58%低く,罹患期間も短く,寝込んでいた日数は2.3日短かった.以上より,mRNA ワクチンは,リアルワールドにおいても成人のCOVID-19 感染予防にきわめて有効であり,かつ感染した場合でも,ウイルス RNA 量,発熱リスク,および罹患期間を減少させた.
New Engl J Med. June 30, 2021(doi.org/10.1056/NEJMoa2107058)

◆ワクチン接種後に心筋炎を呈した米国軍人23名の報告.
2021年1月~4月にCOVID-19ワクチン接種後に心筋炎を経験した米国軍人23名についての報告.全員男性(年齢中央値25歳.範囲20~51歳)で,従来健康.7名がファイザーワクチン,16名がモデルナワクチンであった.mRNAワクチン接種後4日以内に顕著な胸痛の急性発症を呈した.20名は2回目の接種後であった.全例,心筋トロポニン値が有意に上昇した.急性期に心臓MRIを行った8名では,全員が心筋炎の所見を示した.心筋炎の他の病因は特定できなかった.全例,短期間の支持的ケアを受け回復した.米軍はこの期間に280万回以上のmRNAワクチンを接種した.2回目のワクチン接種後の男性に多く認められたことから,さらなる監視と評価が必要である.しかし症例数は少なくまれであること,ならびにワクチンの高い有効性が示されていることから,本論文もワクチン接種を推奨している.
JAMA Cardiol. June 29, 2021.(doi.org/10.1001/jamacardio.2021.2833)

◆COVID-19が示した「ハイブリッド免疫」という新しいアプローチ.
過去にCOVID-19に感染した人にワクチンを接種すると,自然免疫に加えてワクチンによる免疫の組み合わせによって「ハイブリッド免疫」という,非常に強力な免疫反応が生じることが明らかにされた(図2).この相乗効果は,ワクチン接種後のT細胞反応よりも,主に抗体反応において認められるが,抗体反応の増強は記憶T細胞に依存している.自然免疫とワクチンによる「ハイブリッド免疫」アプローチは,帯状疱疹ですでに行われている.帯状疱疹を予防するシングリックス・ワクチン(日本でも2020年発売)は,水痘帯状疱疹ウイルスに感染したことのある人に接種されるが,その効果は有効率約97%と驚くべきものであり,ウイルス感染による場合よりもはるかに高い抗体反応が得られる.この「ハイブリッド免疫」現象は,異なるワクチンの組み合わせでも生じる.異種混合,すなわち2種類の異なるワクチンを組み合わせて接種すると,どちらか一方のワクチンだけの場合よりも,強い免疫反応を引き起こすことができることがこれまで報告されてきた.これはCOVID-19でも,mRNAとアデノウイルスベクターワクチンなどの組み合わせで起こる可能性がある(→つぎの論文で紹介).これらの知見は嬉しい驚きであり,COVID-19に対するより優れた免疫力を生み出すために活用できる可能性がある.
Science 372, 1392-1393, 2021(doi.org/10.1126/science.abj2258)

◆「アストラゼネカ→ファイザー」の異種混合ワクチンは有効.
COVID-19の異種混合ワクチンに関するスペインからの報告.アストラゼネカワクチンで初回接種したのち,2回目にファイザーワクチンを行った臨床試験結果が報告された.676名が登録され,介入群450名または対照群226名のいずれかに無作為に割り付けられた.介入群では,受容体結合部位(RBD)抗体の幾何平均力価が,ベースライン時の71.46 BAU/mLから14日目には7756.68 BAU/mLに有意に上昇した(図4).スパイク蛋白に対するIgGは,98.40 BAU/mLから3684.87 BAU/mLに上昇した.副反応は軽度(68%)または中等度(30%)であり,内訳としては注射部位の痛み(88%),硬結(35%),頭痛(44%),筋肉痛(43%)が多く報告された.重篤な有害事象は報告されなかった.以上より,アストラゼネカワクチンで初回接種した人に2回目ファイザーワクチンを接種しても,強固な免疫反応を誘発し,副反応は許容範囲内であった.→ 数日前に,メルケル首相は1回目アストラゼネカ→2回目はモデルナを接種したと報道された.これはワクチン誘発性免疫性血栓性血小板減少症 (VITT)への懸念からアストラゼネカを初回に接種した人の異種混合ワクチンの有効性と安全性の議論が欧州で白熱している状況を考慮して行われただけでなく,むしろ感染防御により有効という判斷があったのかもしれない.
Lancet. June 25, 2021(doi.org/10.1016/S0140-6736(21)01420-3)






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