田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

給血スタンド 吸血鬼/浜辺の少女(2) 麻屋与志夫

2008-06-21 20:01:09 | Weblog
6月21日 土曜日
この北関東は石橋の雑木林は、いま黒髪連合の少年(わかもの)の侵入をうけている。
ふいに、20台のバイクと車。
総勢30名をこす少年が現れたわりには、あたりは森閑としている。
はるか国道の方角で車の走る音が遠雷のようにひびいている。
樹木越しに、狐火のようなヘッドライトの光のつらなりが見える。   
樹木がとぎれた。広くひらけている。
ひとむかしまえ、雑木を切り薪にしていたころの泊まり小屋がある。
風雨をさけるべくもないほど荒廃していた。
軒は落ち、小屋そのものもゆがみ、倒れかけている。
その入口付近で着メロの合奏がしていた。
携帯がむぞうさに草の上になげだされていた。
細い枝から月光がおちてくる。青白く冴えた月だ。
その淡いブルーの光をあびて、サッカーボールが三個。
正確に等間隔をおいてならんでいる。
ひとの頭だった。
トミオ。野ネズミにくわれた。顔面の肉がえぐられている。
タカシ。瞳孔が虚ろにあいていた。肉汁が滴っていた。いたいいたいと泣いているようだ。死の恐怖が顔のゆがみからよみとれた。生きながら埋められ、野ネズミにかじらた頭部。その形骸。色彩が視神経をおそった。
見るものを、激しい嘔吐がおそった。ググッと喉をはいのぼってくる。        ふらついた。極度の緊張にバランスをくずし、よろけながら粘液をふきだしたものもいる。なんにんかが、おえっと、口もとをおさえた。腐臭があたりにたちこめていた。
すさまじい臭気だ。
吐き気をもよおすような悪臭のなかで一瞬全員がふるえあがった。
こんなこと、人間のやることじゃない。眞吾は苦い汁を飲みくだした。
なんにんかがこんどこそ、本格的に嘔吐した。
ゲロゲロっと、ねばっいた汚液をはきだした。異臭と黄色く濁った汚液が大地と彼らの口もとをつないだ。
「キンちやん」
「キンジ」
八重子が絶叫し走りよろうとした。
「見せるな」
眞吾の一喝に高見がすばやく彼女をだきとめた。
「キンチャン」
早苗が絶叫した。
三人とも土のなかにうめられていた。恐怖にムンクの叫びのようなゆがんだ顔を……口をしていた。
首筋が切り裂かれている。
土に染みがある。
血の噴きだした跡だろう。
キンちゃんだけは首筋から透明なプラスチックの管がのび、血がいつでも吸えるようにしてある。
吸血鬼の給血所にしていたのだ。
やはり、敵は吸血鬼だ。
眞吾だけ敵の正体を見極めた。              









震える森 吸血鬼/浜辺の少女(2)

