暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

大文字山ハイキングへ飛び出す

2014年09月28日 | 京暮らし 日常編
               大文字火床からの大パノラマ

9月半ばを過ぎて、雨も落ち着き、秋晴れの日が続きました。
気持のよい風が吹くと、家から飛び出したくなります。

9月某日、大文字山(465m)へ登りました。
途中のスーパーでおにぎりやおかずを買って、気楽に出かけます。

              
                  銀閣寺近くの哲学の道

銀閣寺口からゆっくり登って約1時間、大文字送り火の火床へ到着。
火床からの雄大な景色が素晴らしく、汗して登る甲斐があります。
京都市街はもちろんのこと、大阪の高僧ビル群やアベノハルカスまでが
見渡せる絶景ポイントです。
ここでゆっくり休憩して、山に囲まれた京都の地形、五山の送り火の山、
グリーンベルト(御所、下鴨神社、植物園、上賀茂神社)などを確認します



ススキが揺れる火床を通過し、20分ほど登ると山頂へ着きました。
山頂からは山科方面の展望がひらけ、火床からの眺めとは違いますが、
景色を楽しみながら木陰のベンチで昼食です。
野外で食べるおにぎりの美味しいこと!(このためのハイクかも?)

             

平日ですが、常連さん、一人旅の若者、私たちみたいな老夫婦、観光客など、
多彩な人たちがお弁当をひろげています。
誰が置いたのでしょうか、温度計が20℃をさしていました。

下山ルートはたくさんありますが、
台風や大雨のせいで道が荒れているのが気がかりです。
木肌がむき出しになっている樹木も多く、鹿の食害が見受けられます。
この日は最短ルートを選び、俊寛僧都ゆかりの鹿ケ谷山荘跡や
桜門の滝を通って霊鑑寺へ下りました。
出発から帰宅まで、昼食・休憩を入れて約4時間の行程でした。

(ルート)
自宅~徒歩1時間~銀閣寺~登り50分~大文字火床(休憩)~登り20分~
大文字山山頂(昼食)~下り30分~霊鑑寺~徒歩40分~自宅

              
              鹿ケ谷山荘跡近くの桜門の滝

汗をたっぷりかいたので、帰りに喫茶店「ライミン」で抹茶ミルク金時を、
「名残りのかき氷ね」と言い訳しながら・・・これが超美味しいの!

京都観光の半日は大文字ハイキングがお勧めです。


「萩の月」の茶事-3

2014年09月24日 | 茶事  京都編
銅鑼を5つ打って、後座の席入りです。
花と割れ壷にたっぷり露を打って、お迎えしました。

名水点ではないのですが、木地釣瓶の水指です。
水は近くの松井酒造・鴨川蔵の井戸水をわけていただいています。
茶入から緑の抹茶を廻しだし、湯を汲み入れ、練り始めました。

濃茶のお好みをお尋ねすると
「少し濃いめが好きです」とお客さま。
追杓を加減して少し濃いめに練り上げました。
茶銘は「北野の昔」、一保堂詰で京都限定品とか。

茶碗は高麗御本三島、愛称「伊備都比売(いびつひめ)」と申します。
茶入は薩摩焼の胴締め、十五代沈壽官作です。
(以前、東博で見た松永耳庵旧蔵の薩摩焼茶入に魅せられて
 購入しました。最初の三溪園茶会で使った、思い出深い茶入です)
茶杓は藤井誠堂和尚作の銘「古城」、仕覆は能衣装裂、小林芙佐子作です。

                  
               露をたっぷり打って・・           

薄茶となり、煙草盆を運び出そうとすると、
中立で用意した火入の炭が立ち消えていました。残念!

気を取り直して干菓子を運び、
祥瑞の主茶碗で薄茶を一服さしあげました。
薄茶は「丹頂の昔」、一保堂詰、
干菓子は常盤木(かぎや政秋)と味噌クッキー(本田味噌店)をお出ししました。

替茶碗は、虫明焼で「萩の月」が描かれています。
もう一つの虫明焼の茶碗(葦に雁絵)と2つ並べて、お出しする予定でしたが
やめました。
2つ並べるとお互いの好さが相殺されるような気がしたので・・・。

複雑な染付模様が美しく、ずっしり重い祥瑞(三代三浦竹泉作)と
小柄で軽く、手にすっぽりおさまる、侘びた虫明焼が対照的で、
その違いをお客さまにも愛でて頂いたようです。

                
                お彼岸ですね・・・哲学の道の曼珠沙華

薄茶になって、いろいろな話が飛び交いましたが、
3年前、短い京都探訪中に灑雪庵と出合った話を披露しました。
前の住人がお茶をされていたので、どこか「お茶」の雰囲気を感じたこと、
その方が戸口で見送ってくださった時、まるで茶事のようだと思ったこと、
・・・それが、この家を借りる決め手になったのでした。

