「西の谷緑地公園」を美しく!

「公園都市水戸」の街造りを考える人達と協働したいと思っています。

EATABLE CITY 水戸@泉町会館

2017年02月19日 15時58分45秒 | イベント
EATABLE CITY 水戸@泉町会館






2月18日(土)11時半~14時迄泉町会館「月イチ310食堂」が開かれたが、
14時からは2階で、水戸芸術館が3月11日から開催する「藤森照信展―自然を生かした建築と路上観察」展に向けたワークショップが開催された。




食堂に集まった規格外の野菜たちを素材に、建築家の藤森照信先生と一緒に未来の都市プラン「EATABLECITY水戸」を自由に創り上げるワークショップ。



未来の都市プラン「EATABLECITY水戸」に至る説明。

1946年生まれの藤森先生は『当時の“未来都市”とは現代科学の粋を凝らした、超高層ビルが立ち並び高速道路・鉄道が走る夢の都市だった。建築を学び始めた頃、疑問を呈したのは1961年にイギリスで結成された前衛建築家グループ「アーキグラム」。実際の建築より、紙の上のドローイングのほうがよりアイデアを鮮明に表現できる。極端な例は「インスタント都市」想像力で一瞬の間に街を出現させることも出来る。
藤森先生は野菜は人間に一番近い植物と考えた。
何故なら選別を繰り返しながら『人間と自然の接点』となった。
水田・茶畑・果樹園など農産物を作る畑はどれも美しい。



そこで「タマネギ、」のような小学校、「バナナ」の様なホール等を考えた。

そんなアイデアに共感したのが近江八幡のお菓子商「たねや」。
依頼に応えて、野菜などが植えられた庭や植物が植えられた屋根。

自然と共生した庭や建物が出来た。







(写真は「たねや」グループのHPから)

●結果は「ラ ・コリーナ近江八幡」の屋根に植物を植えコメや野菜を作り、それらを素材にお菓子を作る「農は藝術「を実践した施設として話題を呼んだ。僕は昨年に近江八幡と彦根に2度旅したが売店(と言っても素晴らしい店だった)には行ったが「ラ ・コリーナ」には行けず。




藤森先生も参加者と一緒に制作。

僕は次の予定があったので、説明を聞いただけで退席したが、参加者の皆様は建造物の様なものを作られ、鑑賞した後に食べられたらしい。




●佐藤 誠二さんのFBに掲載された藤森先生の「乾燥芋」による作品と感想。
「みなさんが作った作品は写真展示されるそうです。作品と余った皮やくず野菜も残らず料理されてみなさんで一緒に美味しくいただきました。上のような時間が素敵だと思います。」


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ブラタモリ#61水戸編、其の参

2017年02月17日 15時30分46秒 | 街創り
ブラタモリ#61水戸編、其の参



笠原水道に使用された石の産地を探してやってきたのは、備前町先の崖下。
線路沿いに多数の洞穴が在る。



常磐線の「スーパー・ひたち」が通過。


この洞穴こそが、岩樋の採石場。
通常は入れないが、特別の許可を得て内部に。


●この洞穴は古代人の住居跡・水戸城に通じる隠し通路とか言われるが、笠原水道の採石跡で、僕が子供の頃は自由に出入りできた。
太平洋戦争の後、乞食の住居として使用されたことが有り、入り口をコンクリートで塞いだ所もある。
*このどれかに「ヒカリモ」が生息している。
ヒカリモ(光藻)は、日本各地の水のきれいな洞窟や池に生息する藻類で、暗所で光を反射させることで黄金色に光って見える。



江戸時代に採掘したノミの跡が今も残っている。






石は「凝灰質泥岩=火山灰を含む海底の泥が固まったもの)」。
軽くて運びやすく湿地帯に沈下しない、とても都合が良い石だった。
「あるものを有効活用」が水戸藩の信条。



水戸の町を支える岩盤なので、崩れないよう間口は狭いが奥行きが30m位。



工事の再現アニメ。

●軽い石で剥がれやすく加工がしやすく。1人が持ち運びできる大きさで30キロ位に切り出す。置いても沈み込まず耐水性もある。採掘現場から工事現場まで目と鼻の先位の距離。近場でこの様な石を見つけられたのか?
山師(鉱山学に詳しい人物}が差配詩tのだろう。との見解を水戸マニアの会「笠原水道・龍の道ウォーキング」で西原昇治さんから聞いた。(西原さんはブラタモのアドバイザーとして番組に名前も載っている)
更に、工区も分けて同時進行したので1年と云う短期間で完成したのであろうとも話された。西原さんは「水と地質」の専門家で、理論でなく現場で得た観測データと作業に裏付けられた見方は的確だ。




