田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

三毛猫リリのおもいで。 麻屋与志夫

2016-11-11 09:05:44 | ブログ
三毛猫りりのおもいで
 
 そろそろ秋の紅葉がはじまろうかという黄昏時。『せせらぎ公園』を散歩していた。
 妻がふいに腰を屈めた。わたしに背中をむけて、かがみこんだ。ドングリをひろいあげた。わたしも、つややかなドングリの実がおちているのは目にはいった。でも妻のようにはドングリを拾いあげることはできない。だいいち腰をおとしたところで、よろけてしまうだろう。……妻の想いを後ろ姿からうけとっていた。
 木の葉を透かして見る銀色の三日月は天空にかかり、空は濃い藍色に変わっていく。
「リリ。リリ」
 妻が呟いている。
去年の、いまごろ、リリは元気にとびはねていていた。
「不妊手術だから、食事はだめよ」
リリは恨めしそうに妻の手もとの餌皿を見ている。妻から受け取った餌皿をタンスの上にのせた。
「こんなにおおきくなって、もう赤ちゃんうめそうね」
「ごめんな。パパに働きがあれば何匹でも赤ちゃん産んでいいのに」
道路工事の騒音にリリが驚いた。リリが車道にとびだしていた。車が来た。リリがすばやくこちらに引き返してきた。わたしは一瞬リリがひかれたとおもった。そのイメージが脳裏に煌めいた。リリはそのまま家と家のあいだの狭い隙間にとびこんでいった。
「キャリーケースを買えばよかったのよ」
裏庭のデッキでカミサンが弱々しく「リリ」と呼ぶ声がしていた。声は涸れていた。涙も涸れているだろう。
「今夜は、眠れないわ」
かみさんがしわがれた声で嘆いた。
リリがカミサンの腕の中からにげだしてから二昼夜がすぎてしまった。午後から冷たい雨が降りだした。
「この雨で濡れないかしら」
「猫だから身を寄せる場所を探しあてている」
「寒いわ」
「毛皮をきているのだから……」
「凍え死んじゃうわ」
「心配ない」
「死んじゃうわよ」
「恐い体験をすると一週間くらい縁の下にもぐりこんででてこない猫もいる。インターネットで調べた」
「調べてくれたの」
「その猫の好きな食べ物をもって名前を連呼して歩くといいらしい」
「そんなことまで書いてあるの」
「あす晴れたら、削り節をもってもう一度、あの空家の周辺を探してみよう」
リリのふわふわした布製のベッド。リリの破いた障子。桜の花の切り張りをした。障子の桟をつたって天辺まで登りつめたリリのヤンチャの爪痕。いままで、元気に飛び跳ねていたリリがいない家の中はさびしくなってしまった。
「泣くのはいいが、いつまでも嘆いているとまた風邪が悪くなる」
カミサンは三カ月も風邪で咳が止まらない。
「だって、悲しいんだもの」
少女のようにわたしの胸に顔をふせて泣きじゃくっている。いままでいたリリが不意に消えた。ケガした訳ではないので――死んではいない。必ずまだ生きている。ひょっこりと、迷いこんで来たときのように玄関先にあらわれる。
「もどってくるよ」
「探しに行きましょう」
「あした晴れたらもちろん行くさ」
「キットヨ」
猫は怯えると、一週間もその場から動かないでいる。そんな習性があるとインターネットで調べた。まちがいなく、あの空家に居座っている。そう判断して二人で家をでた。削り節の袋を妻が手に、リリをさがしに出発した。
リリが逃げてから三日目になる。
F印刷屋さんと空家のあいだの狭い空間に跳びこんだ。
猫なら通れる。犬ではむり。ほそく狭い。
この辺から、移動する訳がない。まちがいなく、空家に居座っている。
朝食をすませてから、削り節の袋をカミサンが手に、リリをさがしに出発した。リリが逃げてから三日目になる。まちがいなく、空家の裏庭いる。
そう判断して二人で家をでた。空家の隣のYさんがヘンスにある扉を開けてくれた。
「リリ、ママだよ。リリ、ママよ」
カミサンが削り節をヘンスの上や、地面に置いた。
「リリ。リリ」
鳴き声がした。あまり幽かなので小鳥の鳴き声にきけた。ニャアと猫の鳴き声ができないリリだ。
「リリだ」
「リリだわ、いた、あそこにいる。どうする。どうする」
カミサンは泣き声で感極まっていた。わたしはさらに奥に進む。リリを捕獲した。
カミサンとリリのドングリサッカ―が再開した。二階の教室。カミサンがドングリを指ではじく。黒板の下まで、ドングリはころがっていく。リリがとびはねながら追いかける。くわえてもどる。
白墨の粉がリリの肉球についた。
肉球が床に小さな白い足跡をつけた。白いスタンプは点々とカミサンのところまでつながっていた。
「リリ。かわいい」
 カミサンがリリにホホずりをしていた。
それから数カ月後。リリは突然赤血球のつくれない病に侵された。死んでしまった。
コロコロと、ドングリの転がる音がする。
いまも教室の床にはリリ足痕がのこっている。
ドングリの転がる音も聞こえてくる。













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