ここんとこ、ずっと考えてきたこと。それを書くことで、何かしら影響が出てくるかもしれない。でも、やはり思いは主張した方がいいと考え、書くことにします。
このブログも6年を過ぎたし、炎上覚悟です。しかし、忘れて欲しくないのは、ここはあくまで、一市民(町民ですが)である私の、個人的なブログであり、家族や友人など、周りの誰かに頼まれた経緯は全くないことをお断りしておきます。なので、変な個人攻撃などをしないで欲しいと願っております。
今、村上春樹著の「1Q84」第三巻を読んでますが、その中の一文に、「自分の頭で考えない人に限って、人の話を聞かない。」というのがありました。これは、中の登場人物の独り言として出てきますが、たぶん、村上氏の持論なんじゃないかとも思えます。
昨日は、有名音楽家のS氏と、有名作家のO氏が呼びかけた、「脱原発」の大規模集会が行われた模様です。
「たかが電力」.....S氏は、そう語ってました。「たかが」.....言っときますが、私は決して「原発推進派」ではないです。でも、その「電気を作る」ことを仕事として、地味~にコツコツと、働いている人たちに対して、その言葉は酷いんじゃないだろか?
「原発」と「原爆」を、同じものと考える人はいないだろうけど、響き的に、より多くの恐怖感を持ってしまっている人は多いんじゃないかと思う。そういう私も、かつてはそう思っていたかもしれない。
でも、数年前に、「福島第二原発」の見学に行ってから、そのイメージは変わりました。「電気を作る」には「タービンを回す」必要があり、その「動力」が必要になる。「火力」場合、直接火を燃やしてお湯を沸かし、その蒸気でタービンを回すけれど、「原子力」の場合、その「核分裂」の際に出るエネルギーによって「お湯を沸かす」という仕組みについて学びました。
そこで働く人々は、キチンと整備された場所で、真面目に仕事をしてました。
福島県に知り合いも多く、宿泊学習やら合宿やらで、行くことも多い土地。そして何より、合唱のメッカである福島県に対して、今回の事故に対しては、人一倍心を痛めていると自負している私です。
でも、それにしても、ここ最近の日本の状況は、ある意味「病的」としか思えない私。まるで、今やってる昼ドラ「ぼくの夏休み」のように、まるで「昭和19年」にタイムスリップしてしまったみたい。「戦争反対」の言葉をちょっとでも言ったら「非国民!」と避難された時代、その雰囲気に、今の状況は似ていると思う。
日本国憲法には「言論の自由」という項目があったはず。今現在、「原子力」に関係する立場にいる人たちは、何も言わないでいると思われ、それをいいことに? 「原発反対」の風向きだけが、爆発的に膨れ上がっていると思う。今のこの状況は、学校における「いじめ」の状況にも似ているような。「いじめ」の原因には、「人と違うことする」というのがあります。
「反対意見」「少数意見」に耳をも貸さないこの状況は、ある意味、とっても危険な状態だと思います。デモや集会は、ある意味「お祭り騒ぎ」的な要素もある。60年代に起こった「学生運動」の嵐も、結局は、何の実をも結ばず、悲劇的な結末で終わった事実を、お忘れなんだろうか?
今、ここで国民がすべきなのは、もっと「冷静に」なって、真剣に今後のことを考えることなんじゃないだろか? 工場などをフル回転させるためには、「充分な電力」が必用。しかし、化石燃料は、この先どれだけ持つのか? そして上がる一方の原油料金をどう賄うのか? 太陽光などの効率は、どれほどなのか? みんなで考えて、解決策を見出そうとすれば、良い方法が見つかるかもしれない。
でも、今ここで、これまで動いていた原発を、全く止めてしまうのは、無理だと思う。何事も、順序が必用なんじゃないか?
江戸幕府を最後に支え、江戸が火の海になるのを避けた「篤姫様」は、常にこう言いました。「一方を聞いて沙汰するな!」
「反対派」、「関係者側」(推進派ではない、微妙な立場の人もいる。)、両方の言い分を、「冷静に」「正しく」聞くこと。これが一番大切ではないのか。
私の友人に、家族が東電に勤める人がいます。長年、一会社員として、地味~にこつこつと仕事をしてきた人です。給料がいい、との噂もありますが、それでも、べらぼうな高さではないんじゃ? と思われます。その友人が、ポツンと言いました。「あの日以来、立場が180度変わってしまった。」「夏のボーナスは出ないらしいから、住宅ローンをどうしよう...。」
また、ある東電の下請け会社のおっちゃんが、よくぼやいているそうな。「どこ行っても、みんなから文句ばかり言われてよ~....オレらに言われてもなァ...。」
一般の、電力会社社員の人たちが、何をしたと言うのか? まるで「鬼の首でも取った」ような、人々の態度に、大きな疑問を感じます。
私の、歴史サークルの知り合いに、88歳になる女性がいますが、数年前に他界されたご主人は、ずっと「原子力研究所」勤務で、主に「原子炉」を作っていたそうです。
我が夫も、「研究所」でも「電力会社」でもない一企業に勤める会社員ですが、大学では物理を専攻し、「原子力」一筋に、研究&仕事をしてきました。
「原子力研究所」がある、我が茨城県には、そういう立場の人が大勢いるはずです。それだって、決して「悪いこと」だという意識はなく、誇りを持って、地道に仕事に励んできたと思われます。
そういう人たちのことをも、忘れて欲しくないです。
「レントゲン」「CTスキャナ」「陽子線治療器」「ペット検査」等.....そういう医療機器は全て、「原子力研究」の賜物である事実を、多くの人々はご存知だろうか?
私の主張は、こんなところでしょうか。 もし、いただけるなら、「冷静な」コメントには、きちんとお答えしていくつもりです。
もしも、「炎上」とかいうことになり、ここで終わってしまった場合は、「サヨウナラ」ですかね。