「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

ダリ展@国立新美術館

2016年12月08日 22時09分08秒 | 美術館
ダリ展@国立新美術館
9月14日~12月12日




サルバドール・ダリ(1904年--89年)は時計が溶解していくような「シュルレアリスム」を代表する画家とだけ思っていた。
2010年8月に法相宗の学僧・徳一(760?年 - 835?年)を辿り会津の「慧日寺跡」と「勝常寺」を訪ねた際に「諸橋近代美術館」に立ち寄りダリの作品をまとめて観た。
精神分析・相対性理論・量子力学・数学・生物学など多方面の知識に長けていたということを知った。
パフォーマンスや挑発的な姿勢の強い人と思っていたが、大間違いで科学と芸術を一体化させようとしたようだ。特に、立体・彫刻作品が沢山あることも驚きだった。
2010年はスペインにも旅し「国立ソフィア王妃芸術センター」にも行ったが、ピカソの作品に目が行って、ダリの記憶が無いのは残念。



本年10月7日、国立新美術館の「ダリ展」に行ったが、全貌展で時代ごとの変化も激しく、もう一度、と思いつつ会期末となってしまった。
「アトデとオバケは出たことない」はその通り。
時間が経過し印象も薄れたが、記憶に留めておくべきと出品目録を基にお浚い。

第1章 初期作品(1904-1922)
スペイン、カタルーニャ地方のフランス国境に近い町フィゲラスで、芸術や文化に造詣が深く自由な気風の家庭に生まれた。
少年時代から絵画の才能を賞賛され、フィゲラスや、夏の休暇を過ごした漁村カダケスの風景を、ポスト印象主義風の様式で描いている。



《ラファエロ風の首をした自画像》1921年頃 カンヴァスに油彩

第2章 モダニズムの探求(1922-1929)
1922年にマドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーに入学するも、そこでの教育に飽き足らず、反抗的な学生だった。学生寮で、ルイス・ブニュエル(後の映画監督)やフェデリコ・ガルシア・ロルカ(後の詩人)と交友を結ぶ。
キュビスム、ピュリスム、未来派などの新しい芸術の影響を受けた作品を制作する。




《ルイス・ブニュエルの肖像》1924年 カンヴァスに油彩
70.0 × 60.0 cm 国立ソフィア王妃芸術センター


第3章 シュルレアリスム時代(1929-1939)

1929年にブニュエルと共同で脚本を執筆した映画「アンダルシアの犬」がパリで公開され、大きな反響を呼んだ。
アンドレ・ブルトンを中心とするパリのシュルレアリスト・グループに参加し、パラノイア的=批判的方法を生み出して、シュルレアリスムの中心的な画家として活躍するが、ブルトンとの不和も芽生える。




「奇妙なものたち」(1935) 板に油彩、コラージュ 40.5 × 50.0 cm ガラ=サルバドール・ダリ財団蔵

*『アンダルシアの犬』『黄金時代』も上映されていた。

第4章 ミューズとしてのガラ
ダリは、1929年夏に詩人のポール・エリュアールの妻ガラと初めて出会い、すぐ恋に落ちた。以後ガラは、常にダリに寄り添い、ミューズとしてダリの芸術に霊感を与えるとともに、一種のプロデューサーとしてダリを支援し、成功に導いた。
*ガラなくしてダリは生まれなかったかもしれない。

第5章 アメリカへの亡命(1939-1948)
第二次世界大戦が勃発すると、ダリとガラは戦火のヨーロッパを後に、アメリカ合衆国に亡命し、1948年まで過ごす。
1934年以降、アメリカで何回か展覧会を行っていたダリは、すでに有名作家だった。商業的な仕事や出版を通じ、シュルレアリスムを体現する名士としての地位を確立した。

第6章 ダリ的世界の拡張
アメリカ滞在中に、ダリは舞台芸術や映画などの美術の仕事を多く行い、ヒッチコック、ディズニー、マルクス兄弟などにも協力している。
また、ファッションや宝飾の仕事にも手を染め、ダリの芸術から派生したイメージは、大衆的な人気を博した。

