ポテト姫の気まぐれ雑記 part2

つれづれなるままに、気ままに綴るエッセイ集

行きつけの花屋さん

2016-10-18 | 日記・エッセイ・コラム

 私が今の家に嫁いでから、義母が商売をやっていた関係で、買い物する「店」も、「できたらここを...」という所を紹介され、町内の店は「ほとんど」決まっている状況でした。

 美容院、肉屋、おもちゃ屋、雑貨屋、お茶屋、花屋...etc. しかも、行った時には、「いつもお世話になっております。○○屋です。」と言わねばならない。

 最初の内は、どのタイミングで言えばいいのか? よくわからないし、気恥かしいし、嫌でたまらなかったけど、これが、慣れてくると、いろいろ便利で、むしろ「心地よく」なってくるから不思議。お店の店主たちに、「○○屋のお嫁さん」として顔を憶えてもらえるため、その後の会話が慣れてくるんでしょうね。

 そんなお店の一軒に、ある花屋さんがありました。私は、小学校高学年頃から、近所のお姉さんたちが「お花」を習い出すのを見て、ちょっと羨ましく思っていました。私も興味があったものの、既に長年ピアノを習わせてもらっていて、一時期は、ソロバンや習字も習っていたので、これ以上、親に負担はかけられないと思っていたので。

 やがて、同居した兄夫婦の義姉が、「安達流」のお花を習い始めると、毎週、家の中に素敵なお花が飾られるようになりました。これが、なかなか「いい」んですよね。「生け方の良しあし?」みたいなのはわからなくても、「家の中に花がある」のは、子ども心にも「いいもんだ」と思えたのでした。

 就職してから、すぐに、念願の「お花」を習い始めました。職場の先輩に紹介してもらい、職場近くのお宅で開いている先生の元に、毎週土曜日の午後通いました。流派は「池坊(いけのぼう)」。(先生によると、「池坊」だけが「華道家元」なんだとか。)

 家の玄関は、義姉が飾るので、私のは「床の間」に飾り、飾る場所がなくなると、叔母の家に飾ってみたり...。

 その後、「看板を取る」とこまで行き、出産を機に退職するまで続けました。

 そういう訳で、「家の中に花を飾る」のが習慣になってしまっていた私にとって、「お花屋さん」は重要でした。仏壇の花を買うついでに、玄関に飾る花を買うため、月に2回のペースで通い続けました。お彼岸やお盆には、お墓用の花もたくさん買うし、友人知人のコンサートなどには、フラワーアレンジなども頼んだし、すっかり「お得意様」状態になってからは、行くたびに珈琲を入れてもらったりして、私の「癒しスポット」?にもなっていました。

 そういうお店が、最近無くなってしまいました。ご主人が突然亡くなられたのです。

 まあ、見かけよりもけっこうなお歳だったようだし、最近「お疲れ気味かな?」という感じはしていたのですが、ある日突然倒れて、それっきりだったようです。

 「花屋さん」の他に、社交ダンスの先生もされていて、むしろ、どちらが「本業」なのか?わからない感じでしたが、お話好きで、オシャレな感じのオジサマでした。

 「悲しい」というより「淋しい」気持ちでいっぱいの私。シャッターの降ろされた店舗の前を通る度に、いつも色とりどりのお花が並んでいた光景が思い出されます。

 ご冥福をお祈りいたします。(-人ー)

コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

子どもたちも、「うたごえ」好きかも?

2016-10-12 | 日記・エッセイ・コラム

 こちらに書くのが、ずいぶん久しぶりになってしまいました。

 私が、町の公民館で「うたごえ広場」なる講座を開かせてもらって、今年で4年目となり、3年間の「基礎講座」を終えて、今は「自主講座」という形式になってます。

 メンバーは少しずつ入れ替わっているものの、人数は、当初と同じ12~3名で落ち着いているのが面白いですね。

 今年から参加してくれた一部のメンバーの方より、「月に1回では、淋しいから、増やして欲しい」との要望を受けました。それに同意する方も多数だったので、そういえば、もう「自主活動」に入ったわけで、「基礎講座」の日程形式に縛られる必要もないことから、今月から「月に2回」行うこととなりました。

 今までは「第1木曜日」だったので、曜日を変えて「第3金曜日」に。曲目は「同じ」なので、「同じ曲目を2回」ということでも、納得してくれたので、その方向で行く予定です。もちろん、今まで通り「月1回」でもOKで、「金曜日だけ参加」もOKということで。

 はてさて、どうなることやら、うまく軌道に乗ってくれるとよいのですが。

 ところで、先日のこと、今年からスタッフに加わっている、町の「学童保育」ですが、最近ようやく、校庭に遊具が完成し、子どもたちも楽しく遊べるようになりました。でも、その半面、「時間だから、もう部屋に戻りましょう!」と言っても、遊びが楽しくて、なかなか止められない状態に。

 ブランコに乗っていた、ある女の子が、大きな声で「翼をください」を歌い始めたので、辺りは薄暗いし、人数も少なかったから、そこで私も「悪乗り」して、本来の声と声量で一緒に歌ってしまいました。笑われるかと思いきや、「もっと歌って!」との子どもたちの要望。そこで、「第九の一部」を歌ったり、みんなで「ビリーブ」や「旅立ちの日に」などを歌って楽しみました。

 すると、昨日の夕方も、そこにいた同じメンバーたちが、「また歌おう!」と誘ってきて、「ちょっと恥ずかしいから、やめよう。」と言っても、薄暗くなってきた同じシチュエーションの中で、また「翼をください」を歌い初めてしまいました。その後、「赤い屋根の家」や「ビリーブ」など、子どもたちの好きな歌を一緒に歌っていると、普段は恥ずかしがりな子も、近くで口ずさんでいるのが見えました。

 「この歌、保育園で歌ったよ!」と楽しんでいる子もいたり...。

 最近少なくなりつつある「みんなで歌う」シーン、は、かつての「歌声喫茶」世代ばかりでなく、子どもたちにも「求められてる?」と感じた場面でした。

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする