田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

助っ人 吸血鬼/浜辺の少女

2008-06-22 22:10:35 | Weblog
6月22日 日曜日
「麻生眞吾くんだな。分家の皐隼人です。スケットするぜ」
「まあまあ、こんないたいけない男のこやオンナノコをいたぶって、いけない人たちね。どこがおもしろいの」
夏子が余裕をもって微笑みかける。
吸血鬼がざわっと後ろに退く。
夏子は怒りに体がおののいていた。
青い炎が夏子から立ち上ぼっていた。
ゆるせない。あたりには鉤爪できりきざまれた若者がたおれていた。
あとで、たっぷり血を吸う気なのだ。
「あとは……わたしたちにまかせて、噛まれた人をはやく運んで。病院につれてってあげて」
「そうするんだ」
眞吾がいう。ヘッドの命令だ。
「キンジのところにいってあげて。弟のこと、たのむは」               八重子が矢野に叫びかける。
眞吾と行動を共にする。
死んでもいい。
眞吾と死ねるならもう、うれしくて、うれしくて。
涙がでる。
共に死ぬ覚悟だ。 
やさしいことばとはうらはらに、夏子の夜目にも白い顔がひきつっていた。
爪がきらめく。長くのびた。
黄金色にかがやきだした。
吸血鬼にむかってつきだす。
その爪がサクッと抉る。ざらっく鱗状の喉につきささる。青緑の鱗におおわれた皮膚が裂ける。
緑の粘液が噴きだす。
ああ、コイツら兄の配下ではない。
爪の感触がつたえてきた。
同族とのあらそいを忌避するための悍ましい感触がない。
爪が金色にかがやいている。
おなじ吸血鬼でも、ほかの部族に属するものたちだ。
よかった。大谷の一族ではない。兄のRFでもない。
ああよかった。兄さん、ゴメンナサイ。どこで再生を期しているの。
兄の配下でないとなれば、おもいっきり闘わせもらうわ。              爪がさらなる戦闘にそなえ硬度をます。美しくかがやいている。金の光沢をはなつ。
どこに忍ばせていたのか。隼人が鹿沼は細川唯継の降魔の剣、魔到丸をふるう。
「きききさま……」
「おう、あのときの吸血鬼か」
壁絵、ラクガキからぬけでたQだ。吸血鬼マスターだ。
「こいつだ。夏子さん……おれが会った吸血鬼」
「こいつら、トウキョウの夜の一族よ。喉ともちろん心臓がよわいの。それに尻尾をぬけば溶ける」
「吸血鬼が、人に仲間の弱点をしらせていいのか」
「あなたたちが仲間なら、わたしの爪はのびない。これれほど、かたくならない。金色の光輝をおびない。同族とたたかうタブーがはたらかないの。だから、アンタらは敵」
夏子の目が赤く光りだした。
敵の鉤爪と交差して夏子の爪がチャリンと鋼のひびきをたてる。
相手の爪が根元からたたき切られる。
夜目にもまばゆくきらめく。
きらめき、とびちる爪。
眞吾の鞭が風をきってなりひびく。
その音に吸血鬼がおののく。
樹木の影に退いていく。
隼人は切るとみせて、敵の喉に魔到丸で突きをかます。
死可沼流『刺鬼殺』の技。
隼人があみだした新しい技だ。
喉を突いた瞬時、剣先は胸まで切り下がり相手の心臓をえぐりだす。
いかな吸血鬼といえども即死する。緑の液体が噴きあがる。
「北関東は下野、大いなる谷に住む、大谷の夜の一族に永久追放をされた女のバンビーノ、血を吸うことなく、生きながらえている白っ子がいるときいたが……姉さんだな?」
「それだけわかっていたら、ここはいさぎよく退いたら。ここはわたしたち、大谷一族のテリトリーよ」
