名古屋から発するブログつぶて・凡人のひとりごと

身の回り、世間のできごとをを日記風に記す(紙つぶてならぬブログつぶて)。

栄久庵憲司さん逝く

2015-02-10 14:44:38 | Weblog
2015.2.10(火)
 栄久庵憲司さんが2月8日、「洞不全症候群」という聞き慣れない病気で亡くなったとメディアが報じた。享年85歳であった。密葬は近親者で行い、本葬は3月17日(火)午後1時から東京都港区芝公園の増上寺で行うとのことである。
 栄久庵さんは、1929年に広島市にある寺の住職の長男として東京で生まれ、戦後、海軍兵学校から復員。原爆投下直後の広島の焼け野原を見て「道具に命を吹き込む仕事がしたい」と決意。工業製品や家具、商品パッケージなどのデザインを手掛ける工業デザイナーを志し、生涯その道を邁進した人であった。1955年に東京芸術大を卒業。57年に「GKインダストリアルデザイン研究所」を設立した。
 1961年にデザインした「キッコーマンの卓上しょうゆ瓶」は世界的ロングセラーになった。1985年、国際科学技術博覧会会場施設デザイン専門委員を務めたが、筆者とは1989年、名古屋市の市制100周年記念事業である世界デザイン博覧会の総合プロデューサーを努められた関係で縁があった人である。
 栄久庵さんはデザイン界では、秋田新幹線の初代「こまち」や成田エクスプレスなど手がけ、工業デザイン界のノーベル賞といわれるコーリン・キング賞も受賞された。
 デザイン界の巨匠であったが、その人柄は実に気さくで、親しみ深い方であった。世界デザイン博では、イベントプロデューサーの泉眞也氏とともに活躍され、デザイン都市名古屋の知名度を上げられた。
 東京の赤坂だったと思うが、栄久庵さんと酒を酌み交わしたことがしみじみと思い出される。