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自然日誌 たかつき

自然についての問わず語りです。

野川を縦断する道路について

2025年04月30日 | 小金井


2025.4.25
        「はけと野川の文化祭」のトークセッション「はけの緑は誰のもの?」 こちら
   トークセッションで話したこと こちら
2025.3.26  3月26日の観察会 こちら
2025.3.22  3月22日の朝日新聞 こちら
2025.3.18  小金井市民に考えていただきたいこと こちら
2025.3.10   道路についての報告の評価 - 「高槻文書」 - こちら
2025.3.7   3月7日の朝日新聞 こちら
2025.3.6     高木議員の発言 こちら  
       白井市長・問責決議 こちら
2025.3.5     3月5日の朝日新聞 こちら
       3月5日の東京新聞 こちら
       お天道様(エッセー) こちら
2025.3.4   朝日新聞の記事 こちら
       小金井市議会 こちら
       MXテレビによる市議会の紹介 こちら
2025.3.3   道路計画によせて こちら
2025.3.1   市長報告についての私見 こちら
2022.3     はけ文での観察会など こちら

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トークセッションで話したこと

2025年04月26日 | 小金井
「はけと野川の文化祭」トークセッション「はけの緑は誰のもの?」(2025年4月25日)で話したこと



高槻成紀

報告書の生物評価の問題点
 野川を縦断する3・4・11号線計画に関する報告書を評価しました。長い報告書で読むのは大変でしたが、私は読んですぐにこの報告書の本質がわかりました。報告書の中には動植物の記録リストがあり、その中に絶滅危惧種を含む重要種が取り上げられています。このこと自体、野川の道路予定地に豊富な動植物がいることを示していますが、この報告書は思わぬ結論に達します。
 報告書にはその重要種についての個別の記述があり、例えばキンランについて、確認場所や状況が記述されていますが、具体的な場所名は伏せ字になっています。

<報告書のキンランについての記述>

これは盗掘などを回避するためで、妥当な措置だと思いますが、伏せ字にしたこと自体が、報告者がこれを貴重であると認識していることを示しています。キンランは寄生植物であり、菌根菌を通じて他の植物から栄養を得ているため、移植が不可能であることがわかっています(谷亀 2014)。
 報告書ではそれに続けて「予測」が書いてあり、キンランについては「影響は大きいと予測する」、続けて「代償措置を講じる」とあります。この代償措置とは移植という意味だと察せられますが、意図的でしょう、明記はされていません。移植ができないことは生物学的事実ですから、この「対策」は無効ですが、「可能な限り配慮する」とされています。
 アセスメントとは調査結果に基づいて科学的評価をするものです。この調査ではキンランの生育地を特定し、別の調査で明らかにされた菌根菌が必要であるということを書くまでがその範囲のはずです。このアセスメントを踏まえて評価するのは東京都であるべきですが、この報告書は評価までを含んでいます。そのような報告書がないとはいませんが、予測をするのであればその根拠が不可欠です。そしてその根拠に基づいて対策を提示すべきです。しかしこの報告書では根拠もなく代償措置を講じ、配慮するとしており、明らかにアセスメントの範囲を逸脱しています。「配慮する」のは東京都であって、その発注を受けた受託者のすべきことではりません。
 この報告書ではキンランのみ計画の影響が大きく配慮するとして、他の動植物については全て「生育は維持されると予想される」、つまり問題ないと予測しています。

<ノカンゾウについての記述>


 これは、計画推進を前提として、得られた調査結果を恣意的に歪曲したものだと言わざるを得ません。このような報告書によって計画の是非を判断することはできません。

報告書が扱かった内容の問題点
 報告書には記録種数と重要種の記述があり、続けて生き物のつながりが書いてあります。例えばある動物がこの植物を食べるという食物連鎖があり、生物が矢印で結ばれています。しかしそれは調査した結果に基づくものではなく、想像で線を引いているに過ぎません。動植物をリスト化して希少種だけに着目する評価法には批判があり、1997年に環境影響評価法(こちらによって改善が図られましたが、現実には旧態依然としたアセスメントが多く、この報告書も、体裁としては生き物のつながりを取り上げていますが、調査をしていないのでデータはありません。
 リストではなく生き物つながりや生態系を重視する評価は保全生態学の発展によるもので、発表ではアンブレラ種としてのオオタカと、野川に住むカワセミのことなどを取り上げて紹介しました。