シロッコとよばれた怒りをおさえて夏子が爪をひっこめる。
「おれは王子の夜光」
「わたしは夏子。鹿未来の娘」
「おう。マスターの直系の娘かよ。また会おう」
このまま闘ってっても、敵を皆殺しにすることはおぼつかない。          
敵に華をもたせて、退かせる。
夏子がうなづく。
吸血鬼の集団が後退したあとには、すさまじい血臭と呻き声が残った。
「どうして、こうも吸血鬼がらみの事件が宇都宮のまわりでおきるんだ」
「それがわたしにもわからないのよ」
隼人のいらだちに夏子までもが同調(シンクロ)している。透きとおる白い肌にかすかに赤みがみえる。興奮している。別の部族とはいえ、吸血鬼におそわれて数多くの若者が入院している。
夏子と隼人それに眞吾もくわわって、自治医大の屋上にたった。
かっては関八州の草原であった街々を見下ろしている。
夏子には地上にあっても風景を鳥瞰する能力がそなわっている。
過去と現在、未来をつなぐ超能力がある。
「わたしがタブーをやぶって百年ぶりて……ふるさと鹿沼にもどってきた。わたしが隼人を愛してしまった。精気をふきこむことはできても、すきだから隼人の燃える情熱をあまり吸収することができない。これって吸血鬼社会のエコロジーをみだすことなの……そうしたことが、悪の波動をひきよせている。兄の、鹿人の敵愾心に火をつけることになっている」
数百年を閲してきたバンパイヤとしてのセンサーが発動されている。
それでも理解できない。夏子もいらだっていた。
夏子の意識の視野のなかに赤い点のようなものがうかびあがった。
「どこかしら、とてつもなく邪悪なものが蠢いている。いまはまだ、ちいさな点にすぎないけれど、悪意の波動は強烈だわ」
「場所は特定できませんか」
「だめよ、わたしの力ではだめ」
眞吾にこたえている夏子の横顔をみながら、隼人は道場に携帯をいれた。
眞吾をぶじ救いだしたことを祖父につたえた。
「それで夏子……」
祖父は鹿未来とかわった。
「そうなの、わたしも感じている。北の方角よ……そこまでしかわからない。トウキョウの夜の一族は、南に去っていったとすると、なにがこうも邪悪に蠢いているのかしら。邪な波動がひろがっている。だれかをよんでいるみたい」
「わたし北にいって見る。ここにいて考えていてもなにもわからないもの。でも……これから起きることは、ぜんぶわたしにかんけいあることのように思えるの。鹿沼にもどってきて、故郷の土の寝床でやすんでいたときに、そう感じたの。お母さんに呼ばれてこの故郷の土をふんだとぎから、わたし宿命を感じた。駅におりたとたんに、隼人と会った。恋をするなんて……そして彼がわたしたちの、お母さんの家の子孫だなんて……なにか時の流れのなかで、わたしたちを出会わせようとしているものがあるのよ」
病室にもどる。眞吾が八重子に事情を説明する。
北にむかう……、おれたちにもなにが起きるか予断できない。
「あたしもいく」
「ダメダ。八重子と早苗でみんなの看病をたのむ」
「女の子のしごとなんて、あたしにはむりよ。それに、ここは完全看護なの。いても、病室にははいれないのよ」
「あすになれば、プレスの連中がおしかけてくる。それをさばけるのは八重子だけだ」
隼人のルノーを、眞吾と高見、矢野はバイクで追尾することにのなる。
国道4号線を北上した。
平成通りを左折、鹿沼インターで高速にのった。
東北縦断道路だ。あまりこんではいない。



麻の鞭 吸血鬼/浜辺の少女

2008-06-22 20:04:15 | Weblog
6月22日 日曜日
『黒髪連合』の若者たちは吸血鬼の鋭い爪で切り刻まれていた。          
あたりは血の匂いがみちみちていた。
それがいっそう吸血鬼を興奮させている。
たのしませている。
やがて、この闘争に終止符をうつ。
やがて、この殺戮も終わる。
おもうぞんぶん血が飲める。
血が飲める。
よろこびを先送りりするかのように、吸血鬼はたのしんでタタカッテいた。
眞吾の麻鞭がヒュヒュとびびく。
円をえがく。円は螺旋状。
あるいは、稲妻となって空をきる。
いや空ではない。
かならずその空を切り裂くなかに吸血鬼がいた。
吸血鬼の尾があった。
蛍光塗料でもぬったら新体操のリボンの動きさながらのうつくしい動きが見てとれる。
逆だ。
薄墨色の麻の鞭の動きは吸血鬼にも見えていない。
見えていないからこそ、かれらは切られる。打たれる。
打たれ、切られれば血もながす。尾をぬかれる。
うすい緑の血。鞭の音。
ヒュウ、ヒュウと眞吾の怒の音だ。
実戦で鞭をつかうのははじめてだった。
爬虫類の固い肌が切りさかれる。
だがそこまでだ。
さいしょにバルーをうちこんでたおしたのは吸血鬼ひとりだけ。
若者たちは、追い立てられ、血をながし全滅の危機。
「王子のやっら、こんなに強かったのか」
矢野が叫ぶ。
高見がジレている。
「王子のやっら、どうして血をながさないんだ。傷つかないんだ」
しかしひるんではいない。
硬派のなかの硬派。
ヤクザにケツ持ちなどたのんでいない。
いまどきめずらしい。
血を酒杯にみたしすすりあって団結した仲間だ。
血をすわれることなど怖くはない。     
ふいに、林の木陰から女性と男性がわきでた。
「新手の敵よ」
八重子が眞吾に叫びかける。
絶望はしていない。
死ぬときいっしょだ。
眞吾と敵をあいてに真っ向勝負をしている。
うれしい。
手をつないで死んでいけたら、こんなうれしいことはない。
うれしくて、涙がでるってものよ。
ふたりだけならそれでいい。
仲間をみちずれになんかできない。
マブダチをこれいじょう死なせるわけにはいかないのだ。
だが、だが、もうもちこたえられそうにない。
どうする眞吾。いちどはわかれた男、あたしの眞吾。
伝説のレデイス『空っ風』のなかまの将来を思い、ヤクザに食い物にされないうちに解散した。
麻薬(どらっぐ)などに、ハマラナイ、正統派。
硬派のなかのコウハを自認する『黒髪連合』の未来を信じて、眞吾に託した大勢のレデイス『空っ風』のマブダチ。
このままここでみんなと死ねれば、眞吾と死ねれば、本望だ。           
男と女がちかよってくる。
「新手の敵よ」
もうだめだ。八重子は心の中で叫んでいた。






殺戮 吸血鬼/浜辺の少女(2)

2008-06-22 18:32:19 | Weblog
6月22日 日曜日
車の目指す先にある殺戮の場。夏子には闘争の場が見えてきた。
血の臭いに満ちていた。
それもとんでもない害意によって生贄となったモノたちの血。
夏子は感じていた。
わたしが吸血鬼の世界のタブーをやぶって帰ってきたからなのか……。
夏子の癒しの波動を阻止しょうとする夜の一族からの誘いなのか。
なにか起きる気配。
夏子の愛する、故郷、鹿沼。そして、宇都宮。
下野の国は、平安のむかしから流刑地として、穢土として忌み嫌われてきた。                この北の大地に崩壊の兆しを、母の呼び声のなかに体感しての帰国だった。
けつして、もどるまいと思っていた。
遍歴の地で野ざらしとなるのもやむをえないという思いが強かった。
ところが、夏子は吸血鬼。
死ぬことはなかった。死ねなかった。
夏子は、汚れのすて場としてのこの土地の忌まわしい過去を心の底からひきだしていた。
わたしと隼人が駆けつける地は、道鏡の追放された下野の薬師寺の跡のあるあたりだ。
道鏡の怨念が渦巻く地、思い過ごしであればいいが。
「……でも……隼人、わたしはこの土地がすき。隼人を愛しているように、この土地がすきなの、北の果てと思われていたころからわたしたちをやさしくかかえこんで生かしてくれた、この下野の土地がすきなの。鹿沼の土がすきなの。この土地を守りぬく……」
いますこしよ。
勇ましいかけ声で隼人をうながす。
隼人にもみえてきた。
白い靄のかかったかなたに、うっすらとではあるが……血のすさまじい淫悦に踊り狂う吸血鬼の群れが。
「すごいわ。このままではおおぜい、殺される。ヤツラたのしんでいる。ひとりだけ強い若者がいる。けなげよ。たたかっている」
「あれが眞吾。本家、麻生家の血筋のものだ」
「わたしたちの血につながるものね」
夏子が隼人の手にふれた。
小さな火花が散った。
火花には色があった。
青い。夏子が青い炎をあげている。
夏子の思念がながれこんでくる。
夏子は人をおそう吸血鬼に怒りの念をたたきつけていた。
ゆるせない。
夜の一族がなぜこうも無謀に荒れ狂うのか。
闇の世界にひっそりと陸棲することを選んだわたしたちの一族が、どうしてこうも人を堂々とおそうようになったのか。       
そして夏子は憐れみ、悲しんでもいた。
人の血を吸うことでしか生きられない同族の吸血鬼を……。            
国道4号線を右折した。
そのまま直進。
林にのりいれて。
それから右。道がきゅうにせばまる。       
これからさきは、ルノーでははいっていけない。
なんだいものバイクや車のつけた轍の跡。そして、車と、のりすてられたバイク。
ライトはつけっぱなし。いくつものライトのてらす先には地獄。隼人にも聞けてきた。
ふたりは手をつないだ。走る。はしる。ハシル。
現実の音。悲鳴。苦鳴。嗚咽。
そして、夏子と隼人が幻視したとおりの争いが夜の底で、雑木林の奥深くでくりひろげられていた。              
地獄絵図。
まさに、地獄だ。