2008-06-21 17:38:45 | Weblog
6月21日 土曜日
眞吾は携帯で西大芦の山深く住む兄の崇に連絡をいれた。
吸血鬼との死闘の経験のある兄だ。(注。拙作『吸血鬼との遭遇』より)
野州(下野の国)勅忍の最後の生き残りだ。
眞吾は剣の道は学んだが、忍法は伝授されなかった。
「まちがいない、そうかやはり現れたか」
眞吾が飛さった生物の輪郭を説明すると、即座にこたえがあった。
幼少のころから聞かされてきた。
兄に聞かされてきたモンスター。
青白い、爬虫類のような皮膚。
変化自在の形態。
人を切り裂き……。血を吸う悪鬼。
昭和が平成になろうとするころ兄が闘ったという……鬼。
邪な(よこしま)鬼、邪鬼の集団……、UMA(未確認動物)。
それはほかのUMA、ヒマラヤの「雪男」。
北米の「ビッグフット」とちがう。
あまりにもみじかな存在。
それでいて文学作品や映像の世界でのみ生息すると思われている。
想像の所産。
近くて遠い存在。
だが、鍛えぬいた剣士の感が、あれは兄から聞いていた……するどい牙をもつ……。
「眞吾、いまふうにいえば、吸血鬼だ」
はやまるなよ、という兄のことばがまだ耳元に残っている。           
眞吾は林の奥を見詰める。
敵の姿をイメージした。
皮膚の灼きつくような感覚は、未知のものにたいする不安感からくるものだ。
おびえているわけではない。眞吾は少しずつ闘争心をかきたてていた。
世に混沌をもたらもの。
邪鬼。
鬼を見分けることができる野州の勅忍の一族。
眞吾が闘わなければならない。
天敵だ。
だが、対決のときがはやすぎたようだ。
これだけの精鋭でも、闘えるかどうか不安だ。眞吾には敵の不気味さだけがわかった。兄から伝えられていた不死に近いものたちなのだ。
『黒髪連合』のバイクは雑木林に突入した。バイクを降りる。
「このあたりでキンジの携帯をひろったらしいの。茸とりにきた農家のおじさんよ」
じめじめした湿気が足元にまとわりつく。薄闇に閉ざされている。
「トミオとタカシに携帯うってみろ」
怪訝な顔で高見がいわれたとおりにする。かすかに着信音が林のさらに奥でする。
ナラやクヌギのなかを音のするほうに進む。雑木林はすでに落葉がはじまっている。
赤錆色の落ち葉がライトのさきで、下生えの上にまばらにおちている。
楓の真っ赤な葉もある。下生はまだ緑だ。
眞吾はその下生をふんでさらに奥に進んだ。
無謀にもバイクを降りず追尾してくるものもいる。
黒い笹が薄闇のなかで揺れる。
闇がふるえている。大気がざわめく。





翼竜?  吸血鬼/浜辺の少女 (2) 麻屋与志夫 

2008-06-21 11:45:50 | Weblog
6月21日 土曜日

眞吾も右に曲がる。
高見たちが見えた。
先の三人の仲間の走りも変だ。
なにか、彼らも、察知している。
トバしかたがいつもとちがう。
異常だ。
前方に高見たちの車影が見えた。
眞吾はかってない不安に自分がおののいているのを知る。
なにか起ころうとしている。
いままで経験したことのないような凶事の起こる前兆だ。
八重子の身にとんでもないことがおそいかかろうとしている。
いままさになにか……。
警笛をハデにならしている。
そのはるかさきで光りが点滅した。
光条がみえる。
パシュ、パッパ……パシュ、パッパ。
あの合図は……。八重子だ。
よかった。
ぶじだ。
だが、あれは眞吾にだけつうじる。
八重子からのSOSなのだ。
『空っ風』のヘッドは仲間に弱気を見せられない。
『黒髪連合』の総長眞吾とかわした友情の証し。
緊急の場合のみ使用というとり決めだった。
その約束の合図。
いちども、使わずに八重子は眞吾の前から消えていった。
そのSOSがいまはじめてつかわれている。
その瞬間前方の高見のバイクが減速した。                
あと一息だ。
高見がスピードをおとした。
バイクのサドルに両足をのせている。
曲乗。
なにやっているんだ。
こんな時に。
みえた。  
八重子が、宙に浮いている。
高見がジャンプ。
八重子に飛び付いた。
眞吾のリアクションも敏速だ。
高見にむかって跳ぶ。
高見の脚にしがみついた。
バサっと巨大な羽音がした。
八重子も高見も眞吾もひともちとなって地上に落下した。
中央分離帯の灌木のなかだった。
みあげる上空。有尾の巨大蝙蝠が月光にくっきりとみえた。
尾がある。
それって、翼竜ではないか。
飛びさっていく。
彼らが目指す方角だ。
石橋の雑木林だ。
影絵のように黒々と大きな翼が見える。
「ゴッテム。おれたちをさそってやがる」
高見が腰をさすりながら起き上がる。
「見たか、尾が生えていた」
「そんなことない。わたしかかえこまれたときはっきり見た。あれは鷹よ。巨大な鷹だったわ」
「ひとを爪にかけて飛び上がれる鷹がいるかよ。70キロのレディをよ」
「あら眞吾ゆってくれるわね」
がしっと八重子と眞吾はだき合った。
ひさしぶりで会えた八重子。
眞吾の愛する年上の女がそこにいた。 






