暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

知恩院 暁天講座

2012年07月30日 | 京暮らし 年中行事
京都は連日36℃の猛暑です。
そんな中、7月27日から31日まで知恩院で暁天講座があると知り、
早起きして参加したら暑さも凌げるのでは・・・と、
5時に起きて5時半に家を出ました。

早朝の温度はかなり低いのですが、陽はすでに上っていて、
陽射しよけの麦藁帽子をかぶり、自転車で出かけました。
東大路通には車もほとんどなく、知恩院まで快適なサイクリングロードです。

                 

                 

城のようにそびえる石垣を見上げながら登り、知恩院北門から入りました。
受付で案内のお坊さまからパンフレット、団扇、ペットボトルのお茶を頂き、
そのお心づかいに驚きました。
広い法然上人御堂(集会堂)にはすでにたくさんの人が集まり、
講演が始まるのを待っています。

今朝の暁天講座の演題は「日本人の来世観」、
講師は浄土門主・知恩院門跡の伊藤唯眞氏でした。
27日から31日まで日替わりで演題と講師が代わり、
内容も宗教に限らず、講師の貴重な体験に基づくお話のようです。

「日本人の来世観」は、無宗教な私たちにとって難しいテーマでしたが、
伊藤唯眞氏はやさしい言葉を紡ぎながら解り易くお話ししてくださって、
日本人というより浄土宗の来世観を拝聴できたように思います。
講演は最後に、「南無阿弥陀仏」を十ぺん唱えて終わりました。

その後、境内に設けられた接待所で芋粥のお接待を受けました。
梅干1個と共に味わう芋粥は最高のご馳走であり、おもてなしでした。
すっかり忘れていた四国八十八ヶ所遍路で、頂戴した数々のお接待や
お接待をしてくださった人々を思い出しました。

     お接待 するしあわせ 受ける幸せ

    
                  

                  

急に茶事の話で恐縮ですが、これって茶事に通じますよね。
お接待の心をもって、その時の最大の努力をして
茶事のおもてなしをしたい・・・と改めて思いました。
今朝の暁天講座のおかげかもしれません・・・。

荘厳な阿弥陀堂にお詣りしてから、念願の知恩院の鐘を拝観し、
三門(国宝)を通り、帰途につきました。
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クールスポット みたらし祭へ

2012年07月28日 | 京暮らし 年中行事
今日27日は土用の丑の日です。

「下鴨神社では一年中いろいろな神事が行われているけれど
 土用に行われるみたらし祭はお勧めです。是非行ってみてね!」

S先生奥様ご推薦のみたらし祭へ26日夜に行って参りました。
今年は7月26日から29日まで行われていますが、
クールスポットとしても超!お勧めです。

みたらし祭は、土用の丑の日の前後四日間、無病息災を祈って
下鴨神社・御手洗池(みたらしいけ)で斎行される神事で、
足つけ神事とも言われています。

御手洗池の湧き口に祀られた「井上社」の例祭で、
祭神の瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)は、知らぬ間に身に付いた
罪や穢れを海へ流して厄災を払ってくださる女神です。

                 
                
                

午後7時にTYさんと待ち合わせ、下鴨神社へ着くと
夕闇迫る糺(ただす)の森には電飾に彩られた屋台が立ち並び、
神宿る聖地も今宵ばかりはお詣りの人たちの喧騒に溢れていました。
本殿にお詣りし、初穂料200円を払って、足つけ神事へ。
靴を脱ぎ、ズボンのすそを膝上までたくし上げました。

                
                

いよいよ御手洗池へ入り、禊ぎ(みそぎ)をします。
池に入ると急に深くなって、水の冷たさにびっくりです。
湧水なので18℃くらいでしょうか。
出ていた汗も引っ込み、冷水が身心を引き締め、清めてくれます。

途中で、献灯の蝋燭に火をつけて、蝋燭の火が消えないように井上社を目指し、
神さまに灯明を供えて祈ります。
御手洗池の周りに設けられた灯明台へ無事に蝋燭をお供えし、
無病息災と世界平和を祈りました。

                
                       

水と火、二つの相反するものが人々の願いを浄化し、
女神への橋渡しをしているようでした。
京都の夏の素朴な祈り、太古へ帰るような「あしつけ神事」を満喫して、
御手洗池から上がり、御神水で喉を潤しました。

                
                

あたりはすっかり暗くなり、月も祭事を見守っています。
TYさん、主人と三人で屋台のかき氷を食べてさらにクールダウンし、
名物の「賀茂みたらし団子」(みたらし茶屋)を買って帰途につきました。
「来年もまたみんなで来たいわね・・・」

