暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

除夜釜・・・無事是貴人

2014年12月31日 | 献茶式&茶会  京都編
                    知恩院の試し撞き

今日は大晦日。

12月27日、先生宅の除夜釜にお招き頂きました。
京都へ来て3回目になりますが、これでもう除夜釜へ伺うことはないかしら?
と思い、胸に込み上げるものがありました。          

玄関すぐにかわらけ売りの絵が掛かり、年末らしい風情です。
寄付の小間には和漢朗詠集の「歳暮」、漢詩と和歌が右三分の一に書かれ、
紙を足して茶筅と紐が画かれていました。
読み下しが置かれていたのですが・・・・。

  歳暮

  寒流帯月澄如鏡。夕風和霜利似刀。
  江楼宴別   白居易
  風雲易向人前暮。歳月難従老底還。
  花下春    良岑春道
  古今
  ゆくとしのをしくもあるかなますかがみ
     みるかげさへにくれぬとおもへば    紀貫之

身支度を整えて、待合へ入ると、そこは灯火だけの世界、
ほの暗い中で床を拝見すると、圓能斎賛と淡々斎画、父と子の微笑ましい合筆で
「是喰 茶味深  鉄中」とあり、画は蕪と慈姑(くわい)です。
火鉢を囲み、甘酒を頂いて、すっかり温まりました。

             

すっーと本席への手掛りが開いて、席入しました。
八畳の広間には手燭と短罫が置かれ、床、点前座を順次拝見しました。
床に「無事是貴人」
前大徳・大徹和尚筆の身が引き締まる墨蹟に今年もまた出会うことができました。

先生のお話では夜咄の床の掛物は大字か小字(消息など)のどちらかだそうです。
端正で力強い大字の横物で、白風袋、揉紙の簡素な大徳寺表装が好ましく、
大徳寺棒は八代宗哲の塗でした。

短罫の灯りが点前座を照らしています。
薄暗い部屋の中で炉の炭火、煙草盆の火入、手あぶりの透かしから覗く火・・・
こんなに火がひそやかで美しく、雄弁だったなんて・・・火に魅せられるひと時。

S先生が入席されたので、一同、除夜釜にお招き頂いた御礼のご挨拶をしました。
早速にいろいろなお話をしてくださり、除夜釜を始められた経緯、掛物のこと、
行灯や燭台は長年掛けて好みのものを集められた話など、興味深く聞き入りました。

先生の薄茶点前が始まりました。
先月の炉開きの時は濃茶点前でしたが、薄茶点前を一同目を凝らして見つめます。
客は12名、一人一人違う茶碗で薄茶を点てて下さいました。

             

私は玉水焼の初代・一元作の茶碗で頂戴しました。
赤楽の筒茶碗で、箆目がすっきりと美しく、光悦を思わせる明るく柔和な印象です。
不見斎(?)の銘で「網代守」と箱書にありました。
一元は四代一入の庶子ですが、養子の宗入が五代を次ぐことになり、
楽家を離れて玉水焼を興しました。
初代・一元の茶碗で頂くのは初めてで、とても嬉しい思い出になりました。

        

「2服目は水屋からで失礼します・・・」
結局、2服も美味しく頂戴しました。
その間も12個の茶碗やお道具の詳しいお話が伺えて、夢のようなひと時でした。
特に印象にのこっていることは
武者小路千家・九代好々斎在判(裏千家・九代不見斎の三男)の松絵竹薄器と、
三浦宗巴作(表千家四代江岑宗佐の庶子)の華奢なつくりの茶杓(歌銘あり)。
灯火の元では黒漆のものはなるべく避けた方がベターなこと、
花ではなくセキショウの鉢植または盆石を床の間に荘ること(この日は盆石でした)、
除夜釜では必ず来年の干支のものを一つ荘り、来年への橋渡しをすること・・・。

昼食(懐石弁当)を美味しく完食し、書院に荘られた羊の伏見人形に来年の夢を託してお暇しました。
先生、奥様、水屋の皆さま、除夜釜のおもてなしを ありがとうございました!

             
              除夜鐘を撞く 金戒光明寺にて
              (今年もまた撞くことが出来ました)

「無事是貴人  目出度千秋楽」
 
皆さま、どうぞ佳い年をお迎えくださいませ。
来年も元気にお目にかかりましょう!    
                            



