日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

「天草・長崎紀行」(1)天草の幸

2008-06-09 19:29:31 | 日々・音楽・BOOK

天草・下田(熊本県)の吉田和正君からクール宅急便が届いた。ドキドキしながら開く。南天の小枝の下に封筒が入っている。
「お久し振りです。早いもので下田に来られてから1年がたちました。あっという間ですね。今年も美味しい雲丹、タイ、イサキの干物が出来上がりました。食べてみて下さい」

文字は女文字。奥さんが書いてくれたのだ。瞬時に和正君と奥さん顔が浮かんだ。
冷凍した開いた半干しの鯛とイサキ、切干大根、粉にした青海苔、かわがむかれて淡い黄緑色の冷凍された蕗のようなもの、それに雲丹(ウニ)。
和正君が釣ってきた魚だ。釣れたらまた送るよといっていた魚。夫婦でつくってくれた切干。雲丹のビンには、隣町苓北の天草水産高校時代の和正君の友人がやっている店のシールがはってある。1年経ったのだ。電話した。

奥さんが出てすぐに和正君に替わった。元気そうだ。和正君は小学生時代の同級生、34人だったクラスメイト、12人だった男子の中で今では一番仲のいい友達になった。
声を聞くのは久し振りだが余計な挨拶はしない。蕗のようなもの?「つわ」だよという。そうだ。つわぶき(石蕗)だ。僕住んでいた家の周りにも、まだ水道が無く坂道を下ってバケツで飲み水を汲みにいったせせらぎの周辺にも生えていた。

いま僕の住んでいる関東ではほとんど見ることが無い。辞書を引いたらフキに似ているが別属で、暖地の海辺に自生すると書いてある。粟の入ったご飯や乾燥芋・僕たちがコッパといっていた輪切りにした乾燥芋をふかして練って団子にした主食と共に、食卓には欠かせないおかずだった。香りが蘇る。

昨年の5月19日から4日間、思い立って昭和21年の暮れからの6年間と中学二年生の数ヶ月を過した天草と父の実家、長崎を訪れた。
長崎には法事やDOCOMOMOで選定した建築の撮影などで何度も足を運んでいるが、天草は何十年ぶりだっただろう。
夜7人の同級生と3年生のときの数ヶ月の担任をして下さった若松先生が来てくださった。先生はほんの数ヶ月だったのに僕のことをよく覚えているという。
勿論、酒を飲みながらの思い出話はいつまでも尽きなかったが、明るい話ばかりではない。

小学生時代には全校生徒が200人ちょっとで小さな村だと思っていたが、今ではなんと三十数名、複式学級で3クラスしか組めなくなった。
天草で唯一つ温泉の出る村だった下田北には今でも5月に温泉祭が行われるが、村祭りはなくなった。境内で相撲を取り、もらったお小遣いを兄弟で出し合って包丁を買って母にプレゼントした祭り。
ペーロン(沖縄で言うハーリーだ)といっていた部落対抗の船の競争もなくなった。漕ぎ手がいないのだという。
僕の同級生には旅館の息子や娘が4人もいたが、いまあるのは一軒だけだ。3軒はやっていけなくなって手放してしまったと言う。Tさんもその一人だ。
長女だったTさんは結婚して妹に女将の座を譲ったのだと僕は思っていた。何年もかかってね、やっと下田に顔を出せるようになったのはつい3年前だという。還暦をとっくに過ぎてね・・・
淡々と語る穏やかなTさんの顔を見ていると、酒が胸の中にも染み渡ってくる。

それでも、下田は天草町になり今では天草市だ。
火力発電所のできた苓北を除いて、上島と下島のある天草全土が、広大な一つの市になった。隣村だった高浜がこの地域の中心になり、下田村役場のあった下田北には行政を担う支所もなくなった。
中学校もなくなって子供はスクールバスに乗って高浜に行かなくてはいけない。そのバスの運転手を同級生の野口君が定年までやっていたそうだ。子供たちの人気者だったそうだ。そうだろう、そうだろうと納得する。その野口君は何年間も腰を痛めていて心なしか元気がない。

今度の旅は、天草も長崎も考えることが沢山あって整理が出来ず、なかなかこのブログに書き始めることができなかった。でも和正君の心尽くしの天草の幸を味わうと、みなの顔が浮かび上がってきて矢も立ってもいられなくなった。友達はいいものだ。書き綴ってみよう。

去年聞き損なってずっと気になっていることを聞いた。下田には医者はいるの?
僕の小学生時代、お医者さんは週に一回だけ船に乗ってやってきた。幸い僕の家族は元気で、しょっちゅう足におできができていたが医者に行ったことがない。でもそんなことはありえず、今考えると母はずい分心配し苦労しただろうと思うのだが、子供ってノーテンキなものだ。

「いるんだよ!」と和正君は言う。
「赤ひげ」みたいな人でね、糖尿を患って足を切断したけど想いがあって過疎の地へと志願してくれた。高齢者医療がね、下田もね、みな年を取ってきて大変なんだよ。