Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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読んでおくべき「アルツハイマー病研究,失敗の構造」

2023年11月08日 | 認知症
ピッツバーグ大学/香港科技大学教授であるカール・ヘラップ教授によって書かれた話題の本「アルツハイマー病研究,失敗の構造」を読みました.アルツハイマー病(AD)研究の歴史と課題が分かりやすく書かれています.認知症診療に携わる人,AD治療薬に関心がある人は「研究の現在を理解する」ために,ぜひご一読することをお勧めします.

本書の伝えたいことは「アミロイドβ(Aβ)がADの唯一の原因であると考えることは間違いであり,ADの研究や治療法開発が,Aβを諸悪の根源と考えるアミロイドカスケード仮説に基づくものばかりになってしまった現状を改善する必要がある」ということです.

例えば話題の抗体薬レカネマブは,脳からAβを除去しますが,ADの進行は若干抑制されるものの止めることができません(抑制は悪化率で27%,実数では9%).つまりAβはADの単独犯ではなく,アミロイドカスケード仮説だけではこの疾患のメカニズムを説明できないことが明確になったと言えます.ヘラップ教授は「Aβのみのルートを通ってADの治療薬を追い求めたため,おそらく10~15年を無駄にした」と述べています.代替仮説として,慢性炎症,不十分な脂質の品質管理・小胞管理,ミエリン鞘の劣化,酸化的ストレスなど,ある程度の蓋然性をもったものがあったにもかかわらず,アミロイドカスケード仮説と矛盾するこれらの仮説は業界から抑圧・拒絶されました.なぜアミロイドカスケード仮説ばかりがこれほど長期にわたりこの分野を支配してきたのかを,本書は俯瞰しています.

そして最後に,教授は単一の支配的な理論に振り回されることなく,多様な考えを受け入れるように呼びかけています.自身も「老化の生物学」から改めて研究を再出発すること,1例として「地区モデル」によるADの再定義を提案しています.この主張を読み,「ADの治療は,老化を制御できたとき初めて成功するのではないか」と本邦を代表する神経病理学者が語ったことばを思い出しました.

個人的感想として,レカネマブの登場で,注目は再びAβに向かうのは必然だと思います.ただしこれまでの創薬研究の歴史が物語っているように,疾患の病態メカニズムの全体像が解明できない場合,一つの側面だけを改善する創薬はうまくいかないことが多いことを考えると(例:急性脳梗塞に対するNXY-059試験など),アミロイドカスケード仮説に拘泥することはやはり避けたほうが良いのだろうと思います.科学の領域で「選択と集中」を行って,うまく行ったためしがありません.

アルツハイマー病研究,失敗の構造(みすず書房)




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