拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

走るシュワちゃん

2022-12-09 18:51:01 | 日記

あさイチで「ザリガニの鳴くところ」と言う映画を紹介しつつ、「ザリガニは本当は鳴かない」と言っていた。猫も、野生では、鳴くのは子猫だけで、大人になったら鳴かないそうだ。そりゃそうだ。猫がにゃーにゃー鳴いてたらネズミは逃げてしまうだろう。だから、13歳半にもなって、ご飯時に私んところに来てにゃーにゃー鳴く猫らには、「お前ら、そんなことでは野生では生きていけないよ」と言ってやると、「野生じゃないもん」と口答えをしていた(ように感じられた)。

チコちゃんで「大人はなぜ足を組むのか」というお題を出していて、その答は筋肉がどうとかというものだったが、「氷の微笑」のシャロン・ストーンなら答は別だろう。足を組み替えるシャロン・ストーンで思い出すのは「バベル」の菊地凛子。公開時は一切モザイクがかかっていなかった。因みに、私の予想では、「鎌倉殿の13人」の最終回で菊地凛子演ずるノエが義時を毒殺する。競馬の馬券よりも当たる可能性は高いと思う(だが、馬券だって、買ったときは当たると思って買っている)。なお、シャロン・ストーンの生年は私と同じである(学年はストーンが一つ上である(アメリカ人に「学年」は関係ないが))。

映画と言えば、BSで「ブレードランナー」の続編を放送していて、その第1作は1980年代で、新入社員で映画を見る余裕はあまりなかったし、「ランナー」というタイトルからてっきりスポ根ものだと思って敬遠していたら、SFものだったのだね。だったら話は別。続編の前にまず第1作を観なきゃ、と思い、アマゾン・プライムで視聴した。SFだが、映像は重く暗い。監督は「エイリアン」のリドニー・スコットということで納得。日本人や日本語がたくさん出てきた。1980年代と言えば日本がバブル絶頂で、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」なんて本も出て日本人がうかれてた時期である(ただし、この映画における地球は環境汚染が進行し、多くの人間は地球外に脱出していて、地球は脱出できなかった人達のスラム街である。日本人や日本語がはびこってるのはそういう世界だと思うとなんだか微妙である)。

そのうえで続編を見る(片っ端から映画を録画してると、こういうとき役に立つ)。第1作から、舞台も製作もともに数十年経っている。だから、リドニー・スコットは今回はメガホンをとらずに製作総指揮。にもかかわらず、映像のタッチは第1作同様に渋い。と思ったら、監督は「メッセージ」のドゥニ・ヴィルヌーヴである。納得である。前作と違うのは、映画の冒頭と末尾に「SONY」の文字ががーんと映ること。なるほど、ソニーは、第1作が世に出た頃、つまりジャパン・マネーが世界をブイブイ言わしていた頃、メジャーの一つのコロンビア映画を買収したんだよな。因みに、「スターウォーズ」シリーズも第7作から権利がディズニーに移ったため、それまで冒頭に「20世紀フォックス」のテーマ音楽が流れ、それがスターウォーズのテーマと絶妙にリンクしていたのだが、それがなくなって残念だった。

タイトルの「ブレードランナー」は人造人間を抹殺するためこれを追跡する捜査官のことだが、言葉の意味から選ばれたタイトルではなく、製作者がそういうタイトルのSF本を見ての思いつきだそうだ。因みに、私が「ランナー」で思い出すのは「バトル・ランナー」。シュワちゃん主演のB級映画(だと私は思ってる)で、新宿で飲み過ぎて帰れなくなったときオールナイトで一晩に飽きるほど見た作品である(昔は、オールナイトの映画館が夜明かしによく使われていた)。原題は「The runnning man」。これをそのまま使って「ランニングマン」ってタイトルにしちゃったら、え?「走る人」?って感じでたしかにしまらない。原題から遥かに離れた邦題にはいつも違和感を持つワタクシだが、「ランニングマン」を「バトル・ランナー」に変えた興業サイドの気持ちは分かろうというものである。

因みに、今回のタイトル「走るシュワちゃん」も、私の一瞬の思いつきである。


カントリーマン

2022-12-09 11:09:29 | 日記

テレビから「菊花賞」と聞こえてきたので、あさイチで競馬の話?と思ったら、「吉川晃司」だった。

コタツ以外では暖房をつけないと言った手前、寒い音楽室でダウンジャケットを来てヴァイオリンの練習をしたら、ジャケットが厚いせいで鎖骨にヴァイオリンが乗らない。観念して暖房をつけた。ドイツに見習って設定温度は19度である。

次も発言に行動が伴ってない例。「100円を切らなきゃ野菜を買わない」と言ったが、白菜1個まるごと150円なら買う。

逆に、99円でも1/4カットなら買わない。ネギも、99円でも1本なら買わない。

パーマンの主題歌を口ずさんでいて、「じそくは、きゅーじゅー○○キロだい」の○○が「いち」だったか「はち」だったか失念した、とブログに書いたら、お友達が、パーマンの歌は「じそーく119キロはスピード違反じゃなーいよ」である旨のコメントを下さった。ふふーん、多分、パーマンにはリメイクがあるんだな、お友達の歌はリメイクの方なんだな、きっとアップテンポなんだな、と推測したら当たり。なぜそういう推測をしたかというと、「オバケのQ太郎」がそうだからだ。私が見てたのは1965年から1967年に放送されたヤツで、主題歌は「きゅー、きゅー、きゅー(チャーララーラーラ)おーばーけーのきゅー(チャンチャン)」。その後1971年にリメイクが登場し、そっちの主題歌は「あのね、きゅーたろうはね」で始まるテンポが速い歌である。

それにしても、オバキューとパーマンの第1作の主題歌は、リメイク版のそれと比べるといかにものどか。牛車の歩みを連想する。こういう歌を歌って育った私は、本質的にカントリーマン。「のどか」で「牛車」を連想するのも、育った町(一応横浜市)では実際に通りを牛車が闊歩していたから。当時、たまに横浜線に乗って都会(横浜市街)に出ると頭痛がしたものである。その理由は何だったんだろう?空気の違いか、喧噪が神経にさわったのか……

ところで、「91km」か「98km」かの疑問はYoutubeを聞いて即座に解決。91kmであった。いずれにしても100km未満だ、遅い、と思うのは主題歌がゆっくりなせい。ジェット機が離陸できるスピードではないが、自動車なら高速道路でしか出せないスピードである(私が免許をとってすぐに親が3万円で買ってきてくれた「サニー1000」で、友達を乗せてドライブをしたとき、高速道路で90kmに迫ると天井がガタガタ言ってはがれて飛んでいきそうになり、友達はふるえあがっていた)。

因みに、オバケのQ太郎は日本のお化けなのに対し、ライバルのアメリカ出身のお化けのドロンパはQ太郎が苦手な変身が得意。当時の日米の国力の差を思わせる能力の違いであった。