 また生態系における生き物のつながりをオーケストラが演じるシンフォニーにたとえ、楽器を並べただけでは演奏にならないと説明しました。

道路計画の時代錯誤の問題
 「3・4・11号線計画」は1962年に立てられたもので、それは田中角栄内閣の前であり、その後にGNPがウナギ登りに増加し、1990年代に安定しました。1960年代までは環境汚染が進み、「公害」という言葉が生まれ、それを受けて1971年には環境庁ができました。絶滅したトキやコウノトリの復活事業が進められ、東京では玉川上水では水流が止まっていましたが、1986年に復水しました。この半世紀余りの間に経済復興とともに、自然破壊に対する反省が起こり、保護への動きが強まったといえます。



 小金井市においても2021年に「みどりの基本計画」が、2022年には「都市計画マスタープラン」が策定されました。これだけ大きな社会の変化が起きたにも関わらず、60年も前の計画が墨守されていること自体が異様なことです。保全生態学では順応的管理が重要であるとしますが、都道計画はこれと真っ向と反するものです。しかも既に人口減少が始まっており、自動車数も減少することが予測されているにもかかわらず、です。このような社会背景を無視した計画強行は容認することはできません。

小金井市と東京都との関係
 「3・4・11号線」は都道であり、東京都の事業です。しかしその土地は小金井市にあり、道路を利用するのは多くは小金井市民であす。民主的な意思決定は、「東京が上で市町村が下」という間違った価値観を脱却し、市町村が東京都に明確に意思表明をすべきです。小金井市は市民の意見分布を調査し、それに基づいた要求を東京都にすべきです。

結論
 野川の自然は、小金井市民はもちろん、東京都民にとっても宝物のような存在です。これを失うことはなんとしても避けなければなりません。
 私は子供の頃から生き物が好きで、そのまま研究者になったようなものですが、動植物の保護を主張することは、「昔は良かった」と考えているからだ批判的に受け止められることがあります。しかし吉永先生が著作の中で、生物の保護は、いたずらに過去を良しと振り返るのではなく、社会にとって良い状態の自然を残すという未来思考なことである(こちら)と記されたのを読んで、意を強くしました。このことは、小金井市みどりの基本計画(2021)に記されている「野川はいつまでも子どもたちの遊び場であり、みんなのふれあいの場です」ということと完全に共通しますし、小金井市都市計画マスタープラン(2022)に記されている「次世代に誇れる自然と都市が調査したまち」を基本目標としていることとも一致します。小金井市が決めた方針からしても、この道路計画は見直すべきです。これまで、県や都が計画した道路は市町村は受け入れるだけでした。しかし、もし小金井市が東京都に対して3・4・11号線を見直すべきだと主張し、それが受け入れられれば、画期的なことです。それは日本勢体にとって朗報となるはずで、その英断は日本の都市緑地の保全の歴史に記憶されるものになるでしょう。

道路がつくことの影響について
 ここまでが私が発表のために準備した内容でした。その後、私に報告書の評価を依頼された横須賀さんから次の2点について問われたので、トークセッションの後に話をさせてもらいました。
 ひとつは、道路がついたらどういう影響があるかということです。実験をするわけにはいかないので具体的な影響はわからないとしかいえませんが、参考になることがあります。小平市の玉川上水をまたぐ幅2メートルほどの陸橋がありますが、その下の植生は周りのものと大きく違います。それは雨が当たらないために乾燥するからです。したがって幅16メートルもの幅の広い道路がつけばその影響はさらに大きいはずです。道路計画推進派の考えの根底には、野川の長さを考えれば細い線のような部分が影響を受けても大したことはないとか、そこの植物が失われても周りにはあるのだから問題はないという考えがあります。私たちはこのことの持つ意味をよく考える必要があります。このことは次のことと通底します。