夏子、隼人走る 吸血鬼/浜辺の少女(2)

2008-06-22 17:59:27 | Weblog
6月22日 日曜日
早苗は血まよっていた。わたしのキンチャン。シッカリシテ。
おかしなことばかり起きている。まともな早苗の感覚ではついていけない。
「そうよ。これはゲームなのだ。わたしたちはゲームの世界にとりこまれてしまったのだ」
血。赤い血。金次の首筋からにじみでている血。おさえてもとまらない。
じわっとふきだしてくる。どれくらい血をながしたのか。金次の顔は青白さをとうりこして灰色の死相をみせていた。チァノーゼがはじまっているのかも。昏睡。このままでは、失血死はまぬがれない。
「キンちゃん。しっかりして。病院についたからね。もう心配ないからね。気を強くもってよ」
キヨシもキヤリヤーでうめく傷ついたほかの仲間をはげましている。
心配なのは、これからだ。がんばるのよ。
すれちがった若者たちに夏子は声なきエールをおくる。
やっと、隼人と並んだ。
夏子は走りながら隼人に念波で話しかける。
聖水で体を清めていた高村神父でさえあれほどの苦しみにおそわれた……。
陽気にふるまっているが、神父の苦しみはよくわかる。
聖水や祈り、十字架もあまり効果がないことを知ったときのおどろき。
心が空っぽになる。
信仰の強いひとほど、悩みも深くなる。
ああ、吸血鬼に噛まれたひとたち、ゆるして……そして苦しみに、痛みにたえて。
凶暴な夜の一族に噛まれたのよ。
いま復讐してあげる。
あなたたちを噛んだものを滅ぼせば、鬼化現象、あなたたちがRFになることはない。
RFにならないはずよ。
なんてことするの。
みさかいなく、噛みつくなんて、いくら吸血鬼でもやることがひどすぎる。
廊下ですれちがい、背後にさっていった、早苗とキヨシたちに夏子はエールをおくっていた。           
がんばって。そうよ、がんばるのよ。
電話のきらいな幻無斎からかけてきた。
めったに電話にもでない祖父だ。
まして、携帯にかけるてよこしたのは、はじめてのことだ。
起こってはいけないことが、起きてしまっていた。
「本家の、麻生眞吾くんが、吸血鬼におそわれている。さいわい、そこからすぐだ。石橋の雑木林のなかだ」         
「番地は林のなかじゃわからないよね」
「冗談はいいから、はやくしろ。……もう、向ってるらしいな」
隼人の気配で祖父にはわかったらしい。さすが剣の達人。
携帯からつたわる隼人のただならぬ気をよみとっている。
「薬師寺跡の南西らしい」
「携帯もこうしたときは便利なものだな」
隼人と夏子はルノーに飛び乗った。








出血  吸血鬼/浜辺の少女(2)

