Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

すわ、コロナ吐血か

2020-06-23 | 雑感
ドルトムントに出かける前に出血した。軽く胸が悪くなったと思って歯磨きしようかと思い泊と鮮血が出た。愈々肺炎かと思ったが、吐血というほどの量ではなく結核の様でも無い。浅い感じだったので喉の奥ぐらいか?思い当たることはないが、コロナで喉の奥がやられている感じは無いことはない。それほど酷い咳をした覚えもない、また胸に来ている感じもそれほどでは無かった。但し三月初めに気持ち悪くなった時と若干似ていて、あの時は間違いなく気管支辺りで出血していたと思う。間違いなくコロナの症状だった。喉の少々の傷だと思ったので無理して吐き出してしまう心算も量も無かったが、流石に本格的な吐血となれば医者に行く。ある意味原因は分かっているのでそれほど悪い病気ではないだろう。

先日バイエルン州の座席でのマスクに対しての懐疑が書かれていた。要するに知事の勝手な解釈でマスクに拘っているだけに過ぎないという事で、当然ながら折角友人でも催し物をやっても聴衆の集中力も下がり平常化へと繋がらない。そこまで言うなら記者会見でも何時でもマスクをしていなさいと言わざるを得なくなる。実際そこまでしていないに違いない。一体どういう気だ、余程恨みでもあるのだろうかと思うほどである。

ドルトムントでは二回目のコンサートの時の後ろの列の爺さんが婆さんと並んで咳をしていた。なにも口に当てていない音だった。ああいうのはとんでもない。そもそも人口密度の多いルール地方は市街地の歩行者天国でもとても密だ。あれでは中々撲滅は出来ないと思った。地方によって差がある。矢張り州によっても差があり、あれ程酷い死者を出した地区があっても四百人も早速入れるところは考え方が大分違う。

コロナ以降初めてのレストランも入り口にレセプションが設けてあって、まるでフランスのレストランのような感じだった。動線はハッキリしてあったが、帰りに入り口から出して貰っていた老夫婦が居た。マスクは椅子に座るまではバイエルンでもそれ以外には方法が無いが、ここでも一体ゾーダーはなにを考えているのかと思わせる。小さなレストランよりも空調の効いている大ホールの方が間隔が取れている限り安全だろう。

結局15ユーロで肉のカルパッチョを取った。サラダからも水が出て若干じゃぶじゃぶになっていた。パンも小さな切れ端でお代りする程の事も無かった。量感としてはビールをヴァイツェン二杯とピルツ一杯で2.5l近く飲めば腹が膨れた。結局30ユーロ支払った。宿泊所へはタブレット任せだったが、往路も迂回路で山を越えなければいけなかったので違う方向からの帰宅だった。

カトリックの研修所にもビールも自販機で売っていたが流石にそれ以上は必要なかった。やはりマスクをして入場を待っている様なことをしているととても喉が渇く。スイスのようにデモにもマスクを義務付けないとかのように、夏は外すべきだろう。少なくともマスク義務がある限り、商店やレストラン等は人が入らない。劇場や音楽会の場合は座るまでならばそれほど問題はないのだが、入場の整理が素早く出来ていることが前提だろうと思う。要するに早く来た人は早く座ってマスクを外せる様な状況でないと駄目である。 

出かける朝にバルコンに黒い鳥が飛び込んできた。怪我をしていたようで飛び出そうとして糞をばら撒いていたが越えられずに態勢を何度か直しながら壁た鉢に寄りかかるようにしてじっとしていた。鉢に水を差したりして帰って来てからのことにした。帰宅してみると死骸はなかった。恐らく回復したのだろう。宿泊所のテラスで鳥の囀りを聞きながらその鳥の事を思い出していた。糞だけは早速清掃しなければいけなかった。



参照:
大司教区からのお達し 2020-06-21 | 生活
400人規模演奏会の準備 2020-05-28 | 生活
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