そして、今日の茶事後のお見送りは、
あの時のように玄関でお見送りさせていただきます・・と申しますと
「どうぞお見送りご無用に・・ではなく、
 どうぞお見送りをおねがいします・・ですね」とお正客さま。

戸口に立ち、去ってゆくYさまとSさまの後姿をいつまでも見ていたい・・・
と思いながら見送りました。
(振り向いてお辞儀までの間合い、これが実に絶妙なのです・・・)


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「萩の月」の茶事-2

2014年09月23日 | 茶事  京都編
                  萩の霊場・迎称寺にて
(つづき)
9月に入り、懐石は夏の日向飯からいつもの四つ椀へ戻り、
秋の食材の新米、しめじ、松茸を使いました。

  懐石献立
   向付(冷)  鯛とホタテのカルパッチョ
         (カラーピーマン、レッドオニオン、かいわれ添え)
   つぼつぼ   紅白なます  
   飯      新米 近江産コシヒカリ 
   汁      豆腐  しめじ  赤味噌   黒七味 
   煮物碗    土瓶蒸し(松茸 海老 紅葉麩 三つ葉 スダチ)
   焼物     スズキ幽庵焼
   炊合せ    小芋  鳥の丸  オクラ
   箸洗     針生姜 (梅肉) 
   八寸     牡蠣炙り焼   枝豆の松葉刺し 
   香の物    沢庵  茗荷の吉野漬  白菜
   酒      玉の光

お口に合ったかどうか? 時々三人で楽しくお話しを交わしながら・・・
気持よく平らげてくださって、亭主としては嬉しい限りです。

ご飯を炊きだす時間、汁を温めだす時間、蒸器、盛付など、
慣れて身体が動くようになると、今度は献立の内容が気になってきます。
懐石はあくまで濃茶の前のおしのぎ・・と自分に言い聞かせ、
懐石へのめり込まないように注意していました。

でも、YさまとSさまの「美味しいです!」の一言がとても嬉しく、
懐石って主客の心が通い合う、大切なコミュニケーションだと思います。

            
               「酔芙蓉」  大文字山の登り口で

初炭となりました。
お尋ねに応えながら、炭手前を進めます。
釜はいつのまにか1つから3つに増え(せっせと横浜から運んで・・・)
この日は桐文真形釜、高橋敬典作です。
炭斗は認得斎お好みの松山籠、火箸は菊頭四方透かしです。
飾り火箸をお稽古だけしか使わないのが残念で、茶事に使っています。

香合は秋草蒔絵琵琶香合、山中塗の中村孝也作、
9月になると、使いたくなるお気に入りです。香は白檀(鳩居堂)。

            
             こぼれ萩  梨木神社にて

主菓子を縁高に入れ、運び出しました。
「こぼれ萩」をイメージしたきんとん(自製)ですが、思わぬことが・・・。
お出しする直前に菓子を見ると、ピンクと紫の粒砂糖が溶けてしまって、
どうみても「こぼれ萩」に見えません。
あわてて粒砂糖をもう一度振りそそぎ、何とか「こぼれ萩」になったかしら? 

茶事をしていると、炭火が熾きなかったり、火相や湯相のこと、
懐石の一品が間に合わなかったり、何が起こるか? 全くわかりませんが、
最近やっと、回数を重ねることが大事と思うようになりました。

何より頭と身体がそれなりに反応して茶事を進行し、
アクシデントに対処してくれるのは素晴らしいこと!です。
失敗したらそれを糧として進めばよいのですから。
(良い意味での居直りです・・・)

お客さまにしばしの中立をお願いしました。
「どうぞお鳴り物でおしらせを・・・」
「ことによりましたら、そうさせて頂きます」


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「萩の月」の茶事-1

2014年09月21日 | 茶事  京都編
            満開の萩  萩の霊場・迎称寺にて (9月17日撮影)

9月15日に「萩の月」の茶事をしました。

茶事の名前(テーマ?)を考えるのは楽しいことですが、
なかなか決まらない時、すぐに頭に浮かぶ時などいろいろです。

「萩の月」は、S先生のお稽古で薄茶を頂いた茶碗がきっかけでした。
虫明焼の茶碗で、土色の胴に鉄絵で「萩と月」が描かれ、
虫の音が聞こえてきそうな佳い風情です・・・これに決めました。

三十六歌仙の一人、伊勢の和歌を添えて、ご案内しました。

    萩の月ひとへに飽かぬものなれば
        涙をこめてやどしてぞみる  (伊勢)

(萩の花に照る月影は、ひたすらに見ても飽きないものなので、
 目に涙を籠めて、その中に宿していつまでも眺めるのだ・・・・千人万首より)


                   黒谷・金戒光明寺にて

お客さまは2名様、8月末に茶事へお招きくださったYさまと
真MLコミュニティでお世話になっているSさま、初めて灑雪庵へお出まし頂きました。

在釜と書かれた掛札(古箪笥の再生品)や、祖母の古箪笥が目に留まったようで、
あまりの古家にびっくりされたかしら?

板木が2つ打たれ、温かい白湯と冷たいおしぼりをお出ししました。
まだ暑いような、涼しいような・・・水屋で迷いながら。 
                         

待合の掛物は、富岡鉄斎画の草花と菊の画が表装されたものです。

長年、太田垣蓮月尼にあこがれていたのですが、蓮月尼の作品には縁がなく、
京都へ来る前に東京美術倶楽部で入手した掛物です。
富岡鉄斎(1837-1924)は、明治・大正期の儒学者であり、文人画家、
少年期の鉄斎は侍童として蓮月尼と暮らし、薫陶を受けたと言われています。

            
                    

床のお軸は「雲 月去来閑」
正法山(妙心寺)瑞松老師の御筆、
雲が大きく書かれ、月の字が満月ではなく三日月なのが気に入っています。

村田珠光の
「月も雲間のなきは嫌にて候 これ面白く候」
が頭を横切り、
雲(陰の部分)と月(陽の部分)が去来する人の生き様を思い浮かべます。

不安定な割れ壷に花を入れたため、初座から諸飾りとしました。
花は矢筈ススキに白とピンクの芙蓉です。

割れ壷は灑雪庵の縁の下に転がっていたもので、
「もしや埋蔵金が入っていたのでは?」と勝手に妄想し、
埋蔵金が埋められているという伝説にちなみ、銘を「仙石原」としました。

ご挨拶ののち、香盆を運び出し、所望しました。
正客のYさんが香を焚き、三人で回しますと、甘く上品な香りが漂いました。
菱灰のせいでしょうか、香炉の火加減も丁度よく、安堵しました。

香銘は、ご案内の和歌より「萩の露」(伽羅)です。


               「萩の月」の茶事ー2へつづく


長月の自主稽古  大円之草の不思議 

2014年09月19日 | 自主稽古(京都編)&奥の細道会
              花についてきたカマキリ

毎夜、コオロギの演奏を聴きながら、いつのまにか眠りについています。

      あと幾夜 土間のコオロギ友として
          灑雪庵に夢むすぶかな        


長月の自主稽古(風炉)をだいぶ前の9月5日にしました。
Sさんの真之炭手前から始まり、Yさんの真之行、私は大円之草でした。

その頃の京都は天候不順、
朝は好天でも、いつゲリラ雨に襲われるか・・・そんな日々でした。

自主稽古は13時から17時頃なので
午前中に掃除、灰形、炭などの準備をします。
お軸は何にしようかしら? このままでいいかしら?
そうだ、お花はどうしょう? 今から買いに行こうかしら? 

そんな時にチャイムが鳴りました。
もうびっくり!です。
私の独り言が聞こえたみたいで、
お隣の庵主さまが花をいっぱいくださいました。

「これから大雨になりそうなので、咲いている花を切って持ってきました。
 どうぞ、つかっておくれやす・・・」

萩、水引、木槿など手いっぱいの秋の花をいただいて幸せでした。
分けて活けるのも惜しく、大きな花入を探していましたら、閃きが・・・
「そうだわ!
 縁の下に転がっていた割れ壷に活けてみよう


              秋の花を秘蔵(?)の割れ壷へ
              (お軸は掛けずに・・・)

さて、私が稽古した大円之草ですが、他の奥伝と少し変わっています。

奥伝の中でただ1つの草の点前ですが、台子を使わず
道具組や点前は行之行に準じています。

例えば、天目茶碗や天目台、和物茶入、唐物茶入は伝来の確かなもの、
茶杓は元節、盆は円能斎または淡々斎好の大円盆を使います。
水指は一重口で、瀬戸のような古窯でしょうか。
水指の蓋、元々は共蓋だったそうですが、今は塗り蓋が主流となっています。
建水は唐銅、蓋置は竹。

水指の蓋を置く位置と、開けるときの所作(通り道)に悩みましたが、
先日、S先生のお稽古へ伺い、すっきり解決しました。

最初に、建水、蓋置、柄杓の持ち出し方や扱い、
蓋置を置く位置もユニークです。
とても不思議で、一度疑問が解決しても、また新たな疑問が・・・。

でもね! 不思議な、次々疑問が湧いてくる点前って、わくわくしませんか?

それも、何度もやっている内に、やっと疑問が湧いてくるのですから
自主稽古を継続する大切さを今頃になって実感しています。
                               

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