田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 6 老人の華やかな食卓  麻屋与志夫 

2015-04-20 10:24:07 | 超短編小説
6 老人の華やかな食卓

台所に入る。
冷蔵庫を開ける。
独り暮らしの老人にしては豊富な食材や食品がある。
大好きな紀文のギセイ(卵焼き)もいくつも入っている。
先週、孫娘が来て、買い揃えてくれたものだ。
さて、今夜はなにを料理しようかなと……考えたところで電話がなった。
旧式な卓上電話だ。
「はい、はい、いまでます。でますよ」
けたたましくなる電話に呟きかけるような返事をしている。
受話器を取り上げる。
「中野。どうだ、皆で夕飯食べないか」
「いつ、帰省したんだ」
同窓生の川村だった。
「石黒と藤作も来てる。いまそっちへ車で向かっているから」
まちがいなくこちらが、快諾する。
そう信じている。
いつもそうだ。
こちらの都合なんて考えない。
さすが、大会社の会長にまでのぼりつめるだけはある。
いやだとは、いえなくなる。
強引なやつだ。
――快諾した。
川村はともかくとして、石黒と藤作には会ってみたい。
このまえの「喜の字」を祝っての同窓会以来だ。
黒の乗用車だ。
ドァがいくつもある。
運転手つきだ。
車内の3人はワインで盛りあがっていた。
トロミノある、高そうなワインだった。
「駆け付け3杯だ。川村のおごりだ。めったに飲めるワインじゃないぞ」
石黒が川村にお追従。
ワインの銘柄と年代をいったが、はやくも酔いが回って来た。
もっとも、きいたところで、その価値は中野にはわからない。
着いたところは、K総合病院だ。
「この街では、ここがいちばんおいしいからな」
「美味しいかっぺな」
と藤作がこの土地の方言でいう。
親近感がわいた。
4人がこの町で高校生までの12年。
ともにすごした連帯感がよみがえった。
「ちょっと、トイレに」
「前、立ちかよ」
藤作が、たのしそうに揶揄する。
「そうゆうな。藤作も前立腺肥大だろうが」
石黒がいう。
「貧乳だろう」と川村。
「それいうなら、頻尿でしょう」
と石黒がまじめに訂正する。
川村のジョークは理解されていない。
「まだまだ、巨乳にはそそられるのでな」
と色艶のいい川村が応えた。
豪快に笑っている。
3人のたわいもない会話をあとにした。
フロントから入って右折して直にあるはずのトイレがない。
さいきん、物忘れが激しくなっている。
やっとさがしあてたトイレはモップをもったオバサンがバケツをさげてはいっていく。
「掃除中です」という標識をだされてしまった。
幾つになっても、女性の傍で、ジョジョと音を無神経にヨウをたすことはできない。
つぎの、トイレをさがさなければならない。
尿意はセッパツマッテいた。
小走りに長い廊下をいく。
ところがなんとしたことか。
遠近法を逆にしたような廊下だ。
さきに行くほど広くなっている。
不気味なのであわてて角を左折する。
「ダメじゃないですか。病室にいてください」
澄んだ声。
うりざね顔。
富士額。古典的な日本美人の看護婦さんに咎められた。
周囲をみると、いつのまにか、重病棟にまぎれこんでいた。
「ここは、中野さんのくるところではありませんよ」
向こうから顔まで白いシーツでおおわれた患者がくる。
顔はかくされている。
死んでいる。
腕がシートからはみでた。
だらりと垂れ下がる。
看護婦があわてて、何度も腕をシ―ツのなかに押し込む。
「トイレをさがしてた」
「はいここですよ」なるほど目の前にトイレの標識が壁からつきでている。
「はい、手を拭いてね」彼女はハンカチーフをわたしてよこした。
鹿沼麻子と縫いとりがある。
結婚する前のカミサンの姓名だ。
遠近法を無視した。先に行くほど広がる廊下を走った。
過去にもどってしまったのか。
わたしは神経質だ。
手洗い場の共同タオルを使うのを嫌っている。
それを知っていてくれた。
あまりのなつかしさに、感涙にむせび声もでない。
麻子との出会いはこの病院だった。
「ありがとう」礼をいった。
ハンカチを返す。
手渡すとき小指が触れた。
火傷でもしたようにジーンと熱ばんだ。
肩をたたかれた。
藤作だった。
「さがしたぞ。みんなまっている」
「いっては、だめ」麻子が叫ぶ。
「はやくいこう」
「だめ。いかないで。あなた」えっ、いまなんていった。
あなた。と呼びかけた。麻子と結婚しているのか。
「あなた。いかないで」
「この裏切り者。中野を食卓につれてくる約束だぞ」
藤作がどこにかくしもっていたのか大鎌を振り被る。
死神の鎌だ。
「収穫」鎌が薙いだ。
麻子の首が中空にとぶ。
体は瞬時にウジがわく。
「あなたぁー」こえだけが中野の耳にのこった。
ウジがわいたからだで麻子は二三歩中野のほうによろけながらも、近寄って来る。
中野は彼女を強く抱きしめる。
ここは黄泉比良坂だ。
病院の廊下などではない。
「収穫だ」裏切り者――中野を最後の晩餐に連れてくる約束で、現世に引きもどし、会わせてやったのに。
綺麗な体でふたりで黄泉の国に降り立てばいいものを。
ウジの山となった麻子を藤作がののしっている。
中野は逃げた。
死骨累々。
白い骨の荒れ野を中野は夢中で走りぬけた。
前方に黎明の光がさしている。
麻子に救われたこの命、生きられるだけ生きてやる。
わたしは、手を開いた。
鹿沼麻子。
彼女のハンカチが握りしめられていた。
わたしは彼女のハンカチを目がしらに押し当てた。
「愛しているよ。麻子、そちらにいったら、またいっしょにくらそう。もういちど、愛の告白をして、クドクからね。いいかな……」



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