第7章 原子力時代の芸術(1945-1950)
1945年の広島と長崎への原爆投下に大きな衝撃を受けた。
新しい原子物理学の知見と宗教的な神秘主義を結びつけることで、核時代の到来によって決定的に変質してしまった新しい世界における、芸術のあり方を探ろうとした。



ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》
1945年 カンヴァスに油彩
66.5 × 86.5 cm 国立ソフィア王妃芸術センター


第8章 ポルトリガトへの帰還―晩年の作品(1960s-1980s)

アメリカから戻ったダリとガラは、カダケスの近くの小さな漁村ポルトリガトに居を定めた。
1960年代以降は古典芸術に回帰し、巨匠たちに触発された作品を描くとともに、ダリ芸術の様々な要素を集大成した《テトゥアンの大会戦》のような一連の大作絵画を次々と制作。
1974年にはフィゲラスに、心血を注いで作り上げたダリ劇場美術館も開館した。

芸術と芸術家のあり方を変革したダリは、まさに現代美術の先駆者の一人ということができる。

新日曜美術館 サルバドール・ダリ
https://www.youtube.com/watch?v=CuQxDYF3hDI




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高松恵子 ファイバーアート展 @常陽史料館

2016年12月08日 00時04分50秒 | 美術展
高松恵子 ファイバーアート展 @常陽史料館
11月29日~平成29年1月29日








水戸市備前町の清閑な住宅地に立地する「常陽史料館」は貨幣や銀行に関する資料を展示する「貨幣ギャラリー」のほか、郷土文化や金融に関する図書資料を公開する「史料ライブラリー」がある。
また「アートスポット」はアートに関連する作品が数カ月単位で紹介される。

11月29日~平成29年1月29日は桜川市在住のファイバーアート作家・高松恵子さんの作品展示。

「ファイバーアート」は繊維による造形作品、と云う事なのだろうが、織物・編み物・染物まで範囲は広い。
写真に刺繍を施す技法で注目を浴び、2011年水戸芸術館で「美女採集展」を開いた「清川あさみ」を思い浮かべる;

展覧会資料によれば高松恵子さんは
『コム・デ・ギャルソンのパリコレクションのショーサンプル制作を手掛けるなどの活動を続けてきました。しかし、新たな技術の習得を目指しテキスタイルを学んだことで、ファイバーアートの世界に入り、新制作展で14回入選を果たすなど高い評価を得ています。』とのこと。





布地・繊維をミシンによって縫い合わせた立体造形作品。
布・糸による彫刻作品、ともいえる。
組み合わせによって、自由に展示空間を埋めることが出来る可変性のある作品でもある。

とにかく、細かいミシンの作業を要する作品。
色彩の組み合わせ感覚も素晴らしい。

これからの展開が楽しみだ。
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向ヶ岡と忍ケ丘 @史跡見学会

2016年12月06日 16時15分41秒 | 文化遺産
向ヶ岡と忍ケ丘 @史跡見学会




「第24回芸工展参加企画・修復のお仕事展16ワークショップ」10月15日の「加賀藩・富山藩コース史跡見学会」の後半は。
不忍池を挟んで二つの岡が対峙した景観を「向ヶ丘」から辿ってゆく。

《向ヶ岡》水戸藩・駒込邸、加賀藩上屋敷、加賀藩の支藩である富山藩辺り。
《不忍池》(洞庭湖・琵琶湖などに見立てる。)
《忍ケ丘》寛永寺(現在の上野のお山一帯)


旧加賀藩前田邸の懐徳園・育徳園から下り、旧富山藩邸・現在の東大病院に。



ベルツの庭石。
ドイツ人の医師・エルヴィン・ベルツ博士(1849-1913)の住居に在った伝えられる庭石。
戊辰戦争の時は、この辺りに官軍が大砲を据え、上野の彰義隊と対峙した。





