ポテト姫の気まぐれ雑記 part2

つれづれなるままに、気ままに綴るエッセイ集

「町民大掃除」に参加して

2011-03-30 | 日記・エッセイ・コラム

 先日の日曜日に、「町民大掃除」なるものがありました。大洗町は、「観光の町」でもあるせいか、毎年、夏になると、海水浴シーズンが来る前に、「クリーンアップ大洗」なる行事があって、町民をあげての「大掃除」に「慣れている」ところがあるのかもしれません。

 前日に、何度も町内放送が入ったので、私たち家族も、「めんどくさいけど、津波被害に遭った人たちを考えれば、少しでも協力しよう。」ということで、個人的に参加することにしました。

 夫は現在、諸事情により、いつ帰れるか不明の、長期出張中のため、不参加。娘は、所属する団体に呼ばれて、そちらでの参加となり、残る私と、大学生と高校生の、二人の息子たちとの、3人で、家にあった「竹ボウキ、金属製の熊手、スコップ」などを持って、出かけました。(朝8時より)

 最初は、家からまっすぐの海岸方面へ向かいましたが、気がかりだった、知り合いの家数軒が連なる地区へ行ってみたものの、そこは既にキレイになっていて、もはや、「仕事がない」状況でした。

 そこで、そこにいた知人に尋ねると、そこから「縦に伸びる」大通りを、皆さん掃除しているようだ、とのことなので、そちらを掃除することに。

 やり始めてみると、ちょっと見える「海砂」でも、除去し始めてみると、かなりの量の「砂」が出てくる。とにかく、砂を掻き出しては、近くに一箇所にまとめておく作業を繰り返しました。

 小一時間ほどで、一箇所がきれいになったので、続いてもう一箇所。今度は、比較的大きな交差点の一角に取り組みました。ここも、見た目よりの大量の「海砂」が出てきました。持ち寄った、三つの「武器?」を駆使して、大きめの「砂山」を2つ作り?ました。

 始まってみると、つい「凝りだして」「徹底的にやってみたくなる」のは、性分なのか、気になっていた「側溝のフタ」の、「手が入る部分」、この溝が、ほとんど砂などでうずもれていたので、私はこれらを、一つ一つ「ホジホジ」して、全部キレイにしました。息子たちは、呆れた様子で、「もう帰っていい?」と、言い出してみたり...。

 その後、建設業の方たちが、重機やトラックで、溜まった砂を運んでくれたので、その後の後始末をして、「キレイになった~!」と思えたのが、11時半くらい。

 我が家の「竹ボウキ」が一本壊れ、腰などが痛くなってきたけれど、やった場所が「キレイになった満足感」で、気分は爽快になりましたね。

 願わくば、我々みたいに「個人で」参加すると、誰に声かけられるわけでもなく、「ご苦労様」の言葉さえももらえないのが、ちょっと淋しかったので、当日も、最初と最後くらいに、町内放送ででも、「皆様、どうぞよろしく。」とか、「お疲れ様です。」とか、流してもらえたらいいのに...。なんて感じた次第であります。

201103281651001

 写真は、庭で見つけた「つくしんぼ」。 「春」は、着実に、やってきているんですね。

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お花

2011-03-27 | 日記・エッセイ・コラム

201103261435001_3

 先日の集まりでは、こんなお花もいただきました。

 バラ(ピンク)、チューリップ(ピンク&白)、スイトピー(レモン色)、ガーベラ(ワインカラー)、かすみ草(白)...。

 お花を見ていると、心が和みますね。

コメント (11)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ゴメンナサイ

2011-03-26 | 日記・エッセイ・コラム

 贅沢してきちゃいました。m(_ _)m

 実は、仕事関係の、年度末の「納会」というか、食事会がありまして、こんな時期だというのに、大変なご馳走を食べてきちゃいました。

 場所は、水戸にある「ドルフ」というお店。以前は、駅南の桜川沿いの「貸しビル」かなんかに入っていた形で営業していたと思うのですが、しばらく行かないうちに、気付いたらなくなっていて、「閉店しちゃったのかな?」と思っていたら、実は、別の場所に、独立してオープンしていたようでした。

