「クレヨンしんちゃん」が発表されたのは1990年のことだと云う。1990年といえば、我が家ではちょうど、娘が生まれた年。そして、アニメが始まったのが1992年だそうで、その年は、我が家がドイツに行った年でもありました。
1992年2月に夫が、そして遅れて5月末に私が、1歳9ヶ月の娘と、4ヶ月の長男を連れてドイツに向かったのでした。
現地で、子どもたちが日本語を忘れないように、または、暇つぶしの道具に、と思い、日本から「トトロ」や「アンパンマン」の市販のビデオと、「おかあさんといっしょ」などの一連のNHK教育テレビ番組を、一週間分ほど録画したテープを持って行きました。
入居した住宅は、歴代日本人家族が使っていたようで、そこにも「ドラえもん」などの子ども向けアニメを残していってくれた人がいて、大いに助かりました。
ところが、手持ちのビデオも、毎日のように見ていると、さすがに全部見切ってしまい、繰り返し見ても、飽きるようになってきました。そこで、夫の会社の友人やら親戚の人たちから「何か欲しいものない?」と聞かれると、「子ども向けの番組やアニメを、録画して送って!」と頼むようになりましたね。
そうして、各方面から、少しずついろいろな子ども向け番組のテープが送られてくるようになりました。「クレヨンしんちゃん」も、その中にありました。
「今、日本で大人気のアニメだよ。」ということでしたが、最初に見たときは、今よりちょっと個性的な雰囲気だったので、「何これ?」って感じたものです。ところが、2歳と1歳になっていた子どもたちには、大人気。二人とも喜んで見ていました。
やがて、娘が3歳、長男がもうすぐ2歳になる頃に帰国した後は、「クレヨンしんちゃん」は欠かさず見るアニメとなったのは、言うまでもありません。
ほのぼのとした日常を、面白おかしく描いた内容なのはもちろんですが、私としては、そこに登場してくる様々なキャラクターが大好きでした。いかにも「こういう人、いるよねェ...。」みたいな人。例えば、
- 情報通のお隣のおばさん
- ツッパリ系の女子高生たち「埼玉紅サソリ隊」...ちょっと「お笑い系」に見えるところが面白い。
- 大学受験で3浪している、名前が「よんろう」さん
- 立ち読みを止めさせようと、鋭いボディランゲージで店員に指図する、本屋のおばさん
- カラオケが大好きで、地元のお年寄りたちからリーダーとして認められている、秋田の爺ちゃん
- 派手好きで、見栄っ張りながらも、実は貧乏で田植えが上手な、幼稚園のマツザカ・ウメ先生。共に性格の良くない姉たちの名前が、「マツ」と「タケ」なのが笑える。
- 見かけとは違って、実は優しく子ども好きな、ヤクザ顔の幼稚園の園長先生。しんちゃんには「組長」と呼ばれている。
- 裏表の顕著な性格の持ち主で、うっぷんが溜まったときは、ウサギのぬいぐるみを殴りつけてウサ晴らしをする、「ネネちゃん」のママ。そういうシーンを見たときの、「いつものママじゃない...。」というネネちゃんのセリフが可笑しい。
- 乳幼児なのに、「ヒカリモノ」と「イケメン」好きな、妹の「ひまわり」ちゃん
等など、挙げればキリがないくらいですね。あとは、映画のときに、「温泉Gメン」ってことで「丹波哲郎」御本人が登場したり、「中村玉緒」さんそっくりのキャラで「なかむれタマオ」さんなる人が出てきたり、と、小ネタ満載で、もっと笑えます。
今後、アニメや映画の放映がどうなるのか、関係者で話し合って決めるそうですが、「ドラえもん」や「サザエさん」「おじゃる丸」などが、作者亡き後も続いているように、ぜひ続けて欲しいものです。