暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

夕去りの茶事・・・ハワイへ帰る友を迎えて  その2

2016年07月28日 | 茶事・茶会(2015年~自会記録)

夜に咲く烏瓜の花 (ピンボケですが・・・)

(つづき)
外より茶室の中が早く暗くなるので、朝茶のように初炭を先にしました。
「お炭を置かせて頂きます」
鵜籠の炭斗を運びだし、香合は載せずに盆香合です。
灰器は古染付の四方皿、「おっ~」という声が一瞬聞こえたような・・・聞こえないような・・・。
あまり流儀の規矩にとらわれず、おおらかに自分のお茶に徹したいと願っています。
灰器の四方皿は半東N氏愛蔵の古染付で、中国・明末の戦いの様子が鮮やかにイキイキと描かれています。



正客からいろいろお尋ねがありました。
「お釜は?」
糸目桐文車軸釜で、四客の長野新さんの作でございます。
 7年ほど前、本で見た糸目の車軸釜が忘れられず、写しを作って頂きました」
あとは長野さんが質問を引き受けて丁寧に答えてくださって、作者が同席するのも好いものですね。


お気に入りの「糸目桐文車軸釜」 (長野新氏造)

「この車軸釜を茶席で見るのは初めてだと思いますが、如何でしょうか?」と私。
「嫁に出した娘に逢っているような心地です。
 よく使ってくださって、順調に育っているようで嬉しいです」と長野新氏。
きっと長野氏は制作時の産みの苦労を懐かしく思い出していることでしょう・・・。

その釜は優雅なシルエットを浮かべ、暗くなりかけた室内にしっくり溶け込んでいるようでした。

炭を置き、月形を切ってから後掃きをし、灰器を下げ、盆に乗せた香合を持ち出しました。
香を焚き、香合を拝見に出します。
香合は大徳寺別院・浮見堂の古材で作られた「やかた舟香合」(誠中斎作)、盆は呂色塗波文四方盆(輝斎作)です。

今回は出船、Sさまがハワイへ帰る舟に見立て、五色のテープを飾りました。
送別のテープというより、Sさまの新たな茶の湯の出立を祝ってのエールです。
そんな暁庵の心をSさまがしっかりと受け止めてくださったようで嬉しいです・・・。


 エールの五色のテープを飾って

初炭が終わり、懐石をお出ししました。
担当の佐藤愛真さんが腕を振るって作ってくださった懐石は
「どれも美味しい!」と好評を博し、嬉しいです。献立を記念に記しておきます。

   夕去り茶事のお献立

   向付   鱚の昆布〆 莫大 花穂 山葵 加減酢  (鮑形・古染付)
   飯    一文字
   汁    石川芋 順才 八丁味噌 粉山椒
   煮物椀  小鯛の素麺巻き 隠元 青柚
   焼物   えぼ鯛の塩焼き      (織部重箱 鈴木五郎作)
   強肴   揚げ茄子の煮もの 鴨ロース 隠元 炊き合せ ふり柚子 (ガラス大皿)
   箸洗   海藤花(かいとうげ)
   八寸   鮎変わり揚げ  枝豆松葉刺し
   香の物  沢庵 水茄子 瓜     (蓮華文青磁鉢)
   湯斗

   海藤花(かいとうげ)は、タコの卵から製される食品で、兵庫県明石市の名産。
   江戸時代に明石藩の儒者・梁田蛻巌(やなだぜいがん)が「海藤花」と命名した。



   夕去りの茶事・・・ハワイへ帰る友を迎えて  その1へ戻る   その3へつづく
            夕去りの茶事支度


夕去りの茶事・・・ハワイへ帰る友を迎えて  その1

2016年07月25日 | 茶事・茶会(2015年~自会記録)
 
   烏瓜をやな籠に

(つづき)                    
7月23日の夕刻、ハワイへ帰る友を迎えて夕去りの茶事をしました。

正客は、ハワイから京都・今日庵へ留学し、1年間の茶の修行を終えられたSさまです。
茶事へお招きしたいと思いながら、やっと帰る間際に御目文字が叶いました。
連客は、日頃親しくご厚誼頂いている、次客Oさま、三客M氏、四客長野新氏(釜師、珠己様に代り・・)、五客Iさま、詰はFさまです。
夕去りを楽しみに来てくださったお客さまは、茶の湯をこよなく愛し、個性と魅力あふれる方々、暁庵も心躍る思いでお待ちしていました。


 京都で表装した七夕のお軸

待合の置床には七夕の絵。
7月7日のひと夜限りではもったいなく、8月7日までの1ヶ月間は七夕の趣向を楽しむことにしています。
ひととせに・・・大好きな七夕の歌を口ずさみつつ。