 新店舗に気付いてからも、なかなか行く機会がないまま時が過ぎ、今回、偶然にも、こういう形で行くことができて、とても嬉しいのと懐かしいのとで、感激いたしました。

 というのも、私は、このお店のファンで、結婚前はよく行っていたものでした。でも、少々「値が張る」ので、お金に余裕のある時しか、行けなかったのも事実。

 今回は、私の所属していたグループで、慰安旅行用に積み立てていたものの、こういう状況で行けなくなり、それを補助金として使ってくれたそうで、そのため、私たちが支払った会費よりも、かなり上乗せした贅沢メニューをいただけたと、そういう事情があったようです。

 このお店の特長は、目の前の鉄板で、シェフたちが「焼いて」くれて、それをその都度銘々に分けてくれる方式なことです。特に、肉などを焼く時の仕上げに、ボ~ッと、大きな炎が上がるのが、かなりビックリします。

 この日は、実は、いつものお肉(上質なので、かなり美味)の他に、大きな「ザリガニ」のようなものも、いただくことができました。(ご時勢により、写真の掲載は割愛させていただきます。)

 そして、実は、このお店を有名にした、あるデザートも、この日は、いただくことができました。かつて、私が、いろんな友人たちを誘っては出かけていたのも、この「デザート」がお目当てでした。

 それは、なんと、「アイスクリームの鉄板焼き」。

201103242108000

 最初に、小さいほうのかたまりを、溶かしながら焼きます。(以前とは、作り方が少し違っていました。)このとき、予め「オレンジバター」なるものを溶かし、キウイをつぶしておき、それと混ぜていたようでした。

201103242109000

 次に、メインとなる、大きなかたまりのアイスの、表面を焼いていきます。

201103242111001  表面を溶かした、メインのアイスを皿に乗せ、最初に溶かした方のアイスクリームを「ソース」のようにかけ、飾りに、焼いていたオレンジと、「カシス(黒すぐりの実)」を飾ってできあがり。

 溶かしていた「ソース」の方のアイスには、オレンジリキュール(「グラン・マルニェ」)もふりかけているようでした。

 表面は温かくても、中のアイスは冷たいまま。なんとも不思議なデザートの出来上がり。久しぶりに食べたお味は、昔のより、バージョンアップしていた感じでしたね。

 それにしても、避難所生活している人たちには、申し訳ないと思いつつ、ここのところの緊張や不安、様々なストレスが溜まってきていたところだったので、「美味しいもの」を食べたときの、なんともいえない幸せ感は、そういうモヤモヤした気分を、一気に吹っ飛ばしてくれる力がありましたね。

 仲間たちとの、楽しいおしゃべりも、一役買っていたように思います。

 久々に、お風呂に入れたときにも思いましたが、「命の洗濯」というか、こういう「幸せなひと時」は、とても大事なんだなと、改めて感じますね。

 ということで、皆様、ゴメンナサイ。そして、ご馳走様でした。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「節電」

2011-03-24 | 日記・エッセイ・コラム

私なりの、勝手な節電方法の提案を紹介。

☆ テレビ放送

  夜中の12時までとする。(昔は、そうだった。終了直前になると、日の丸の旗と共に「君が代」が流れ、その後「ザー~!」という「砂嵐」になってしまうのでした。

夜中の放送は「ラジオ」に任せる

 運送業などの方々や、夜中に勉強している人たちのために、「音」は必用だろうから、ラジオに頑張ってもらう。思えば、「深夜放送」は懐かしい。

☆ 「コンビニ」

 「コンビニ」が始まった当初は、「朝7時~夜11時」の開店が売りだったはず、いつの間にやら「24時間営業」が当たり前になってしまっているので、ここで、当初のやり方に戻してはどうか。

☆ 「スーパーマーケット」

 夜中の12時までやっている所が、当たり前になってしまっているが、せいぜい夜の7~8時までで、充分だと思う。どうしても、職業的に必用なら、週1で、遅くまで営業する店を、輪番制で設けるとか、工夫はいくらでもできると思うのだが...。

 人間、不思議なもので、「午後1時で閉店」となると、その間に、みんな必至に買いに行くものだ、ということを、今回の騒ぎで知りました。

☆ 「ファミレス」など、24時間営業の、外食産業を止める。

 営業時間は、せいぜい、夜の9~10時までで良いと思われる。

☆ 全ての「24時間営業」の企業について考える

 「病院」や「高齢者施設」など、必用な機関を除いては、極力、「夜の営業はやらない」ようにする。

☆ いわゆる「飲み屋」さんなど

 例えば、「午前2時まで」とか、決まりを作る。

☆ 夜の灯り

 ドイツ人の「習性」というか、「好み」らしいのですが、「夜は暗いのいい」という感覚があるようです。なので、夜は、部屋の明かりを、「ろうそく」くらいの明るさにしてしまいます。実際、「ろうそく」の愛用者も多いです。(その代わり、実にオシャレで、素敵なろうそくが、あちこちに売ってます。) レストランなどでも、卓上ろうそくだけ、とか、電気器具の場合でも、ろうそく程度の灯りのみですね。

 日本人が、急にそこまで「暗く」するのは無理にしても、参考にはできるんじゃないかと思われ...。

 「原発」が使えなくなり、火力発電所も修理中だそうで、ってことは、電力供給の量が減ることは目に見えてわかっていることなので、「計画停電」で、信号まで消えてしまうよりは、そういう「減らし方」をしていったらどうなのか? なんて、勝手に考えてみました。

 発電所は、海の側にしか作れないそうで、しかも「岩盤の固い所」とか、諸々の条件が揃わないと、建てられないから、場所は限られてしまうそうな。しかも、首都圏を含む、より多くの電力を使う場所を賄う、危険を伴う発電所を、福島とか新潟とか、地方に置いてもらっている。

 難しいことはわからない、小学生的な発想しかできない私ですが、今回の、想定外の大きな津波がかぶってしまった「福島原発」。「東京電力」は、被災者側でもあるんじゃないか...? なんて思えてしまいます。放射能漏れ事故が、怖いのは当然ですが、それと必至に立ち向かっている人たちに、陰ながら「エール」を送りたい...。そんな、ひねくれ者な私の、つぶやきでした。

 もしも、電気を作ってくれるところがなくなってしまったら、どうなってしまうんだろう...? 

 

コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ビリーブ

2011-03-24 | 日記・エッセイ・コラム

    ♪ たとえば君が傷ついて くじけそうになったときは

     必ずボクが側にいて 支えてあげるよ その肩を

     世界中の希望乗せて この地球は回ってる

     今 未来の 扉を開けるとき

     悲しみや 苦しみが

     いつの日か 喜びに変わるだろう

     I believe in future 信じてる

    ♪ もしも誰かが 君の側で 泣き出しそうになったときは

     黙って腕を取りながら 一緒に歩いてくれるよね

     世界中の優しさで この地球を包みたい

     今 素直な 気持ちになれるなら

     憧れや 愛しさが

     大空に はじけて光るだろう

     I believe in future 信じてる

                                                          (杉本 竜一 作詞・作曲 「Believe」 より)

 先日、カーラジオから、偶然この歌が流れてきました。NHKの番組「生きもの地球紀行」のエンディングテーマ曲として使われてから、人気となり、やがて、卒業ソングとしてもよく使われるようになりました。やがて「旅立ちの日に」が現れるまでは、全国的に、主に幼稚園や小学校の卒業式に歌われていたと思います。

 確か、我が家の末っ子の幼稚園卒園式でも、歌いました。

 聴くのは久しぶりでしたが、今、こういう時だけに、余計に歌詞の内容が「沁みて」きて、泣けてくる思いでした。

    

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

幸せの‘カレーライス'

2011-03-22 | 日記・エッセイ・コラム

 我が家は、いつの頃からか、金曜日の夕飯は‘カレーライス'と決まっております。

 たぶん、最初のうちは、子どもたちのプールへの送迎の都合で、時間的に忙しい日をカレーにしていたことが、きっかけだったと思うのですが、いつのまにか、すっかり定着してしまいました。