「自然に配慮しながら道路をつけたら良い」という姿勢について
 道路をつけるのは望まないが、しかし道路には利便性があるのだから、自然への影響を最小限にするようにしながら道路をつけるのが良いという考えの人もいます。私たちは「人の生活が便利になるなら、自然が破壊されることはやむを得ない」という主張には真っ向から反対します。しかし「配慮しながら道路をつける」という主張は一見、道路反対であるかのようなカモフラージュをしながら、実は推進するという意味で悪質です。物分かりの良さそうなこの種の主張に肯首する人はいると思いますが、よく考えるべきです。戦後の日本の自然破壊はこの狡猾な説明によって進められ、無数の自然破壊が進んでしまったことを忘れてはいけません。
 道路がついたらどういう影響があるかという問いに戻ると、私は東京都の報告書のように「影響はないと予測できる」とはいえません。なぜなら、私は専門家であるからこそ、我々が自然についてほんの少ししか理解していないことを知っているからです。私は子供の頃から数えれば60年以上、動植物を観察してきました。そして今思うことは、自然を知れば知るほど、自分は何も知らないことに気づくということです。調べれば知るほどもっと知りたいことが増え、それを調べれば動植物はその問いかけに応えてくれ、終わりということはありません。
 野川の水流の中には魚類や無数の水生動物がいて、それぞれの研究分野に専門家がいます。陸上にはさまざまな植物が生え、それについて知っている専門家もいます。しかし水界と地上界の間にあるインターフェイス部分で起きていることについて知っている人はいません。ですから、安易に「こういう影響がある」とはいえないのです。
 自然のことはわかっているというのは、自然のことを知らない人の言うことであり、自然は管理できると言うのは傲慢であるからです。そのような姿勢が日本の自然を破壊してきたことを反省することなしに私たちの社会に未来はないと思います。
 セッションの最後に私は親交のあったC.W.ニコルさんが晩年に書いた詩を紹介しました。



発表後に記念撮影
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はけの緑は誰のもの?

2025年04月15日 | 小金井



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3月22日の朝日新聞の記事

2025年03月22日 | 小金井
3月22日の朝日新聞は23日の市議選開票と関連づけて、野川に計画されている道路の問題点を取り上げた。確かに、そもそも問題の所属がどこにあるかがよく知られていないので、そのことに市民が関心を持ってくれるきっかけになるという意味では有り難いことである。記事ではこの道路について東京都の意向を紹介している。その次に道路についての報告書を取り上げ、稀少生物はいるが、それを配慮して橋梁案を最善策としたことを紹介している。これに続いて私のコメントが紹介され「生態系の維持には自然が分断されずに連なる環境が重要。橋による日陰で自然の連続性が失われると、野鳥が減る恐れもある」とある。続けて白井市長が公約を翻し、市長報告を出したが撤回したという経緯を紹介している。最後は東京都の姿勢にふれ、都が道路をつくる上で、市や市議会の以降に縛られることはないものの、現時点では「地元の理解に努める」という姿勢は変えていないと書いている。
 私は寡聞にしてこのことを知らなかった。都道であれ、利用するのは小金井市民なのだから、市民の声が反映されるのが当然のことだと思っていた。もしこれが東京都の慣行であるとすれば、「東京都が上で、市町村が下」という前時代的なことが通っているということである。私たちはそんな社会に生きているのかと、失意感は小さくない。