第9代藩主徳川斉昭が天保12年(1841)創設した。
日本最大規模の藩校「弘道館」に。


『梅まつりの四日間しか表門は開くことはないが、今回は特別に開扉、』と説明されていたが。

●僕が水戸二中に通学していた頃は常時開かれていたし、弘道館の濡れ縁で昼寝も出来たのだ。







弘道館の展示室に「大日本史」を見る。
徳川光圀が編纂を始めた歴史書で、初代から100代までの天皇の治世を記した402巻。
編纂には250年の月日が掛かり明治まで続いた。




資料集めに藩士の彰考館職員が全国に出向いたのが、光圀の「黄門様の全国行脚」になったのであろう。

全国の藩校の教科書にも採用された。



弘道館正庁には徳川斉昭の「弘道館記」の拓本。
光圀の業績を讃へ、その結果として弘道館を設立した。との意。




徳川斉昭(烈公)が弘道館を設立と同時期の天保13(1842)年に開設した偕楽園の表門に。

●現在は東門から入る人たちが多いが、東門は1874年に園の一部に常磐神社が創建されてからの通用門。




門を入って竹林・杉林の「陰」の世界を抜けて好文亭に至り、南面する梅林の「陽」の世界を観るのが正しい方法。と云うように案内人は話された。

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「みと・まち・情報館」@水戸市南町

2017年02月16日 22時29分54秒 | 街創り
「みと・まち・情報館」@水戸市南町





レストラン「よこかわ」で毎月16日に仲間が集う昼食会がある。
今日は偶々早く家を出たので12時の定刻には30分位早めだ。



以前から気になっていた「みと・まち・情報館」に入ってみることに。


茨城新聞のほか、福島民報、福島民友、下野、上毛の4紙が置かれ自由に読むことが出来る。



セルフだがお茶も飲めるのだ。



情報掲示板もある。






「水戸ご当地アイドル(仮)」の写真展・振袖姿146点が開催されていた。




携帯による情報が溢れているが、新聞を読み、各種のイベントのチラシを見るのはより具体的。

街中に出て多くの人に接することは楽しくも有り有意義なこと。

対応してくれた方がとても感じの良い方だった。
これからも南町を通った時は必ず立ち寄ろうと決めた。
有り難う御座いました。
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ブラタモリ#61水戸編、其の弐

2017年02月16日 16時25分53秒 | 文化遺産
ブラタモリ#61水戸編、其の弐



水戸藩は江戸と国元の水戸の両方に本拠地を構えたので藩の財政は厳しく、「あるものを活用する」倹約の精神で城下の整備にあたった。

城下町なのに石垣も無ければ天守閣も無い珍しい城下町。
城下を拡張するのも自然の地形を利用した。



南町広場から案内人の小野寺淳さん(茨城大学教授・歴史地理学)が加わる。

小野寺さんは江戸時代の地図を研究している。

水戸城は、北に「那珂川」南に「千波湖」に挟まれた台地の上に形成された。



城下町を拡大するために新たな濠を作ることに。
この図の④と⑤



佐竹時代の西の端がこの辺りで、南北に貫く太田街道が境界。


紀州堀・今は「梅香トンネル」につながっている。(南町から千波湖方面)
この、向って左側が濠の跡、



南側から北側の濠の跡を眺めると、(2・16.高橋が撮影)
埋め立てられたが、今でも数メートルの高低差がある)

旧鉄砲町の通り、現在の「五軒市民センター」前の通りに作られた濠なのだが、(今では痕跡もない。)



その延長に気象台横の崖に連なる。
「あるものは利用する」の精神。

●⑤のルートについて、番組では触れていないが現在の「西の谷」。
金魚坂を経由し、栄町~八幡宮に至る経路。



城の東側の湿地帯を埋め立て拡大することに。



湿地は飲料水の確保が難しく、新たな水源を探すことに。



選ばれたのが「笠原の湧水」を使用した水道。(末尾に笠原水道の解説付けました)




案内人の 安藤寿男さん(茨城大学 地質学・古生物学教授)。



湧水は、透水層と不透水層地層の間から流れ出る。

●この地層の話と笠原水道に関しては水戸マニアの会が主催する「笠原水道・龍の道ウォーキング」が1月22日(日)に開催され、水の専門家の西原昇治さんと、茨大の天野先生の話を聞きながら実地踏破をしたので理解が深まっていたので納得。








湿地帯を崖線沿いに暗渠の岩樋を使用して通水したが、そこには逆転の発想が。
水を漏らさずではなく、隙間を利用して湧水を取り込みながら流量を増やし通水する、これまた今回のテーマに沿った考えの実践例。




●笠原水道

2代藩主徳川光圀は藩主就任直後の寛文2年(1663)町奉行望月恒隆に下市の水不足に対処するための水道設置を命じた。
調査に当たった平賀保秀は笠原を水源地に選び、工事は永田勘衛門が担当した。笠原から逆川に沿い藤柄町まで岩樋を用いた暗渠を作り、備前堀を銅樋で渡して市街に入り、細谷まで全長約10kmの水道が翌年完成する。

以後、街の人達の共同管理により運営され、昭和7年、那珂川を水源とする、水戸市近代水道の完成によって、笠原水道は幕を閉じた。

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ブラタモリ#61水戸編、其の壱

2017年02月15日 15時09分07秒 | 文化遺産
ブラタモリ#61水戸編、其の壱



昨年末、「タモリを南町で見かけた」「常磐線の線路脇の洞穴に居る」などの情報があり、現場に駆けつけたが一足遅く、ロケ終了で間に合わず。
何処をどの様に取材したのかの放送を楽しみにしていた。
ついに、水戸編が1月28日(土)午後7時30分~8時15分に放送された。




水戸駅前の黄門像の前に降り立ったタモリさん。
「水戸黄門は なぜ人気があるのか?」が今回のテーマ。

案内役は関口慶久さん(水戸市教育委員会歴史文化財課)


「実は生きている頃も大変人気だったんです」と関口さん。



亡くなった時に詠まれた狂歌『天か下 ふうたつの宝つきはてぬ 佐渡の金山 水戸の黄門』を紹介。





徳川御三家の「水戸徳川家」はどんな藩だったのか?





良く分かる場所へご案内と水戸城跡にむかう。





堀には水郡線の線路が走る。




番組では紹介されなかったが、この土塁の延長右端に明治時代初期まで隅櫓が建っていた。



本丸跡は茨城県立水戸第一高等学校。



タモリさんの大学時代のバンド仲間が下館出身で水戸一高の卒業生だった。
●私の母校でもあるから嬉しい。



本城橋を渡って校内に、随分贅沢な場所だな~。
本丸跡の全てが敷地。




佐竹時代唯一の遺構「藥医門」が校庭に。
水戸は佐竹氏の支配だったが、関が原で態度を明確にしなかったので秋田に移封され水戸藩が誕生。
(この門は僕の在学時代は他所に在って、その後、現在地に再建された)


初代水戸藩主・徳川順房(1603-1661)時代から支出が収入の倍以上という赤字財政なのは何故?








水戸と江戸の両方の屋敷の運営費。



江戸の方が多いのは御三家の大名としての体裁を保つためでもあり、国元にかける経費までは回らなかったのが実情だろう。

●水戸家のみ参勤交代のない定府(常時・江戸詰め)制で参勤交代の費用が掛からないいと思っていたが、江戸と水戸に家臣を配置するのは、経費がかさむ仕組みだった。
大日本史作成の費用が膨大で苦しいと信じていたから、意外な事実に驚いた。



財政難の水戸藩は「あるものを最大限に活用する」ことで乗り切った。
質実剛健の気風と云えば聞こえがいいが、倹約第一の質素な暮らし。

●赤字財政もなんのその、大型プロジェクト目白押しの現在の市政運営、先人に大いに学ぶべきことだろう。

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「水戸桜川千本桜プロジェクト」第14回ミーティング

2017年02月14日 21時24分42秒 | 街創り
「水戸桜川千本桜プロジェクト」第14回ミーティング



水戸市内を流れる「桜川」は水戸藩2代藩主・徳川光圀公が1696(元禄9)年に、桜の名所・桜川から現在の見川町から河和田町の一帯を流れる「箕川」にヤマザクラ数百本を移植し、川の名前を「佐久良川」と改めたのが起源。

この光圀公ゆかりの地にヤマザクラを中心とした樹木を植樹し、歴史に基づいた景観を再現しようと「水戸桜川千本桜プロジェクト」が2012年10月に誕生した。
5年を経過するが、代表の稲葉寿郎さんを中心として50名位が苗の育成と植樹、県内外の見学ツアー、桜川のポタリング、など多彩な活動を広げている。

第14回目のミーティングが2月4日(土)14:00~16:30まで茨城県生涯学習センターで開催された。

稲葉代表より活動報告・活動予定・ツアーイベント計画などについて発表があった。
4月開催の「京都・吉野」は催行決定、既に定員に達して募集は締切。
同じく、4月開催の「県北一本桜周遊」「桜川高峯ツアー」の予定など。



水と地層の専門家:西原昇治氏の講演。
「桜川から水戸を辿る」~水戸の台地を流れる小川のふしぎ~
と題し自然観察の重要性・源流から海までの流れ・桜川の水の流れ、など人間にとって一番大事な「水」にまつわる話の数々。