楽茶碗に恋して・・・茶道具こわい in Kyoto Ⅱ

2014年12月27日 | 茶道具
                     御ちゃわん屋の暖簾が遠く感じられて・・・

茶道具こわい in Kyoto の続編です。
京都へ家うつりして以来、何度か訪れた楽美術館と楽美術館茶会
特に楽美術館茶会では、所蔵の楽茶碗で薄茶を頂き、楽茶碗を手に取って鑑賞する機会を得ました。
席主の15代・楽吉左衛門氏の話が興味深く、歴代の楽茶碗の魅力や特徴、また自らの体験を通して作り手の葛藤や思いを伝える話に毎回魅了されました。

そんなこともあって、「当代の楽茶碗が欲しい・・」と憧れたのです。
でも、とても高価なので(私にとって)半ばあきれながら、
京都で最初の友人TYさんに相談しました。
「当代の楽茶碗を私が手に入れる方法があるかしら?」
すると
「1つだけあるとしたら、高島屋のオークションかしら?
 茶碗がでるとは限らないけれど、誰でも入札できるので可能性はありますよ」
「う~ん・・・・!」
身分が釣り合わない恋のようなもの、入手は無理とあきらめて、
楽茶碗は鑑賞するだけの近くて遠い存在になりました。



  石碑「楽焼窯元 楽吉左衛門宅」

その後、楽美術館茶会や京都の茶会で楽茶碗でお茶を頂き、楽焼の茶道具を鑑賞していくうちに、4代一入と5代宗入の作品に心惹かれるようになりました。
元々、長次郎の静謐な、素を感じる佇まいの茶碗が好きだったので・・。

現在、楽美術館で「特別展・宗入生誕350年記念Ⅱ 初源への視線 -楽家五代宗入と三代道入、四代一入、九代了入、十五代吉左衛門-」が開催中です。
(期間 2014年12月10日~2015年3月1日)


楽美術館茶会の日に(12月14日)


12月の或る日、茶友Sさんから電話があり、
「好い黒楽茶碗の出物があるので、少し遠方ですが見にいらっしゃいませんか?
 茶道具大好きの友人Jさんと一緒に道具屋さんへご案内します・・・」

思いがけないお誘いでしたが、なにかご縁を感じて○○市へ向いました。
電車を降りると、師走の冷たい風が吹く中、Sさんが出迎えてくださり、Jさん夫妻の車で道具屋さんへ一目参です。


   師走の京都駅
 

最初のA店で4代一入、10代旦入、14代覚入の黒楽茶碗を見せて頂きました。
どれも箱書の確かなものばかりで、私は4代一入の黒楽が気に入りましたが、
とても買える値段ではありません・・・ 

心を奮い立たせて次のB店へ、併設の茶室で6代左入と7代長入の黒楽を見ました。
特に左入の茶碗は内側に小宇宙の景色が感じられ好かったのですが、小振りで濃茶2~3人がやっとの大きさでした。
出来たら4~5人分が点てれる茶碗が希望です・・。




最後のC店には4代一入の黒楽茶碗が一点だけありました。
茶友Sさんは、私の一入好みを知らずに
「この楽茶碗をどうかしら?」と連絡して来てくださったのです。
・・・出逢った時から、茶碗が私を待っていてくれたように思われ、
箱書も確かで、お値段も納得のいくものでした。
決まる時って、驚くほどスムースに行くものなんですね。
一緒にまわって、アドバイスしてくださったSさんとJさん夫妻に感謝です!


  灑雪庵のドア飾り

こうして、一入の茶碗が灑雪庵へやってきました。
自分へのクリスマスプレゼントですが、何よりの京都の記念品と喜んでいます。
ただ、問題が一つ・・・主人になかなか言い出せませんの! 



        茶道具こわい in Kyoto へ戻る


忘れたくない「茶の教え」

2014年12月24日 | 稽古忘備録
 Merry Christmas!

今日はクリスマスイブ・・・
来年1月末に引っ越しが決まり、いろいろ片づけなくてはなりません(苦手です・・)。
いざ始めると、捨てられないものも多く、日々葛藤していますが、埋没していたお宝に出会う愉しみもあります。
大事に取っておいた「言の葉」のコピー類がでてきました。
出典不明もありますが、忘れたくないものをこちらへ書いておくことにします。

                  

1.募集された「座右の銘」の中から

人生の醍醐味は、開き直った時に味わえる

「優秀賞」に輝く。京都市の秋岡翔さんの自作とのこと。
受賞者コメント:ゼミ、サークル、バイト、就活の準備に追われる日々。ちょっとしたことから全てのバランスを崩し上手くいかない毎日にイライラしていた時に、普段、無口な父がポツリと一言。
大した意味は込められていなかったかもしれないが、この一言で前を向けた。
(出典は「目の眼」10月号No.409)

(感想)けっこう好きな言葉。茶事をしていると、開き直らないと前へ進めないことが多かったので、勇気づけられました。

               