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小金井市民に考えていただきたいこと

2025年03月18日 | 小金井
2025.3.18
 私は、もともとは東北地方でシカと植生との関係を研究してきた。つまり原生的自然における動植物の間にある原理を理解したくて研究をしてきた。同時に個人としては縁あって東北大学から東京大学に異動し、小平市に住むことになって都市の自然を考えることになった。それは原生的自然に比べれば貧弱であり、保護対象としてはあるいは価値が小さいかもしれないものである。しかし日本中が規模や程度を別として「都市化」してゆく中で、都市の自然がいかにあるべきかを考えることは大いに普遍性があり、その意味での重要性は非常に大きいものであるといえる。
 一言で言えば都市の自然は都市住民との折り合いの上で成り立つものであり、それが宿命でもある。都市とは意識の程度は別にしても、住民の利便性を追求する結果として自然を破壊する上に成り立つものである。それは否定できないが、都市住民は市街地化やビル化が進めばリゾート感覚で郊外や遠隔地に自然を求めて出かけると同時に、都市緑地に憩いを求める。その意識は昭和の高度成長期と現在ではかなり違うように思われる。高度成長期には戦後の荒廃と貧困から立ち上がることは国是であり、日本国民が求めたものであり、そこには自然を破壊しても良いとは思わないにしても、ある程度の犠牲はやむを得ないという空気が濃厚であった。このところ話題になった明治神宮外苑の樹木伐採は都市緑地と市民の関係の象徴的事例であるが、同じことが高度成長期に起きたとしたら、これほどの騒ぎになったかどうかは疑わしい。
 このことを長期的視点で考え当てみたい。いうまでもなく日本列島には元々人はいなかった。およそ4万年ほど前にさまざまなルートから人が入ってきて徐々に人口が増え、例外的な物資の輸出入があったものの、基本的に日本列島で生産したもので日本人の人口が支えられてきた。それは江戸末期にほぼ3000万人であった。これが日本列島の自然が支えうる人口だったといえる。現在の人口はこの 4倍ほどはあるわけで、それは海外からの輸入に支えられている。その過程で一次生産者人口は激減し、現在では農業人口は3%ほどにまで減少している。そして人口は都市に集中し、ほとんどの日本人は消費者となった。その代表例である東京で自然が失われるのは必然であり、戦後の東京の森林は落葉樹林からスギの人工林に置き換えられたし、武蔵野の雑木林は宅地化された。野川の価値はそのような文脈で捉えられなければならない。そう、野川は私たちの祖先が日本列島に住み始めるよりもはるかに昔から存在し、多摩川に流れ続けていた。そこに訪れた人がハケに清流を見出し、定着した。周辺は開発され、畑が広がり、昭和になって宅地化されたが、それでも野川は残されてきた。野川の自然があることはこういう長い時間の流れの中で考える必要がある。

 さて、今回、私はいわば野川の道路問題に「巻き込まれた」わけだが、このことを再考してみたい。野川を縦断する道路計画があり、その道路計画に反対することを公約する人が市長になった。その市長が道路計画を評価した報告の専門家からの評価を知りたいというので文書を書いたにもかかわらず、不適切な引用によって道路計画を容認する市長報告が公開されたために、私も撤回を求め、市議会も撤回を要求し、撤回された。このことはいわば手続き論として撤回されたのだが、上記のような日本の自然とその破壊の歴史を考えた時、これをただ手続上の問題として処理されることには違和感があるといわざるを得ない。私はこのことを小金井市民が自分の住む土地の自然をどう考えるかという本質的な問題の中で考えてほしいと強く願う。

 日本の経済は今後、間違いなく力を失っていくに違いない、凋落と言わないまでも、人口減少が動かし難い事実である以上、経済力が上昇することはあり得ない。その中で、更なる道路をつけて、数百万年という長い時間、破壊されないできた歴史的存在である野川の自然を、我々の世代が破壊してよいのかという問題として捉える必要がある。
 その上で意見は多様であってよいだろう。道路工事で大儲けする人や関連する組織の人もいるだろう。交通渋滞や利便性を考えれば、道路はつけた方がいいという人もいるだろう。問題は、小金井市民の総意である。一部の権力者や政治家が市民の総意を軽視して決めて良いことでないことだけは間違いない。私たちは民主的な社会に生きているはずだ。
 私自身は野川の自然を良い形で次世代に引き継いでもらいたいと願う。歴史を振り返りながら、未来を見据えた時、未来の世代に喜んでもらえる選択をするにはどうすべきか、その選択が今の小金井の大人に求められている。
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「道路概略検討(3北南 – 小金井3・4・11外2号線)報告書」の評価

2025年03月10日 | 小金井
以下に紹介するのは、東京都が道路について民間会社に依頼して作成した報告書について高槻が専門的立場から、主として動植物に関する報告を評価したものです。これを関連の文章の中では「高槻文書」として取り上げています。小金井市長による市長報告(こちら)には、高槻の個人名をあげ、不適切に引用されています。このため私はその不適切さを指摘して、市長報告の撤回を求めました(こちら)。これに伴い、小金井市議会では、この文書の引用の仕方が不適切であるとして、市長報告の撤回提案を承認するとともに、市長の問責決議も承認しました(こちら)。