 夫も、子どもたちも、一週間が終わって、「明日は休みだ~!」と思える安心感と共に、カレーを食べると、ホッとするんだそうな...。

 そういうわけで、週1のペースでカレーのため、「飽きない」ように、作る方の私も、けっこういろいろ工夫をこらしたりしています。まず、使う肉は3種類のローテーション。豚肉:角切り、豚肉:こま切れ、鶏肉:ひき肉。(諸事情により、牛肉は不使用。)そして、豚肉の場合は、赤ワイン、鶏肉の場合は白ワインを、隠し味に(けっこうたっぷり)使います。

 鶏ひき肉の時は、主に「とんかつ」と合わせた、「カツカレー」として使ってますね。

 あとは、付け合せの、サラダとの組み合わせで変化をつけています。よく作るのが、ツナ缶を使った2種。一つは、きゅうりとマヨネーズのタイプ。もう一つは、千切りの大根&きゅうり、水で戻したワカメと合わせ、しょうゆをベースにした「和風ドレッシング」をまぜたもの。時々、レタスなどを並べた、普通のタイプのも。

 おっと、料理の話になっっちゃいましたね。

 実は、地震が起こった日が金曜日で、「今日は、カレーだね。」と言っていた矢先の出来事でした。それから、しばらく、まるで「戦後の混乱期」のような(想像上ですが...)生活を送り、「カレーを食べられる日なんて、永久に来ないんじゃ?」なんて錯覚に陥りそうな気分でしたが、昨日は、ようやく、念願の「カレー」を食べることができました。

 翌週の金曜日には、水道は復旧していなかったものの、カレーくらいは作れそうだったのですが、その日から、夫は泊り込みの仕事に出かけてしまったので、帰って来るまで待つことにしていたのでした。

 昨日の午後、4日ぶりに帰宅したので、月曜日でしたが、みんなが待っていた「カレー」を作ったわけです。

 中身は、全くオーソドックスな「普通のカレー」でしたが、「家族揃って食べられるカレー」の味は、格別なものがありました。

 今回、こういう経験をしてみると、命、時間、家族、そういうものを、本当に大事にしなきゃ...と、しみじみ思うようになりますね。

( いまだ避難所生活の方や、家や家族を失くしてしまった方、傷の大きかった皆さんのことを考えると、申し訳ない気分ですが...。)

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

九州からの電話

2011-03-21 | 日記・エッセイ・コラム

 昔、「カナダからの手紙」という歌がありましたが、昨日は、九州は福岡県から、電話がかかってきました。

 高校時代の友人が、結婚してそちらの方に住んでいるわけですが、思えば結婚以来、年賀状のやりとりはしても、声を聞いたのは、20年ぶりぐらいでした。

 その友人曰く、テレビの映像で流れる、大洗での津波の被害状況を見て、「家が流されて、今ごろは、避難所生活なのでは?」 とか 「茨城県の死亡者数は17人くらいだから、まさかその中には入っていないだろう..」とか、いろいろ心配して、やっとの思いで電話番号を探し当て、おそるおそるかけてくれたそうです。

 そこにいきなり、私が電話に出たものだから、「ある意味驚いた」そうでした。

 実は、私はまだ、地震発生当時の、大洗のテレビ映像を見ていないのですが、外からのテレビ映像の方が、凄かったんでしょうかね...。

 彼女の、水戸のご実家の家族たちも無事だそうで、ひとまず安心。しばしおしゃべりをして、電話を切りました。

 こういうときの、旧友からの暖かい励ましの言葉は、本当に嬉しいものですね。 元気がわいてきます。

 ところで、昨日は、風邪をひいて、咳がひどくなってきたため、食事の用意以外は、一日中横になっていました。人間、不思議なもので、体調が悪くなると、気持ちまで沈んできて、更に余震が来ると、ザワザワした胸騒ぎがおこるようなりました。

 しかし、そこで私は、ある決意をしました。「覚悟」というか「腹をくくる」というか、たぶん「丹田(たんでん)」という部分だと思うのですが、「おへその下の、奥の方の辺り」。そこにグッと力を入れる。すると、「肝がすわる」というか、何かこう、強い気力がみなぎってくるような感じがしてきます。

 そうしていると、余震が来ても、「潰せるものなら、潰してみろい!」とか、「もしこれが、地球最後の日というならば、討ち死にでもなんでも、してやろうじゃないの!」(少々オーバー? )とか、思えるようになってきました。

 気弱になってきたのは、体調不良も合わせて、生活が少し安定して、かえって、気がゆるんできたせいかもしれませんね。

 今朝は、咳も治まり、気分良く目覚めることができました。これで、今日の予定をこなすことができそうです。

 それにしても、横になりながら、借りている「1Q84」の本を読んでいたのですが、やはり村上ワールドは、不思議な感覚ですね。「天吾」「青豆」「ふかえり」.....今後、どんな展開になってくるのやら...?