更に下って「池之端門」を出ると直ぐに「境神社」
正に「向岡」と「忍岡」の境界。



その直ぐ脇が「横山大観記念館」
何時も上野駅方面から訪ねるので分からなかったが、東大病院の真下。
今では大観記念館から不忍池の湖面に映る月を望むべくはないが、建設時は良く見えたことであろう。




水月ホテル鷗外荘。
敷地内に明治の文豪・森鷗外の旧居が保存されている。



彫刻家・平櫛田中(ひらくしでんちゅう1872〜1979)の旧居兼アトリエ(台東区上野桜木2-20-3)。

「修復のお仕事展‘16」「しまう」の会場。

「しまう」を統一テーマに油絵修復・建造物保存活用・染織品修復・陶磁器修復・東洋書画修復・文化財保存支援など14の団体・個人の展示。

分野ごとに「なるほど」と感じる展示が沢山あった。

今回の「史跡見学会」を主宰して戴いた原祐一さんも「埋蔵文化財公開・活用」 を展示されていたのを拝見。

今回の見学会はここで解散。



原さんのFBによるこの日のルートマップ。

散会後、忍ケ岡からの眺めを確認。




清水観音堂の下から「弁天堂」更には「向ヶ丘」を望む。
大きなクレーンなどは建設中の東大病院。

東京国立博物館は金曜日なので夜間も開館。
本館前の庭では「野外上映会」が開催されていた。



清水観音堂の上に秋の月が。
「向ヶ丘」から不忍池に映る月影を愛でたことだろう。

今回は説明を聞きながら歩いたので理解がより深まったが、建築物がやたら増殖し、想像にたよる部分がかなり必要であった。

原先生、有り難う御座いました。

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ライブルーム・コルテス@水戸市けやき台3丁目28番5

2016年12月05日 12時37分21秒 | コンサート

ライブルーム・コルテス@水戸市けやき台3丁目28番5



4年前に水戸市けやき台に出来た「ジャズルーム・コルテス」の存在を教えてくれた宇佐美博司さんはアマチュアのジャズピアニストだ。
バンドを組んではいないが、時々、気の合う仲間とセッションをする。
「4日の日曜日、7時30分からコルテスでやりますから、都合が付いたら
お出かけください」と案内があった。





「ジャズルーム・コルテス」での演奏と思って行ってみたら、隣に「ライブルーム・コルテス」が在り、そこが会場だった。



さほど広くはないがグランドピアノもあって、立派なライブスタジオ。



今回のメンバーはテナーサックス:伊王野信行、ドラム:上野真裕、ピアノ:宇佐美博司のトリオで、司会進行を宇佐美さんが務めたが誰がリーダーと云う事でもなさそう。
曲によって、ソロ、デュ、トリオと自由だ。

聞いた曲もあれば、オリジナルもある。

モナリザ。
フランクシナトラが1955年に歌った「In the Wee Small Hours of the Morning」
初めて聞いたが有名なバラードらしい。

ソニーロリンズの「St. Thomas」
マッコイタイナーの「Contemplation



休憩時間は隣の「ジャズルーム・コルテス」に移動。
コーヒーかジンジャエールの飲み物、手造りのサラダ、菓子パンのサービス。
プロが来ての演奏の際もこの様なサービスが有るのかは分からない。
休憩後の約1時間も演奏が続いた。

約30人の聴衆と共に楽しい時間を過ごした。

12月から1月にかけて「ライブルーム・コルテス」のプログラムは次の通り。
12月10日(土) 18時30分~ 是方博邦 Rainbow Jam
是方博邦(g)  岡田治郎(b)  熊谷徳明(ds)
12月22日(木) 19時30分~ 藤井郷子 カルテット
太田恵資(vln) 田村夏樹(tp) 藤井郷子(p) 井谷亨志(ds)
12月23日(金)  18時~ 藤井郷子 ピアノソロ
1月5日(木) 19時30分~ BOYS TRIO + 峰 厚介
石井彰(p) 金澤英明(b) 石若駿(ds) 峰 厚介(ts)
1月21日(土) 18時~ 吉岡大輔 & the Express
吉岡大輔(ds) 島裕介 (tp) 竹内直(ts,fl) 浅川太平(p,key) 田中啓介(b)
1月28日(土) 19時30分 秋山一将カルテット
秋山一将(g) 市原ひかり(tp)  小牧良平(b) 井上功一(ds)
ライブスケジュールはhttp://cortez.jp/6601.htmlで確認を