2024.12/24

「道路概略検討(3北南 – 小金井3・4・11外2号線)報告書」の評価

高槻成紀
(元麻布大学教授・玉川上水みどりといきもの会議代表)

要約
1)本報告は道路建設は前提として工法の選択を検討するものとなっており、本稿はそのうち、主に動植物について評価した。
2)調査項目が挙げてあるが、内容別に整理されておらず、その羅列を見ても意味がわからないので、内容ごとに整理すべきである。また複雑な人社会への影響など評価の難しいものは削除すべきである。
3)上位計画が挙げてあり、それらは小金井市の自然の豊かさを称賛し、それを守ることを主張している。この報告はそれらを紹介しているがそれらと道路計画の関係は論理的に説明されていない。
4)動植物調査では主要な動植物群の種数が挙げられ、そのうち注目すべき種がリストアップされている。しかしその評価は中立性がなく、道路建設を前提として「影響にはできるだけ配慮する」、あるいは「影響は小さい」としている。これは中立であらねばならないアセスメントの精神を逸脱している。もし東京都と業者の間で契約時にそのような結論になるようにされていれば問題である。
5)この報告が作られた後の2023年に東京都は「東京都生物多様性地域戦略」を策定した。そこでは東京都は生物多様性を重視し、その保全に努めるとしており、60年も前の計画を強行することは、社会状況の変化を無視したもので禍根を残す。
6)都道建設とはいえ、その道路は小金井市につくものである以上、東京都は小金井市の意見を聞くべきである。小金井市は市民の意向を汲み、それに即した行政判断をし、東京都に対して決然と主張すべきである。

<目的> こちら
<調査と調査項目> こちら
<上位計画について> こちら
<動植物への影響> こちら
<注目すべき種> こちら
<生物調査の評価> こちら
<環境調査計画資料(案)> こちら
<結論> こちら

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<結論>

2025年03月10日 | 小金井
<結論>
 この報告書の動植物に関する部分では調査をして動植物の種を記述し、その中から注目すべき種をリストアップし、希少種キンランであっても「配慮をする」としている。つまり、どういう動植物があっても工事をすることを前提としている。モニタリング調査とは、そのような調査に基づき、価値を客観評価し、希少種であれば工事はすべきでないとすべきであり、これではモニタリング調査の意味がない。このような報告内容になるということは、おそらく報告書を依頼する段階で東京都と業者の間でそのような申し合わせがあったものと推察されるが、それは許されるべきことではないだろう。あるいは違法とされるかもしれない。
 以下には、この報告書の内容、つまり道路は作られる前提で工法を検討することを離れて、道路を作ること自体を問題とする。著者(高槻)が全体として言いたいことは、この報告は膨大な記述があるが、根本的な部分で問題があるということである。その最大のものはこの道路計画が立てられた60年前と現在とでは社会状況が全く違うということが配慮されていないことである。計画当時は日本が戦後の経済復興に邁進していた時代であり、道路建設を含む開発はプラスであり、自然が多少損なわれても人々の生活が改善されることには変えられないという雰囲気が覆っていた。しかし世界有数のGNPに達した後、社会は自然破壊をよくないことと考えるようになり、高齢化、出生率の低下などが大きな社会問題となっており、経済は上昇どころか頭打ち、あるいは下降する状況にある。人口減少は確実であり、自動車量も減少することが明らかにされている。また東京都は昆明・モントリオール宣言など世界の潮流に応じて2023年に「東京都生物多様性地域戦略」を策定し、生物多様性の保全を重視している。それによれば2030年までに生物多様性の減少を阻止し、それ以降は現状よりも多様な自然を取り戻し2050年には開発前の状況に戻すということを宣言した。その状況にありながら、その古い計画を墨守し、さらなる自然破壊をすることは小金井市のみならず、東京都の方針にも反することである。
 このことについて、吉村明弘(2024)は「都市の緑は誰のものか- 人文学から再開発を問う」という書物の中で次にように指摘している(吉村明弘(2024)将来世代にどのような都市を残すか. 「都市の緑は誰のものか- 人文学から再開発を問う」<太田和彦・吉永明弘、編著>ヘウレーカ)。
「都市再開発を問い直すという試みは、変化を否定し、とにかく昔のものを尊重するノスタルジーとして受け止められることが多い。(中略)しかし、都市開発を問うことは、本来の都市の姿について考えることである」と。そして「現代社会は将来世代に良好な環境を残す責任がある」と続けている。
この報告書全体に流れているのは、道路をつけるのは住民の生活改善につながるのであり、多少の自然破壊はやむを得ないという姿勢である。その視点からすれば、いわゆる「自然保護派」は「生き物好きの道楽者で、自分達の偏った価値観を頑なに主張する人々」に映るのであろう。しかしそれは全く違う。我々は、都市の自然こそ住民にとって価値が大きいものであり、未来の世代にいかなる都市を残し、その中に自然はいかにあるべきかを考えている。その次世代に続くべき都市とは何かを考えた時、それは昭和の高度成長期に立てられた道路建設ではない、自然に配慮しながら心豊かに暮らす都市であらねばならないと考えている。
 もちろん、これまで計画実現の方向で動いてきた経緯はあるし、すでにできた道路もある。しかしここは勇気を持って英断すべきである。さもなければ、わたしたちの世代は、将来の世代から「なぜあの時道路計画に反対しなかったのか」と詰問されるであろう。小金井に残された当該地の自然は、小金井市の宝物であるばかりでなく、東京都全体にとっても最後の砦とも言うべき貴重な存在である。これが破壊されれば取り返しのつかないことになる。行政の責任者は社会状況と民意を的確に捉え、歴史的視点から、勇断を持ってこの道路計画を中止し、このかけがえのない自然を次世代に引き継ぐ責務がある。そのためには、小金井市が東京都に決然たる主張をすべきである。
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<環境調査計画資料(案)>