                        

                                 



鹿ケ谷カボチャ供養

2012年07月27日 | 京暮らし 年中行事
長い梅雨が明けて、今京都では土用の行事があちこちで行われています。
毎年7月25日に左京区鹿ケ谷にある安楽寺では
「中風まじない鹿ケ谷カボチャ供養」が行われます。

土用の丑の日に暑気払いとして鰻を食べる習わしはありますが、
カボチャ、しかも中風まじないとは、御利益を願って行くしかありません。
それにカボチャ供養が行われる住蓮山安楽寺は普段は非公開なので
この日を密かに待っていたのでした。

                  
                  哲学の道で見つけたカボチャ供養の案内
                  

哲学の道を若王子から北へ辿り、大豊神社の前を通り過ぎて山側の道へ入ると、
住蓮山安楽寺があります。
いつも静かな門前ですが、この日はカボチャや京野菜や陶器の出店があり、
十時だというのに大勢の人で賑わっていました。

美しい茅葺屋根の山門をくぐり、本堂でご住職から寺の歴史を伺いました。
寺宝の掛軸が掛けられ、その虫干しを兼ねて拝観する機会を作っておられるとか。

                  
                  
                 
安楽寺の由来ですが、悲しい物語にしばしお付き合いください。
                  
   鎌倉時代のはじめ、法然上人の弟子の住蓮上人と安楽上人がこの近くに
   鹿ケ谷草庵を結び、修行と布教の日々を送っていました。
   後鳥羽上皇に女官として仕えていた松虫姫と鈴虫姫の二人は
   法然上人の教えにより仏門に帰依し、やがて出家を望むようになりました。

   建永元年(1206)、後鳥羽上皇が熊野参詣へ出掛けた留守中に
   二人は御所を忍び出て鹿ケ谷草庵を訪れ、
   住蓮上人と安楽上人の前で出家剃髪しました。
   松虫姫は19歳、鈴虫姫は17歳でした。

   このことを知った後鳥羽上皇は激怒し、住蓮証人と安楽上人は斬首、
   法然上人(75歳)は讃岐国(現高松市)へ、親鸞聖人は越後国(現上越市)へ
   流罪となりました。
   許されて流罪地から戻った法然上人は荒れ果てた草庵を復興し、
   「住蓮山安楽寺」と名づけて両上人の菩提を弔う寺としました。

   松虫姫と鈴虫姫ですが、その後二人は瀬戸内海の生口島へ移り、
   念仏三昧の余生を送り、松虫姫は35歳、鈴虫姫は45歳で
   往生を遂げたと伝えられています。

                  
                     境内にある松虫姫と鈴虫姫の供養塔


                   
                   

さて、いよいよカボチャ供養です。
書院で甘辛く煮た鹿ケ谷カボチャと冷たい麦茶が振舞われました。
鹿ケ谷カボチャは珍しいひょうたん型の大型カボチャでした。
若いお坊さまのお話では、鹿ケ谷の土は固く、カボチャしか育たなかったので、
300年前の住職が中風除けと鹿ケ谷の地域活性化を願って始められたそうです。

                   
                   

今では鹿ケ谷でカボチャを作る農家は無くなってしまったので、
鹿ケ谷カボチャを集めるのに苦労されているそうです。
毎年800~1000人が訪れるので、300キロのカボチャを用意するとか。
カボチャの煮物は檀家の婦人たちが5時起きで料理し、
給仕の男の子たちは近所に住む小学生や中学生です。
鹿ケ谷の地域活性化で始まったカボチャ供養ですが、
また別の地域の絆をしっかりと育んでいるようです。

帰りに鹿ケ谷カボチャを買い、宝物の虫拂が行われている真如堂へ向かいました。 

                   
                     鹿ケ谷カボチャと中風まじないの護符


祇園祭2012年 花傘巡行

2012年07月26日 | 京暮らし 年中行事
                   (八坂神社を元気に出発する子供神輿)
「花傘巡行」がハ坂神社を10時に出発するというので
自転車を走らせ、平安神宮から白川に添って三条、知恩院前を通り、
なんとか間に合いました。

祇園祭は7月1日「吉符入」に始まり7月31日「ハ坂神社・疫神社夏越祭」まで
1ヶ月間多くの神事が粛々と執り行われます。
神とともに楽しみ、世の安泰を祈る1ヶ月だそうです。
それで、スケジュール表を見ながら、大忙ししています・・。
7月24日には「花傘巡行」と、ハ坂神社の祭神が三基の神輿に乗って
御旅所から帰る「還幸祭」が行われる日です。