『水に王道なし・答えは現場にある』

永い間の経験に裏付けられた「水と地層」の話は説得力があった。

露出した岩盤が川底となった「膳棚」
桜川で一番の景勝地かもしれないのに、現状はゴミの山。
ゴミを撤去しただけでも景観は変る。
早急な対策が必要。


千波湖浄化にも話は及んだが、簡単に進む方策があっても水利組合など、既得の権益により簡単には行かぬが現状。
「霞ヶ浦導水」事業は摂理逆らった計画のごり押し、の感が在るが、これまた、利権が絡んでいるのだろう。

先日の「マニアの会・笠原水道」でも講師をつとめられ、散策しながら説明を受けたので、理解は深まったが専門的な分野もあり、これからの課題。



講演終了後、稲葉代表から歴史小話「水戸藩の法華信仰と桜」について。
千波湖・緑岡・七面山(後の偕楽園敷地)などと日蓮宗。





ミーティングの終了後はNHK水戸放送局の隣の「夢屋」で懇親会。

あんこう鍋を始め、料理の数々。



料理の写真は木村 理恵さんのブログから『みんなで美味しいものを食べ、飲み、熱く熱く語る。』

桜の季節に向かって「水戸桜川千本桜プロジェクト」は準備完了。

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旧黒羽根町界隈@水戸市

2017年02月13日 19時58分16秒 | 街創り
旧黒羽根町界隈



旧黒羽根町界隈の話をアップしたら、
●昭和から平成の時代毎日のように足を運んだ場、深夜タクシーは消えましたがなじみのお店は次世代に引き継がれていますね。(西原 昇治さん)
●懐かしい!黒羽根町!小1~3年迄、千波南台から五軒小迄の通学路でした。(嘉成貴美子さん)
●あ・これ全部行った事あります。長兵衛だったか、五一小屋だったか?北海道から毛蟹等が入った時に、よくよばれました。(河﨑昌義さん)
●南町 私の過ごした青春時代、思い出が一杯です。大好きだったお店は、28年前に閉店しましたが、私の心に今も深く刻みこまれています。(斉藤 早苗さん)
● 私の実家があったあたり…
今は、ほんとにどうしてしまったの?というくらい淋しい(房前孝江さん)
●「ベストベッツ」と「ブルドック」は高校時代の思い出の場所です。(眞壁 純郎さん)
●「さかなの圓坐」 行こうとしていつも満席で入れないお店です。是非御伴させてください。(稲葉 寿郎さん)
●ミナミはまだ行ってません。先の定食屋は行きました(原 祐一さん)

多くの方のコメントを戴きましたので、写真を撮ってきました。




「ミナミ食堂」ラーメン・タンメン・海苔巻・稲荷ずし、など。



「もっきりや」地魚と焼鳥、老舗の居酒屋です。以前は近くで「ボルガ」と云う洋風の店でした。清水さんご夫妻でなさっている家庭的な雰囲気です。



歴史的な大衆食堂「富士食堂」。
この辺りで一番の古株と思います。



店頭のサンプル。
暫く行きませんが、今でも「食券」を買うシステムかもしれません。



隣の旧「松屋食堂」その後貸しビルになり1階は「ビュートリアム」
3階に「ライブハウス・ペーパームーン」



たしか、東映作品の映画館でこの辺りの中心。
その後「ゲームセンター」になるも、取り壊されて現在は駐車場。




表通りに戻って「八百徳本店」



この季節は名物の「あんこうの供酢」



和菓子の老舗「木村屋本店」
銘菓「水戸の梅」は絶品、水戸土産に最適。









「サントピア」は解体されて更地に、どの様に使われるのでしょうか?




「五一小屋」
斉藤さん没後は、息子さんの友人たちの協働経営「ニュー五一小屋」となった。日替わりの肴で各種の「稲里」を味わえます。




焼鳥「長兵衛」もつ焼き・もつ煮込み。
会社帰りの仲間で、いつもに賑わっています。




味の老舗「茶の間」
女将さんの絶妙な対応で店内は何時も笑顔にあふれています。
二代目・三代目の本格的な和・洋の料理を味わえます。

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さかなの圓坐@水戸市南町2丁目4-24

2017年02月13日 00時12分38秒 | 居酒屋
さかなの圓坐@水戸市南町2丁目4-24





旧黒羽根町のエリアだが若干異なって裏南町。
「カメソー」があった時代は大賑わいで「抗木ビルの1階2階にはお洒落なb店が在った。死んでしまったが清水君がやっていた「ベストベッツ「は最たる店だった。

