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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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「患者様」と医療サービス

2006年06月03日 | 医学と医療
 付き添いで,実家近くの病院に出かけた.「患者様」という言葉がやたら目に付く病院だった.「患者様駐車場」「患者様待合室」「30分以上お待ちの患者様は,お申し出ください」等々.私は「患者様」という言葉にどうしても違和感を持つ.慇懃無礼という印象をもってしまう.
 読売新聞(2006年5月19日)の記事によれば,「患者様」ということばは,1990年代後半に民間病院で始まり,「医療もサービス業」という経営コンサルタントらの意見もあって徐々に拡大し,2001年に厚労省「医療サービス向上委員会」がその指針のなかで,「患者の呼称は,原則として姓(名)に『様』を付ける」ことを当時の国立病院に求めたことで,一気に広まったそうである.ただこれは患者の個人名を呼ぶときに「○○さん」ではなく,「○○様」と呼ぶことを求めたものであったのだが,お上の通達を病院が生真面目に(不思慮に?)受け取った結果,「患者」にまで「様」をつけるようになったわけだ.
 「患者様」は正しい日本語という観点からもおかしな言葉である.まず,「患者」という普通名詞に「様」を付けることがおかしい.「様」は人名ないし固有名詞につけるべきで,通常,普通名詞につけることはない.そして,「様」をつければ敬意を表したことになるという考えもおかしい.日本語学者の金田一春彦先生は,「言葉を丁寧な形にしても,けっして丁寧な意味にならない例」として,「患者様」を挙げている(日本語を反省してみませんか ).つまり,「患者」という言葉自体があまり良い印象の言葉でないので,「様」をつけたところで,丁寧な意味にならないというわけだ.「患者様」と呼ばれて,「ばかにされている」と思うことはあっても,「この病院は患者中心の良い医療が行われている」と感激することはまずないであろう.「ご来院の方」とか「外来の方」とか呼べばよいのではないかと,金田一先生は述べられている.
 ただ知人のなかには「形式から意識が変わることもあるから,一概に悪いことではない」とか,「『患者様』と呼ばれて当然と思うひともいるだろうから,そういうひととのトラブルを避ける意味で,『患者様』と呼んだほうが無難」なんて言うひともいる.皆さんはどう考えるだろうか?

 最後に「患者様」という言葉が使われるようになった背景を考えてみたい.前述の厚労省「医療サービス向上委員会」の提言がきっかけとなったことから分かるように,「医療機関のサービスの悪さ」の改善と密接な関係があるようだ.しかし,突然,「患者様」と呼ばれ方が変わったところで,中身が改善されなければ無意味であろう.
 では「医療機関のサービスの悪さ」の根源は何か?その大きな要因は「人手不足」である.医師に関して言えば,その数が不足しているし,書類書きなど患者さんに向き合う以外の仕事がますます増加し,医療に専念できていない.自分はアメリカの医療機関を見る機会を得たことがあるが,日本より明らかに医療従事者数が多く,日本なら医師が行っている仕事の一部を,看護師,コメディカル,事務員が担当し,医師は医師本来の仕事(診断・治療)に専念しているように見えた.
 医師の「サービスの悪さ」を是正するためには,医師の増員,ないし適切な配置は不可欠であるが,現状は,医療費抑制と安全要求という二つの相矛盾する圧力のために労働環境が悪化し,医師が病院から離れ始めている(医師の「立ち去り型サボタージュ」).それはきわめて深刻な状況であり,今後,「人手不足」に由来する「医療機関のサービスの悪さ」がむしろ悪化する可能性がある.疲れ果てて精神的余裕のない医師に,ゆとりある患者サービスを提供することは困難である.「医療機関のサービスの悪さ」の改善を目指すのであれば,その根源にあるものを認識することから始めるべきであろう.

医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か
(きわめて冷静に,現在の医療問題をさまざまな角度から検証したもの.お勧め!)
日本語を反省してみませんか
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2 Comments

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Unknown (from your hometown in the U.S.)
2006-06-06 02:05:00
I am very glad you restarted your blog. Thanks.
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コメントありがとうございます (pkcdelta)
2006-06-06 04:38:46
毎日慌しいので,更新の回数は減ると思いますが,もう少し続けてみます.
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