2.忘れたくない「茶の教え」
・・・それは稽古ノートの表紙裏に印刷されていた、S先生のメモ(教え)です。
ノートは既になく、コピーだけが仕舞ってありました。

薄茶点前
〇 呼吸を良くととのえること
〇 吐く息の時に右手茶碗にいく
〇 釜の蓋をまっすぐにしてもってくる
  しづくを落とせば、そのお点前はゼロである
〇 自分が気持ちよく出来た時は我が出ている
〇 服の良き様に
  四季、寒暑、食前、後、に応じて茶を点てる
〇 一楽 二唐津 三萩
  一番最初に楽茶碗でけいこをすれば、すべて他の茶碗にも応用されていくことを言っている

点前上の注意
〇 点前の後には客同志で後礼する
〇 点前をくずすのは何時でも出来るから、絶対くずさないでけいこする
〇 点前は軽く、重く、ふくみをもってする
  ぎこちない点前は自分でなおすこと
  点前の働きに何時も気をつけること
〇 点前はゆとりを持って、環境に飛び込む
〇 けいこ上、湯水をこぼすのは修練が足りないからである
〇 茶は幾つになってもかくしゃくとしている所を見せるもの

・・・ここで終わっていますが、S先生(故人)の厳しく有難かったご指導がこれを見るたびに思い出されます( )。そして、いつも自分自身に問うのです・・・
「あなたの点前は?」「あなたのお茶は?」と。

                

来年は
  真摯な気持ちを忘れずに
  「じぶんのお茶」を大事に
  ゆっくり丁寧に暮したい・・・と今は思っています。
                                     

 
  

茶道具こわい in Kyoto

2014年12月18日 | 茶道具
                         雪の金閣寺

ぶるっ!お寒いですね。
京都では昨夜から雪になりました。   

ずっーと前に書いた「茶道具こわい」の京都編です。
京都に住みだしてから年金生活となったので茶道具購入をあきらめていました。
それでも茶道具との嬉しいご縁があり、いそいそと書き留めておきます。

今年10月、Sさんの名残りの茶事へ招かれたあとのある日、
道具屋さんのちらしに藤村庸軒好みの「凡鳥棗」(写し)の出物がありました。
庸軒流の隆盛に力を尽くされた、横浜在住の伊藤庸庵氏(故人?)が写しをいくつか作ったそうで、そのことをSさんから伺っていたのです。
早速、道具屋さんへ電話をすると、すでに売れていてご縁がなかったみたいです。


  
    姫路・好古園                   凡鳥棗


あきらめきれず、Sさんへ電話しました。
Sさん所有の伊藤庸庵箱書の「凡鳥棗」をお譲りいただけないか・・・と。
すると、おもいがけない言葉が返ってきました。
「「凡鳥棗」を二つ持っていても仕方がないので、横浜へ帰る暁庵さんに
 伊藤庸庵ゆかりの凡鳥棗を使ってもらいたいと思い、電話するところでした」
「えっ・・・!(思わず絶句)」
二人で同じことを考えていたのです。

後日、Sさんから「凡鳥棗」が手渡されました。
「アリガトウ・・・大事に使います」
お返しに平棗を差し上げると、とても喜んでくださって二人ともハッピーでした。
横浜へ帰ったら、小林芙佐子先生に仕覆を注文して、○○茶会にどうかしら・・・
と今から楽しみにしています。


    ギャリラー池川               「茶道」須田剋太書


11月の或る日、Kさんから永らくお借りしていた茶入をお返ししました。
京都在住中永久貸与とのことで送られてきたのです。
「濃茶をしないから使ってください。茶入も喜ぶと思います」
でも、この茶入はKさんが崇拝している揖保川焼の池川みどり氏作ですので
横浜へ持ち帰ることもできず、御礼の薄器と一緒にお返ししました。

すると、またKさんから
「ステキな贈り物をありがとう。
とても気に入り、取り合わせをあれこれ考え、愉しんでいます。
もう一つ、濃茶をしていた頃に購入した茶入がありました。
代わりに送りますので、どうぞ使ってあげてください・・・」

思いがけず、ステキな茶入が二つの着物(仕覆)と共に送られてきました。
「アリガトウ・・・大事に使います」

             
                クリスマスツリー 京都駅ビル

茶道具が取り持つ、思い出すたびに心がウルウルするご縁でした。
今回は「茶道具こわい」より「茶道具やさし」でしたが、次回はこわい?話かも。                                   

         茶道具こわい in Kyoto Ⅱ へ


熊野の旅-4 紀伊勝浦でお茶を・・・

2014年12月16日 | 
              紀伊勝浦・・・ホテルへ向かう船の桟橋から
(つづき)
新宮からバスを乗り継ぎ、一番行きたかった「那智の滝」を目指しました。
那智山でバスを下り、表参道の石段を登り、熊野那智大社へ詣でました。
主神は熊野夫須美大神、太古の自然崇拝では「那智の滝」そのものが御神体です。

