では、結果発表を。
!~~~~~ って、ドリルを鳴らしてみたり...。
想像の中で、窓を開け閉めしている間に、「人」に会った方、その人には、霊感があるそうです。会った人数が多いほど、霊感も強いそうな...。
ウチの娘が、どこからか仕入れてきた情報なので、信憑性があるかどうかは、定かではないです。
お試しいただいた皆様の結果は、どうでしょう? しゃあさんの回答がマジだとすると、かなり霊感が強いってことになりますが...。
では、この件は、これにて、一件落着!?
では、結果発表を。
!~~~~~ って、ドリルを鳴らしてみたり...。
想像の中で、窓を開け閉めしている間に、「人」に会った方、その人には、霊感があるそうです。会った人数が多いほど、霊感も強いそうな...。
ウチの娘が、どこからか仕入れてきた情報なので、信憑性があるかどうかは、定かではないです。
お試しいただいた皆様の結果は、どうでしょう? しゃあさんの回答がマジだとすると、かなり霊感が強いってことになりますが...。
では、この件は、これにて、一件落着!?
どうも、お待たせいたしました。
貴方が、今、窓を開け閉めしている間に、家の中には、人がいましたか?
「いた。」と答えた方は、何人いたでしょう? 「1人」「2人」「3人」...?
ちなみに私の場合、「0人」でした。
これで、貴方の「あること」がわかります。
では、答えは又、後ほど。
ウチの子どもたちが、こんな心理?テストをやっていました。果たして、答えの結果が当たってるのかどうか、何とも言えませんが、面白そうなので紹介します。
「まず、目を閉じて、想像してみてください。貴方は今、自分の家の玄関前に立っています。目を閉じたまま、想像しながら、玄関から中に入ってください。中に入ったら、家じゅうの窓を全部開けてください。小さな窓も、一つ残らずです。
全部、開け終わりましたか? では次に、今度は、今開けた窓を、全部閉めてください。一つ残らず、全部です。」
さて、ここまで来たら、次のステップに進みますが、それは、後ほど...。お楽しみに。
下の記事を書いていて、ふと、昔の記憶がよみがえってきました。そういえば、他にも記憶に残る「不思議な人」が浮かんできました。
☆「ミドリマン」
あれは、私が高校時代、帰りのバス乗り場は、駅のロータリーでも、ちょっと離れた場所にありました。通称「離れ小島」。そこによく出没していたのが、この「ミドリマン」。私の記憶では、特に緑色の服を着ていた印象はないのですが、なぜか皆、そう呼んでいました。
彼は、とにかく、その「離れ小島」内をいつもウロウロ動き回っているので、印象に残りやすく、誰もが気になる存在でした。しかも、少なくとも私が通学している間に、彼がバスに乗り込む姿は、一度も目撃していません。
果たして彼は、あそこで何をしていたのか? いまだに疑問です。
☆「イエローマン」
これは、私が密かに、勝手に命名した名前です。あれは、出張の帰りに、某鹿島神宮をお参りしていたとき、初めて目撃しました。なんと、全身黄色いオジサンが、お参りしていたのです。帽子から靴まで、みごとに全部‘黄色’でした。そして、その後、自転車に乗って去っていったのですが、その自転車まで黄色...。
その後、しばらくして、また鹿島方面へ行く用事があり、町内を歩いていると、再びその、全身黄色いオジサンを見かけたのでした。前回、一緒にいた鹿島出身の同僚が知り合いから得た情報によると、どうもそのオジサンは、長く某郵便局に勤めていて、退職後に「イエローマン」になったそうな...。