その後、期待に反し停滞しているが、頑張っている店もある。


大洗・那珂湊であがる地魚を肴に地酒が飲める「さかなの圓坐」





今晩は一品の燗酒と、太刀魚の刺身。

行けば、誰かが居るが今日は誰もいない。
年度末を迎え皆さん忙しいのだろう。

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旧黒羽町通り@水戸市南町・宮町

2017年02月12日 19時46分48秒 | 街創り
旧黒羽町通り@水戸市南町・宮町





(くろばね商店会HPより)

水戸市南町のスクランブル交差点から水戸協同病院方面に入った旧黒羽根町通りは、以前は映画館が在って、その周辺には「富士食堂」「まつや食堂」「羽田食堂」が軒を連ね、八百屋・果物や・鶏肉や・畳屋・ビリヤード・麻雀クラブなど並ぶ商店街だった。

それから半世紀、とは言わずとも数十年。
水戸市内の商店街が殆ど消滅してしまったが、この通り一帯が残っているのは嬉しい限りだ。
小さな商店街でまとまりやすく、町内の顔役的な有力者が居なかったことにもよるかもしれない。
千波方面への通過路が紀州堀にトンネルが出来て通過車両が減少したのを機に、「くろばね商店会」が2000年に設立され「くろばね朝市」などの活動を継続してきたことによる。

旧サントピアの裏側は裏路地の雰囲気が残されている飲食街。
「茶の間」「長兵衛」「五一小屋」等の老舗の居酒屋や料理が並ぶ。
仲間との飲み会に最適。

2006年に着工した、電線地中化・歩道と車道も整備されて景観も整った。
協同病院への来訪者も多く、コンビニ、食料品店、クリーニング店、生花店、ファッションショップ、カルチャー教室、ライブハウス、法律事務所、薬局、歯科医院など様々な業種が建ち並び、賑わっているのは他の商店街の模範といえる。

この日は次の3店を、



コミュニティ・ルーム「花留談(かるだん) 」は待ち合わせ・打ち合わせに最適。
飲み物・食べ物の持ち込み自由。





スペイン料理「マルカドール」のワインと「マッシュルームのアヒージョ」
オリーブオイルとニンニク大好きにとってはたまらない。



SoulBar 「Soul In Motion」の小鹿 拓良さん。
創業19年、20周年を目前に3月には近所に移転。
この場所での営業も残り僅か。
新店舗の店名は「Soul Bar & Cafe Cosmic Cafe」

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いばらきサッカーフェスティバル@ケーズデンキスタジアム水戸

2017年02月11日 22時21分21秒 | 水戸ホーリーホック
いばらきサッカーフェスティバル@ケーズデンキスタジアム水戸
2月11日 14:00キックオフ




Jリーグプレシーズンマッチ「いばらきサッカーフェスティバル」
水戸ホーリーホック×鹿島アントラーズが2月11日ケーズデンキスタジアム水戸で開催された。



J1チャンピオンの鹿島アントラーズ。
プレシーズンマッチではあるがサポーターの層は厚く、スタジアムの半分以上を占めた。
鹿島のサポーターで水戸も、という人たちも多い。
この日は鹿島に陣取ったのでしょう。



水戸ホーリーホックのサポーターも気合が入っている。

好ゲームを期待したが、水戸はクリアミスが重なって3失点。
チャンスもあったが無得点で完敗。
一瞬の空きを狙って決めるのがやはり王者。

入場者数は8,837人、半数は鹿島サポのようなので水戸は4500位か。
冷たい北風が吹き寒い日ではあったが、晴天の土曜日。
もう少し入って欲しい気がした。



2017年の日程表が発表になった。
開幕戦は2月26日(土)湘南ベルマーレを迎えてのホームゲーム。

開幕まで2週間、問題点を修正し勝ち点3を得ての好発進を期待。




ホームもアウェーもスタジアムで、と考えているので3月18日の名古屋グランパス戦は「青春18切符」を利用して応援に行こうと計画中。

① 2/26(日)14:00 水戸 - 湘南 ケーズデンキスタジアム水戸
② 3/4(土)14:00  水戸 - 金沢 ケーズデンキスタジアム水戸
③ 3/11(土)15:00  東京V - 水戸 味の素スタジアム
④ 3/18(土)14:00  名古屋 - 水戸 パロマ瑞穂スタジアム
⑤ 3/25(土)14:00  水戸 - 愛媛 ケーズデンキスタジアム水戸
⑥ 4/1(土)13:00  水戸 - 山口 ケーズデンキスタジアム水戸
⑦ 4/8(土)14:00 7 岐阜 - 水戸 岐阜メモリアルセンター長良川競技場
⑧ 4/15(土)15:00 8 群馬 - 水戸 正田醤油スタジアム群馬
⑨ 4/22(土)13:00 9 水戸 - 福岡 ケーズデンキスタジアム水戸
⑩ 4/29(土)14:00 10 水戸 - 町田 ケーズデンキスタジアム水戸
(10節、4月迄を抜き出した。)