営業時間 通常日 17:00~23:00
土日祭日 13:00~23:00 定休日 火曜日

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「仙台かき徳」の牡蠣

2016年12月05日 06時17分50秒 | 生活
「仙台かき徳」の牡蠣



12月の声を聞くと、ご近所のKさんから「仙台かき徳」の木樽詰め生蠣を戴くのが恒例なことは嬉しいことだ。

「むき身の生かき」で殻付ではないが、磯の香りも充分で味と香りも遜色ない。

東日本大震災により南三陸町の自社養殖場を始め、多くのかきの養殖施設が壊滅的打撃を受け、暫くのあいだ生ガキの販売は停止され、グラタンなどの加工製品となった。数年前から生ガキの販売が再開されたが、

《本年も「生かき」は「加熱用」の表示で販売致します。震災後の環境や設備の回復はまだまだですし、当社において「完璧な」ノロウイルス対策がなされるまでは継続致します。》

販売者として食に対する安全としては当然なことかもしれない。

食べる側が自己責任と分かった上で生食もあり。
先ずはレモンを絞って頂きました。
カキフライ、牡蠣ご飯、楽しみは広がります。
毎年、有り難う御座います。
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冬茜

2016年12月04日 16時50分10秒 | 日記
冬茜






小・中・高と同級だったO氏は棲み処も同じ町内だが、それぞれの道を歩んでいた間は、顏を合わせる機会も少なかった。

仕事を離れ、気ままな生活を送るようになったせいか、ここ一年、会う機会が増えた。

彼の住まいは千波湖を見渡し、筑波の峰も遠望できる絶景のロケーション。

朝焼けから日の入りまで、四季折々折、刻々と変化する景色は飽きることが無いだろう。

多才な方で写真撮影も年期が入っている。
夕景だけでも日に50カット位を写すこともあるとか。

ジャズから演歌目でまで音楽に対する造詣も深く数千枚のCDやレコードを集めていて、1日何枚も聴くことが有るらしい。






夕暮れ時に彼の家を訪ね、お酒を戴きながらジャズを聴くのは愉しい。
刻々と変わる空や雲や夕陽を見ながらの1杯は最高の贅沢だ。

何時もご迷惑をかけて申し訳ありません、この場を借りて感謝の気持ちを。

(写真は彼のFBから)