郵便局といえば、イメージカラーは「赤」。「赤」に飽きて「黄色」に走ったのか...? 何ともユニークな、不思議なオジサンでした。
☆「迷彩オジサン」
これも、私が勝手に命名したものです。この方の場合、現在進行形の状態です。(^^;) 朝のお弁当作りに手間取ったりして、時間が遅くなると、夫や娘たちを、時々車で、駅まで送って行きます。すると、毎回、この迷彩オジサンを見かけます。迷彩柄の半ズボンにランニング姿のオジサンが、駅の周りを、キレイにお掃除しています。
それだけなら、ありがたい話で、特に不思議はないのですが、他に不思議なエピソードがいくつか...。まず、お気に入りの高校生に、よく話かけます。そして、そのお気に入りの子の自転車の荷紐がほどけてたりすると、きれいに揃えておいてくれたり、壊れた箇所などあると、直しておいてくれたりします。それも、全員のではなく、男女を問わず、「お気に入り」の子の、だけ。
特に、それ以上の問題は起こっていないので、悪い人ではなさそうですが、不思議な存在ではあります。
という、この私も、考えてみれば「不思議な存在」なのかも...。
いつの頃も、どこにでも、ユニークというか不思議な存在の人が、一人ぐらいいるもんですが、最近、どうも気になるおじさんがいます。
以前は、よく交通安全のための立哨指導の場所で見かけたので、そういう団体の一員の方だとばかり思っていました。
その後、駅付近で、料理人さんのような格好をしているのを見かけたので、「本職は料理人なのかな?」と思いました。
その翌日、また交通指導をしていたので、ずいぶん熱心な方なんだな、と思いました。しかし、少々違和感が...。しっかり腕章までして、車の止め方が、かなりオーバーアクションなのでした。その辺りから、ちょっと???な感じを覚えはじめ...。
そして、盆踊りの日、今度は、颯爽とした着流し姿で、踊っている姿を見かけました。あのおじさんは、いったい何者なのか...? そこにいた知り合いたち数人に尋ねてみると、「どうも、コスプレが趣味な方らしい。」という噂が聞こえてきました。
コスプレ...? なるほど、そう考えれば、一連の行動が納得できるような...。
そして、先日のお祭りのとき、またまた発見いたしました。今度は、「磯節踊り」の列にいました。でも、どう見ても、その団体の仲間じゃないだろう!と思われる列に参加されてました。
どうやら、「目立つの大好き」なお方なのかも...。
昨日は、スーパーのレジ前に並んでる姿を目撃。やや派手めのスーツ姿でした。しかし、足元を見ると、履いているのは、おしゃれな女物っぽいサンダル。
さて、次は、どういうシチュエーションで、どういうお姿の彼を見ることができるのか、ある意味、楽しくなってきた私であります。
23日・24日は、大洗の八朔祭りが開かれました。23日は、山車の運行のみで、昨日の24日が、午後3時~9時まで、歩行者天国となり、毎年恒例のお祭りの光景が見られました。
途中、小雨が降ってきたりしましたが、幸い本降りにはならず、やれやれでした。
夕方になってから、辺りに、何やら怪しい?人たちが終結...。
昨年はお休みだった「サンバパレード」が、復活したようでした。
← フラッグ隊担当は、高校生たち。
ひょっとして、ドラえもん?
辺りも暗くなり始め、そろそろ出発の時刻が近づいた頃、更に怪しげな?集団が到着。
→
実は、この方々、夏の間、海の安全を守ってくれていた「ライフセイバー」の皆様であります。滞在先から、文字通り「走って」駆けつけ、帰りも「走って」帰られました。
合わせて、どうも、お疲れ様でした。
というわけで、サンバパレードが賑やかに始まり、お祭りムードは更に盛り上がり...。 やはり、このサンバパレードがないと、淋しいですね。(暗くなったためか、写真がうまく撮れてないようです。)
毎年恒例のようになりつつある、「永町屋台村」ステージでの、ダンス発表。雨が降ってきて、一時はどうなることやら? と心配していましたが、メンバーの中に「晴れ女」がいるのか、踊りだすと、雨がやむのでした。
フィナーレは、常陸太田祭りで憶えた「皆サンバ」。ちょっと「マツケンサンバ」をパクッたような振り付けも入ってますね。
と、いうことで、今年のお祭りも終了! 娘は本日から新学期が開始、夫は3日間の出張です。(山陰方面)
エントリーが900を超えたので、また「音楽話」 を。さて、今回は、ちょっと説明が難しい「和音」と「コード」のお話。
「和音」とは「高さの違う2つ以上の音が同時に響くもの」という定義があります。そして、「ある音をもとにして3度ずつ2つの音を積み重ねたものを3和音という。」つまり、「ある音」=「ド」だとすると、「ド・レ・ミ」と3番目の音は「ミ」、そして又、そこから数えて「ミ・ファ・ソ」と、3番目の音は「ソ」になるので、結果は「ド・ミ・ソ」。これが基本的な和音となるわけです。(3のつく数字がしょっちゅう出てくるから、世界のナントカさんがこれを読むときは、疲れるだろう...。)
音楽の専門的な話になると、「長・短・増・減」など、ここからまた、話がややこしくなるので、ここで「コード」の話に切り替えます。「コード」とは、ギターやバンドなどに関わった方なら、よくご存知の「C」「Am」「G7」などで、昔「平凡」や「明星」などの付録に付いてきた「歌本」などにもよく書かれていました。
これらはつまり、伴奏付けをするときのヒントで、「和音」の種類を表しています。例えばギターなんかだと、指定してあるコードのポジションを押さえれば、その和音が響くわけで、ここでは、鍵盤楽器でコードを使う方法というか、理屈などを書いてみようかと思います。
まず、C・D・Eなどは、以前にも書いたように、「ド・レ・ミ」の別名ですね。それぞれ「ある音をもとにして」のある音を示します。そこから始めた「3和音」。専門用語でいう「Ⅰ」の和音、それが「C」「D」「E」などのコードです。
具体的に書くと、たとえば「C」だと、「ド・ミ・ソ」、「D」ならば「レ・♯ファ・ラ」、「E」ならば「ミ・♯ソ・シ」ですね。なぜ、ファやソに♯が付くかというと、それぞれ「D」=「ニ長調」、「E」=「ホ長調」の「Ⅰ」の和音だからです。つまり、どの音から始まっても「ド・ミ・ソ」のようにに聴こえる和音ですね。
では「Am」(エーマイナー)や「Em」(イーマイナー)はどうなるか、というと、それぞれ「Am」=「イ短調」、「Em」=「ホ短調」の「Ⅰ」の和音、つまり「Am」=「ラ・ド・ミ」、「Em」=「ミ・ソ・シ」ということになります。そういう理屈抜きで、簡単に覚えるには、「マイナー」コードの場合、「メジャー」コード(いわゆる普通の)コードの真ん中の音(専門用語で「第3音」)を半音下げる(鍵盤を一つ左にずらす)と、できます。
ここで、基本的な童謡や、簡単なフォークソングなどに使われているコードの配列についても触れておきます。専門用語だとT(トニック)、S(サブドミナント)、D(ドミナント)なんていう言い方も出てきますが、ここではカット。そういえば、「ドッペルドミナント」なんてのもあって、「ドッペルゲンガー」って言葉を聞いたときには、真っ先にこの「ドッペルドミナント」を連想した私でした。 ちなみに、「ドッペル」とは、ドイツ語で「ダブル」の意味であります。