2008-06-22 15:37:29 | Weblog
6月22日 日曜日

まだ出血している箇所がある。あれで、退院させていいのかしら……。
血血血、血のことばかりついてまわる。
吸血鬼? よしてよ。ここは、病院よ。
超近代的医療メカを備えた国立の総合病院。
完全看護だ。ほんとは、つきそいなんていらないのに。
北関東唯一の自治医大付属の国立病院だ。
映画やゲームの世界じゃないの……。
科学の粋をあつめた医療器具がそろっている。
夏子とよばれているヒト。
あの肌の白さはハーフだ。
きれいすぎる。
ナースの嫉妬。
理解できない世界を嘲笑することで、心のバランスをたもとうとする感情が夏子にながれこんでくる。
吸血鬼だなんて、思わず、口ばしってしまった。
わたしもまだ感情の抑制がきかない部分がある。
この年??? になっても。
いや、この年になったからこそ、感情を抑制するのがいやになったのかも知れない。
一族の掟からのがれて奔放に生きていきたいわ。
愛する隼人と結婚して赤ちゃんを産んでみたい。
産めるのかしら。
吸血鬼ということばをきいただけで……ながいこと、差別され、バンビーノーといじめぬかれているので、一族がからんでくると、意地になるのね。
宇都宮が荒廃してきたのは、わたしたち吸血鬼族が動きだしたからなのだ。
鬼の毒気に人びとがあてられている。
餃子を食べたくらいではだめだ。
鬼の害意をのみこんでいる。
鬼の害意の波動にシンクロしている。
そうに違いない。
だから、凄惨な事件ばかりこの地で続発するのだ。
黒磯で女教師がバタフライナイフで刺殺された事件。
宇都宮のオリオン通りの宝石店。
ガソリンをぶちまけた。店員全員を焼死した事件。
立て籠もったヤクザか情婦を道ずれにした拳銃自殺事件。
思川の児童投げ捨て事件。数えあげたらきりがない。
「なによ、これってなにかゲームなの」
金次を運んできた早苗がつぶやいている。
「ゲーム? なんのこと」
看護婦は思わず声にだしてしまう。
夏子のことばがさっそく現実のものとなった。
看護婦は戸惑う。
だが機敏に動きだす。
「急患です。それもおおぜい」




噛み傷  吸血鬼/浜辺の少女(2)

2008-06-22 14:33:41 | Weblog
6月22日 日曜日



「吸血鬼におそわれた患者がきたわ。多量の輸血、それも一刻も早く。ERのドクターに教えてあげて」
本当は、血をぜんぶぬきかえるのがいい。蘇生させるには血をおぎなうのが一番。
全部の血をぬきかえるなんてむりよ。
吸われただけでも補わないと……RFになっちゃう。
でなかったら確実に死ぬ。
夏子は走っている。
走りながら、夏子はナースステーションに声をなげる。
隼人は先にいる。なんども神父の見舞いにきている。
わたしがいるからかな。
わたしが神父につきそっているからかな?
吸血姫の看護をうける神父なんて、ひとむかし前だったら考えられなかった。
いや、いまでも……めずらしいことにちがいない。
でも、でも、ほらモチはモチ屋っていうじゃない。モチ屋ってなぁにい?
若い彼とつきあっているので、ふるい記憶が曖昧になる。
モチヤ? ケイタイもってるひと。
彼モッテルヒト。
ビョウキモチー。
モウシラナイ。
なんでもいいから。
吸血鬼の噛み傷にかんしては、わたしいじように、その治癒法を知るものは、イナイノ。わたしが、イチバン。でも、夏子の自問自答はつづく。
こういうのって、声なきモノローグっていうのかしら……。
神父の見舞いをかねて、わたしに会いにきているのだわ。
かわいい、わたしの彼。年下の彼。おいくつ年下なのですか、と聞かれると困ってしまう。
「あら、いま、年下の彼ってフアッションなの」
そう、とぼけるしかない。
だれにもわたしの年はあてることはできっこない。
夏子は、長椅子の並ぶ、ぴかぴかに磨き上げられた床をすべるように移動していく。
いわゆる吸血鬼ウォークという移動だ。
あまりにも速く足が動く。
人の目には、人間の動態視力では立ったままサアッとすべっていくように見える。
病院の曲りくねった廊下で迷うことはない。
エントランスにむかって走っている。
はやく追いつかなければ……。
ナースはおどろく。         
どうして、指図するの。
ドクターでもないのに……なんで、そんなことがわかるの。
まだ、なんの連絡もない。急患の連絡なんか、まだはいっていない。
おかしいのだ。
吸血鬼っていってたわ。
ヘンナノ。
吸血鬼におそわれた?
なにいっているの。
輸血だなんて? 
なに指図する気なのかしら。
おかしいわ。
オカシイワ。
あのひとのつきそっている神父。
血がなかなか止まらない。止まらなかった。
さいしょは、血小板に異常があるのか、とドクターが話していた。
入院がながびいた。……全身に噛み傷。







悪の波動 吸血鬼/浜辺の少女(2)

2008-06-22 12:12:29 | Weblog
6月22日 日曜日
自己顕示欲が強すぎるのだ。
自分たちの能力を見せつけたいのだ。
隼人は夏子に気遣ってVという。
夏子はあけすけに吸血鬼という。
知らない人が聞いたら、いい大人がゲームの話しでもしていると聞こえるだろう。
「すぐに爬虫類の肌をみせたり、蝙蝠に変身するのはカレらの自己顕示欲よ。カレらは人を殺すために血を吸うの。血を吸うために、血に飢えたために人をおそうのではないのよ。殺戮マシーンといったところね。それにまわりにすさまじい毒気をふりまく。あらゆるものを腐らせるすごい毒気をね」
「教会の大谷石の壁が腐食しました。部分的にですが、改修しなければならないほどです」
「もう影響がでているのだと思う。同じ夜の一族だけど、わたしたちの部族よりはるかに凶悪なの。だから、聖なる建物、教会がダメイジをうけているのよ。感受性のするどい……若者ほど悪意の波動にのみこまれ、影響をうけるわ。それが怖いのよ」
 夏子の声はさびしそうだ。
「その大蝙蝠には尻尾が生えていなかった? ねえ、隼人思いだして。大切なことなの。尻尾がついていなかったかしら」
「……そこまでは……」
「くるは……」
 夏子がふいにつぶやく。声は憎悪を秘めている。
「だれかが……あらそっている。このちかくだ」
隼人にも感じられた。
「なんですか」
なにも感じられない、神父がベットからおりた。
窓を開ける。
「月などこのところ、見ていなかったな」
神父が名月を愛でている。
「くる。……なにかくる」        
どうしてなの? 
どうして、宇都宮に凶悪な事件がこのところ続発しているのか。
オリオン通りで起きた宝石強奪。
ガソリンをまいて店を全焼させ、店員も焼き殺している。
隣の主婦を猟銃で射殺した残虐な中年男。
オリオン通りだった。
ナイフを持った不審者に対処する訓練。
その光景をテレビで報じていた。
秋葉原のような事件を想定しているのだ。
そうした事件の起きる危機感がオリオン通りには確かにある。
隼人の携帯がなった。
道場の祖父、無幻斉からだ。




ファーストバトル 吸血鬼/浜辺の少女(2)

2008-06-22 10:48:10 | Weblog
6月22日 日曜日
……なんにんか首筋を噛まれている。
朱にそまっていた。
「なぐるな。ただ、バールをうちこんでもだめだ。心臓めがけてつきさせ」
矢野が叫ぶ。
「八重子。木の枝だ、先をとがらせて」
八重子におそいかかる異形のものRFのタケシとQに、眞吾の鞭がとぶ。
シュ。シュ、シュ。
鞭が空をきる。
敵は乱杭歯をせりだし、ニャリと不気味に笑う。
唇からもれるドブのような悪臭。
ジトジトと涎をたらして迫ってくる。 
八重子はQたちとの闘いを眞吾にまかせる。
サバイバルナイフで木をけずる。
なにがなんだかわからない。でも、急きょ手製のヤリをつくる。
効果はてきめん。
バールで殴打されても平気。
コンバットナイフで刺されても平気。
でおそってきた敵が。
とがった木のヤリにたたらをふんだ。
攻めてこない。
だが、ジワジワと包囲網をせばめてくる。
眞吾たちも背中合わせに円陣をくむ。
「赤羽のヤッラ、数からいったら半分もいない。こんな敵に負けたら4号線をバイクころがせないぞ」
矢野の声は、悲鳴となっていた。
高見たちも攻め立てられている。
あいては吸血鬼だ。
それがみんなには見えていない。
逃がさなければ。
とても、人が戦って勝てる相手ではない。
眞吾すら、眞吾であるから、恐怖におののいていた。
吸血鬼とのファーストバトルだ。



「それでおいかけなかったのですか」
明日は退院ということもあって、高村神父の声にははりがある。
「夏子さんにもいいました。いままで遭遇したVとはちがうようです」
富士重工の路地での闘いを隼人が報告している。
「夏子でいいの」
夏子がほほえむ。
トウキョウの吸血鬼ではないかというのが彼女の判断だった。
大蝙蝠にすぐ変身するのは、都会に住む夜の一族だろう。
夜の都会に住むグリゲアリアス――群居性の吸血鬼だ。





有尾の邪鬼 吸血鬼/浜辺の少女(2)