樹齢800年の「那智の樟(くす)」(天然記念物)が聳えていました。
老樟は御神木(樟霊社)として崇められ、根幹に大きな洞(うろ)があります。
ナニナニ・・胎内潜りをすると願いごとが叶うとか、早速、護摩木に願いごとを書いて洞へ入ると、数人が寝れる広さがありました。
手塚治虫の漫画「ブラックジャック」の中に道路建設で切られようとしている老樹の物語「緑の想い」があり、DVDを見て以来、いつか老樹の洞で一夜を明かしてみたい・・と願っているのですが・・・(DVD「緑の想い」お勧めです)。

   
   樹齢800年の「那智の樟(くす)」          老樟から見た景色

隣の那智山青岸渡寺は西国三十三所第一番札所で、如意輪観音が祀られています。札所の持つ独特の雰囲気があり、四国遍路を思いだし離れがたかったのですが、那智の滝が控えていました。

先ほどから見え隠れする那智の滝へ一歩一歩近づいていきます。
飛瀧(ひろう)神社へ到着し、一番近くで見上げると、
落差133mの瀑布は畏敬の念を感じるほど見応えがあり、
いつまでも時を忘れて眺めていたい那智の滝でした。
来てよかった・・・来れてシアワセです。


            いつまでも見ていたい「那智の滝」

晩秋の陽射しは短く、これから大門坂を下るのでやっと腰を上げました。
今回の旅は熊野古道を歩かなかったので、せめて熊野古道の面影を残す大門坂を歩きたかったのです。
大門坂は杉の大木が多く、樹齢800年の夫婦杉を眺めながら、滑らないように石畳を注意深く踏みしめて行きました。
私たちは下りでしたが、那智大社や那智の滝を目指し、最後の力を振り絞って登ってくる老若男女の参詣者が目に浮かぶようでした。
登ってくる若いカップルに出会い、エールを交わしましたが、4時をまわっていたので他にすれ違う人は居らず、バスの時刻に合わせてゆっくり下りました。

           
            晩秋の大門坂を下る

再びバスに乗り、紀伊勝浦へ向かいました。
その日の宿は紀伊勝浦温泉・中の島ホテルです。
潮騒の聞こえる露天風呂が素晴らしく、こちらでも3回湯船に浸かりました。

翌日、ホテルへ送っておいた和服を着て、桟橋で茶友Aさんと待ち合わせました。
最終日にAさん宅で薄茶一服頂きたく・・とお願いしたのでした。

             
                 桟橋で茶友と待ち合わせました     

「茶事ではないし、洋服でよいかしら?」
迷いましたが、8月の暑い最中の茶事にAさんが着物で来てくださったことを思い出し、ホテルへ着物一式を送ることにしました。
桟橋まで車で迎えに来てくださったAさんはステキな着物をお召しでした。
「着物にしてヨカッタ!・・・」

最初にAさんの終の棲家を建てる予定地へ連れて行ってくださいました。
そこは海が近く、静かな住宅地の一画です。
老後の暮らし方に合わせて、どんな家にするか考慮中だとか・・私まで楽しみです。

            

ご自宅へ案内されると、ついキョロキョロ。
「えっ!どうして別宅を建てるの??」
私には申し分のない「素晴らしいお茶環境」に思われたのですが・・・。
順不同ですが、おしゃべり、初炭、昼食、濃茶、薄茶とフルコースで、
お弟子のSさんと一緒にアツイおもてなしをしてくださいました。

紀伊勝浦ならではの生マグロ丼や伊勢海老が入った汁椀に舌鼓を打っていると、
炉に掛けられた釜に煮えがついてきて、Aさんのお点前で濃茶を頂戴しました。
表流の濃茶点前に見惚れ、ご縁があって集まったという茶道具の話に聞き惚れ、
二人で濃茶を頂いたのも好い思い出です。

続いてSさんのお点前で薄茶を頂戴し、お尋ねしたいことがいっぱいあったので
茶談義に花が咲きました。
熊野詣の最後にお茶一服とお話を愉しむことができ、もうもう大感激でした。
Aさん、Sさん、ありがとうございました!

帰りは、新宮の丹鶴城や神倉神社を探索した主人と紀伊勝浦駅で待ち合わせ、JR特急で京都へ帰りました。特急で約3時間半、さすが疲れて遠く感じました・・・。
                                 

          熊野の旅-3へ戻る     熊野の旅-1へ戻る