おっと、話が横道に...。「調」にも「近親調」(いわゆる「親戚の調」)ってのがあるのですが、「和音」にも「主要3和音」ってのがあります。専門用語で「Ⅰ」「Ⅳ」「Ⅴ」、調で言えば「属(ぞく)調」と「下属(かぞく)調」。つまり、「C」ならば、「ド・レ・ミ・ファ・ソ」の4番目と5番目にあたる「ファ」「ソ」をもとにした「ファ・ラ・ド」=「F」と、「ソ・シ・レ」=「G」、「C - F - G」、この組み合わせが、最も多く出てくるパターンですね。童謡の「チューリップ」「ちょうちょう」「ぶんぶんぶん」などは、この典型です。よく「ドミソ」「ドファラ」「シレソ」と、習いますが、「ドファラ」は「F」の、「シレソ」は「G」の、並び方を変えたものですね。(専門用語で「展開形」)
あとは「G7」などの「セブンス」コードもあるのですが、今回は、長くなったので、また後ほど。
ここでは、ごく基本的なことを書かせてもらってるので、既にご存知の方は、飛ばして読んでくださいませ。 また、この件についてお詳しい皆様、もし間違っている箇所がありましたら、ご遠慮なくご指摘ください。
昨日は、娘の宿題の手伝いということで、町内にある石碑めぐりをしてきました。
なんでも、書道の先生からの宿題で、「書体」の勉強のため、ちょっと読めないような、石碑に刻まれた字などを探して、写真に撮ってくる、という内容なんだそうな...。
そこで、私が歴史講座で習ったことを受け売りし(笑)、案内したわけです。(地元にいても、教わらなけりゃ、知らなかった事実。)
↑ は、大洗神社の裏口参道入り口付近にある石碑。
← これは、後に二松学舎大を開いた、三島沖州氏が大洗に来た時に詠んだといわれる漢詩を刻んだ石碑。詩吟をやってる方には、とても有名なものらしいです。
詩の中に、戦争中だとちょっと突っ込まれそうな言葉が出てくるので、もしやアメリカからクレームをつけられたら...と、一時は撤去する案も出てきたそうな...。しかし、そういう意味ではなく、もっと広い意味だということで、免れたんだとか...。
これは、「子の日ヶ原(ねのひがはら)の碑」 。水戸の徳川斉昭公が、ここからの見晴らしが素晴らしいので、制定したそうな。実際は、今のゴルフ場内にあったのを移転させたそうです。→
← これは、晩年を大洗で過ごしたという「山村暮鳥」に関する石碑。
刻まれているのは、彼の作品の一部で、選んだのが「萩原朔太郎」、文字を書いたのが「小川芋銭」...と、凄い人ばかりなのには、驚きです。
これは、「磯節発祥の地」の石碑。今でも続いている、発祥の地に関する論争(「那珂湊」説もあり)。「‘大洗様よ‘’という歌詞があるんだから、やはり大洗が発祥の地に違いない!」という当時の町長さんのご意向により、建てられたそうな。→
文字を書いたのは、なんと「西条八十」氏。本来なら、氏は、自分の作品しか書かない方針なのを、縁のある町からのお願いってことで、特別に書いてくださったらしいです。
ここでは、ボタンを押すと、磯節が全国的に広まるきっかけとなった「関根安中」氏の歌う「磯節」が聴けます。
一昨日は、中学を卒業してから、一回もやってなかった同窓会が、初めて開かれました。 クラスごとには、1回ぐらいやってたり、小学校のを既に数回行ってたとこもありましたが、私の出身小学校は、少なくとも成人式以後、やった記憶はなくて、本当に30数年ぶりの再会という感じでしたね。
出身村に中学校は一校しかないから、「成人式=同窓会」的な感じにはなりましたが、振袖や羽織袴、スーツ姿での再会だから、ちょっと窮屈というか、身動きとれないというか...。
なので、今回が本当の「同窓会」という感じになりました。思えば、同級生に偶然会うたびに、「同窓会やらないの?」と言われ続けて、早十数年...。日々の忙しさにかまけて、実現しないまま、ここまで来てしまいました。
最近では、「物故者」となってしまう方も、ボチボチ出てきたので、今ここで開けたのはよかったと思います。
みんなを見ての感想は、それなりに歳をとってるけれど、「基本的には変ってない」ってことですかね。 昔からの、ちょっとしたしぐさや癖など、笑っちゃうくらいそのままですね。
風貌や雰囲気の変った人もいたけど、「渋い」雰囲気になった人、いい感じに「カッコよく」なった人、「落ち着いた素敵な感じ」になった人などもいて、なかなか感慨深いものがありますね。
さて、みんなに「次はいつ?」と聞かれ、近くにいた人たちの間では、「やはりわかりやすいように、オリンピックの年がいい!」との意見にまとまりました。そうすれば、また「年男・年女」の時にできるから...。
ということで、年齢はしっかり「オジさん・オバさん」でも、気分はすっかり中学生に戻っていた仲間たちに、乾杯!