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懐徳館庭園(懐徳園)@東京大学・本郷キャンパス

2016年12月03日 16時50分08秒 | 庭園
懐徳館庭園(懐徳園)@東京大学・本郷キャンパス






東京大学の本郷キャンパスは加賀前田藩の上屋敷だったことは良く知られているし、大名庭園・育徳園の池は通称「三四郎池」として、これまた著名だ。

明治になり、その敷地の大半は東京大学となるも、前田家は本郷キャンパスの南西隅に広大な邸宅を構えていたとは知らなかった。

明治38年に和館、明治40年に洋館を竣工し、明治43年の明治天皇の行幸を前に日本庭園を整備した。



竣工時の西洋館と日本庭園。



現在のこの角度からに近い。

大正15年前田邸と代々木演習林の交換により前田邸は駒場に移転し敷地と建物は昭和3年に東京大学に寄贈され「懐徳館」と命名され、迎賓館として使用された。

しかし、懐徳館は昭和20年の東京大空襲によって焼失。
東京大空襲では懐徳館以外の本郷キャンパスの建物は被害を免れた、と云うのは奇跡的かもしれない。



現在の和風の建物は昭和26年に再建された。




懐徳館庭園は芝庭と石を多用した池泉と築山で構成されている。
現在はポンプを使用した人工の滝は使われず、涸れ池と大きな石組が残る。





総合研究博物館増築時に出土したという西洋館の基礎が、総合研究博物館の近くに保存されている。


総合研究博物館には2度ほど訪ねた。
入場無料で多岐に渡る資料が展示されていた。
総合研究博物館の辺りが前田侯爵邸(懐徳館)の西洋館が建っていたらしい。

東京大学埋蔵文化財調査室助手の原祐一先生が主宰する史跡見学会「加賀藩・富山藩コース」に参加したので懐徳館の庭園を見る機会を得た。



普段も公開されているのかどうかは分からなかったが、この日(10月15日)はホームカミングデーで、公開講座やシンポジュームなどが開催されていた。



懐徳門、現在通行は出来ない。
総合研究博物館の裏側で目立たない場所だ。
邸宅の全ては空襲で焼失したがこの門とレンガ塀は貴重な遺構。

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育徳園の池(三四郎池)@東京大学

2016年12月02日 19時10分34秒 | 庭園
育徳園の池(三四郎池)@東京大学




第13回千本桜ミーティング(10月8日開催)の講話は東京大学埋蔵文化財調査室助手の原祐一先生が「水戸藩駒込邸(中屋敷)の景観と水戸の景観」について実際に観察された話なので“なるほど”と納得する点が多かった。

原先生の主宰する史跡見学会「加賀藩・富山藩コース」が10月15日(土)に開催されることを知って参加することに。



集合時間は10:00に東京大学本郷キャンパスの赤門前。
赤門は東大の別称と云えるが、加賀前田藩・前田斉泰の正室として十一代将軍徳川家斉の二十一女の溶姫を正室として迎える為に立てられた。



参加者は約20名。
1時頃に散会の予定だが、都合によっては途中に退出も可能だとのこと。



名所の銀杏並木、この時点ではまだ青かった。
黄葉の頃は素晴らしい事でしょう。



育徳園の池(三四郎池)は掘り上げて池を造成したので、その土を利用して築山を造り、見晴らし台から眺める様になっている。



御傘亭。
石製の大きな机と椅子が。置かれている。
建設時は池を見渡し、その先まで見えたらしいが、現在は樹木が繁殖し過ぎて見えない。
現在は原さんを含めた検討会が組織され、創建時の姿に戻すと同時に安全性を確保しながら眺望景観・歴史景観を顕在化しようと調査と工事が進行中。

倒木の整理や後に生えた樹木の伐採・剪定工事などが始まった。



ここからの眺めが一般的だが、ここの大きな石はもう少し水の中に浮いて見えるのが当初の姿で、現在は水位が下がってしまった。
改修に際しては湧水を増やすか、ポンプによる流量を多くすることが必要らしい、現在の水は滞留しているせいか、透明度が失われている。



この奥の、東の空から登る月が見所なのだが、樹木に覆われてしまって見えない。原さんの話によれば、日本の庭園は月の動きと、湖畔に移る姿が重要で方向や角度が計算されているとのことだ。

夜間の足元の照明が必要で大切になる。



南の奥から眺めると小さな石橋。
この辺りはカキツバタを植え、八橋のように見せた場所とか。
今は泥がかなり堆積してしまった。

何年後の完成かは分からないが、竣工した際には現在とは大幅に異なる景観になりそうだ。



この後、懐徳館庭園~富山藩神屋敷跡~双ヶ岡~不忍池~富山藩中屋敷跡~鷗外邸跡~平櫛田中邸などを訪ねた見取り図。

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片口直樹 絵画・映像展- 贈りもの -@ギャラリーしえる

2016年11月30日 22時39分44秒 | 美術展
片口直樹 絵画・映像展- 贈りもの -@ギャラリーしえる
   11月22日~12月4日  




      

油彩で描かれているのは




落ちた椿の花、



落ちて無残に散れた花、



蠟梅の蕾?