2008-06-22 05:46:09 | Weblog
6月22日 日曜日
眞吾には、異形のものと見てとれた。
「119に連絡は」
この期におよんでも、眞吾はまだキンちゃんの心配をしている。
「だめです、ひごろの行いがおこないですから、相手にしてくれません。イタズラ電話だとおもっている」   
「自治医大に連れて行け」
掘り出されてキンチャンを横目で確認する。
泥だらけのキンチャンのぼろぼろの特攻服にはヂムシがうじゃうじゃ付着している。
びっしりとついた虫が蠢いている。
生きたまま虫にくわれるのは、野鼠におそわれるのはどんなに怖いだろう。
ゆるせない。こいつら、ただですむとおもうなよ。
眞吾は敵を睨む。
「早苗をつけてやれ」
眞吾は高見に命令する。
吸血鬼の影は目前に迫っている。
眞吾は腰に二重にまいた『麻』のベルトを手にしていた。
はじめてつかう武器だ。
麻の鞭。
どうしてそうしたのか自覚はない。
ほかのどんな武器より、いまはこの鞭がふさわしいと脳の遺伝子がつげていた。
ヒーュとうなりをしょうじて、鞭が吸血鬼の尾にからみついた。
どうして、こいつら尾があるのだ。
有尾の邪鬼だ。われらが宿敵だ。崇兄ちゃんがたたかった敵だ。
吸血鬼はからだを回転させてのがれたが、鞭は尾の先端にからみついた。
「はでなおでむかえだったな」
眞吾にはさきほどの大蝙蝠がこの男だとわかっている。
倒れた男に矢野がバールを打ち込む。
ばん、とバールがはねかえされる。
くだけたはずの骨が瞬時に回復する。
矢野にはそれが見えない。
「ダメダ。ゼンゼンウケツケナイ」
矢野の顔がおどろきにゆがむ。
「心臓をつきさせ」
「????????????」
過激な発言に……矢野がとまどう。
それでも眞吾の命令は絶対だ。
男が土埃をあげる。
眞吾の鞭で自由をうばわれていた。
起き上がろうとあせっていた。
悶えている。男の胸にバールがつきささった。
「消えた。きえた。キエタ」
矢野には赤羽パーテイのひとりが消えたとしか見てとれない。
ふりかえる。吸血鬼におそわれているほかのクルーは……。





五芒星 吸血鬼/浜辺の少女(2) 麻屋与志夫

2008-06-22 04:02:17 | Weblog
6月22日 日曜日
キンちゃんが呻いた。
生きている。
生きている。
「はやく、周りを掘れ。119だ。救急車をたのめ」
高見が腕をゆるめたすきに八重子がかけよる。
「キンジ」
絶叫。
八重子が絶叫する。
それが合図ででもあったかのように黒い影が樹間に沸く。
「これは、これは、たいへんなゴチソウですね。マスターQ」
舌なめずりをしている。
マスターQ。
背後からQに声をかけたRFのタケシ。
縦一列にならんでいた。
ひとりだけ。
Qひとりだ。
と視認したのは誤りだった。
背後にタケシ。
輪郭がぼやけて霧のなかにいるようにしか見えないが、10人ちかくいる。
黒のレザーのジャンバー。そして、ジーンズ。
あるいは、黒のレザーの長いコート。
足首まで届くようなコートを身にまとっている。
いずれも、真紅の五芒星のロゴを胸や背につけている。
「王子の『赤羽』のパーテイかよ」
高見にはただの人に見えるらしい。
なるほど。
胸や背の五芒星のロゴのなかの五という数字は王と見てもおかしくはない。
王子から赤羽一帯の五つのパーテイがまとまってできたという『赤羽』。
眞吾たち『黒髪連合』の首都東京進出をこばんでいる。
『赤羽』のなかの武闘派『王子』
赤羽の母体ともなっている『王子』の面々ではない。
敵は吸血鬼なのだ。眞吾だけが敵を吸血鬼として視認した。
こいつら、赤い羽をした翼竜にだって化けられるってか。
兄の崇にきかされていた邪鬼だ。吸血鬼だ。
Qが長いコートの裾をひるがえしながら早足で近付いてくる。
吸血鬼たちの足下で枯れ草がふまれ不穏な音をたてている。
ザザザっと強烈な害意が迫ってくる。
威嚇するように口元でシュと音をたてつづけている。
それとも、捕食するものをまえにしての舌なめずりの音なのか。
そのいずれであるにしても、不気味な音だ。
人のプリミティブな恐怖感をかきたてる。