   ひととせにひと夜と思えど七夕の
        逢いみむ秋の限りなきかな     紀貫之

待合の煙草盆に半東N氏愛蔵の祥瑞詩入筒茶碗を火入として初使いしました。
当日16時待合集合のはずでしたが、板木がなかなか鳴りません・・・。
やっと板木の音が聞こえ、半東N氏が冷えた梅ジュースを古伊万里の汲み出しに入れてお出し、露台の腰掛待合へご案内しました。


祥瑞詩入筒茶碗を火入に初使いです

蹲踞の水を使い、迎付です。
枝折戸を開け、初めてSさまとの顔合わせです。
涼しげな紺色の絽の着物をお召しのSさま、連客の皆様と無言で挨拶を交わし、じーんと胸に迫るものがありました。

茶道口の襖の前に座り、衣擦れの気配を聞きながら席入を待つひと時、
後座の席入の時もそうですが、茶事の中でも心ときめく瞬間です。
これからお客様とどのような茶事が展開されていくのだろうか・・・期待と不安が頭の中で渦巻き、やがて観念し静かに襖を開けました。

  「どうぞ、お入りを」
  「失礼いたします」
いつもの会話ですが、無事にこの日を迎えることが嬉しく、心浮き立つ思いで席中へ入ります。

Sさまはじめお客様一人一人と、ご来庵の喜びを込めて挨拶を交わしました。

本床に膨らんだ蕾のある烏瓜をやな籠に入れました。
夕去りの花は夕方に咲く白い花がベストです。
夕顔、夕化粧(おしろい花)、宵待草(月見草)など、野山を探索し楽しみましたが、意外と家近くに咲いていた烏瓜に決めました。
刻々と移ろいゆく光の中でレースのような繊細な花が次々と咲いてくれることを願いながら・・・。


 翌日の夜に咲いた烏瓜の花
(思うようにいかないものですね・・・)

挨拶が終わり、笹、重硯箱と短冊を持ち出し、七夕に因んでお茶に関する願いごとや、
Sさんへのエールなどを書いて笹へ飾って頂きました。
思い思いに書かれた短冊の詞をご披露したいところなのですが・・・・。


 彦星と織姫を短冊が彩って・・・

      Sさま、また来なはいや!        暁庵
      一日も長く楽しく茶事ができますように・・・     暁庵
 

    夕去りの茶事・・・ハワイへ帰る友を迎えて  その2へつづく   夕去りの茶事支度



「ハワイへ帰る友あり」・・・夕去りの茶事支度

2016年07月16日 | 茶事・茶会(2015年~自会記録)

 ハワイへ帰る友あり・・・

我が家で夕去りの茶事をすることになり、その日が近づいてきました。

体調管理のため秋まで茶事はお預けと思っていましたが、
京都・今日庵へ留学中のSさんが修行を終えられ、ハワイへ帰国することになりました。
それで、帰国前にお会いしたい、茶事でおもてなししたいと、茶事支度に勤しんでいます。
Sさんの送別の夕去りですが、
茶事の趣旨を聞いて馳せ参じてくださるお客様との一期一会も万感の思いがあります・・・。

悔しいけれど、無理をすると身体がすぐに悲鳴を上げるので、1日でしていた仕事を2~3日に分けています。
幸いにも半東のN氏と懐石のEさんが茶事を支えてくださって、心強く感謝です。

今、茶室には茶事で使う茶道具、懐石道具、燭台などの灯りが広げられています。
骨董好きのN氏が持って来てくださったものもあり、どれを使おうかしら?
風呂敷包みや箱を開けながら贅沢にも悩んでいます。
N氏の茶道具は人の手や目に触れるのは数十年ぶりとかで、みんな嬉しそう・・・。


  ハワイの夕映え

そんなある日、N氏が大きな箱を持ってきました。
陶製の三段重で、織部でしょうか?
造形と言い、織部風な文様と言いパワフルで、作品に納まり切らないエネルギーが溢れていました。
作者は鈴木五郎氏です。

「気に入って買ったのですが、どのように使ったらよろしいのか・・・?
 先生、今回の茶事で使ってみてくれませんか?」
せっかくのお話なので、喜んで上から二段まで使うことにしました。
一番下は足付なので、蓋を工夫して水指にどうかしら?
これもいつか水指としてN氏の茶事に登場しそうです。


  玄関先の花が元気です
  ポーチュラカと木槿(日ノ丸)