再会  吸血鬼/浜辺の少女

2008-06-21 08:30:10 | Weblog
6月21日 土曜日
会いたい。
わかれてから会っていない。
初恋のままわかれた八重子。
このチームの元ヘッド。
「いや、おれたちもいく。これからその場所にいったほうがいいかもしれない。一刻を争う事態かもしれない。キンチャンが危ない気がする」
反応ははやかった。   
押忍! 気合をかけて全員がバイクと車にとびのった。
先行した高見たちのテイルランプがかすかに見える。
廃工場のゲートをくぐったところだ。
『黒髪連合』はもともとは、『空っ風』というレデイスだった。
八重子がまとめていたものを眞吾があずからせてもらって2年になる。
だから、いまでも関東の族にはめずらしい男女混成のチームだ。
また、着メロがなる。
「はやくきて」
「はやくキテぇ」
説明ぬき。
八重子のせっぱつまった声がする。
「どうした。なんだ。」
「追われてる」
「赤羽のヤッラか」
眞吾たちの東京進出を妨害している。敵対しているチームだ。
「ちがうみたい。バイクじゃない」
「白パトか?」
「なんだかへんなの。わかんないのょ。追われているのは確かなのに」
「いまどこだ」
「マクドナルドの前を通過したわ」
「ワカッタ。あと3分で接触できる」
高見ならあと1分。
時速を150キロはだしている。
仲間いちのスピードマニアだ。
先発した高見たちのバイクはすでにセブンイレブンの前を右折していた。
国道4号線に突入しているはずだ。 
八重子のドライブテクニックなら追跡車に追いつかれることもあるまい。
だが眞吾はさらなる不安に体がおののいていた。
こんなことははじめてだった。
遠い祖先からうけついできた忍びの血がさわいでいる。
武闘派の血がさわいでいる。
異常なことが起きている。


仲間が消えた  吸血鬼/浜辺の少女(2)

2008-06-21 03:31:19 | Weblog
6月21日 土曜日



外は夜。濃藍の空。満月。石橋町から小山市へ貫流する思川の河畔。
何年か前の夏の終わり。
幼い幼稚園児が生きたまま投げ込まれた。
事件があった。
全国的に知られることになった思川だ。
黄色い花。
セイタカアワダチソウが咲き乱れている。
草むらに廃工場がある。
裸電球に照らされて……30名を超す若者がすわっていた。
まだ電気だけはきているが、機械類はとりはずされている。
がらんとした広がりに迷彩の戦闘服がきわだっている。
街角でみかけるロジタリャンのいぎたないすわりかたではない。
姿勢は同じ。だが彼らには気迫があった。キアイがはいっている。
それもそのはずだ。暴走族『黒髪連合』の集会だった。
ここは、彼らの集会場兼指令センターとなっている。 
この秋になってから仲間が何人も、消息不明になっていた。
「逃げるようなヤバイことにはまきこまれていなかったんだ。だいいち携帯をうてないほどふいにトラブルにまきこまれるなんておかしいと思わないか。トミオもタカシもまだ連絡がつかない。キンジもきのうから携帯うってもダメだ。こんなのってあるかよ」
ヘッドの麻生眞吾だけが立っていた。
肩幅がひろく、胸が厚い。 
サムライ面だ。
檄をとばしていた。 
1メートル80はある。
厳しいサムライの風貌だ。
ミーテングが長引いていた。
サワサワという、異常な空気にとりかこまれている。
現実に音が聞こえるわけではない。
そうかといって、幻聴として笑ってしまうにはあまりにリアルだ。
だれもが感じている。
鳥肌になるようなこの恐怖をともなった害意。
悪意の波動。
だれかにたえず監視されている。
それも敵意をもった、つきささってくる視線にだ。
なにかおかしい。
こんなこと、いままでになかった。
だれもがそう感じていた。
ふいに、眞吾の携帯が着信のメロデーをかなでた。
「眞吾ちゃん?」
「八重子さんですね」
「あら、覚えていてくれたのね」
いやでわかれた八重子と眞吾ではない。
「そっちへむかってるわ、金次の携帯がおちてたんですって。ついさっき、連絡してくれた人がいるの」
「どこに」
「石橋の雑木林のなかよ」
「キンチャンの姉さんだ。八重子さんだ。むかえにでろ」
携帯の送話口はふさがず、眞吾が声をはりあげた。
すぐにサブヘッドの高見が矢野と早苗をともなってでていく。
バイクのアイドリングの音を聞く。
一瞬眞吾の意識は八重子のところにとんだ。