2025年03月10日 | 小金井
<環境調査計画資料(案)>
 報告書はそのまま唐突に「環境調査計画資料(案)」が書かれる(p.3-5から)。ここでは動植物のことは消え、「東京都における都市計画道路の西部方針」(H28)と「未来の東京戦略」(R3)を上げ、小金井市の「機能をさらに高める戦略」として道路が必要であることに終始する。したがって小金井市にとっては基本方針で挙げた「緑を守る」などではなく、それを破壊する道路をつけることの方が優先するとしていることになる。これが妥当であるかどうかは計画ができた60年前と社会状況が大きく変化した現在を比較する中で再検討する必要がある。また、この計画は小金井市民に周知し、民意を把握することは避けてはいけない。この計画の中でも、「東京都が事業を行う路線は丁寧な対応を東京都に要望します」とあるが、都道であってもその土地は小金井であり、小金井市は東京都に主張を明確に伝える必要がある。
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<生物調査の評価>

2025年03月10日 | 小金井
<生物調査の評価>
 動植物の項目では希少種など注目すべき種が挙げられているが、これらは東京都の生物多様性保全にとって重要であり、東京都として守るべき対象であるが、そのことは記述がない。この調査は当該地にはこれら注目種を含む豊富な生物がいることを能弁に語っているのであり、道路計画はすべきでないことを示している。行政としては税金を使って行ったこのような調査が明らかにした注目種の発見を、道路計画の見直しの根拠として利用すべきであるが、この報告書にはそのような記述はない。
 また希少種を基準に工事の許可の判断に使うアセスメントは過去のものであり、2023年に東京都生物多様性地域戦略が策定された現在、連続性や「ネイチャーポジティブ」の考えを取り入れた意味でのアセスメントをし直すべきである。

