日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

愛しきもの(4)  後藤茂夫の茶碗「ふる里」

2008-06-01 10:48:52 | 愛しいもの

益子の陶芸家「後藤茂夫」さんとのお付き合いもずい分長くなり、いつの間にか僕の好きなもの、壷や食事に使う器などが沢山集まった。その一つ一つに想い出があり僕にとってのエピソードがある。
戸棚を開けて海花皮(かいらぎ)の湯飲みを取り出すと、中野にあった小料理屋の女将の笑顔を思い出す。
あるとき、鯖の刺身があんまり美味くて食べてしまうのがもったいなくなり、一切れ残して後で食べたら味が変わってしまった。女将は後藤さんを案内して飲んだときのお土産の海花皮茶碗が気に入り、それから沢山使ってくれるようになったのだ。
塩を使って焼いた濃いブルーのカップでビールを飲むと、益子の工房や街並み、それに笑顔の奥様やはじめて会ったときの小さかった子供たちのはにかんだ顔が浮かんでくる。

トンボが留まるよ!と言うので、小学生だった後藤さんの長女を車に乗せてコスモス畑に行った。彼女が小さな指をそっと突き出したら、本当にトンボが指に留まったのには驚いた。
小さくてはにかみやだった長男の竜太君が手捻りした怪獣が工房の棚に置いてあったりした。その彼は人間国宝島岡達三の弟子になり、来春には銀座の「たくみ」で個展をやるといっている。島岡さんは残念なことに亡くなったが、どのようなもの(作品)が展示されるのかと楽しみだ。
足を開いて、イエーツとやっていた末っ子のおてんば娘が、しおらしいお嬢様になったのにも驚いた。
工房の庭には幾つもの陶土がストックされている。竜太君から気に入った陶土や釉薬があったのでおかせてくれと言われたと後藤さんもうれしそうだ。

大らかだが、流れ落ちる釉薬が大胆な後藤さんの茶碗がある。伊藤延男先生に銘をつけて頂いた。先生の想いのこもった「ふる里」だ。

先生は日本イコモスの重鎮として、法隆寺と姫路城の世界遺産会議・奈良ドキュメントにおいて日本を代表して木造による日本建築のオーセンティシティについて論じて、世界の建築感を変えた人だ。
三渓園の一畳代目`金毛窟`でお茶をご一緒したことが2度もある。
お薄になって亭主小林紘子さんが小窓の架け戸をはずすと茶室の空気と光が変わり、その移ろいゆくさまをも味わった。小雨の日のほの暗い茶室にシュンシュンと鳴る松風。いずれも夢の一時だった。
この茶碗でお茶を味わうたびに、ああいい茶碗だとうれしくなる。