先日、懐石担当のEさんが打ち合わせに来てくださいました。
台所の動線、使う調理器具と収納場所、懐石道具などを見てもらいました。
半東N氏も同席し、秘蔵(?)の古染付向付を持って来てくださいました。
テーブルの上に並べられた汲み出し、向付、皿や鉢などから、場面や料理に合わせて選んでいきます。
その間にお客様のこと、茶事テーマやタイムスケジュール、懐石をだすタイミング、
手伝いの内容など、茶事を共有し、より好くするための話し合いが続きました。

ご案内の手紙をしたためた時から「夕去りの茶事」は始まっていますが、
とてもステキな茶事になりそうな予感が・・・          


 横浜の夕景色 (たなびく雲のあたりが富士山)


    夕去りの茶事・・・ハワイへ帰る友を迎えて その1へつづく

茶カブキ之式・・・文月の五葉会 in 2016

2016年07月14日 | 暁庵の裏千家茶道教室


文月の第二金曜日、7月8日は五葉会でした。
今月から新メンバーのMさんが加わってくださいました。
当ブログでの募集によくぞ勇気を出して応募してくださった・・・と、一同感謝の気持ちでMさんを迎えました。

科目は茶カブキ之式、平花月、貴人清次花月です。
中でも心待ちにしていた茶カブキ之式、五葉会では初めてでした。
それで、事前にHさんに東(亭主)をお願いし、準備のため早目に来て頂きました。
他の4人(Fさんがお休み)で札を引き、席順はTさん、Mさん、暁庵、執筆者はKさんです。

茶カブキ之式は七事式の1つで、無学宗衍(そうえん)和尚の偈頌は

   千古千今裁断舌頭始可知真味
  (古に今に舌頭を裁断して 始めて真味を知るべし)

闘茶をもとに味覚の修練のために組み立てられ、先ず試み茶を2種飲みます。
よくその香味を心に留めておき、次に本茶3種(試み茶2種にもう1種加えたもの)を飲んで
その違いを聞き分けます。

棗に入れる濃茶を7gにしてもらいましたが、詰のせいか4服はきつかったです。
本茶の2服目の茶碗が戻されたところで
「お白湯を頂戴しとうございます」と正客Tさん。
その白湯の実に美味しかったこと! 無学和尚の偈頌とは程遠い世界にいる暁庵でした・・・。

茶カブキ之式の結果ですが、正解者は残念ながらなし。
「茶カブキの記」の奉書は執筆者から亭主に渡され、亭主が水屋へ持ち帰り、送り礼。
3種の濃茶は、青雲(一保堂)、金輪(小山園)、錦上の昔(柳桜圓)でした。



実際にやってみると細かい点が本に載ってなかったり、わかりにくかったりしますので、
そういう時は課題として宿題にして、次回以降に話し合ったり、メールで知らせたりしています。
この課題を宿題として皆で共有するのが、五葉会らしく素晴らしいところなのですが、
何が宿題だったか忘れることも・・・ありです。

茶カブキの宿題は、掛け帛紗のたたみ方とわさ(輪)の位置でしたが、
早速Tさんからメールが廻り、解決です(スゴイ!)。

少しずつ歩を進め、楽しく回数を重ねることを第一の目的とし、和やかにやっています。



翌日、Mさんからメールが届きました。

  皆さま、昨日は本当に有難うございました
  日にちが近づくにつれ 不安になり カリキュラムを拝見して 
  これは歯が立たないと 自分の軽率な 申し込みを後悔いたしました

  しかし皆様の お優しさと和やかな雰囲気に救われ たどたどしいながら 
  有意義な時間を過ごすことができました
  心から御礼申し上げるとともに 今後ともよろしくお願い致します

  また皆さまが 独自のお茶の世界を確立されていること わたくしにはとても魅力です・・
  わたくしも皆さまのように一日も早く 自分のお茶を確立できたらと思っております
  これからが暑さの本番 皆さまの健康 ご活躍をお祈りいたします   Mより

 (陰の声・・・
  五葉会へいらしてくださって有難うございます!
  緊張のうちにも有意義な時間が持てたようで嬉しいです。
  Mさんと七事式を研鑽できることが楽しみになりました・・・


    暁庵の裏千家茶道教室   前へ   次へ   トップへ




光琳の一枚の絵・・・伊勢物語・筒井筒

2016年07月11日 | 美術館・博物館

      ユーモラスな一枚の絵
     (光琳画、黎明教会資料研修館蔵)

ふっと何かが頭を横切り、薄皮をはぐように思い出しました。
一枚の絵です。

京都に住んでいた頃に通った黎明協会資料研修館と、そこで出合った一枚の絵。
新しい展示に変わった或る土曜日の13時過ぎのこと、
黎明教会の関係者らしき男性A氏(学芸員の方?)が展示品の解説をしていました。

その絵は尾形光琳画と伝えられていて、伊勢物語を題材にしているとか。
一人の男が格子窓から中を覗いています。
一人の女がお櫃から器にご飯を山のように盛り上げてよそっています。
簡単な構図ですが、何とも言えないユーモラスな雰囲気が溢れていました。


 いつも静かな展示室

「この絵に、何とも言えない親しみとユーモラスを感じます」と私。
「伊勢物語の有名な話の一場面で、奥ゆかしく好ましいと思っていた女が
 自らご飯を山盛りによそっている様子を垣間見て幻滅し、通わなくなってしまったそうですよ」とA氏。
「この絵を床に掛けて茶事をしたら面白そうね・・・。
 さしあたり、屏風の向こうから袖か何かで顔を隠して、奥ゆかしく迎え付けの挨拶をし、
 そのあとにしゃもじとお櫃をかかえて登場するの・・・」と私。
「えっ! おもしろそうですね。ぜひやってみてください」
「でも・・・この絵がないとねぇ・・・・」

ここで、会話も記憶も途切れていましたが、数年ぶりに思い出しました。
早速、伊勢物語を読み返してみると、第二十三段「筒井筒」の後半の話だとわかりました。


      能 「井筒」

筒井筒のあらすじは、
昔、幼なじみの男女が、筒井筒(丸い井戸の竹垣)の周りで、たけくらべをしたりして遊んでいました。
長ずるにつれて互いに顔を合わせるのが恥ずかしくなり疎遠となっていましたが、
二人とも相手を忘れられず、女は親の持ってくる縁談も断っていました。
女のもとに、男から歌が届き、二人は歌を取り交わして契りを結びます。

    筒井筒井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
   (井戸の縁の高さにも足りなかった自分の背丈が伸びて縁をこしたようですよ、貴女を見ない間に)
  女から返し
    比べ来こし振り分け髪も肩過ぎぬ君ならずして誰たれか上ぐべき  
  (貴方と比べていたおかっぱの髪ももう肩より伸びましたよ、貴方以外の誰が髪上げ(=成人することの印。そのまま結婚する事が多かった)できるものですか)

二人はめでたく夫婦となりましたが、やがて妻の親が死に、暮しが貧しくなると、夫は河内の国、高安郡の女の所へ足しげく通うようになりました。
ところが、妻は怒りの素振りも見せないで夫を送り出すのでした。
不審に思った夫が隠れて見ていると、妻は念入りに化粧をして、もの思いにふけってぼんやり遠くを眺めて、

    風吹けば沖つ白波たつた山夜半よはにや君がひとり越ゆらむ
    (風が吹くと沖の白波が立つ竜田山を、夜中に貴方は一人で越えているのでしょうか・・)

その心根にうたれた夫は再び妻の元へと帰るのでした。



ごくまれにあの高安の女の所に来てみると、初めは奥ゆかしく取り繕っていたけれど、
今では気を許して、自分の手でしゃもじを取って、飯を盛る器に盛りつけるのを見て、
すっかり嫌になって行かなくなってしまいました。

男が来なくなったので、高安の女は大和の方を見やって、

    君があたり見つつををらむ生駒山 雲な隠しそ雨は降るとも

と詠んで生駒山を見ながら待っていると、ようやく、男が「行こう」と言ってきました。

高安の女は喜んで待つのですが、何度も訪れのないまま過ぎてしまったので、歌を送ります。

    君来むと言ひし夜ごとに過ぎぬれば 頼まぬものの恋ひつつぞ経る
 
と詠んだけれども、男は行かなくなってしまいました・・・とさ。


      平安神宮にて

幼馴染の男女がお互いを忘れられず、やがて男から歌が届き、結ばれるという「筒井筒」の純愛物語より、
もう一つの「高安の女」の物語に強く惹かれました。

男が来なくなってから、読む歌に高安の女の待ちわびる心が切ないほどあらわれています。
確かに食欲旺盛だったかもしれないけれど、教養もあり篤い心根の女人のようです。
でも、高安の女は現実を直視できるタイプ、いつまでもなよなよと男の身勝手さや吾が身の上を嘆いていないで、
しっかりと前を向いて乗り越えていけそうですね。

伊勢物語を再読し、あの絵を想い出すと、なぜか高安の女にエールを送っていました。  


毎年、秋分の日(だと思う・・・)に開催される黎明教会資料研修館の茶会もお勧めです。
  参考) 宗編流の茶会
       萩まつり茶会と宗編流の茶会 その2