 でも、なんとなく落ち着かない、こういう時には、マッチしている本かもしれないですね。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「マイムマイム」

2011-03-20 | 日記・エッセイ・コラム

 昔、キャンプファイヤーの時なんかに、よく踊ったフォークダンスの「マイム マイム」という曲。一般的な「男女一組」になって、交代しながら踊るタイプではなく、「輪になって」両隣の人と手を繋いで踊るタイプなので、「気恥ずかしい」感じがしない「軽い」イメージのせいか、フォークダンスの最初か最後に、踊ることが多かったように思われます。

 この「マイムマイム」という曲は、もともと、イスラエル地方を開拓しようとしたユダヤ人たちが、井戸を掘り、水が出たときの喜びを表現したものだそうです。

 なるほど、みんなの輪が、中心に向かって小さくなるように前進して行くのは、井戸を囲んで、喜んでいる形なんでしょうね。ちなみに、台湾では、この曲を「水舞」と呼ぶそうな...。

 「水が出た~!」この曲の気持ちと同様に、わが町でも、昨日の午後、ようやく水道が復活しました。地震発生から、9日めですね。まだ、一部「出ていない」地区もあるそうですが、大方の場所では出るようです。

 今まで、それこそ「一滴の水」も無駄にせず、食器などを洗った水は、溜めて、トイレのタンクに入れ、流水で何かを洗う、なんてことは「夢のような」話だったのにで、心置きなく食器類を洗えることに、心から感謝したい気持ちになりましたね。

 昨日は、所用のため、水の出ている水戸の某所に行ったのですが、トイレから出て、手を洗う際に、手をかざせば水の出る蛇口を見て、「何てもったいない...。」と感じたものでした。

 これで、もう、「水汲み」に行かなくてもいい。これで、洗濯も、思う存分できる。お皿にラップやホイルを敷かなくてもいい。割り箸ではなく、マイ箸を使える。紙コップを使わなくてもいい。トイレの後、バケツで水をタンクに補充しなくてもいい。...etc.

 電気や水の復旧に、尽力してくれた作業員の皆様に感謝。そして、身の危険を賭して、原発事故に立ち向かってくれている、最前線の方々に感謝。水がなくて困っているときに、豊富な水を与えてくれた、大洗神社の天然水に感謝。ポリタンクなどもなく、困っていたときに、ポリタンクを2本と大きなタライを貸してくれた、コーラス仲間に感謝。

 便利な生活に戻ったときに、つい忘れがちになってしまいそうな、災害当時の心境を、忘れないように、ここにメモしてみました。

 復旧まで、まだまだ大変な皆様が大勢いるようですが、とにかく「傷の浅い」者から順に、早く立ち直って、「重症」の人たちを、サポートする側にまわることが、自分たちにできることだと思うので、コツコツやっていくつもりでいます。

 まずは、この騒ぎでひいてしまった風邪を、早く治すことと、溜まりにたまった洗物を、少しずつやっつけることですかね。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「生活の悪?知恵」メモ集

2011-03-19 | 日記・エッセイ・コラム

 今回の地震騒ぎで、くしくも被災者生活を味わった私でしたが、人間、不思議なもので、「ない」となると、実に多くの悪?知恵が働くようになるようです。

 少しずつ、日常の生活に戻りつつある状況なので、今回の教訓やら生活のヒントを、メモしておこうと思います。

  • 蒸しタオル2種

      我が家は、以前「化粧品」などを扱う小売店をしていたため、化粧品メーカーの美容部員たちが、よく出入りしてました。

 彼女たちがよく使っていた方法ですが、やかんで沸かした熱湯を、乾いたタオルに沁みこませ、ギュッとしぼると、それで「蒸しタオル」のできあがり。

 顔や首筋などを拭きたいときには、これでOKでした。普段は、寝ぐせ治しににも、よく使っております。

 もう一種は、今回考えたものですが、洗面器に、やかんで沸かしたお湯を少し熱めに調整し、そこに入浴剤を少し入れます。そのお湯にタオルを浸し、絞って使うと、いくらかでもお風呂に入ったような気分になり、体を拭くのにいい方法でした。