何やらの実、

写真の様に見える細密描写ではあるが、リアルではない。
フォーカスがボケ、盛りを過ぎた花や実であるが、典雅な美しさ。
僕の好きな椿が多いのも嬉しい。

画廊主の話によれば、タイトルの「 贈りもの 」は天から与えられた命。
と云う話を作家から聞いたとか。

空蝉を描いたモノもあった。
まさに、命の象徴だ。
この写真撮っておけば良かった。




別室のビデオ作品は






天心邸旧居で9月4日~10月30日に開催された、片口直樹×横田将士「時の回廊展」のビデオ映像、参考までにと云う体裁の展示。

画家と映像作家がコラボし、天心邸を舞台に時代や場所を越えた「時の回廊」を創出させたインスタレーション。
この時は部屋の障子などに投影した。

今回はオリジナル作品に五浦の海の音や子供の声など音声が加えられた。

手元に置いておきたい作品が幾つもあった。

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人気急上昇シンガー”石崎ひゅーい”

2016年11月30日 18時34分47秒 | イベント
人気急上昇シンガー”石崎ひゅーい”



高校の同窓会のFBに、
●『自分はいまこの「こまつ座」というところで制作を務めております。
水戸芸術館のオープンからBunkamura 、英国に逃亡して再び水戸芸術館。
そして長野 まつもと市民芸術館のオープン…で、新国立劇場演劇研修所を経ての、こまつ座。』(59 長山泰久)と云う書き込みがあった。
ユニークな方らしいので友達申請をした。

FBフレンドになって間もなく。
先日『水戸芸術館で、長山がやってきたワークショップ「コゲキ」の、最初のメンバー。芝居の後、しばらく楽屋から出てこられず、出てきたと思ったらバラシ中の舞台を見てはらはら泣いていた中学生の“ひゅーい”。
こんなに大きくなって!といつも思って追っている。』

続いて、昨日『“石崎ひゅーい”明日、日本テレビ系情報番組「スッキリ!!」に石崎ひゅーいが生出演します!9:30頃からの出演予定です。生歌披露します!ぜひ、ご覧ください!』

今朝(11月30日)9:30にTVを:



本人登場の前に



クリエイティブディレクターの箭内 道彦



俳優の菅田 将暉


俳優のムロツヨシ

など売れっ子が登場し“石崎ひゅーい”の才能・能力・魅力を話す。



歌も声も。
昨年は俳優としてもデビューしたと云う事で。
マルチな才能を評価されたり。

12月7日にニューアルバム「アタラズモトオカラズ」の発売を控えている石崎。
アルバムに収録される「お前は恋をしたことがあるか」を披露した。

この辺の魅力について良く判らないが、時代の先端をゆく人たちのお褒めの言葉だから、期待が出来る歌手であり俳優なのだろう。

本人の才能が第一にしても、水戸芸術館が開館して25年以上経過し、存在や活動が大きな影響与えていることを感じる。

フレーフレー!石崎ひゅーい!

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「狂演」スガダイロー×山下洋輔 @水戸芸術館

2016年11月30日 00時02分09秒 | 水戸芸術館
「狂演」スガダイロー×山下洋輔 @水戸芸術館
11月26日18:30~





レコードを流すジャズ喫茶に通い詰めた時代もあったが、特に好みのプレーヤーがいると言う訳でもなし、酒を飲みながらのジャズをBGMとして聴くのが楽しいという程度のジャズファンだ。
今では古典とも言える「モダンジャズ」と称された域から抜け出ていない。
しかし、広場や店頭で催事として開催のライブコンサート等はそこそこ顔を出す。

75歳を迎えるので保守的になってしまったにせよ、好奇心は衰えづ、未知なるものを体験したいとの気持ちはある。

水戸藝術館のコンサートホールはクラッシック音楽が専門と思われているが、時には、ジャズのコンサート等も開催される。
「友の会」に入会していると、パンフレットが送られてくる。
年末から年始にかけて、フリージャズピアニスト・スガダイローによる三部作が開催されることになり、その第一弾が師匠・山下洋輔との「狂演」篇。
とのパンフレットに興味を抱き出かけた。

