写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

1匹蛍

2006年06月08日 | 季節・自然・植物
 今日、ある会に出席したときに、知人からいいことを教えてもらった。私の卒業した中学校の裏を流れる小川に、蛍が出るという。
 
 「暗くなった8時頃に出てきて、9時頃まで飛んでいますよ」という。長い間岩国を離れていたので、もう20年近く故郷の蛍を見たことはない。

 その頃までは、私の家の周りのほんの小さな溝のような川にも蛍が飛んでいた。今では全く見ることは出来なくなった。

 時計を見ながら夕食を終え、7時30分、自転車に乗り家をでた。まだ空には薄明かりが残っている。10分足らずで中学校の裏に着いた。

 小川を覗いてみたが、まだ何の気配もない。グラウンドを見ると夜間照明が光々と照っている。行ってみると、大人がソフトボールの試合をしていた。

 正式な審判もいる。どうやら公式戦のようだ。見ている間、1イニングに打者9人を送るという一方的な試合をしていた。その回が終わり時計を見ると8時丁度になっている。

 また小川に引き返した。数人の人が見に来ている。自然のままにしてある川の草むらに、1匹・2匹・3匹……、数十匹の蛍があまり移動することなく、たむろしながら光の交信をしている。

 デジカメでいろいろ撮ってみるが、何も写らない。この目にしかと写して帰ることにした。

 私のそばで見ていた婦人が教えてくれた。「8時半になると、飛び始めますよ」と。言われた通り、しばらくすると、川の周辺を飛び交い始めた。

 草むらに止まった1匹をそっと手のひらに乗せてみた。青白いほのかな明かりがゆっくりと動いた。小さな虫に点滅する光、どう考えてみても不思議な明かりである。

 久しぶりの蛍に別れを告げて家に向った。しばらく走った時、前方にごく小さな明かりが浮遊しているのを認めた。

 自転車を止めて目を見開いてみた。蛍が1匹、たった1匹が飛んでいる。私の左横を通り抜けて、後ろに行った。

 振り返ってみると、そのままどこかへ消えてしまった。こんな所に、たった1匹がいた。

 蛍の世界でも、群れるやつと1匹狼、いや1匹蛍というやつもいる。この1匹蛍の行き先が、妙に気になりながらその場を去った。

 ごくごく限られたところにだけ生息する蛍。来年も会うことが出来るために何をして欲しいのか、蛍にはっきり聞いてみたい。
  (写真は、蛍に代わりデッキから見る「上弦のほたる?」)