6月30日 月曜日
9
殺生石のまわりの噴気が消えた。
硫黄臭のある薄煙りが消えた。
那須火山帯が衰退期にはいったのではないか。
栃木県の観光業界では落胆していた。
殺生石を客寄せの目玉にしていた地元は狼狽していた。
これから、なにを客寄せの目玉にすればいいのだ。
煙が吹き出さないなんて。
そんな殺生な!!
とオヤジギャグが囁かれていた。
それが……巨大な安山岩をふくめた南北約150メートル、東西50メートルの地熱地帯のガレ場がいま黎明の下で光りをはなっていた。
地底から光りが立ちのぼっていた。
赤い月が傾く。
皓々と那須山麓を照らしていた月が白く西の空に傾く。
朝日が東の空をそめている。
朝焼けの空。
潔斎をすませたすがすがしい山伏姿のひとたちが殺生石の光りの輪にむかって祈祷をしていた。
彼らがふきならすほら貝の響き。
吸血鬼の群れをけちらし隼人は夏子の気配に近寄っていた。
もう、夏子が視野にはいっていいはずだ。
山伏の一人が隼人に近寄ってきた。
「女の人がきませんでしたか」
「われわれが玉藻の怨霊とまちがった女人でしょうか?」
「黒髪を腰のあたりまでのばしています」
「そのかたなら、かなたの異変が起きているほうへ登っていきました。とめたのだが。ふいに現れてふいに立ちさった。夜目にも美しいひとでした」
「ありがとう。夏子……ぼくの恋人です。玉藻の前に会いにいったのです」
「なんと。……玉藻の怨霊と闘いにいったのですか」
「いや話し合いにいったのです……」
「そんな、むちゃな。ことばがつうじる相手じゃない。巨大な負のエネルギーの、怨念のかたまりですよ。千年におよぶ幽閉で地竜さえ動かすことのできる能力を蓄えたものですよ」
山伏が絶句した。
地の底が唸る。地底がさわいでいる
縦揺れがした。大地が裂けた。盛り上がる。
茶臼岳が断続的に噴火している。
火柱が中天をこがしている。
つよい衝撃波が那須の大地に立つ隼人をおそった。
また、溶岩が噴きあがった。
真紅のマグマが中天に火の柱を吹き上げた。
地竜が憤怒の炎を空に吹き上げている。
長すぎた幽閉の時を経ていま解き放たれた玉藻が屈辱の怒りを発している。
千年の怒りをいっきに解き放った。
「もう…だめだぁ」
犬飼山伏の面々が叫ぶ。
顔を赤あかと照らす溶岩をはったと睨みつけてはいるが、祈祷の声もとぎれがちだった。
「平安と平成は音声だけではなく、なにか通底するものがあるのかもしれぬ」
犬飼と名乗った山伏風の行者が炎をみあげながら隼人にいう。
絶望。
絶望の奈落におちこんでしいく顔。
顔。
顔。
顔。
もう……おそい。
封印が破られた。
安倍泰成さまの封印が破られた。
われらには、千年前の陰陽師の力はない。
封印しなおすなぞ、そんな法力はない。
「われら犬飼のものは千年にわたって玉藻の前の封印を守ってきた。土地のものにまじって、土産物屋になったり、旅館の番頭に身をやっしたりしてきた。こんな結果になるとは、先祖さまに死んでから顔を合わせることができない
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殺生石のまわりの噴気が消えた。
硫黄臭のある薄煙りが消えた。
那須火山帯が衰退期にはいったのではないか。
栃木県の観光業界では落胆していた。
殺生石を客寄せの目玉にしていた地元は狼狽していた。
これから、なにを客寄せの目玉にすればいいのだ。
煙が吹き出さないなんて。
そんな殺生な!!
とオヤジギャグが囁かれていた。
それが……巨大な安山岩をふくめた南北約150メートル、東西50メートルの地熱地帯のガレ場がいま黎明の下で光りをはなっていた。
地底から光りが立ちのぼっていた。
赤い月が傾く。
皓々と那須山麓を照らしていた月が白く西の空に傾く。
朝日が東の空をそめている。
朝焼けの空。
潔斎をすませたすがすがしい山伏姿のひとたちが殺生石の光りの輪にむかって祈祷をしていた。
彼らがふきならすほら貝の響き。
吸血鬼の群れをけちらし隼人は夏子の気配に近寄っていた。
もう、夏子が視野にはいっていいはずだ。
山伏の一人が隼人に近寄ってきた。
「女の人がきませんでしたか」
「われわれが玉藻の怨霊とまちがった女人でしょうか?」
「黒髪を腰のあたりまでのばしています」
「そのかたなら、かなたの異変が起きているほうへ登っていきました。とめたのだが。ふいに現れてふいに立ちさった。夜目にも美しいひとでした」
「ありがとう。夏子……ぼくの恋人です。玉藻の前に会いにいったのです」
「なんと。……玉藻の怨霊と闘いにいったのですか」
「いや話し合いにいったのです……」
「そんな、むちゃな。ことばがつうじる相手じゃない。巨大な負のエネルギーの、怨念のかたまりですよ。千年におよぶ幽閉で地竜さえ動かすことのできる能力を蓄えたものですよ」
山伏が絶句した。
地の底が唸る。地底がさわいでいる
縦揺れがした。大地が裂けた。盛り上がる。
茶臼岳が断続的に噴火している。
火柱が中天をこがしている。
つよい衝撃波が那須の大地に立つ隼人をおそった。
また、溶岩が噴きあがった。
真紅のマグマが中天に火の柱を吹き上げた。
地竜が憤怒の炎を空に吹き上げている。
長すぎた幽閉の時を経ていま解き放たれた玉藻が屈辱の怒りを発している。
千年の怒りをいっきに解き放った。
「もう…だめだぁ」
犬飼山伏の面々が叫ぶ。
顔を赤あかと照らす溶岩をはったと睨みつけてはいるが、祈祷の声もとぎれがちだった。
「平安と平成は音声だけではなく、なにか通底するものがあるのかもしれぬ」
犬飼と名乗った山伏風の行者が炎をみあげながら隼人にいう。
絶望。
絶望の奈落におちこんでしいく顔。
顔。
顔。
顔。
もう……おそい。
封印が破られた。
安倍泰成さまの封印が破られた。
われらには、千年前の陰陽師の力はない。
封印しなおすなぞ、そんな法力はない。
「われら犬飼のものは千年にわたって玉藻の前の封印を守ってきた。土地のものにまじって、土産物屋になったり、旅館の番頭に身をやっしたりしてきた。こんな結果になるとは、先祖さまに死んでから顔を合わせることができない