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イカㇻカㇻ -アイヌ刺繍の世界-@茨城県立歴史館

2017年02月10日 22時35分24秒 | 博物館
イカㇻカㇻ -アイヌ刺繍の世界-@茨城県立歴史館
2月4日~3月20日








昨日は早朝から雪で15cmくらい積もったが、後に雨と成り、殆どの雪は溶けてしまった。3年前も雪が降ったとか、立春を過ぎて本格的な寒さとなり、時には雪が舞うのもこの辺りの常なこと。
梅の花も咲き初め「水戸の梅祭り」は2月18日(土)から始まる。



「梅祭り」に合わせ、偕楽園の近くの茨城県立歴史館では様々な企画展を催してきた。今年度は「イカラカラ-アイヌ刺繍の世界-」展

北海道の先住民族、アイヌに関して知る機会はとても少ない。
本特別展は,公益財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構と茨城県立歴史館との共催による巡回展でアイヌ文化に触れ、理解する絶好の機会と思う。



水戸藩と北方の関連では、二代藩主の徳川光圀は他藩に先駆け、長さ50mに及ぶ巨船『快風丸』を建造し、3度に渡り派遣して調査と交易をしている。
光圀は「大日本史」における修史事業と共に、蝦夷地に対する重要性の認識していたのは、先見の明があった。
9代藩主の斉昭もまた蝦夷地の調査に藩士を派遣している。

この辺りの事情は知らないことばかり、この機会に何度か足を運んで理解を深めたいと思っている。

「イカㇻカㇻ」はアイヌ語で「刺繍されたもの」の意味と云う。
曲線を用いた文様が特徴だが、作り手独自の感覚で造形されるから似てはいるが同じものはない。



刺繍の施された樹皮や木綿のアットゥシのほか、首飾りや帯、手袋など、18世紀から現代までの服飾を中心に展示されている。



中国服の影響の強い物もある。



現在の常陸太田市出身の木村 謙次(1752年〈宝暦2年〉―1811年〈文化8年〉
は寛政5年水戸藩の内命をうけて蝦夷地沿岸を踏査。10年には下野源助の変名で,近藤重蔵の国後・択捉島探検にしたがった。



現地で蒐集したこの展示品が、現存するアットゥシで最古とされる。

紀州徳川家の蒐集品と云われる魚皮・樹皮繊維・草皮繊維のアットゥシも展示されている。紀州家のコレクションは東博に寄贈され、アイヌ文物の主力を成している。




和人から入ってきた和服の生地を着物や襟、切伏(布を文様にして縫いつけていく)などの色柄あわせたもの等、約40点が展示されている。
この部分が、今回の展示のメインと云える。



マエタレ(前掛け)の各種や手袋、小物入れ。

カンムリと云うか帽子・鉢巻の様なもの



耳飾り、首飾り、腰飾り

伊能忠敬と間宮林蔵の師弟関係。

伊能忠敬(1745~1818) 江戸後期の測量家・地理学者。高橋至時に西洋暦法・測量技術を学び、幕命で蝦夷地をはじめ、全国の沿岸測量に従事。日本最初の実測図「大日本沿海輿地全図」を完成。

間宮林蔵(1780~1844)江戸後期の探検家。現・常陸太田の出身。
伊能忠敬らに測量術を学び、幕命により樺太を調査。さらに海峡を渡って黒竜江下流を探検し、樺太が島であることを確認した。

国宝「伊能忠敬測量図下図」(伊能忠敬記念館),
重要文化財「日本国図(蝦夷)」(東京国立博物館),重要文化財「聖徳太子絵伝」(那珂市上宮寺)など,アイヌの歴史を伝える貴重な絵画資料や歴史資料が紹介されている。

●2014年6月、ホーリーホックの応援に札幌に行った時に北海道大学植物園の「北方民族資料室」や東博の常設展示など僅かな見聞から縄文時代はアイヌ人が多く、原日本人はアイヌでは、と感じているので今回の展覧会は興味深い。

●最近の歴史館の展覧会は予算の面もあるだろうが大規模展が少なく、教育的な常設展示で済ましているように思え、物足りなさを感じていたが巡回展でも良いから見応えある展覧会を開催してほしいと思う。

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つくってみよう!インド料理@水戸市国際交流センター

2017年02月09日 13時28分02秒 | イベント
つくってみよう!インド料理@水戸市国際交流センター




水戸市国際交流センター(水戸市備前町6-59)は国際交流活動を推進する施設として、1998(平成10)年4月に開館し、開設以来20年を経過した。
多目的ホール、会議室、調理室、和室などの貸施設のほか、自由に利用できるロビーや交流サロンを備えている。

