私にとって、今年の夏の一大イベントであったモンゴル調査を紹介してきました。最後にミニ植物図鑑を紹介しましたが、花の写真を見ると現地のことが思い出されて、モンゴルの「匂い」のようなものが蘇ります。ひとつひとつに思い出がありますが、あえてひとつを取り上げるとするとヒエンソウかなと思います。
この花の色の青はほかに似たものがありません。吸い込まれるような濃い青で、圧倒的な存在感があります。
花の作りも個性的で、距と呼ばれる細長い筒のようなものがあり、蜜はその奥にあるので、口の長い昆虫が訪れます。「飛燕草」とは、これをツバメが飛んでいるようだということのようです。
私は大学の研究室の壁にこの花の写真を飾っていたことがあります。ときどきお茶飲み話に訪れることのあった女性が、部屋に入ってきてこの写真を眺めて、しばらく言葉を発しませんでした。その人は日本人と結婚し、名前も日本人の名前で、日本語もとても上手でしたが、中国の内蒙古自治区の出身だということでした。
彼女はおもむろに話を始めました。小学生だったころ、草原を散歩していて、この花を見つけました。花が好きなお母さんに見せたくておうちに持って帰ったら、いつも優しいお母さんが、その時だけは怒って
「どうして根から掘ってこなかったの。これでは枯れてしまうでしょう!」
と言ったそうです。彼女は悲しくて、翌日、その場所に行って根を掘ろうと思って探したけど、広い草原のことでその場所がわからなくて、困ってしまって泣いていたそうです。
確か数学か物理学の研究者で、とても知的で、上品な人でしたが、その話をしながら、遠い日のことを思い出す目が印象的でした。
私も少女がモンゴルの草原で困ってしまって泣いている姿を想像して心が痛みました。
この花を見ると、この話を思い出します。