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<注目すべき種>

2025年03月10日 | 小金井
<注目すべき種>
 表2.2.2-7に注目される動物が挙げられている。ここからいくつか取り上げてみたい。オオタカ、ツミなどの猛禽類はその獲物となる動物が不可欠であり、これらがいることはそこに健全な生態系があることを示す。このような種は「アンブレラ種」と呼ばれ、その種を守ることにより、傘で守るように多くの種が守られることになる。その意味で、これらの種の保存は特別の意味を持っている。またカワセミの場合は獲物になる魚類が必要で、同様に水生生態系のアンブレラ種と言える。これらに対する報告書の予測は、橋梁案の場合、オオタカはここでは繁殖していないから影響はない、カワセミの生息地は影響を受けないから生息は維持されるとしている(p. 2-378)。これら栄養段階の上位種は「頂点捕食者」と呼ばれ、草食性の動物であれば、植物があれば生き延びられるのに対して、生息地の物理環境、植物、草食動物、肉食動物の全てが良い状態になければ生息できず、極めてデリケートである。従って橋梁案であっても、影響がないとことはあり得ず、必ず影響があると予測するのが常識的である。従ってこの予測に根拠がなく、道路建設による影響がないことに意図的に捻じ曲げていることは明らかである。
 昆虫ではトンボが多く挙げられているが、トンボは成虫は空中を飛翔して小昆虫を食べるものが多く、幼虫時代はヤゴとして水中生活を送るので、その両方の生態系が健全でなければならない。逆に言えばこれらが生息していることは豊かな生態系があることを物語っている。
 表2.2.2-8には注目される魚類などが挙げられている。魚類ではオイカワ、タナゴなど清流性の種がいることは野川が湧水であることによる。またメダカは半世紀前には至る所にいたが、高度成長期に激減し、1990年代以降は東京都では絶滅に近い状態にある。そのメダカが生息していることは保護の必要性が大きいことを示す。これらに対しても影響は小さく、生息は維持されると予想しているが(オイカワはp. 2-390, メダカはp. 3-392)、これが正しくないことは前述のとおりである。
 表2.2.2-9には注目される植物が挙げられている。個別の記述は省略するが、ギンランとギンランを取り上げてみる(p. 2-396)。キンランの橋梁案に対する予測は、キンランは「菌根菌と共生するから、生育地は限定される」としながら、生育は維持されるとしてあり、理解不能である。「生育地は限定される]の後に「本種は□□□内で確認されているが、確認地点は□□□。」という文章があるが、□□□部分が白塗りされているので読むことができない。従って第3者は理由づけなく「生育は維持される」という予測を読むことになり、評価できないのは当然である。このことは他の種についても同様であり、本報告書が客観評価に値しないものであることを如実に示している。このような報告書を公開した東京都は不誠実と言うべきである。
キンランの記述でも「菌根菌と共生するから、生育地は限定される」(p. 2-397)とし、「生育に対する影響は大きいと予測する」としている。第3者はこれを読めば「工事はすべきでない」と書かれることを予測するが、書いてあるのは「関係機関と協議のうえ、必要に応じて代償措置を講じるなど、可能な限り配慮する」である。キンランは東京都の絶滅危惧種であり、菌根菌によって他の植物から栄養を得る従属栄養植物であり、移植しても生育できないことは実証されている(谷亀高広, 2014. 菌従属栄養植物の菌根共生系の多様性. 植物科学最前線, 5 )。したがって、ここに書かれた「代償措置」が移植であれば解決策にはならない。この報告書は、「絶滅危惧種への影響が大きい」としながら、可能性がないとわかっている「代償措置」を取とるとすることで、工事を正当化している。そもそも予測に「可能な限り配慮する」という表現が許されるのであれば、いかなる調査をしても工事の正当化ができてしまう。それでは評価の意味がないことは論理的に明白である。
前述のように動植物の記述には伏字があるが、これについて、この報告書の論理的齟齬を指摘しておきたい。
 この報告書は道路工事の工法について、どの工法が妥当であるかを調査結果に基づいて評価するためのもので、それが今回公開された。それはこの報告書の内容を第3者が評価するためであろう。これは妥当な手続きと言える。なぜなら、ある民間業社による報告書が妥当であるか否かは第3者によるチェックが不可欠だからである。この中に前述のように白塗りの伏字がある。それは希少種の盗掘など悪影響を懸念してのことであるという。それには一定の妥当性がある。しかし、それほど貴重な動植物であれば、報告執筆者はそれを絶対に残さなければならないと考えているということを図らずも露呈している。著者は(株)復建エンジニアリングであり、東京都は自らが委託した調査によって当該地に伏字ウィしなければならないほどの希少種が多数存在していることは確実に理解したはずである。調査結果はそのことを能弁に示しているが、報告書は内容を捻じ曲げて読み取っている。科学的に読み取れば、当然工事を進めることは停止すべきとなる。百歩譲っても、一時凍結すべだとなる。この報告書は自然を大切にしていることを示そうとして伏字を用いることで、報告書が論理的でないことの馬脚を露呈することになった。
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