スガダイローは1974年生まれ。
クラシックピアノ習っていたが、中学生の時モダン・ジャズ・カルテットを率いたピアニスト、ジョン・ルイスと日本ジャズ界の最高峰の山下洋輔を聴いて大きな影響を受け、大学で生物学を学んでいたのに中退し、山下さんが教授を務めることになった洗足学園短期大学(当時)ジャズコースに一期生として入学した。

この日も演奏前にその件に触れていたが、ピアノ界の巨匠は若き自分の弟子に全面的な信頼を寄せ、この3回シリーズの第1回の師弟対決を喜んでいた。

水戸芸術館のFBにより知ったセットリストによれば。
《前半は》もみじ・遠くへ行きたい・シャボン玉・仙波山。
良く知っているメロディーが時々のぞかせるが、ジャズと言うより穏やかな現代音楽を聴いているような感じだった。
ジャズの多面性、どんな素材もジャズになる。

休憩後の《後半は》「序破急」というテーマでの即興。
前半とは打って変わって「競演」ならぬ「狂演」







(写真は水戸芸のFBより・撮影は長谷川健太郎)

残像が残るほどのスピードで鍵盤を叩き、ピアノが揺れるほどの勢いで鍵盤を押し込む。ペダルと床を踏み鳴らすというより蹴っ飛ばす。
踊る宗教にも似た狂気と陶酔。
互いへ投げかける強烈な個性のぶつかり合い。
正に「格闘技」のような凄さで、会場は圧倒された。
《アンコールは》山下洋輔の代表曲「キアズマ」
「凄い」と云うしかない。



第2弾は「秘境/魔境」2017年1月28日(月)
スガダイロー×田中泯、近藤岳、有馬純寿

スガダイロー(ピアノ)・ 田中泯(ダンス)・ 近藤 岳(パイプオルガン)・ 有馬純寿(エレクトロニクス)による異種格闘技の公演。

第1部「秘境」 エントランスホール/第2部「魔境」 ACM劇場
これまた目撃の必要がありそうだ。
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石岡のレトロな街中を散策

2016年11月28日 19時44分41秒 | 街創り
石岡のレトロな街中を散策





百里基地の航空祭を見学し、日常の暮らしではあまり関心を持たない防衛のことなどについて考える機会を得た。

おおよその展示を見たし、目的のブルーインパルスの曲芸的な飛行見ることが出来たので早めに退散することに。
基地内のバス乗り場から石岡駅行きのシャトルバスが運行されている。
午後2時発に乗ったが、混雑を避けて大回りなのか石岡駅まで1時間を要した。

645年、大化の改新によって国府が置かれて以来、石岡は常陸國の中心として栄えた。国府跡、国分寺跡、国分尼寺跡などもある。
常陸國総社宮も在り、秋の例大祭は盛大だ。

昭和4年に石岡を襲った大火以前、或いは大火後の建築が多く残されているのを見るのは、石岡散策の楽しみ。



すがや化粧品店。



栗山呉服店。
この路地は石畳。かってはこの辺りが賑わったとか。



きそば東京庵、
以前の訪問時に蕎麦を食べた。
十七屋履物店・久松商店・福島屋砂糖店と3軒並んでいる。



大火後の看板建築の先駆け。
現在でも下駄や草履を商っている。



丁子屋は大火を免れた江戸時代末期の商家建築で、かっては染物屋。
現在は観光施設「まち蔵藍」





奥の部屋は喫茶室、コーヒーを戴く。






ケーキとパンの店「シャンティ洋菓子店」の若主人。
先代は「近清」という菓子問屋だったとか。
街の衰退に歯止めをと数年前に「シャンティ洋菓子店」を創業。
石岡の歴史を熱く語ってくれた。



今は無き「高喜」石岡一番の小売商の記念誌を見せてくれた。
親戚筋らしい。

石岡の中心街の衰退は水戸より激しいが、
水戸の未来の姿かもしれない。
しかし、「シャンティ洋菓子店」の主人のような存在がある限り存続するだろう。

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SOUL IN MOTION @戸市宮町3-2-11 水晶ビル 2F

2016年11月27日 22時46分30秒 | バー
SOUL IN MOTION @戸市宮町3-2-11 水晶ビル 2F






Soul Barと云う事らしいが結構ジャズも流す。




レコードコレクションは半端じゃない。



マスターの「Takura」のキャラクターも最高!