「山鉾巡行」は以前、7月17日の前祭(山鉾20基)と、
7月24日の後祭(山9基)の2回に分かれて行われていました。
昭和41年(1966)、後祭が17日に合流し、後祭の行事が無くなったために
新たに興されたのが、「花傘巡行」のはじまりだそうです。

巡行コースは
八坂神社・石段下(10:00)-四条通を西-河原町通を北-御池通を西-寺町通を南-四条御旅所- 四条通を東-石段下を南-神幸通を東-八坂神社(12:00)

巡行列は、
先祓-子供神輿-花傘巡行旗-神饌行列-神饌花車-祇園太鼓旗-祇園太鼓-花傘-金獅子- 銀獅子-幌武者-児武者-高士-馬長旗-八坂神社清々講社馬長-八坂神社婦人会馬長-祇園万灯会馬長- 八坂神社清々講社旗-八坂神社婦人会旗-久世六斎保存会旗-六斎-京都織物卸商業組合花傘- 花傘娘旗-花傘娘-織商鉾- 祇園東お茶屋組合花傘-小町踊- 先斗町お茶屋組合花傘-歌舞伎踊- 祇園万灯会旗-花傘-さぎ踊旗-さぎ踊-万灯踊旗-万灯踊-祇園囃子・・・だそうです。

                                       
                    
                                                  
                    
                     
                    
                                         

写真は順不同ですが、雰囲気をお伝えできれば・・・と思います。
17日の山鉾巡行と違って、先頭を行く子供神輿に始まって、
子供や女性が大勢「花傘巡行」に参加しているのを
とても嬉しく拝見したのは私だけでしょうか?

                    
                    
                    
                    
                    
                     
                    
                                             
                    
千百年の伝統を受け継ぐ豪壮かつ絢爛豪華な祇園祭ですが、
時代時代で変わりつつ現代へ受け継がれています。
老若男女が参加する花傘巡行は現代の京都そのものを凝縮しているように思われ、
今後もこの素晴らしい伝統を育てていって欲しいと願っています。

                                

花傘巡行の途中でW夫妻と再会した喜びも束の間、2時過ぎに凄い夕立ちにあい、
水をさされて5時からの「還幸祭」を断念し、帰宅しました・・・。
                                 

                     

友あり 遠方より来る

2012年07月25日 | 京暮らし 日常編
昨夕、W夫妻が我が家・灑雪庵へいらっしゃいました。
茶事という御約束ではなかったのですが、茶事風に準備してお迎えしました。

用意した二つの煙草盆の炭が白くなりかけた頃、お二人が到着しました。
暑い中をハ坂神社からいらしてくださったので
冷たいおしぼりと麦茶、扇風機で汗をぬぐって頂きました。

茶事ではないのですが、御茶一服と思い、
初炭~吸物八寸~濃茶~つづき薄茶~中立~くつろいで談笑しながら夕食
という心づもりでおりましたが、
ご挨拶から話が盛り上がり、初対面の旦那さま同士も仲良くくつろいで、
茶事風もてなしを初体験して頂きながら
(談笑)~初炭~夕食~(中立)~薄茶(談笑)になりました。

これはこれで良し!
・・・でして、お客様のご希望や様子を伺いながら
変更していくのも愉しいものでした。
ただ、時を忘れて積もる話をしていたので(大いに反省・・・)、
四本入れておいた風炉の下火が怪しくなり、あわてて
「お炭を置かせていただきます」

初炭の後、夕食のお膳を運びだし、一献でお酒をお預けして、
八寸はとりやめ、すぐ煮物椀をお出ししてお相伴しました。

                  

Wさんのお茶事やお茶会はとても素敵なのです。
自然体の気取らないお人柄が感じられ、心が和んでくる雰囲気があります。
お話しして、お茶に対する心入れは並々ならぬものですが、
同時にご主人やご家族を大事にしていることがわかり、
そんな優しさとゆとりが席中で現れているのかもしれませんね。

昨年9月にKさんと伺った茶事で初めてお目にかかった時のこと、
5月に大徳寺黄梅院でお釜を掛けられた時のこと、
京都で修業中のお話、ご主人の貢献ぶりなど話しは尽きず、
お互いに主人の協力の元、お茶を愉しく続けられる幸せを感謝しました。

                  
                        松彌の金魚

夕食後に中立をして足を休めて頂き、銅鑼で席入です。
祇園祭・長刀鉾が描かれた茶碗で、薄茶を一服差し上げました。
薄茶は柳桜園の「松の白」、お菓子は松彌の「金魚」です。

明日24日の花傘巡行でまたお目にかかれれば・・・と名残惜しく、
遠来のW夫妻を見送りました。

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