私は、ロビーで本や新聞を読み、和室は「ひめくり俳句会」の例会場など有効に使用させて頂いている。
国際交流の集会や講演会、世界の料理の講習会なども開催される。

ブラジル料理・韓国料理など講習会に出席したこともあった。
調理室の調理台が4か所なので参加人数は20名以下、定員15人と云う感じだ。

1月29日(日) 10:00-14:00「つくってみよう!世界の料理・インド編」が開催された。



講師は茨城大学人文学部教授の山田 桂子氏。
インドの近代史が専門で料理研究家ではないが、インド通いを重ねるうちに自宅でインド料理を作るようになったとのこと。
行く度にスパイスや織機を購入し、インド料理を再現し楽しんでいるとのことだ。




調理台には小分けにされた材料が揃っていた。
食材やスパイスを探すのが大仕事だから、これで半分以上は済んでいる。

①チキンティッカ(インド風焼き鳥)、②チキンカレー、③ホウレンソウと厚揚げのカレー、④レモン・ライス、⑤スイートラッシー



5種類のメニューが板書されていた。



鶏肉をぶつ切りして、ヨーグルト・ターメリック・チリパウダーを加えて混ぜて常温で放置。



鍋に油を注ぎ、「クローブ」「シナモン」「カルダモン」を加え、弱火でジクジクと加熱し香りを油に映す。
この3種のスパイスが基本スパイスとのことだ。
《インドの料理は香り・日本料理は旨味》
フランス料理の大家のジャニーも常に「料理は香り」を力説するが納得。



香りが移ったら、薄くスライスした玉ねぎを入れ茶色になるまで炒める。
更に、ニンニク、ショウガ、コリアンダーを加えさっと炒める。トマトと水を加え、漬けこんだ鶏肉も入れて煮込む。塩で味を調えガラムマサラを加えチキンカレーの出来上がり。



チキンティッカ(インド風焼き鳥)
漬けこんだ鶏肉を串刺しにしてロースト。



ホウレン草と厚揚げとうふのカレー。
厚揚げもカレーになるのだ。

もっともかレートは外国人が云う事で、インドの人はカレーとは呼ばないらしい。日本の味噌汁の様なものらしい。
ナン、或いはご飯と一緒に食べるようだ。

レモン・ライス。
堅めに炊いたご飯にクミン、レモンジュース、ターメリックを加え混ぜる。

スイートラッシー。
ヨーグルト、牛乳、砂糖、カルダモンを入れてミキサーで撹拌。

約3時間の調理で5種類が完成。
美味しくいただきました。
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「秘境/魔境」SUGADAIRO PROJECT vol.2

2017年02月08日 17時54分10秒 | 水戸芸術館
「秘境/魔境」SUGADAIRO PROJECT vol.2



出演:スガダイロー、近藤岳、有馬純寿、田中泯
2017年1月28日[土] 開場:18:00/開演:18:30
@水戸芸術館 エントランスホール/ACM劇場


昨年の暮れに取材された「ブラタモリ」水戸編が1月28日の19:30~20:30に放送されることになった同時間帯に水戸芸術館でSUGADAIRO PROJECT vol.2「秘境/魔境」の公演があった。
チケットは購入済みなのでブラタモは録画を予約し、エントランスホールに。



開場時間から間もないのに、ホールの1階・2階にかなりのお客が、

11月26日に開催されスガダイローによる三部作の第1弾:師匠・山下洋輔との「狂演」篇。「超高速で鍵盤を叩き、ペダルと床を踏み鳴らすというより蹴っ飛ばす。お互いが呼応し爆撃を繰り返す。」何だか分からないが「凄い」としか言いようがなかった。

3回シリーズの第2弾。
第一部は「秘境」篇。スガダイローx近藤岳x有馬純寿






現代音楽や即興演奏に卓越し、パイプオルガンが持つ可能性を果敢に切り拓いてきたオルガニスト・近藤岳。



コンピュータを用いた独創的な音響表現で自在に空間を操り、音楽、アート、演劇など幅広い分野で活躍しているエレクトロニクスの有馬純寿。

2階のパイプオルガンの近藤岳、1階にピアノのスガダイローとエレクトロニクスの有馬純寿が一直線に並んだポジションで演奏が始まった。
3人での演奏なのにオーケストラの様に響く。

パイプオルガンは宇宙からの如く反響しスガダイローと呼応する。

エレクトロニクスの有馬純寿。
コンピューターに打ち込んだデータを基に演奏に参加しているのか、或いは全てをコントロールして1つの音に纏めているのか。
知識が無いので、その辺りは全く分からない。

高速の即興演奏がよどみなく湧き出る能力とパワー。
空襲に遭ったような大爆音で、床に座って目をつぶって聴いていた。

休憩のあとは開場をACM劇場に会場を移し
第2部「魔境」編。スガダイローx田中泯




田中 泯 は1945年生まれ。1966年クラッシックバレエ、モダンダンスを学んだ後、1974年から独自のダンス、身体表現を追求するようになる。
ゆるやかで微細な動きで身体の潜在性を掘り起こすパフォーマンスは、ダンスをはるかに越えて、新しい芸術表現として世界的な評価されている。
1985年から今日に至るまで、山村へ移り住み農業を礎とした日常生活をおくることでより深い身体性を追求している。(芸術館HPより)

話には聞いている、田中 泯のダンスが如何なるものか、は今回の楽しみ。
さらに、ピアノとダンスの異種格闘技だ。

操り人形の様な、関節がバラバラの動き。
コマ落としのようにも見える。パントマイムの動きの様にも見える。
緩急が織り交じり、立ったり寝たり、のたうちまわり、動き回る。
死者が甦ったかにも見える。



前半は上着を着ていたが、後半は上着を脱ぎ捨て上半身は裸。
日頃の農作業で鍛えた身体の筋肉は無駄がなく骨まで見えるようだ。

帰りがけに知り合いに会って「わかりました」と声をかけられた。
確かに、何だったろうと思った。

水戸芸術館が出来て四半世紀、未知なるもの出会う機会を数多く得た。
その時は分からなくとも、実物を見聞きした体験は後になって納得することがある。
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57年ぶりの同窓会

2017年02月06日 22時30分12秒 | イベント
57年ぶりの同窓会



昭和35(1960)年の水戸第一高塔学校卒業生で、東京近辺に在住の人達が「35会」と称して、年に何度かゴルフを楽しみ懇親を深め、1月は新年会が恒例とか。Fさんから「おいでよ」との誘いで水戸在住の僕も参加することに。

有楽町駅近くのビルの地下1階の居酒屋が会場であったが、Fさんにお任せなので店名も分からず。

1クラス50名の9組で450人位の卒業生だったが「35会」の会員は50名位。





新年会の参加者は25名位だった。





小学校からの友達もいて知った顔もあったが、卒業後57年を経ち顔や名前を思い出せない方が大半だった。
とは言え、話している内に思い出すことも幾つか。

茨城出身の稀勢の里が大相撲で優勝したこと。




鹿島アントラーズが日本一になったことなどの話題と母校出身の恩田陸さんが直木賞を受賞したこと。

恩田さんは水戸一高の名物行事「歩く会」に題材をとった「夜のピクニック」で「本屋大賞」を受賞したのがブレイクのきっかけ。

「夜のピクニック」は1晩中ただひたすら歩くなかで日常の学校生活で絶対しないような話、クラスメートの男女の話なども出てくる青春小説だ。
現在の生徒の男女比は半々だからこの様な小説も成り立つが、我々の時代は女子が学年で数名のみだから、小説のようなことは起こらなかった。



(高2のクラス時の歩く会、1958年)

修学旅行のない高校で年に1度の歩く会(一晩通しで約60kmを歩くのは、戦前の軍事訓練の名残とも言われる)は一大イベントであったことは間違いない。

上記の話題よりは「身辺の雑談」で盛り上がっていたようだ。
各自が近況報告をしたが、司会者が「病気と孫の話は無しで」とくぎを刺したが、その手の話がしばしばであったのは、お互い耄碌して相手の話を聞こうとしないことによるのだから、自戒すべきことだ。

僕は、「ブラタモリ」の水戸編が1月28日(土)NHKで午后7:30~8:15に放送予定とPRしたが見てくれただろうか。
(再放送は2月15日(火)深夜1時から)
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マキ ヨウイチ -タビノキセキ -@ギャラリー加古

2017年02月05日 16時50分24秒 | 美術展
マキ ヨウイチ -タビノキセキ -@ギャラリー加古
2月3日~2月12日




パリの街角やフランスの風景画を描いて人気のあったマキ ヨウイチ(1951~2011)の「タビノキセキ」と題する個展が「ギャラリー加古」(水戸市河和田1-1545-7)で開催されている。

最後の墨彩画5点のうち3点をシルクスクリーンによる版画(限定25部)として制作した記念の展覧会でもあるらしい。






西の内の和紙に描かれた、フランス南西の世界遺産の街・サンテミリオンの家並みの作品が特に素晴らしい。
作家は6年前に亡くなったが、存命であれば「和紙に墨」の世界がさらに発展を遂げたのでは、と思えた。




「ギャラリー加古」オーナーの菅野政司さんは、元ボンベルタ伊勢甚美術部・画廊担当だった。作家やコレクターに広い人脈を生かして創業したのは2001年11月。5年・10年と継続するのは至難の業。

創業20周年に向け更なる展開を願った。。
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