日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

二度目のノーサイド 眼を離せない堂場瞬一の世界

2007-02-11 18:38:48 | 日々・音楽・BOOK

読み始めた途端「これはまずい」と思った。堂場瞬一の「二度目のノーサイド」。
ほぼストーリーも想定でき、だからキット泣くと思ったのだ。案の定土曜日の空いた小田急線の車両の中で、のめりこんで読んでいてこみ上げてくる涙にふと眼を上げると、座席の向かい側に座っている中年の男性が怪訝な顔をしてじっと僕のほうを見ている。どうしたのだといった感じだ。

話は単純だ。武蔵野電産という企業のラグビー部は、全日本でライバルのフジビールと引き分けて抽選に負けた試合を最後として解散した。その「決着をつける」試合を巡る話である。
そのときのメンバーだった主人公桐生威は、引退して武蔵野電産に残留した。他のレギュラーメンバーは他企業のラグビー部に移籍して現役を続けていたり、村瀬は著名なスポーツキャスターとしてテレビの世界で活躍、キャプテンだった島は、ラグビーのメッカ菅平で教師をしている。吉田はオーストラリアへ移住して現役、この物語で一方の主役木塚の存在も心を打つ。皆あの試合に何かを抱えている。
桐生威は、上司の係長、由布子に「あなた、仕事のことをまじめに考えているの?いつまでも昔の想い出にしがみつきたい気持ちはわからないじゃないけど、あなたはあの時、会社に残る道を選んだんだからね」としょっちゅう言われている。同期入社でいまやキャリアウーマンとなった由布子は、嘗て武蔵野電産のソフトボールの選手で全日本の四番バッター、アトランタオリンピックで活躍したのだ。

「決着が付いていない」。

普通でなかったあの試合での10分間なのだ。
桐生威にはラグビーをやらないことを約束して一緒になった愛妻杏子がいる。杏子の兄がラグビーで半身不随になったのだ。伏線にその杏子と同僚だった由布子の交流がさりげなく書き込まれている。
そして5年を経た今、ラグビー部を継続している全日本の強豪、まだ現役のいるフジビールとあの対戦時のメンバーによって戦うのだ。

「勝ったとか負けたとか、そもそもラグビーではどうでもよいことではないか。大切なことは尊敬できる相手と試合をすることだろう。正々堂々と行こうぜ」とオーストラリアから来た松田が言う。そううそぶいた松田も試合前のロッカー室で涙ぐみ始めた。
「叩き潰せ」声が小さいと思ったのかキャプテンの島が、今度は良く通る低い声で「叩き潰すぞ!」言葉にならない叫びが控え室を満たす。コンクリートの床を揺るがし、壁をひびわれさせそうな怒声が桐生の体に染込んでくる。

後は書く必要もないだろう。人それぞれの「決着」のために戦った。正しく「二度目のノーサイド」だ。決着に自分の人生を併せて考えてしまうのは勝手だが、戦うスポーツの世界って何かを感じることも大切だとふと思った。

作者堂場瞬一はメジャーリーグに挑戦する日本人投手藤原雄大を主人公にした「8年」で`小説すばる新人賞`(2001年)を得てデビューした作家。刑事鳴沢了を主人公とした連作はテレビドラマ化された。`今いない全ての友へ`と送辞のある「棘の街」という作品の主役上条の鬱積は、堂場自身のものではないか。これが案外彼の本音かとふと思わせるが、爽やか感がない。次々と新作を発表して多作作家の道を歩み始めた堂場瞬一から眼が離せなくなったが、後味の良い作品を読みたいものだ。

<写真 今読んでいる「キング」>