オーデオのセットも最高だ、

かなりの部分が自作。



今年で創業・開店19周年。





20周年を迎える来年は南町に移転するらしい、



健闘を祈る!
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百里基地航空祭2016@茨城県小美玉市

2016年11月27日 17時13分23秒 | イベント
百里基地航空祭2016@茨城県小美玉市





2010年に茨城空港が開港したが、航空自衛隊百里基地との共用で、基本的には百里基地の管轄だ。
空港見学や国内線利用の際に基地の姿を遠望するだけ、1度は基地内を見たいと思っていた。

年に1度開催される「百里基地航空祭」
Kさんが申し込んでくれたおかげで11月26日(土)に願いが叶った。







航空祭の目玉と云えるのが「ブルーインパルス」6機によるアクロバット編隊飛行だが、それ以上に百里基地の存在意義、職務内容など学ぶことが多かった。
航空祭の開催は「地域住民に理解を深めてもらいたい」が目的とすれば、大いに役立ったと云えるが、多くの参加者により知らしめる資料や展示方法も必要と感じた。



百里基地は関東で唯一のF-4・F-15などを有する飛行隊・戦闘航空団が所在する「首都防空の要」ともいわれる。



航空自衛隊唯一のU-125による偵察航空隊が所在。





地震や水害の際に大活躍するU-125、UH-60Jによる救難活動。
地上展示と救難活動のデモンストレーション。



迎撃ミサイル。迎撃機関銃・機関砲など。

移動管制隊・百里気象隊を有する。航空警務隊・情報保全隊。
多方面にわたる活動がなされているように感じた。

隊員総数がどの程度か分からないが2000~3000人が駐在しているようである。
ざっと見た感じだが、隊員の福利や厚生などの設備が整っているような感じはしなかった。多くの問題を抱え、設備や装備など巨額の費用が掛かるのは分からないでが、日夜・国防に携わる隊員の待遇などに関してはより充実すべきのように思えた。
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楞厳寺(りょうごんじ)@笠間市片庭775

2016年11月26日 22時25分36秒 | 文化遺産
楞厳寺(りょうごんじ)@笠間市片庭775




笠間から益子に向かう国道沿いの仏頂山・楞厳寺はヒメハルゼミの生息地(太平洋側の分布北限)として国指定天然記念物に指定されていることもあり、知名度の高いお寺さんだ。
創建は不詳だが、律宗の寺院として宋(中国)の千岩が開山したと伝えられる。
鎌倉時代、当地の領主・笠間家初代時朝が建長寺(神奈川県鎌倉市)の住職大拙和尚を招いて中興開山し歴代笠間家の菩提寺とした。



楞厳寺山門(国指定重要文化財)
室町時代中期に建てられた四脚門。
畑の中にポツンと違和感を覚えるが、当初はこの周辺に堂宇が建ち並んでいたらしい。現在の本堂辺りは奥の院であった。



山門から800m位、細い道を登ると本堂に至る階段。
苔むしていい雰囲気です。



観音堂 宝永年間(1704-1710建立)
新本堂(1965年)建立までは本堂として使用されていた。
奥に見えるのが新本堂。



太子堂。後に見えるのが収蔵庫。



収蔵庫。



木造千手観音立像。(国指定重要文化財)
桧材の寄木造、像高208cm-建長4年-笠間時朝の発願による造像。

木造不動明王立像・毘沙門天立像も収蔵庫に安置。

木彫の飛天の残欠も素晴らしい。

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