  • 牛乳パックのまな板

 水が限られているため、まな板をじゅうぶんに洗うことができない。そんなときにひらめきました。よく、イベントなどで野菜を切るとき、まな板が足りないと、洗って乾かしてある牛乳パックを切り開き、硬くて平らなものの上に置けば、まな板の代用に使えることを。

 幸い、まだリサイクルに出していなかった牛乳パックがたくさんあったので、「使い捨てまな板」として、それが大いに役立ちました。

  • ペーパータオル

 やはり、水が充分でない頃は、ペーパータオルに少量の水を含ませ、ふき取ることで、少しの汚れは取ることができました。

 いまだ「台ふきん」をジャブジャブ洗えない状況なので、テーブルを拭くときは、この方法で行っています。

  • 「重曹」で洗濯

 これは、野外活動愛好家の「山ねずみ」さんのブログからパクらせてもらったアイデアですが、(「山ねずみ」さん、ありがと~。) 普通の洗剤みたいに泡が出ないで、汚れは落とせる、とのことなので、必用最低限の下着などを、試しに洗ってみました。

 なるほど、おっしゃる通りでした。 下着類だったのに、けっこう汚い水が出ました。なので、すすぎは1回でいいかと思っていましたが、結局2回行いました。

 そして、その都度、(これはコーラス仲間から教わった知恵)洗濯機で脱水をかけると、すすぎに水を使う量が減る、とのことで、それもやってみました。

 普通の洗剤のように、「いい匂い」はしませんが、「洗濯」はできたので、よかったと思います。

 その他にも、まだいくつかあるのですが、長くなってきたので、続きはまた後ほど。

 そういえば、昨日ピアノレッスンに来た、高校生の男子宅では、やはり野外活動愛好家の家族なので、キャンプグッズがいろいろあり、大いに役立ったそうです。その男子曰く、「ある意味、楽しかった...」そうな。

 その子も、某子ども向け「サバイバル」的体験コースを経験しており、たくましさが養われているんでしょうね。

 ところで、ウチの息子も同様ですが、せっかく慣れ親しんだクラス仲間と、中途半端な形で別れることになってしまったことを嘆いていました。

 交通の足が途絶えているため、終了式等、何もかも全て中止で、このまま新学年を迎えることになるそうです。

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ピアノレッスン再開

2011-03-19 | 日記・エッセイ・コラム

 地震から一週間。思えば、ピアノレッスンに来る生徒さんたちを待っていた頃の出来事でした。

 「レッスンはできる状況ですが、来られる心境ならばどうぞ。」と連絡を入れると、生徒さんたちは、喜んで?来てくれました。

 どうも、子どもたちは、「暇」を持て余しているようですね。

 私も、久しぶりに味わった、これまで通りの「平穏な」日常の一部分が戻ってきたようで、安らかな気持ちになれました。

 「旅立ちの日に」の伴奏が弾きたくて、密かに練習を積んでいた小6のAちゃん。オーディションを勝ち抜いて、見事「伴奏者」の座をゲットできたものの、この地震騒ぎのため、音楽室にて、卒業生のみの、小規模なものになってしまうようです。

 本来ならば、全校生徒&保護者&全職員&来賓 等、大きな晴れの舞台で弾けるはずだったのに...。それでも、けなげに練習を続けている様子でした。

 「こういう時で、皆さんの心は傷ついているはずだから、元気に華々しく弾いてあげてね。」と言うと、にっこりしてコクンと頷いてくれました。

 本当なら、今ごろは卒業式も終わっているはずでしたが、来週の水曜日に、終了式ともども行われるそうです。せめて、元気な歌声で「旅立ちの日に」が響き渡るといいですね。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする