拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

挑戦か選別か(アマチュア歌手の場合)

2022-12-01 08:46:16 | 音楽

日本人合唱団員による約30年前のバイロイトのマイスタージンガーの裏話(こないだは、合唱パートが舞台にバッランバッランに配置されたって話を書いた)の続きである。その年、ヴァルター(テナー)を歌ったのはペーター・ザイフェルト。素晴らしかったそうだが、実は、彼はなかなか出演契約書にサインせず、ホントに歌ってくれるかどうか舞台裏ではヒヤヒヤしていたという。歌手には、来た仕事は片っ端から引き受けるタイプと、じっくり仕事を選ぶタイプがあるそうで、後者は、例え天下のバイロイトからの招聘であっても、自分のキャリアのためにならないと思ったら断るのだそうだ。ヴァルターは相当な難役である。なかなか歌い通せるものではない。だからと言って、上手くいかなかった場合、聴衆は「大変な役だもんね、しょうがないよ」とは言ってくれない。ブーイングを浴びてキャリアに傷がつく。だからザイフェルトは慎重になったのだろう。

さて。アマチュア歌手はどうだろう?失うものが何もないから頼まれた話は全部引き受ける、それが自分の実となり糧となるから挑戦する、という考え方もあるだろう。それに対し、歌い散らかしていては得るものはない、アマチュアだからこそ、自分の技術に合った歌をじっくり勉強して仕上げることが肝要、そっちの方が上手くできたときの喜びが大きいと考える向きもあるだろう。そこには「誘いを断る勇気」も必要である。

因みに、大きい星(白色矮星)の生涯は短く、最期に超新星爆発を起こしてけしとぶが、小さい星は長命で、ぼんやり膨らんで(赤色矮星)やがてぼんやりしぼむそうだ。かく言うワタクシは、超新星爆発を起こしては何もなくなる人生を繰り返してきた。つまり白色矮星のタイプだったのだが、最近、周りに赤色矮星タイプのお友達が増え、その充実した演奏を聴くにつれこっちの方がいいなぁと思ったりしている。直近の超新星爆発の後も無にならずに細々と続けているから、多少は赤色矮星化したのかもしれない。

ペーター・ザイフェルトの話に戻る。彼は、知る人ぞ知る、ルチア・ポップの最後の夫である(ルチア・ポップは生涯、あまたの夫と恋人をこさえていた)。ポップは、若い頃習った声楽の先生にずっと「声の利息で歌え」と言われてその教えを遵守し、決して無理はしなかった。つまり仕事を選別するタイプだった(ザイフェルトが仕事を選別すると聞いて、私はすぐにポップを思い浮かべた。だが、選別している割りにはポップのレパートリーは某大である)。だが、ポップは、50を過ぎてそろそろ「元本を取り崩す」ことを考え、で、なんとヴァーグナーに進出。「ローエングリン」のエルザを歌ったのだが、そのときタイトルロールを歌ったのがザイフェルト。ザイフェルトがヴァルター役でバイロイトに出たときは、既に、ヨーロッパで最高のローエングリンとの評価を得ていたらしいが(件の合唱団員談)、それはポップの協力があってなしえたことだろう。