柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

辛抱

2007-02-20 08:43:08 | Weblog
松坂松坂とうるさいことです。もっとも、こういう過報道を予測した上でのあの高額だったわけですよね。こっちが何も言わずとも向こうから金払って取材に来る。全ては計算ずくのことでしょう。で、気づくのは報道の仕方の偏りです。松坂が登場する、その横にはいつももう少し背の高い日本人がいますが見事に全く無視、カメラに収めようともしない、ただの風景。岡島です。この人もレッドソックス。ああ、そういう扱いね。日本の報道陣なんだからちょっとはコメントとってもいいと思うんですが、これも球団との契約でしょうか。まさにマルムシ。厳しいことです。
 石原都知事、自民党の推薦を蹴ったそうです。自民党都連会長が長男です。自民党とすれば何とか体面をつけたかったのでしょうが、そんなものはいらん!です。選挙上手にかかれば、天下の自民党すら具にされます。まぁスケールの違うこと。東京マラソンに続く矢継ぎ早のパフォーマンス。これじゃぁ誰が出てきても勝てませんわね。
 病気腎移植について日経新聞が社説で噛みついています。調査委員会の発表に全面的に依拠した感情論を叫んでいます。実状を掴みきっていないことは、おそらくこの社説子が言いたかったことなのであろうこのくだりに滲んでいます「万波誠さん。理不尽に腎臓を摘出された患者を、あなたは本当に日々見つめているのですか」理不尽かどうか、どうしてわかりましょうか。誰のことを指しているのでしょうか。腎癌の人なら理不尽じゃないでしょう。それともまだ決まりがないのに先走りしたことを指しての理不尽でしょうか。いずれにせよそれは学者達の机上の正論、道徳論です。文によれば、この新聞はいままでもこの医者の考え違いを指摘してきたそうで、それに聞く耳もたないあなたこそが悪いという論調です。医者も悪ければそれを許してきた病院も悪い、んだそうです。はいはい。自分たちの気に入らぬ事は常識や正論で払いのけてしまう、いつもの思考回路です。TVでは万波医師を支援する団体の集まりを報道していました、そこに当人が登場して話をしていました。薄い頭、造作のないペラペラのTシャツに黒いダウンジャケット。なりに構わないと言うより、場を弁えない常識の足りぬ御仁ではあるのでしょう。で話です、編集ものですからまさに断片だけですが流れていたのは、どうせ捨てる腎臓だからどう使おうがいいじゃないか、といった口吻。ああ、このオッさんにも自分のやっていることの貴重さ大事さがわかっていないのだとがっかりしました。皆に伝えようとする意思が全くありませんから。反対している連中に説明しようとする思いがないようです。これでははじかれます。せっかく常識の枠を崩そうとする画期的な試みなのに、です。誰かブレーンがついてくれませんかね。自説を曲げずに、喧嘩をせずに、上手に対立してくれないでしょうかね、世のため人のために。
 千葉の無認可介護施設(こんなのがあるんですね、初めて知りました)で、ペット用の檻に入れるわ手錠懸けて拘束するわの事件報道です(毎日新聞)。拘束はいけませんなんて、現状を無視した正論の雛形みたいな通達出して国は事足れりとしていますが、端々ではやむを得ずの場面が多いはずです。暴れ回る人を取り押さえるのは生半可な対応ではできません。正論者さん達に言わせればそんな人は病院で対応すべきだなんて言うのでしょうが、病院には入れないからここに来ているのでしょう。家では看られないからここに来ているのでしょう。施設に押しつけておいて、外野から正論振り回すだけは、なんとも狡い卑怯なことです。これは家族にも言えましょう。金払っているんだから、は通らないでしょう。ものを売り買いしているんじゃないです。施設のやり方が気に入らねば退所させる自由は(権利は、こんな言葉使いたくないですが)保障されています。文句言うなら出せばいいです。人にあずける以上は相応の承服というか辛抱が要ります。お願いします、できるだけやります。この関係しかありません。どうしてくれるんぞ?!が多すぎます。いやなら連れて帰りなさい。それもできぬくせに横着が過ぎます。施設側の専横を許すという意味では決してありません。この例のように、制度の隙間で規制を逃れる施設も多いのでしょう、でもそれと承知で入れたのでしょうに。日本中でこういう問題があるはずです。どこに重きをおくのか、本人か、その人を看るべき家族か。私は後者と思っています。如何ですか。

 
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする