Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

世界を雪崩で洗い落とす

2008-10-25 | マスメディア批評
封切映画を観た。ハンブルクで夜行待ちに入った「トップガン」以来だ。魔のアイガー北壁で1936年に起きた悲劇を扱ったフィリップ・シュテルツル作「ノルトヴァント」である。

独公共放送が係わったためか盛んに扱われるので早めに片付けた。帰りの車のラジオの座談会もアルピニズムについての話を北壁最短記録を作ったクライマーなどを交えて行なっていた。

結論から言えば経験のある制作者が作ったものにしてはどうしようもなくつまらなかった。本格的ドルビーサウンドのまだ新しいが身売りされたらしいマルチ映画館で、初めてその「効果」を150人入りの会場でたった五人の客で体験した。結局、音響も画面もお粗末としか言えない。

それはこの「事実に基づく」とするお決まりの効果促進前口上に導かれる映画自体ではなくて、現在の商業映画館のマルチメディアシステムであり、それを理想とするホームシアターのシステムのこけおどし「効果」を指す。まるで、世界を牛耳っていた金融経済社会のヴァーチュアルのみすぼらしさと稚拙そのものである。

こうした映画館に余暇を求め、家庭でDVDを観て、コンピューターゲームに熱狂する人種は明らかに退化しているのだ。

今回の映画は、その点からすれば直前に流されるアイスクリームやフィルムの痛んだ保険の宣伝以上に全く「効果」がないようにつまらなく出来ていて、アイガー北壁の上から落ちてくる雪崩の地響きに音響的なクライマックスをもってきていて、映像的にも精々便所の掃除のシーンぐらいが華であったろうか。

このドイツ風に大変生真面目なドキュメンタリー風映画は、簡単に掻い摘むとつまらないお涙も流れないメロドラマである。それをして本格山岳芸術映画アーノルト・ファンクを期待して、もしくはレニー・リーフェンシュタールのイデオロギーを燻らすミトス映画を期待して足を運ぶ者をがっかりさせるだろう ― そこにこそ、この映画の美学が存在しているのである。

それ以上に、このパートス抜きでは語る事が出来なくなっている悲劇の実話エピソードを上手に使ったトレヴェニアン原作「アイガーサンクション」のクリンスト・イーストウッド作品の「効果」をすら悉く舞台落ちのように暴いてしまうのである。

これほどつまらない劇場映画はないであろう。それだからこそ、数多の山岳映画や生TVやVIDEOの手に汗する「アルピニズム効果」を洗い流してくれる。その「効果」として、音響的にもブルックナーの交響曲やアルペン交響曲を思い浮かべさせ、ヴァーグナー効果をも想起させるのは台本においても意図されている。それが、このようにしか作れなかった理由なのであろう。

それは、この映画の本当の存在価値に違いない。思想やアルピニスムの難しいことは改めて考えるとして、このようなヴァーチァルなミートスを、瓦解する大きな石の混ざる手の切れるような氷の雪崩が綺麗さっぱり一挙に奈落の底へと洗い落とす今日の世界に、その石灰岩の岩肌の溝の中に身を屈めて居る私達一人一人が対峙していることを実感させてくれるのである。



参照:
Nordwand (2008)
映画監督アーノルド・ファンク [ 文化一般 ] / 2004-11-23
文明のシナ化への警告 [ 文学・思想 ] / 2008-10-26
情報洪水で歴史化不覚 [ アウトドーア・環境 ] / 2008-10-27
アルペンスキー小史 [ アウトドーア・環境 ] / 2005-03-29
慣れた無意識の運動 [ 雑感 ] / 2006-03-07
影に潜む複製芸術のオーラ [ 文学・思想 ] / 2005-03-23
即物的な解釈の表現 [ 文化一般 ] / 2006-03-23
オペラの小恥ずかしさ [ 音 ] / 2005-12-09
ジャンル:
映画(DVD)
キーワード
アルピニズム アイガー北壁 トレヴェニアン リーフェンシュタール ブルックナーの交響曲 ヴァーグナー ペンスキー アーノルト ヴァーチュ 1936年
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5 コメント

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コメントありがとうございました (聖母峰)
2008-10-25 08:56:15
拙ブログにコメントいただきありがとうございました。
観てもいないのに公開前から興奮してしまいまして、お恥ずかしい限りです。

当地では「盛んに扱われた」とのことですが、ヨーロッパ諸国の登山関連サイトを拝見する限り、ドイツとロシアのクライミングサイトでしか関連記事をみかけなかったもので、どんな感じかな、と思っておりました。
情報サイト『SWISS INFO』の記者もpfaelzerweinと全く同じく「メロドラマ」と表現しておりましたので、よほどの出来だったようですね。

 今後ともご意見賜れれば幸いです。
重ね重ね・・・ (聖母峰)
2008-10-25 08:59:19
『コメント文中、「pfaelzerwein様」と敬称抜けておりました。大変失礼いたしました。』

ですね。慌ててのタイプミス、重ねて失礼致しました。
指導者は観ておくべきかなとも (pfaelzerwein)
2008-10-25 14:46:52
山屋さん、それも今日の指導者は観ておくべきかなとも思いました。そして、今少し社会学的な見地から再考されているのが、その点なのです。

具体的に述べますと、トニー・クルツやアンドレアス・ヒンターシュトイサーは、山岳隊なのですが決して狂った人間像としては描かれていないんですね。だから死闘もオーストリアのヴィリー・アンゲラーの狂人振りが目立ちます。有名な「魔の北壁」とかで読んでいるはずなのですが、こうして映像化されるとやはり印象が違ってきます。

かなり冷静な判断の少しのズレが ― つまり今から見てもということになりますが、救助隊を含めて、とんでもない破局を準備しているのは、山岳事故ならずものの道理ですね。

その意味からすると、ヒンターシュトイサートラヴァースでアッブザイレンのザイルを抜くシーンなどは退却時の無駄な試みと共に、山屋さんには見物です。

しかし、あれだけの専門TVクルーなど(SWRで北壁登攀を完全生中継しましたね)がスタッフにいても、淡々とそこをドキュメンタリー風にしか描きません。ある種のレアリズムですね。その点ではアーノルト・ファンク風ですが、決してそこまで芸術化していません。

それを意識しながら慎重に避ける事が意図されています。だからこそ昨今のヒマラヤ登山やスポーツクライミングまでを網羅するアルピニズム議論の叩き台になり得るのです。

週末、今最も各方面で取り上げられている新しいアルピニズム小論文を紹介しながら、商業登山批判とかなんとかでは言い切れていない点も考えてみたいと思います。
Unknown (margot2005)
2008-11-05 23:18:35
こんばんは!
TBありがとうございました!
たまたまドイツ映画祭で観る事が出来た作品でした。
人類未踏の山に挑戦した登山家の姿には素晴らしいものがあったかと思えます。CGを駆使した映像も見応えがありました。
クリント・イーストウッドの「アイガー・サンクション」はサスペンスかと記憶していますが、随分と前に観たので記憶は飛んでいます。今一度見て見たくなりました。
デジタル処理の不自然さ (pfaelzerwein)
2008-11-06 16:41:00
margot2005さん、コメントありがとうございました。

CGの駆使が楽しめましたか。私はどうも3D表現やデジタル処理の不自然さに自然に引いて仕舞います。

アナログの仕事も見直して観てください。

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